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11 11月1日 開戦初日
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まだ暗い朝の海の彼方に突然いくつかの眩い光が閃いた。
現地時間11月1日午前六時。海軍は作戦通りに戦闘を開始した。
ドドドーンッ!
遅れてやって来た雷鳴のような爆発音とともに空気を切り裂くキューンという音を引きずりながら、無数の巨弾が天から降って来た。時限信管による榴散弾の、地をえぐるような凄まじい大爆発の連鎖は、ハイナン諸島に駐留していたわずかなチナの守備隊を簡単に蹴散らした。
砲撃は一時間で止み、時を置かずに多数の上陸用舟艇に分乗した一個大隊約三百の海兵隊がほとんど無血で上陸、全島を占領した。
そのようにして、たった数時間でハイナン諸島全島は帝国の手に陥ちた。
続く半島南端の攻略でも、わずかなチナの守備隊は最初の艦砲による砲撃で退却していった。
すでに制海権を手中にしていた海軍は、ハイナン諸島に若干の兵を残しただけで主力を半島に上陸させ、そこに一大陣営地を、しかもいくつも構築し、チナの反撃に備えた。ハイナン諸島の最大の島の大きな入り江には浮桟橋が設けられ、石炭を満載した輸送船が何隻も横付けされ、輸送船のデリックが、さらに大きなデリックを下ろし、そのデリックを建設するための基礎工事が始まった。デリックが完成すれば入り江の浚渫工事や防波堤の建設も始まる。その島を恒久的な補給基地にするために。その一点だけを見ても海軍の強い意志が見て取れた。
あのミカサが拿捕された狭い海峡には第一第二艦隊の八隻が通報艦の先導で侵入し、主砲の砲撃で陣営地に迫る敵勢力を牽制した。
これでさらなる西進のための橋頭堡が完成した。
艦隊は母港に帰らずとも燃料や砲弾物資の補給が可能になった。そして同時に来るべき第三軍の進撃に備えての補給も容易になった。
当初の予測通り、チナは奪われた半島を奪還しようと中央から正規軍の一部と軍閥の混成軍を差し向けてきた。毎日飛ばしている偵察機によってそれが察知された。その先鋒が海兵隊が守る陣営地に接触した時、時は充ちた。
ヤヨイのリクルート活動は何の成果もあげられずに終わった。他にあてもない。仕方なしに交換所に行き馬を借りて訓練場に戻った。
しかし、その彼女を待っていたのは、空挺部隊用のダブダブの軍服に身を包み、四メートルほどの高さの崖の上に立っていた、リーズルだった。
「リーズル!」
彼女はヤヨイを認めるやサッと身を翻して飛び降り、きれいにころんと着地して立ち上がり、パンパンとお尻を叩いて砂埃を落とした。
「来ちゃった」
と彼女は言った。
「羨ましくなっちゃったの、あんたが。あんたが来たせいで血が、騒いじゃったのよ。
男とは別れて来たわ。あんたの男の方が良さげだったから。『任務』って名前の男がね」
「リーズル・・・」
ヤヨイの胸の中で、熱いものがこみ上げてくるのがわかった。
「よく校長先生が許してくれたわね」
「お国の、帝国のためですので行かせて下さい、って言ったら、黙っちゃったわ」
リーズルは口の端をニッとあげた。
「そうだ・・・。もう、あんた、なんて言っちゃいけないのよね」
リーズルはブーツの踵を小気味よくカッと鳴らし敬礼して、言った。
「よろしくお願いします。ヴァインライヒ少尉殿!」
ヤヨイは、ヘルメットの下の碧眼を和ませている金髪の美女に答礼し、笑った。
その夜。
いつものように士官も兵も一緒の夕食を終えた後、ヤヨイたち士官だけが一番大きな小屋に集められた。それぞれ椅子に掛けたり床に座ったり壁に凭れたりして寛いでいた、まさにその時、大佐が下士官たちを引き連れてゴツいブーツの靴音をさせながら小屋に入って来た。
一同皆立ち上がって敬礼したが、
「諸君、ご苦労。そのままでいい」
グールド大佐は皆をを見回した。
「全員揃っているようだな」
うむ、と一息つくと、
「皆に伝えることがある」
落下傘連隊の連隊長が言った。一同の視線がグッと大佐に寄った。
「わが帝国は本日午前七時、チナに対し宣戦を布告した」
一斉に「おおーっ」というどよめきが上がった。拍手する士官もいた。
「すでに海軍が南の海で戦端を開いた。先ほどまで統合参謀本部にいたのだが、たった半日でハイナン諸島を攻略して、現在は続く半島の先に上陸作戦を続行中である。
諸君!
