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44 Bye bye love… and I think I‘m gonna die 

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 心臓が急に高鳴る。

 レナの身体は正直だ。股間に潤みを感じ、クリトリスと乳首が痛いほど充血してくる。そこに迎えるべき男根のために、気が早くも、反応していた。

 本当の思い出の場所・・・。

 プレイルームはもうない。あの初めて会った喫茶店で待っているとは思えない。ラブホテルも、同じことだ。となると、あの二十四時間の調教の終わりに行った、あの古都の死ぬかも知れなかったプレイの後に慰められた、あそこしかない。

 レナはすぐに支度を始めた。


 

「ただいまー」

「お帰り」

 いつものようにキッチンを通り抜けて自室に行こうとしたヨウジはテーブルに座っている姉の様子にただならぬ雰囲気を感じて立ちすくんだ。

「・・・何、どしたの」

「帰った早々で悪いけど、そこ、座ってくれる」

 テーブルの脇にある旅行バッグを気にしながら、ヨウジは椅子に腰かけた。

「あのね、今までもあんたに黙って家を空けたことあるけどね、またちょっと、長めに行くことになったの」

「長めって、どこに」

「わからない。行ってみないと・・・。それでね、あんたに言っとこうと思って」

 テーブルの上のA4用紙をヨウジの前に押し出した。

「家のことはここに全部書いてある。家賃とか水道電気は銀行引き落としになってる。管理人さんの番号と、それぞれの事務所の番号。それから毎日外食じゃ勿体ないから、一週間の献立とか作ってみた。これくらいなら、できるよね。それからこれ」

 一冊の通帳とカード、印鑑。

「今家にあるお金、全部。あんたに預ける。無駄遣いしないでね。それとこれ、この部屋の鍵」

「なんだよ! そんな・・・。わけわかんねーこと急に言うなよ」

「それと、父さんとあの女の電話番号はわかるよね。それとこれは万が一の時、父さんの実家。今はシンイチおじさんが住んでるところの番号と住所。あとは、ないかな・・・」

「答えろよ。どこに行くんだよ。何しに。いつまで!」

 レナは立ち上がった。

「もう、高校生なんだから。しっかり、毎日を大切にね。身体に、気を付けるのよ」

「・・・」

 旅行バッグを持って玄関に向かった。ヨウジは、追った。姉がしゃがんでスニーカーを履くのを黙って見ていた。何を言ったらいいのか、もう、何を言っても無駄なのか。姉がいなくなろうとしてるのを前に、呆然とただ、立っていた。

「元気でね・・・。ヨウジ」

 レナは、手を広げた。

「あんたを、抱かせて」

 フラフラと前に出たヨウジの大きな肩を抱いた。男臭い、その、馴染んだ匂いを胸いっぱいに吸い込んだ。

「離れてても、いつまでも、あたしはあんたの怖いお姉ちゃんだから」

 ぽんぽんと背中を叩き、レナはバッグを持った。

「じゃあね・・・」

 

 私鉄と地下鉄を乗り継いで、通りに出た時はもう、ペイヴメントは薄暗かった。

 ドアマンに会釈し、レナは堂々と正面から入った。カウンターを素通りし、高層階用のエレベータホールに直行した。ふかふかの絨毯を東に歩く。その突き当りの非常階段のすぐ手前の、懐かしいドアの前に立ち、ノックした。ちょっとの間があり、ドアは開いた。灯りはなく、あの夢にまで見た愛する男の影が、夕暮れを背にシルエットになっていた。

「秘書になんかするんじゃなかった。わざわざ、悪魔に会いに来るなんて。やっぱり、お前は、バカだな」

 レナはサキさんに抱きついた。

 口を吸い、舌を絡めた。欲しい。ずっと欲しかった。すぐにも、抱いてほしい。その思いを、キスに込めた。穿き慣れたジーンズにTシャツにカーディガンのレナは、サキさんが自分と同じようにジーンズをはいていることに、気付いた。サキさんのそんな装いは初めて見る。何を着て行こうか迷ったが、いろいろ考えて、ただの高校生に戻ることにしたのだった。愛する男が自分と同じ波長を共有していることに、素直に、感じた。

