遠すぎた橋 【『軍神マルスの娘と呼ばれた女』 3】 -初めての負け戦 マーケットガーデン作戦ー

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13 11月6日 第二軍、最初の村落を攻撃。「マルス小隊」発足す 

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 ヤーノフとボリスは翌朝無事にシビルの里に帰って来た。二人の妻も、残されていた五人の子供たちもみな父と兄の無事の帰着を祝い、喜んだ。

 だがヤーノフは、悩んでいた。

 テレシコフ老の話は、驚くべきものだった。

 まず、帝国は捕虜にした者を殺したりはしないのだと。

 それだけではない、奴隷にした者に読み書きを教え、帝国語を学ばせ、手に職をつけさせたり様々な教育を受けさせるのだという。さらに驚くことには、奴隷の身分は最初だけで、その主人の考え次第では、早々に解放され一般の市民になれるのだという。

 帝国に囚われた者の中には帝国の様々な分野で商売をしたり軍に入ったりして銭を得、立派に生活しているものが多いということだった。捕虜を捕まえれば殺して首を切って皮を剥ぐ我々とは、帝国は全く違うのだと。

 さらに、帝国が川を越えてこちらの領域に侵攻し、民を虐殺したのは15年前の一回だけで、それ以降はたとえ侵攻してもすぐ戻って行ってしまうのだと。

「それは何故なのか。何故帝国は我らの土地を奪おうとしないのか」

 それが最大の謎だった。つい先日も帝国軍が地を覆うような大軍で攻めてきたが、雷の兵器を用いただけで、里も焼き討ちせず、何も奪わず誰も殺さずに引き上げてしまっていたのだ。

「それは簡単だ、ヤーノフ。帝国にとって、我らの土地など魅力が無いのだ」

 とテレシコフは言った。

「帝国は我々が国境を越えさえしなければ何もしてこない。今年の初夏、河を渡って帝国に進入しようとしていたオム族が、逆に川を越えてきた帝国に打ちのめされて散々な目に遭ったことを知っているだろう」

「うむ」

「あれとて、帝国はオム族を北に押しやったのを見ると河を渡って南へ帰ってしまったではないか。我々を滅ぼそうとするなら、大軍勢で村を占領し焼き討ちするはずだ。それなのに先日も、やって来たと思えば我らを掃討もせず焼き討ちもせずに再び帰ってしまった」

 ヤーノフは頷かざるを得なかった。

「ヤーノフよ。わしはなぜお主がわしに会いに来たか、わかるぞ」

 皺の刻まれた白髪の老人は、その濁った眼をヤーノフにピタと合わせた。

「もしかしてお主は、帝国と手を結び、同盟を結ぼうと考えてはおらぬか」


 

 ふいに幼い我が子の泣き声が上がり、ヤーノフは思索を破られた。

 妻たちが子をあやし乳を与えるのを背に、丸太を組んだだけの粗末な家を出て、夕暮れ迫る高い晩秋の空を仰いだ。視線は自ずと南にゆく。そして彼は再び思索に入り、テレシコフ老の言葉に戻って行った。


 

「同盟などは考えてはいない」

 ヤーノフは本心を偽った。

 だが、その嘘はすぐに見破られた。

「ヤーノフよ、案ずるな。実は俺もそれを考えていたのだ」

 二人の話を聞いていたヴラディーミルが告白した。

「お前の気持ちはわかる。そんなことが露見すれば我らは他の部族から目の敵にされ、集中して責めを受けるだろう。民族の裏切り者だと。

 だが、もう部族同士小競り合いを繰り返し、首を切って皮を剥ぐ時代ではないとおもうのだ。俺も考えていたのだ。今こそ好機だと」

 そこでやっとヤーノフも本音を漏らした。

「そうだ。その通りだ」

 と言った。

「他の部族の責めは受けたくないが、例えば、あのテッポーを手に入れたり、子供たちに教育を受けさせたり、作物の知恵を得たり、家畜や馬をもっと殖やす方法を学んだり。帝国と繋がることで得るものは多いと思うのだ」

「だが、その見返りに、我らは何を与えるか。与えることが出来るのか、であろう。見返りもなしに利を与える者はいない」

 ヴラディーミルは、ヤーノフの心を読んで先を言った。

「帝国が見返りもなしに我らに恩恵をあたえるわけがない。帝国は土地を欲しがらない。彼らは、我々が南進しさえしなければ、良しとする奴らなのだ」

 ヴラディーミルも同じことを考えていたのは収穫だった。同じリスクを悩んでいたことも知れた。それならばと、ヤーノフは兼ねてから考えていたことを口にしようとした矢先、

「あるぞ。与えるものはある」

 テレシコフ老は言った。

「それはなんだ、長老」

「考えてもみよ。なぜ帝国は川向うに陣営地を置き、兵を置いているか。

 我らの南進に備えているからであろう。言い方を変えれば、我らが帝国に他部族の南進を知らせれば彼らの利益になる。帝国は我らに土地を荒らされず、未然に危機を防ぐことが出来るのだ」

「我が同胞を裏切れというのか」

「毎年のように小競り合いをし、捕虜を取ったり取られたり、首を切ったり切られたりしている者同士が『同胞』か? そのような同胞が、我々に必要か?」

 テレシコフ老の言葉は、ヤーノフの逡巡を打ち砕いた。

 老は「疲れた」と言った。

「ヤーノフよ・・・」

 ヴラディーミルに身体を支えられつつ、老は床に横になった。

「わしはもう長くない。人の倍も生きれば十分すぎるほどだ。だが、お前たちは、まだ若い。我らにとって、なにがトクか。どのような道が我らの幸せになる道なのか、考えれば自ずと道は開ける。