デイヴス(神君)・カエサル流に言うならば、『賽は投げられた』のだ」
士官たちは、皆不敵な笑みを浮かべた。俺たちの出番はまだなのだろうか。そんな思いが笑みに現れていた。
その士官たちの面構えを見て、大佐は気を良くしたようだ。
「それではこれから、オレたち、落下傘連隊の話をする」
ニヤリと笑い、壁に居並ぶ軍曹たちに目配せした。
二人の軍曹が大きな黒板を持ち込んで壁に立てかけた。そこが演壇になるらしいと察した士官達が他に腰を落ち着ける場所を探して移動した。大佐は黒板の脇に立った。
黒板には地図が描かれていた。チナの南の沿岸、その拡大図が正確に描写されていた。自身航空偵察をしたからヤヨイにはすぐに分かった。
大佐はさらに自ら白墨を取ってその地図の海岸線に沿うように街道を加え、街道と河の交わるところに街の位置と名前を書き加えていった。
「さて、と」
手をパンパンと叩いて白墨の粉を払うと、連隊長は腰に手を当て士官たちを見回した。
「今日戦端が開かれたのがここ、ハイナン諸島だ」
と、黒板の一番下を指した。
「二か月前に帝国海軍の最新鋭戦艦が拿捕されかかった、まさにその現場だ。帝国は、特に海軍は実力で自ら仇を討った、という感じだな」
ウム、と大佐は頷いた。
「だが、上陸したのは海兵隊で、陸軍ではない。しかも、この半島のほんの先っぽを占領し陣営地をいくつか構築したのみでそれ以上は前進しない。あくまでも艦隊が行動するための補給基地を確保するのと、もう一つ、別の目的でなされた作戦行動なのだ。それについては後述する。
まあ、舞台で言うなら、『前座興行』が行われたようなものだな。諸君! メインコンテンツはこれからだぞ」
そう言って幾人かの士官をニヤつかせると、大佐は黒板の上のさらに遥か上の壁を指して言った。
「間もなく、このあたりの北の第二軍で進撃が始まる。
第十七、第八、第十六軍団、総計四万の大部隊が差し渡し数百キロにわたってほぼ横一線で西へ向かって進撃を開始するのだ。この第二軍は深くチナ領土に侵攻する。そしてこの辺りにある、」
と、黒板の上の方に大きな円を描きながら、
「標高四千メートル級の山岳地帯のさらに北を大きく回って、チナの主要な都市であるここ、クンカーの街を中心にした広大な地域を占領して居座る。そこでハデに暴れまわる。今第二軍は帝国陸軍始まって以来の最大火力を持っている。総計120門の重砲が敵の市街を悉く破壊しまくることになっている。
だが、そこから先には進まない。この南に位置する第一軍二万も、このチンメイ山脈の東の麓で止まり、陣営地を構築して留まる。そこから先は高山地帯だ。進めないし、進まない。
なぜかわかるか。
ヨハンセン中尉、いや、リアムと呼んでいいかね? リアム、君にはわかるか?」
名指しされた中尉はそのソバカスの多い顔を振って、何をわかりきったことをとでもいうように立ち上がった。
「それは大佐、陽動だからであります。恐らくは敵の主力の大部分が山の向こうの首都付近に集結しているのでしょう。本当にチナを締め上げ、降伏を促すならば、首都に肉薄すべきでしょう。それをしないのは、第二軍は敵の主力を引き付ける罠として作戦するからなのではないですか?」
大佐は満面の笑みで指を鳴らした。
「ありがとう。さすがだ、リアム。掛けてくれ。チナの軍師に君のような優秀な者がいないことを祈るばかりだな」
皆を笑わせると、グールド大佐は続けた。
「諸君。いま彼が言ったように、これは帝国陸軍の総力を挙げた陽動作戦なのだ。前置きが長くなったが、ここからがメインコンテンツだぞ」
そう言って大佐はやっと黒板の右端を指した。
「この、深く進攻した第二軍に敵の主力が噛みつくころ合いを見計らい、我々第三軍主力総勢五万が一気に国境を越えて進軍する。そしてこの河のあたり、」
チンメイ山脈から大海に注ぐ最初の河の手前を指してチョークで広範囲に楕円を描いた。
「この線で最初の侵攻を終え、第六、第十一、第十二の各軍団は陣営地を構築する。
そしてここからがいよいよ我ら第一空挺連隊の出番だ」
何人かがポキポキと指の関節を鳴らした。腕が鳴ると言うのだろう。毎日兵と一緒に降下訓練に明け暮れていた士官たちは、今か今かとその時を待っていたのだ。
「わが第三軍の最終目的地はここ、アルムの街だ」
大佐は黒板の反対側左端の街の下にある地名「ARMH」の下に二重線を引いた。あのチナ語の絵のような文字では何と書き表すのだろう。
「だが、そこへ行くまでにはこの四本の河を渡らねばならない。この北の第二軍のようにほぼ荒野を進むのとは違い、わが軍は渡河作戦を強いられる。それだけ全軍の進軍に手間取るわけだ。だが敵もこの自然の防御線に気を許しているのか、現在までのところ、大規模な敵部隊の配置は確認されていない。
そこで我々はこの敵の油断しているスキを突き、敵の喉元に当たるチナ第二の都市アルムまで一気に突破する」
大佐は黒板の左端から右端に向かってチョークでグイっと大きな矢印を描いた。
「しかし、全軍五万でそれをやろうとするとひと月か、下手をすればふた月は掛かってしまう。だから強力な破壊力を持った機動性のある部隊が先鋒となり、全軍の進撃路を拓いておく必要があるのだ。
そして、それを担うのが近衛軍団から回されてきた二つの機甲部隊、第一、第二機甲師団である。その中核は最新鋭のマーク一型を中核にした戦車部隊60両、偵察車30両、兵員輸送トラック300台、車両牽引可能な50ミリ砲200門という強大なものだ。もちろん、全てガソリンエンジンで動く。だから、ここにメシを運んでくれるようなポンポントラックと違い、段違いに速い。この陣営地からアルムまでのルートは約5百キロだが、敵の妨害などを排除しつつ一日平均40キロを走破して十数日ほどで到達する計画だ。
だが、諸君!」
バンッ!