「たぶん、お前には言いたいことと、聞きたいことが山のようにあるだろうな」

 サキさんはレナの手を取り、灯りの無い、薄暗いベッドルームへ誘った。ベッドに腰掛け、レナが隣に腰を下ろすのを待って、女の頬にかかった髪を指で解き、その指を顎に添えた。たちまちにレナの瞳は潤み、唇がわなないた。

「ずっと、待ってた。会いたかった。電話も、何もなくなったし。心細くって、どうしていいか、わからなかった。会いたかった。会いたかったよーっ! わーっ」

 抱きしめて、額をぐりぐり押し付けた。叫びが嗚咽になり、肩が震え、何度もしゃくりあげ、涙が、鼻水が出、サキさんはベッドサイドのティッシュボックスをくれ、数度鼻をかみ、目頭と目尻を拭った。

 サキさんは、レナのその一部始終を見届けると、おもむろに、口を開いた。

「わるかったな。ごめんよ」

 レナの唇に優しくキスをし、また流れてきた涙を拭った。

「僕の話、聴けるか」

 レナは頷き、涙を拭った。

 サキさんは溜め込んでいた息をつき、疲れた表情を寛げた。

「雇い主が、死んだ」と、彼は言った。

「もともと十年か、彼が死ぬか、どちらか早い方、それが任期だった。あと数年は死にそうもないだろうと楽観していた。だけど、彼はやはり『神』じゃなかった。そういうことさ」

 サキさんはそう言い捨ててベッドに倒れ込んだ。

「最初に言っておく。

 スミレのことは、心配するな。あいつ、お前と待ち合わせしてたろ、弁護士事務所で。珍しくあいつ、油断してたんで、ひっこめた。万が一尾行が付いてたりするとお前まで、になるからな・・・」

 レナは、大の字になったサキさんの腕の中に入った。

「いままでずっと、久々の解放感を満喫してた。僕はやっと自由になった。もうこの国に縛り付けられることはない。世界中どこにでも行ける。やりたいことは何でもできる」

 そこまでは、なんとなく予想はしていた。もし彼から連絡があるとすれば、遠からずこの土地やこの国から居なくなるのではないか。もしそうだったら、彼について行きたい。それがどこなのかは知らない。でも、彼のいないこの土地、この国に、もう何も未練はなかった。

 申し訳ないけれどスミレさんとは違い、レナには翼がある。サキさんが何処に飛び立とうと、どこまでだって、ついて行ける。

 レナはそっと、サキさんの胸の上に掌を置いた。愛する男の心臓の落ち着いた鼓動をを感じると、さっきまでの昂ぶりが収まって行くのを感じる。

「だけど、得るものもあったが、失うものもあった」

 まるで他人事のように、彼は言った。

「僕はいままで得た財産のほとんどを失った」

 そしてゆっくりと首を巡らし、レナを見つめた。

「死んだ雇い主の跡目争いのとばっちりでね。アレキサンダー大王の跡目争いみたいに彼の築き上げた王国はこれから分裂するだろう。跡目を狙う小物たちから、僕が過度の寵愛を受けていると言って以前から睨まれていたんだ。小物たちは僕が抑えているチンケなあぶく銭すら気に入らなかったらしい。せっかくお前が集めてくれた金も、もうない。全て、持っていかれた」

 別にそれを聞いてどうということはない。もし興味があれば、やろうと思えば、あの時にいくらでも懐に入れることは出来た。好きな男のために、力を尽くした。ただ、それだけだったから。