大佐は毛むくじゃらの腕で黒板を叩いた。チョークの白い粉が盛大に舞い上がった。
「これはいくさだ!」
と、大佐は強調した。
「いくさには想定外予想外というものが必ずある。無数にある。
さしもの強大な攻撃力を持った機甲師団も橋が無くては河を渡れない。仮設橋を掛けようと思っても、事前にその地点を制圧して敵を排除し、確保しておく必要がある。そうでなければ優秀な工兵隊にしても手も足も出ない」
「それで、我々が前もってその橋や拠点に降下し、一帯を制圧して機甲部隊の進軍を援ける、というわけですね!」
自称「地質学者」のカーツ大尉が核心の「ミソ」の部分を言い当てた。
「そういうことだ、エルンスト。エリーでいいかね? 」
大佐は手を挙げて頷いた。
「この、馬と違って満足に川も渡れぬような機甲部隊に力強い愛の手を差し伸べる、勇敢で心優しい部隊。『第三軍のヒーロー』が我ら、輝ける第一近衛軍団第一空挺連隊、というわけなのだ!」
大きな拍手が沸き起こり、指笛を吹く士官もいた。
部下たちの気合十分、とみた大佐は両手を上げて皆を制し、ブリーフィングを締めくくるエンディングに入った。
「今オレは、諸君らの気迫に接し連隊長として大いに心強さを感じた。
何度も言うようだが、諸君らは選りすぐりの、バカだ。そして、オレ達が頼りにするのはこの、」
大佐はドン、と胸を叩いた。
「肝っ玉、ただ一つだ」
そして言葉が皆の心に染み入ってゆくのを待った。士官たちの誰もが頬を紅潮させ、そののうちにやる気を滾らせているのを見て取ると、彼は穏やかに続けた。
「諸君にこれからの予定を話しておく。
今説明した通り、オレ達の出番はもう少し先になる。
明日午前中で降下訓練は終了し、次の段階に移る。昼食後、兵たち全員をこの広場に集め部署割りと配属を発表する。明日の晩はこの訓練所での最後の夜になる。今まではランダムに寝泊まりしていたが、明日は貴官らを小隊長とした各小隊毎に分宿して小隊で夕食を摂る。和やかな歓談を通じて兵たちの心を掴んでおくのは指揮官としての大切な務めだ。
そして明後日の朝、この訓練所を引き払い近衛第一軍団の宿営地に帰投、小隊毎、実際の戦闘を想定した市街戦訓練を行う予定である」
と、大佐はガラリと口調を改め、おどけたような口ぶりでテーマを変えた。
「そこで一つ、諸君に宿題を出す。
我が連隊は小隊名に数字を使わない。全て何かの名前で呼称する。敵に我が連隊の全容を知られないためと、今次戦役から導入された通信機での連絡の聞き間違いを回避するためだ。名前は何でもいい。例えば、リアム。君はソバカスが多いな。『ソバカス小隊』という名はどうだ?」
ヨハンセン中尉はエーッとイヤな顔をした。周囲からはまたも笑いが。
「それを決めるのは諸君たちでなく、兵たちからアンケートを取るのだ。集計するのは曹長軍曹たち下士官に一任する。指揮官たる士官諸君たちには、その結果を尊重し投票結果を勝手に改変することを禁じる。『ソバカス』がイヤでも投票の結果は尊重せねばならんというわけだ。曹長、軍曹、しっかり指揮官たちを監督するように」
だが、大方の士官たちにはこの施策が、俄作りの連隊の結束を強化する一環なのだと理解できた。彼らは、グールド大佐の人心収攬の巧みさと細かい配慮とに感じ入った。
大佐は悪戯そうな笑みを居並ぶ下士官たちに向けた。
「Yes,sir、大佐殿」
「何か質問は」
冗談好きな連隊長は笑いを収めて、士官たちを見回した。
「大佐、作戦名はなんですか?」
一人の士官が立ち上がった。
「おお! オレとしたことが。それを伝えるのを忘れていた」
和やかな笑いを背にして、大佐は黒板の上にカッカッと大きく文字を連ね始めた。
カラン。
チョークを置くと、グールド大佐は振り返って黒板を叩いた。
「作戦名はこれだ。Operation Market garden 『マーケット・ガーデン作戦』だ。
オレ達空挺部隊が先に降りて橋のたもとに『マーケット』市場を開く。そこに『ガーデン』の機甲部隊がやってきて庭を造る。この帝国陸軍初の空挺部隊と機甲部隊の共同作戦を戦う諸君らの奮闘の後には、『勝利』という名の美しい花が咲き乱れる、というわけだ」
ゴツいマッチョな大佐の意外なほど可憐な言葉に、一同感動して息を呑んだ。
「では、他に無ければこれで終わる。ディスミスト(解散)!」
士官たちは一斉に起立し、敬礼した。
「Ave,CAESAR!」
宿舎に帰ろうとして小屋を出ようとしたヤヨイは大佐に呼び止められた。
「ヴァインライヒ少尉、ちょっと残ってくれ」
え、なんだろう・・・。
「リクルート」が上手く行かなかったお小言だろうか。
小うるさいウリル少将の下で働くようになってから、ヤヨイはそんなことを思うクセがついてしまっていた。
黒板の前に誘われ、椅子を勧められた。大佐の他にはハーベ少佐がいたきりで、後は皆宿舎に帰ったようだった。
「少尉、いや、ヤヨイと呼んでもいいかね? 先の徴募の件はご苦労だったな。君たちのおかげで貴重な戦力が10名も増えた」
大佐は和やかに話しはじめた。その隣の少佐も温厚そうな表情をさらに緩めていた。
「・・・たった10名、でしたか」
「いや、上出来だぞ。思うにアレは初動のキャッチコピーが悪かったのかもしれん。だが、オレには『バカ』以外には思いつかなくてなア・・・」
大佐の、意外にカワイイところを発見し、ヤヨイも心を和ませた。
「だが、少尉がリーズルを連れて来てくれたのは僥倖でした。第十三軍団でも射撃の名手である彼女が予備役に編入されたのを惜しむ声が大きかったのです、大佐」
そうだ。
ハーベ少佐は第十三軍団から来たと言っていた。機密の一件を思い出し、ヤヨイはハッと身構えた。それを察して、大佐は彼女の肩を優しく叩いた。
「気にせんでいい、ヤヨイ。実は全て知っているのだ。君を我が連隊に請い受ける際にウリル少将から全て聞いたのだ。君が第十三軍団にいたことも、レオン少尉を逮捕した経緯も」
そうか・・・。
やはり、「消滅」ではなく、「逮捕」なのか。
そこだけは極秘なのだな。そうゆーのは先に教えておいてくれよ、と心の内で密かにウリル少将を詰るヤヨイだった。
「第十三軍団全軍に緘口令が敷かれ、表立っては口にしてはいけないことになっているのも知っている。だが、あの軍団で君のことを知らない者はいない。『軍神マルス所縁の軍団』と言い合っている兵もいるのだ。ミカサ事件の後は特にその色が濃くなった」
そこでヤヨイも胸襟を開いた。
「はい、そのようで・・・。実は、一昨日十三軍団に行ったのです。前線司令部でポンテ中佐にお会いした折にそれを伺いました。大変光栄で、名誉なことだと、思うのですが・・・」
そう言えば、ハーベ少佐もポンテ中佐も、どことなくタイプが似ているのに気づいた。中肉中背で温厚そうな田舎のおじさんか、商店のオヤジさんのような・・・。
「そういうことだ、ヤヨイ。
実は君に残ってもらったのは、それがため、なのだ」
大佐は漸く核心に触れる件を話しはじめた。
グールド大佐は傍らのハーベ少佐を誘ってさらに膝を詰め、周囲を見回す慎重さ見せて声を潜めた。
「今から話すのはあくまで君たち二人だけの胸のうちに留めておいて欲しい。士官たちにも他言無用だ。いいか?」
少佐もヤヨイも黙って頷いた。
「君たちは共に第十三軍団に所属していた。二人とも、この連隊の士官たちの中で唯一実戦の経験のある者だ。ハーベ少佐、ヘルムートと呼ぶぞ。君は偵察部隊のパトロールでの不期遭遇戦とレオン事件の掃討作戦で。ヤヨイのほうは、今更言うまでもないな。
君とは『御前会議』で会ったな。その後、オレはウリル少将を訪ねた。君が気に入ってどうしても貰い受けたかったからだ。幸運にも閣下は快諾してくださったのだが、その折に『御前会議』の前に行われた準備会議の様子を聞くことが出来た。それはオレの予想通りのものだった」
大佐は額を撫でると少し椅子を引いて黒板を振り返った。
「本来、空挺部隊とは敵の背後に降下して奇襲をする部隊なのだ。このように、味方の先鋒が進軍する前に先んじて降下し、長期間そこを守る部隊ではない。この作戦を立案したのが誰かは知らないが、上はそうした用兵の原則をわかっていないように思う」
先刻の笑いある中にも士官たちを鼓舞した連隊長の、苦渋の心の内が今、空かされているのだ、と思った。
「だが、我々は軍人だ。一たび命令が下れば、最善を尽くして命令を完遂するのが軍人の本務だ。だから、最も激戦が予想されるこの、」
と、大佐の太い指がアルムとナイグンの二つの拠点を指した。
「この二カ所に最大兵力を配することにした。それぞれ、一個大隊。約360づつの兵力配置をしようと思う。明日、正式に発表するが最前線には大隊長としてヘルムート、君を据える。そして後方と最前線とを繋ぐ重要な拠点にはヤヨイ、君を小隊長兼、大隊長補佐として配置したい。
陸軍軍法は上官への下命を禁じている。それに大勢の部隊の指揮は君の手に余るだろう。
だが、レオン事件とミカサでの君の実績を、オレは高く評価しているのだ。二つの事件での君の忍耐力と実行力は驚嘆すべきものだと思っている。だから、今回敢えて君を貰い受けに行ったのだ。
本当に強い兵隊と言うのは、マッチョでも、カミソリのような切れ者でも、蛮勇の持ち主でもない。穏やかで温厚、その時が来るまで耐えるべきを耐える。だがひとたびいくさともなれば鬼神に変わる。自分を部下を完全に抑え制御できる者。それが本当に強い戦士だ。
士官たちは皆若い。実戦の経験もない。イザとなれば浮足立ってしまうかもしれん。敵中に孤立すれば、なおさらだ。
ヤヨイ。君には大隊長となる者を援け、助言をして欲しいのだ。そして機甲部隊が来るまで耐えて、このいくさを勝利に導いて欲しいのだ」
グールド大佐の大きな手が、ヤヨイの細い肩を掴んだ。
現地時間11月1日午前六時。海軍は作戦通りに戦闘を開始した。
ドドドーンッ!