「じゃあ、わたしが養ってあげます。高校中退だから、ロクな勤め先ないけど、なんだってできます。サキさんが許してくれるなら、風俗でも・・・」

 愛する男は瞑目し、少し、震えた。そしてレナにもう一度口づけし、その口から、残酷な言葉を、吐いた。

「実は、さっきまで、ここにスレイブ達を呼んでいたんだ。一人ずつね」

 なんてこと・・・。

 どうしてこの男はそういうことを言うんだろう。

 この数日、死ぬほど心細い思いをしながら、今日のこの日があることを信じて待っていた女に、そんな・・・。

「本当の思い出の場所」と、レナとだけの場所と思ってここまで来た女に、そんな事を言うなんて・・・。

 やっぱり、悪魔だ。骨の髄からの、サディストなんだ。そんな男に惚れてしまった、レナの自業自得だ。レナはまた泣いた。

 その涙を、男は啜った。

「お前が必死になって金をかき集めてくれた後、掃除屋から報告を受けた。ベッドとオーディオ以外は綺麗だったと。ナンバー7のルーム以外は。

 彼女も来たよ。そして今、お前に言ったことと同じことを言ってやったら、回れ右して帰って行ったよ。雇い主の話と、お前とスミレのことは言わなかったけどね。

 そういう女だったんだな、あれは。まあ、わかってはいたけどね。

 お前はきちんと僕に筋を通した。舐め犬君のことでね。でも、彼女は僕に無断で会社の既婚者の上司を引き入れてた。監視カメラで撮影されているとも知らずにね。いずれ、行いに相応しい報いを受けることになると思うね・・・。それとな、もうひとつある」

「何ですか」

「僕は不能になった」

「え?」

「ちんちんが、勃たなくなったんだよ。もう、お前を悦ばすことはできなくなったんだ」

 悪魔でも勃たなくなるんだなあ。

 どうしてか、なぜだかそれが、とても可笑しかった。だから、笑った。サキさんは、それが気に入らなかったらしい。

「なぜ、笑う」

「だって、・・・おかしいから」

「僕がインポになったのが、そんなに嬉しいのか」

「そうじゃないけど・・・。笑える」

 さっきレナ以外のスレイヴをこの部屋に入れたと言った罰だ。乙女の心を切り裂いた報いだ。ご主人様であり、愛する男であるサキさんに、レナは一歩も引かなかった。本気だから。その自負があるから、何も怖いものなどはない。

「お前はそれでもいいのか」

「よくは、ないです」

「ここに来たスレイヴ、お前とスミレを除いて、金がないからと言って出て行った女を除いて、残り三人。一人はインポは嫌だったらしい。それで納得して帰ったが、二人は僕を治そうとしたぞ」

「治ったんですか」

「バカだな。治ってたら、お前にこんな話しないだろ」

「じゃあ、私が治します」

「強気だな」

「本気ですから。サキさんを、愛してますから」

 レナは仰向けになったサキさんのジーンズのベルトを外し、ジッパーを下ろし、黒いショーツの下の肉棒を取り出した。言葉通り、磯のナマコのようにだらしない肉棒が現れた。レナは早速、舐めた。もう、夜の帳は降りた。暗い室内に淫靡な唾液が跳ね捏ねまわされる音が響いた。

 じゅぽっ、じゅぽっ、ぬちゃっ。

 開いた口から舌が伸び、期せずして漏れる口腔の吐息、唾液で濡れた幹を上下し亀頭を捏ねまわす微音。あの、サキさんを待っている間に妄想した男を責めるプロセスが今、実践されていた。反応は何もなかった。

 咥えながらジーンズを脱ぎ、ショーツを脱ぎ、カーディガンを脱ぎ、Tシャツを脱ぐときの一瞬だけ肉棒を吐き出した。

「サキさん」

「なんだ」

「バッグに首輪が・・・。着けて下さい」

 傘の縁の段差に舌を這わせながら、レナはせがんだ。

「だって、お前に咥えられてるだろうが」

「咥えたまま、ついて行きます」

 ベッドを降り、エントランスに置いた鞄のありかまで、後ずさりするサキさんの肉棒を咥えたまま四つん這いでひたすらついてゆく。ムチムチの太腿に巨尻になったレナの姿はサキさんの加虐を刺激するのではないかと、ちょっとだけ思った。でも、ダメだった。部屋の灯りがつけられ、レナの惨めで淫靡な姿が煌々と照らし出された。

「お前、ちょっと見ない間に、太ったなあ」

 力のない肉棒に歯を立てないように気を遣いながら、レナは言葉で責められ、惨めにも這って行く。サキさんを刺激する前に、自分が被虐を感じてしまいそうだ。たった半年で、それほどまでにM女にされている自分を、半ば呪いながら、バッグのところまでたどり着く。立ち止まったサキさんに、口だけで奉仕しながら、首輪を装着されるのを待つ。首筋に触れる革の感触、口腔をうならせながら這わせる舌と唇。