遅れてやって来た雷鳴のような爆発音とともに空気を切り裂くキューンという音を引きずりながら、無数の巨弾が天から降って来た。時限信管による榴散弾の、地をえぐるような凄まじい大爆発の連鎖は、ハイナン諸島に駐留していたわずかなチナの守備隊を簡単に蹴散らした。
砲撃は一時間で止み、時を置かずに多数の上陸用舟艇に分乗した一個大隊約三百の海兵隊がほとんど無血で上陸、全島を占領した。
そのようにして、たった数時間でハイナン諸島全島は帝国の手に陥ちた。
続く半島南端の攻略でも、わずかなチナの守備隊は最初の艦砲による砲撃で退却していった。
すでに制海権を手中にしていた海軍は、ハイナン諸島に若干の兵を残しただけで主力を半島に上陸させ、そこに一大陣営地を、しかもいくつも構築し、チナの反撃に備えた。ハイナン諸島の最大の島の大きな入り江には浮桟橋が設けられ、石炭を満載した輸送船が何隻も横付けされ、輸送船のデリックが、さらに大きなデリックを下ろし、そのデリックを建設するための基礎工事が始まった。デリックが完成すれば入り江の浚渫工事や防波堤の建設も始まる。その島を恒久的な補給基地にするために。その一点だけを見ても海軍の強い意志が見て取れた。
あのミカサが拿捕された狭い海峡には第一第二艦隊の八隻が通報艦の先導で侵入し、主砲の砲撃で陣営地に迫る敵勢力を牽制した。
これでさらなる西進のための橋頭堡が完成した。
艦隊は母港に帰らずとも燃料や砲弾物資の補給が可能になった。そして同時に来るべき第三軍の進撃に備えての補給も容易になった。
当初の予測通り、チナは奪われた半島を奪還しようと中央から正規軍の一部と軍閥の混成軍を差し向けてきた。毎日飛ばしている偵察機によってそれが察知された。その先鋒が海兵隊が守る陣営地に接触した時、時は充ちた。
ヤヨイのリクルート活動は何の成果もあげられずに終わった。他にあてもない。仕方なしに交換所に行き馬を借りて訓練場に戻った。
しかし、その彼女を待っていたのは、空挺部隊用のダブダブの軍服に身を包み、四メートルほどの高さの崖の上に立っていた、リーズルだった。
「リーズル!」
彼女はヤヨイを認めるやサッと身を翻して飛び降り、きれいにころんと着地して立ち上がり、パンパンとお尻を叩いて砂埃を落とした。
「来ちゃった」
と彼女は言った。
「羨ましくなっちゃったの、あんたが。あんたが来たせいで血が、騒いじゃったのよ。
男とは別れて来たわ。あんたの男の方が良さげだったから。『任務』って名前の男がね」
「リーズル・・・」
ヤヨイの胸の中で、熱いものがこみ上げてくるのがわかった。
「よく校長先生が許してくれたわね」
「お国の、帝国のためですので行かせて下さい、って言ったら、黙っちゃったわ」
リーズルは口の端をニッとあげた。
「そうだ・・・。もう、あんた、なんて言っちゃいけないのよね」
リーズルはブーツの踵を小気味よくカッと鳴らし敬礼して、言った。
「よろしくお願いします。ヴァインライヒ少尉殿!」
ヤヨイは、ヘルメットの下の碧眼を和ませている金髪の美女に答礼し、笑った。
その夜。
いつものように士官も兵も一緒の夕食を終えた後、ヤヨイたち士官だけが一番大きな小屋に集められた。それぞれ椅子に掛けたり床に座ったり壁に凭れたりして寛いでいた、まさにその時、大佐が下士官たちを引き連れてゴツいブーツの靴音をさせながら小屋に入って来た。
一同皆立ち上がって敬礼したが、
「諸君、ご苦労。そのままでいい」
グールド大佐は皆をを見回した。
「全員揃っているようだな」
うむ、と一息つくと、
「皆に伝えることがある」
落下傘連隊の連隊長が言った。一同の視線がグッと大佐に寄った。
「わが帝国は本日午前七時、チナに対し宣戦を布告した」
一斉に「おおーっ」というどよめきが上がった。拍手する士官もいた。
「すでに海軍が南の海で戦端を開いた。先ほどまで統合参謀本部にいたのだが、たった半日でハイナン諸島を攻略して、現在は続く半島の先に上陸作戦を続行中である。
諸君!
デイヴス(神君)・カエサル流に言うならば、『賽は投げられた』のだ」
士官たちは、皆不敵な笑みを浮かべた。俺たちの出番はまだなのだろうか。そんな思いが笑みに現れていた。
その士官たちの面構えを見て、大佐は気を良くしたようだ。
「それではこれから、オレたち、落下傘連隊の話をする」
ニヤリと笑い、壁に居並ぶ軍曹たちに目配せした。
二人の軍曹が大きな黒板を持ち込んで壁に立てかけた。そこが演壇になるらしいと察した士官達が他に腰を落ち着ける場所を探して移動した。大佐は黒板の脇に立った。
黒板には地図が描かれていた。チナの南の沿岸、その拡大図が正確に描写されていた。自身航空偵察をしたからヤヨイにはすぐに分かった。
大佐はさらに自ら白墨を取ってその地図の海岸線に沿うように街道を加え、街道と河の交わるところに街の位置と名前を書き加えていった。
「さて、と」
手をパンパンと叩いて白墨の粉を払うと、連隊長は腰に手を当て士官たちを見回した。
「今日戦端が開かれたのがここ、ハイナン諸島だ」
と、黒板の一番下を指した。
「二か月前に帝国海軍の最新鋭戦艦が拿捕されかかった、まさにその現場だ。帝国は、特に海軍は実力で自ら仇を討った、という感じだな」
ウム、と大佐は頷いた。
「だが、上陸したのは海兵隊で、陸軍ではない。しかも、この半島のほんの先っぽを占領し陣営地をいくつか構築したのみでそれ以上は前進しない。あくまでも艦隊が行動するための補給基地を確保するのと、もう一つ、別の目的でなされた作戦行動なのだ。それについては後述する。
まあ、舞台で言うなら、『前座興行』が行われたようなものだな。諸君! メインコンテンツはこれからだぞ」
そう言って幾人かの士官をニヤつかせると、大佐は黒板の上のさらに遥か上の壁を指して言った。
「間もなく、このあたりの北の第二軍で進撃が始まる。
第十七、第八、第十六軍団、総計四万の大部隊が差し渡し数百キロにわたってほぼ横一線で西へ向かって進撃を開始するのだ。この第二軍は深くチナ領土に侵攻する。そしてこの辺りにある、」
と、黒板の上の方に大きな円を描きながら、
「標高四千メートル級の山岳地帯のさらに北を大きく回って、チナの主要な都市であるここ、クンカーの街を中心にした広大な地域を占領して居座る。そこでハデに暴れまわる。今第二軍は帝国陸軍始まって以来の最大火力を持っている。総計120門の重砲が敵の市街を悉く破壊しまくることになっている。
だが、そこから先には進まない。この南に位置する第一軍二万も、このチンメイ山脈の東の麓で止まり、陣営地を構築して留まる。そこから先は高山地帯だ。進めないし、進まない。
なぜかわかるか。
ヨハンセン中尉、いや、リアムと呼んでいいかね? リアム、君にはわかるか?」
名指しされた中尉はそのソバカスの多い顔を振って、何をわかりきったことをとでもいうように立ち上がった。
「それは大佐、陽動だからであります。恐らくは敵の主力の大部分が山の向こうの首都付近に集結しているのでしょう。本当にチナを締め上げ、降伏を促すならば、首都に肉薄すべきでしょう。それをしないのは、第二軍は敵の主力を引き付ける罠として作戦するからなのではないですか?」
大佐は満面の笑みで指を鳴らした。
「ありがとう。さすがだ、リアム。掛けてくれ。チナの軍師に君のような優秀な者がいないことを祈るばかりだな」
皆を笑わせると、グールド大佐は続けた。
「諸君。いま彼が言ったように、これは帝国陸軍の総力を挙げた陽動作戦なのだ。前置きが長くなったが、ここからがメインコンテンツだぞ」
そう言って大佐はやっと黒板の右端を指した。
「この、深く進攻した第二軍に敵の主力が噛みつくころ合いを見計らい、我々第三軍主力総勢五万が一気に国境を越えて進軍する。そしてこの河のあたり、」
チンメイ山脈から大海に注ぐ最初の河の手前を指してチョークで広範囲に楕円を描いた。
「この線で最初の侵攻を終え、第六、第十一、第十二の各軍団は陣営地を構築する。
そしてここからがいよいよ我ら第一空挺連隊の出番だ」
何人かがポキポキと指の関節を鳴らした。腕が鳴ると言うのだろう。毎日兵と一緒に降下訓練に明け暮れていた士官たちは、今か今かとその時を待っていたのだ。
「わが第三軍の最終目的地はここ、アルムの街だ」
大佐は黒板の反対側左端の街の下にある地名「ARMH」の下に二重線を引いた。あのチナ語の絵のような文字では何と書き表すのだろう。
「だが、そこへ行くまでにはこの四本の河を渡らねばならない。この北の第二軍のようにほぼ荒野を進むのとは違い、わが軍は渡河作戦を強いられる。それだけ全軍の進軍に手間取るわけだ。だが敵もこの自然の防御線に気を許しているのか、現在までのところ、大規模な敵部隊の配置は確認されていない。
そこで我々はこの敵の油断しているスキを突き、敵の喉元に当たるチナ第二の都市アルムまで一気に突破する」
大佐は黒板の左端から右端に向かってチョークでグイっと大きな矢印を描いた。
「しかし、全軍五万でそれをやろうとするとひと月か、下手をすればふた月は掛かってしまう。だから強力な破壊力を持った機動性のある部隊が先鋒となり、全軍の進撃路を拓いておく必要があるのだ。
そして、それを担うのが近衛軍団から回されてきた二つの機甲部隊、第一、第二機甲師団である。その中核は最新鋭のマーク一型を中核にした戦車部隊60両、偵察車30両、兵員輸送トラック300台、車両牽引可能な50ミリ砲200門という強大なものだ。もちろん、全てガソリンエンジンで動く。だから、ここにメシを運んでくれるようなポンポントラックと違い、段違いに速い。この陣営地からアルムまでのルートは約5百キロだが、敵の妨害などを排除しつつ一日平均40キロを走破して十数日ほどで到達する計画だ。
だが、諸君!」
バンッ!