 あなたの好きな奴隷女が出来上がりましたよ。これでも、奮い立ちませんか。

「いや、違うな。太ったんじゃなくて、めちゃめちゃ、エロくなったんだ・・・」

 サキさんは、奉仕を続けるレナの髪を撫でながら、呼び掛けた。

「レナ」

「はい」

「僕は、自由になった。だから、あることをしに行く」

 サキさんの尻を抱え、喉奥まで飲み込み、吐き出す。

「何をしにいくんですか」せき込みながら、尋ねる。

「男を一人、この世から消しに・・・」

 辛うじて、フェラチオは止めなかった。やっぱりこの人は、ヤバいひとだ。もっとも、そのヤバさ加減にシビレている女が自分なのだが・・・。

 ヤクザの情婦。ヒットマンが刑務所に入る前に抱く、おんな。それが現実となるわけだ。背中がゾクゾクする。悪寒が、走る。

「人を、殺しに行くんだ。・・・怖くないのか」

「サキさんと、一緒なら、平気です」

 サキさんはフッと鼻で笑った。

「スズキさんから聞いた。お前、事故相手を延べ板一枚で買収したそうだな」

「・・・いけませんか」

「その反対だ。上出来だぞ、レナ。

 お前は本当に、バカな女だな。バカだから、カネの価値がわからない。だから、カネに使われない。バカこそが、カネを使う資格がある。利巧な奴は、なまじカネの価値がわかるから、それに目が眩んで、命を落とす。あるいは、カネに使われて、カネの亡者になり、ろくでもない一生を過ごすはめになる。

 わかるか、レナ。

 僕は、お前を褒めているんだ。

 スミレも途方もないバカだが、そのスミレの後釜にお前ほど相応しいやつはいなかった。そう思ったから、お前を秘書にした。

 だけど、運が悪かった。あと少し、僕の雇い主が生きていればなあ・・・・。

 カネもない、ちんちんも勃たない。しかも、国家に狙われながら、さらにアブないことをしに行く・・・。そんな奴について行くことはないんだ。

 バカだから仕方ないのかも知れんけど、もう一度、考え直せ。カネがないとは言ったが、お前が四五年は遊んでいられるくらいは持たせてやる。弟だって、まだ高一だろう。悪いことは言わない。いますぐ服を着て、家に帰れ」

「サキさん!」

 レナは、猛然と、怒った。これほど怒ったのは、いつ頃以来だろう。

「ベッドに寝て下さい。わたし、絶対、サキさんを勃たせて、イカせて見せます! こうなったら、女の意地です」

 サキさんの上で逆さまになり、肉棒に舌を這わせながら、自らラヴィアを開き、クリトリスを弄った。

 この人は、口では帰れと言いながら、本心では、レナに傍にいてもらいたがっている。勝手にそう、思い込んだ。

 今さら帰れなんていうなら、最初から、呼ぶな! これ以上乙女の心を弄ぶと、許さない!

「わたしのイヤらしいオ●ンコ、いっぱい、虐めてください。ほら、こんなになっちゃってます。ぐちょぐちょですよ、もう。見てますか。わかりますよね。お尻も、アナルも、スミレさんに開発してもらったんです。アナル、イジられるの大好きなんです。早く、カタくなって、わたしのオ●ンコとアナル、犯して下さい。またキレちゃってもいいですから、お尻にぶち込んで下さい。お願い。サキさん。レナを、犯して!」

「わかった!」

「キャッ!」

 サキさんは乱暴にレナを跳ね除けると、ベッドから降りた。

「まったく。こんなにバカだと思わなかった。お前は史上最強の、空前絶後の、大バカ女だ!」

 そう言いながらジーンズを穿き、スニーカーに足を入れた。

「仕方がない。ついてこい。もう、どうなっても知らんぞ!」

 レナはいそいそとベッドを降り、急いで下着を身に着けた。

 サキさんがカード以外で、現金で支払いをするのを初めて見た。

 そのまま連れだって地下の駐車場に降りた。そこに停められていたのは、白の、ありふれた国産の乗用車だった。いつもとは逆側の助手席に乗り、右に、サキさんの左のプロフィールを見る。右顔ばかり見ていた時は冷徹な表情しか記憶になかったが、今日の彼はいつもと違う、フランクで楽しげにさえ見えた。きっとこれが彼の本当の顔なのだ。そう、レナは思った。