大佐は毛むくじゃらの腕で黒板を叩いた。チョークの白い粉が盛大に舞い上がった。
「これはいくさだ!」
と、大佐は強調した。
「いくさには想定外予想外というものが必ずある。無数にある。
さしもの強大な攻撃力を持った機甲師団も橋が無くては河を渡れない。仮設橋を掛けようと思っても、事前にその地点を制圧して敵を排除し、確保しておく必要がある。そうでなければ優秀な工兵隊にしても手も足も出ない」
「それで、我々が前もってその橋や拠点に降下し、一帯を制圧して機甲部隊の進軍を援ける、というわけですね!」
自称「地質学者」のカーツ大尉が核心の「ミソ」の部分を言い当てた。
「そういうことだ、エルンスト。エリーでいいかね? 」
大佐は手を挙げて頷いた。
「この、馬と違って満足に川も渡れぬような機甲部隊に力強い愛の手を差し伸べる、勇敢で心優しい部隊。『第三軍のヒーロー』が我ら、輝ける第一近衛軍団第一空挺連隊、というわけなのだ!」
大きな拍手が沸き起こり、指笛を吹く士官もいた。
部下たちの気合十分、とみた大佐は両手を上げて皆を制し、ブリーフィングを締めくくるエンディングに入った。
「今オレは、諸君らの気迫に接し連隊長として大いに心強さを感じた。
何度も言うようだが、諸君らは選りすぐりの、バカだ。そして、オレ達が頼りにするのはこの、」
大佐はドン、と胸を叩いた。
「肝っ玉、ただ一つだ」
そして言葉が皆の心に染み入ってゆくのを待った。士官たちの誰もが頬を紅潮させ、そののうちにやる気を滾らせているのを見て取ると、彼は穏やかに続けた。
「諸君にこれからの予定を話しておく。
今説明した通り、オレ達の出番はもう少し先になる。
明日午前中で降下訓練は終了し、次の段階に移る。昼食後、兵たち全員をこの広場に集め部署割りと配属を発表する。明日の晩はこの訓練所での最後の夜になる。今まではランダムに寝泊まりしていたが、明日は貴官らを小隊長とした各小隊毎に分宿して小隊で夕食を摂る。和やかな歓談を通じて兵たちの心を掴んでおくのは指揮官としての大切な務めだ。
そして明後日の朝、この訓練所を引き払い近衛第一軍団の宿営地に帰投、小隊毎、実際の戦闘を想定した市街戦訓練を行う予定である」
と、大佐はガラリと口調を改め、おどけたような口ぶりでテーマを変えた。
「そこで一つ、諸君に宿題を出す。
我が連隊は小隊名に数字を使わない。全て何かの名前で呼称する。敵に我が連隊の全容を知られないためと、今次戦役から導入された通信機での連絡の聞き間違いを回避するためだ。名前は何でもいい。例えば、リアム。君はソバカスが多いな。『ソバカス小隊』という名はどうだ?」
ヨハンセン中尉はエーッとイヤな顔をした。周囲からはまたも笑いが。
「それを決めるのは諸君たちでなく、兵たちからアンケートを取るのだ。集計するのは曹長軍曹たち下士官に一任する。指揮官たる士官諸君たちには、その結果を尊重し投票結果を勝手に改変することを禁じる。『ソバカス』がイヤでも投票の結果は尊重せねばならんというわけだ。曹長、軍曹、しっかり指揮官たちを監督するように」
だが、大方の士官たちにはこの施策が、俄作りの連隊の結束を強化する一環なのだと理解できた。彼らは、グールド大佐の人心収攬の巧みさと細かい配慮とに感じ入った。
大佐は悪戯そうな笑みを居並ぶ下士官たちに向けた。
「Yes,sir、大佐殿」
「何か質問は」
冗談好きな連隊長は笑いを収めて、士官たちを見回した。
「大佐、作戦名はなんですか?」
一人の士官が立ち上がった。
「おお! オレとしたことが。それを伝えるのを忘れていた」
和やかな笑いを背にして、大佐は黒板の上にカッカッと大きく文字を連ね始めた。
カラン。
チョークを置くと、グールド大佐は振り返って黒板を叩いた。
「作戦名はこれだ。Operation Market garden 『マーケット・ガーデン作戦』だ。
オレ達空挺部隊が先に降りて橋のたもとに『マーケット』市場を開く。そこに『ガーデン』の機甲部隊がやってきて庭を造る。この帝国陸軍初の空挺部隊と機甲部隊の共同作戦を戦う諸君らの奮闘の後には、『勝利』という名の美しい花が咲き乱れる、というわけだ」
ゴツいマッチョな大佐の意外なほど可憐な言葉に、一同感動して息を呑んだ。
「では、他に無ければこれで終わる。ディスミスト(解散)!」
士官たちは一斉に起立し、敬礼した。
「Ave,CAESAR!」
宿舎に帰ろうとして小屋を出ようとしたヤヨイは大佐に呼び止められた。
「ヴァインライヒ少尉、ちょっと残ってくれ」
え、なんだろう・・・。
「リクルート」が上手く行かなかったお小言だろうか。
小うるさいウリル少将の下で働くようになってから、ヤヨイはそんなことを思うクセがついてしまっていた。
黒板の前に誘われ、椅子を勧められた。大佐の他にはハーベ少佐がいたきりで、後は皆宿舎に帰ったようだった。
「少尉、いや、ヤヨイと呼んでもいいかね? 先の徴募の件はご苦労だったな。君たちのおかげで貴重な戦力が10名も増えた」
大佐は和やかに話しはじめた。その隣の少佐も温厚そうな表情をさらに緩めていた。
「・・・たった10名、でしたか」
「いや、上出来だぞ。思うにアレは初動のキャッチコピーが悪かったのかもしれん。だが、オレには『バカ』以外には思いつかなくてなア・・・」
大佐の、意外にカワイイところを発見し、ヤヨイも心を和ませた。
「だが、少尉がリーズルを連れて来てくれたのは僥倖でした。第十三軍団でも射撃の名手である彼女が予備役に編入されたのを惜しむ声が大きかったのです、大佐」
そうだ。
ハーベ少佐は第十三軍団から来たと言っていた。機密の一件を思い出し、ヤヨイはハッと身構えた。それを察して、大佐は彼女の肩を優しく叩いた。
「気にせんでいい、ヤヨイ。実は全て知っているのだ。君を我が連隊に請い受ける際にウリル少将から全て聞いたのだ。君が第十三軍団にいたことも、レオン少尉を逮捕した経緯も」
そうか・・・。
やはり、「消滅」ではなく、「逮捕」なのか。
そこだけは極秘なのだな。そうゆーのは先に教えておいてくれよ、と心の内で密かにウリル少将を詰るヤヨイだった。
「第十三軍団全軍に緘口令が敷かれ、表立っては口にしてはいけないことになっているのも知っている。だが、あの軍団で君のことを知らない者はいない。『軍神マルス所縁の軍団』と言い合っている兵もいるのだ。ミカサ事件の後は特にその色が濃くなった」
そこでヤヨイも胸襟を開いた。
「はい、そのようで・・・。実は、一昨日十三軍団に行ったのです。前線司令部でポンテ中佐にお会いした折にそれを伺いました。大変光栄で、名誉なことだと、思うのですが・・・」
そう言えば、ハーベ少佐もポンテ中佐も、どことなくタイプが似ているのに気づいた。中肉中背で温厚そうな田舎のおじさんか、商店のオヤジさんのような・・・。
「そういうことだ、ヤヨイ。
実は君に残ってもらったのは、それがため、なのだ」
大佐は漸く核心に触れる件を話しはじめた。
グールド大佐は傍らのハーベ少佐を誘ってさらに膝を詰め、周囲を見回す慎重さ見せて声を潜めた。
「今から話すのはあくまで君たち二人だけの胸のうちに留めておいて欲しい。士官たちにも他言無用だ。いいか?」
少佐もヤヨイも黙って頷いた。
「君たちは共に第十三軍団に所属していた。二人とも、この連隊の士官たちの中で唯一実戦の経験のある者だ。ハーベ少佐、ヘルムートと呼ぶぞ。君は偵察部隊のパトロールでの不期遭遇戦とレオン事件の掃討作戦で。ヤヨイのほうは、今更言うまでもないな。
君とは『御前会議』で会ったな。その後、オレはウリル少将を訪ねた。君が気に入ってどうしても貰い受けたかったからだ。幸運にも閣下は快諾してくださったのだが、その折に『御前会議』の前に行われた準備会議の様子を聞くことが出来た。それはオレの予想通りのものだった」
大佐は額を撫でると少し椅子を引いて黒板を振り返った。
「本来、空挺部隊とは敵の背後に降下して奇襲をする部隊なのだ。このように、味方の先鋒が進軍する前に先んじて降下し、長期間そこを守る部隊ではない。この作戦を立案したのが誰かは知らないが、上はそうした用兵の原則をわかっていないように思う」
先刻の笑いある中にも士官たちを鼓舞した連隊長の、苦渋の心の内が今、空かされているのだ、と思った。
「だが、我々は軍人だ。一たび命令が下れば、最善を尽くして命令を完遂するのが軍人の本務だ。だから、最も激戦が予想されるこの、」
と、大佐の太い指がアルムとナイグンの二つの拠点を指した。
「この二カ所に最大兵力を配することにした。それぞれ、一個大隊。約360づつの兵力配置をしようと思う。明日、正式に発表するが最前線には大隊長としてヘルムート、君を据える。そして後方と最前線とを繋ぐ重要な拠点にはヤヨイ、君を小隊長兼、大隊長補佐として配置したい。
陸軍軍法は上官への下命を禁じている。それに大勢の部隊の指揮は君の手に余るだろう。
だが、レオン事件とミカサでの君の実績を、オレは高く評価しているのだ。二つの事件での君の忍耐力と実行力は驚嘆すべきものだと思っている。だから、今回敢えて君を貰い受けに行ったのだ。
本当に強い兵隊と言うのは、マッチョでも、カミソリのような切れ者でも、蛮勇の持ち主でもない。穏やかで温厚、その時が来るまで耐えるべきを耐える。だがひとたびいくさともなれば鬼神に変わる。自分を部下を完全に抑え制御できる者。それが本当に強い戦士だ。
士官たちは皆若い。実戦の経験もない。イザとなれば浮足立ってしまうかもしれん。敵中に孤立すれば、なおさらだ。
ヤヨイ。君には大隊長となる者を援け、助言をして欲しいのだ。そして機甲部隊が来るまで耐えて、このいくさを勝利に導いて欲しいのだ」
グールド大佐の大きな手が、ヤヨイの細い肩を掴んだ。
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