 ところどころに小さな凹みさえある、ジミな車で夜の通りに出る。

「どこに行くんですか」

 そう、尋ねると、

「どこ行こうか、どこがいいと思う?」

 サキさんは、楽し気にそう答えた。

 おかしなことを聞くなと思った。人を殺しに行くなら、当然、その人のいるところに行くではないか。

「消しに行くって、・・・いったい誰を? この間みたいな、役人ですか? それとも、政治家?」

「歳はそうだな、丁度、僕くらいかな。・・・サキ、って名前の、男だよ。・・・今は、無職らしいね」

 サキさんは、静かに、落ち着いて、そう、答えた。

「なあ、レナ。どこがいい? 教えてくれないと、どっちに曲がったらいいか、わからないじゃないか」

 それから小一時間ほど、サキさんは本当にずっとその辺りをぐるぐる周回してばかりいた。

 なんと言えばいいのだろう。

 本当に頭が真っ白になっていた。何も言えずにただ、助手席に座っていただけだった。同じ交差点の信号に七回目ぐらいに止まった時、観念してこう言った。

「じゃあ、・・・温泉」


 

 高速道路には乗らず、サキさんはひたすら一般道を東に向かった。

 夜風が冷える時期に入っていた。レナはもう何十回も同じ曲を流し続けるカーオーディオを、もう気にしないことにした。今どき珍しい「カセットテープ」とかいうもので、すでに何百回と再生されていたものらしく、時々音が歪んでへろへろになった。

 それはたぶんオールディーズとかいう、レナには馴染みのない、サキさんよりレナの父、いや、むしろスズキさんの世代の若いころの流行歌ではないかと思う。

 もちろん歌詞は英語で、男性デュオが、さよなら、ぼくの恋、とか、とっても幸せだったのに、彼女が他の男と楽しそうに歩いてるとブルーになるよ とか、こんにちは空っぽのぼくの心、ぼくはもう、死ねちゃう気がするよ、といった、歌詞の内容にしては明るい曲調のだったが、サキさんがあまりにも楽しそうに聞き入り、鼻歌を歌い、口笛まで吹きだし、それに飽きると今度は歌詞を、あまりにもレナがアホ過ぎて、僕は死ねるという意味に変えて歌い出したから、もう閉口して窓の外の流れて行く灯りだけを見ていた。

「なんだ。怒ったのか。アホでもこの程度の英語はわかるんだな」

「あんま、アホバカ言わないでください。わたしだって、傷つくし、落ち込むんです」

「だってさ、アホなんだもん。しょうがないだろ。これから死にに行くって言ってる男にわざわざ、ついてくるって言うんだから」

 マニュアルシフトの車だった。そんなのはスミレさんの死ねる車しかないと思っていた。サキさんは滑らかにシフトチェンジして、ギアの変更を全く感じさせなかった。

 ハッチバックの車で、カーゴスペースにコンクリートブロックが四個ほど積んであった。

「あれ、何に使うんですか」

「ああ、あれな・・・。あれは、『コンクリートの靴』だ」

 サキさんは口笛を吹きながら軽い調子で応えた。

「コンクリートの、靴・・・」

「僕が生まれるよりも前の話だけどね。前に話したろう。ヤクザの話。

 まだヤクザが情報を握ってて、支配下に置きたい相手を脅して抑えつけることが出来ていた時代の話さ。相手の想像もつかないような恐ろしいストーリーを考えて相手に想像させる。そして、恐怖で支配するというメカニズムが通用した時代。その時代にね、『コンクリートの靴履かせて海に沈めるぞ』ってのが脅し文句として、流行ったのか流行ってなかったのかわからないけど、とにかくそういうフレーズが幅を利かせてたと、当時の映画とかTVの世界で流布してたらしいんだな。

 僕はそれを何かで聞いた。本当だとしたら、随分費用対効果の低い、ヒマなことしてたんだなって思ったんだけど、それ、思い出してね。

 例えば海に身投げするにも泳ぎが上手いと死ねないだろ。僕は泳ぎが上手い。入水して自殺するなら、それもいいなってね。生コンは面倒なんで、ブロックで代用することにしたんだ。その方法をとるかどうかは、まだ決めてないけどね」


 
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