 そして、それを考え、行動するのが、一族の長たるお前たちの役目であろう」

 口が渇くのか、何度も唾を飲み込みつつ、老は切々と訴えるのだった。

「帝国にも、いくつかの部族があるようじゃ。

 今年の夏の初め。オム族が散々に痛めつけられ、北に敗走していったのを覚えておろう。

 その折の帝国の部族は、話の分かるやつらかも知れん。オム族は南に攻め込もうとして集まったところを討たれた。だが、やはり帝国は逃げるオム族を深追いせず、逃げ遅れた女子供を捕虜にしただけで南に帰った。

 その折のことを、わしは知った。オム族の者が目にしたところでは、帝国の兵の中に青い肌の者がいたという」

「我らの、他の部族の者が帝国にいたということか?」

「どの部族の者かはわからぬ。恐らくは、昔帝国に捉えられ、帝国の奴隷となった者であろう・・・」

 そこで老は最後の力を振り絞るように、語った。

「ヤーノフよ。もしお前が帝国に話をしに行くなら、そのオム族を押し返した帝国の部族に渡りをつけるがよかろう。それでどうなるかは、わしにもわからぬがな。だが、お前が考えていることがもし成就するなら、その道が、最も近道となるやもしれぬ」


 

 ヤーノフの目の奥に、テレシコフ老の切実な瞳の光が焼き付いていた。

 夕餉の支度が出来たと、若い方の妻が呼びに来た。ヤーノフは回想を終えた。

 諍いを繰り返し、部族の者が囚われて首を切られ、その報復に他の部族の者を捕えて首を切る。そのようなことを繰り返すのはまったくの無益だと思う。

 この地に住むどの部族の者も、こうして安心して妻と子供たちと夕餉を共にし、子孫を育むことができる世にせねば・・・。

 辺りの家から立ち上る夕餉の匂いを嗅ぎながら、共に家に戻る道々、若妻の甘い香りと彼女のやわらかな腰の感触を感じつつ、ヤーノフは心に固く誓うのだった。


 


 


 

 第二軍は順調に進撃を続けた。

 強力な長距離砲に守られた歩兵部隊は、砲の射程内ギリギリまで前進すると塹壕を掘り敵の進撃に備えた。歩兵が穴に潜り終わると長距離砲は射撃を止め歩兵部隊の背後まで前進しまた砲を撃ち始める。そのような漸進的な進撃のために速度は遅い。だが敵は隙の無い帝国軍の進撃に取り付く島もなく次第に西へと退却していった。

 前進する第八軍団の前に村落が現れた。村人たちはすでに逃げ出していたのか、人影はなかった。それでも長距離砲はまず村落を集中して攻撃し、燃え上がって灰燼に帰した村に歩兵部隊が侵攻しあっという間にその辺り一帯を占領した。

 逃げ遅れた避難民たちの一部が第八軍団の最前線に現れ庇護を求めたが、兵たちはこれをにべもなく撥ねつけ、西に追いやった。

 この非道な措置は第二軍の司令部からの厳命だった。

「避難民は原則受け入れない。全て西に追いやる。チナの奥地へ避難民を逃げ込ませることによって敵に混乱を生じさせチナ人たちをして王国に対する反乱を誘発させる要因にする。惹いてはそれがチナの政変のきっかけになるやもしれない」

「もし仮に敵が30年前の『盾の子供たち』の時のように幼い子供たちを盾にして来たら、長距離砲を叩き込んで撃退する」

 その残酷とも言える措置は皇帝の名代として戦線の視察に訪れた『国務長官』ヤン議員自ら軍司令部に提案、実施された。

「ハットン司令官。この提案は非道で非情なようですが、もしそれにわが軍が怖じて攻撃を躊躇えば、敵はその卑怯で卑劣な手段を有効な武器と考え、さらに多くの子供たちが犠牲になります。帝国の総力を挙げたこの戦役を銃後で支える帝国の国民また然りです。要は敵にそんなことをしてもムダだと思わせればよいのです」

 かつての『盾の子供たち』自身の口から発せられた提案は、重かった。だがその提案のおかげで兵たちも人道と命令とに葛藤することなく任務を遂行できるようになった。そしてその覚悟と気迫が通じたのかどうか、それとも、進撃に進撃を重ねた第二軍のスピードが速すぎ、そんな手間をかける暇もなかったせいなのか、第二軍の兵たちは「生身の子供の盾」を使う敵には遭遇せずとも済んでいだ。

 心配していた雪もそれまでのところは低気圧の襲来が無かったおかげで第二軍の進撃を阻むほどではなく物資の輸送も滞りなく進んだ。寒さで土地は凍ったが、それが却って泥濘地での進軍を容易にし、浅い川の凍結は人馬の通行を援けた。

 つまるところ第二軍は、予定よりもややスピードを上げて最終目的地であるチナ北部の大都市クンカーとその一帯の郡部攻略への道をひた走っていた。


 


 

 落下傘連隊の兵たちに作戦の概略が発表され、それぞれの攻略目標を担う士官たちの名も明らかになった。

 発表は東から順に行われた。

「第一目標ソマ。二個中隊。総指揮官中隊長ジークムント・アイゼナウ大尉」

「将校クラブ」の異名をとっていた最も大きな小屋の前に立ったグールド大佐が士官の名を読み上げると呼ばれた士官が左右から進み出て兵たちに向かって立つという具合に。そして総指揮官の部下となる士官たちの名が読み上げられ、五個小隊五名の士官がアイゼナウ大尉の後ろに並んだ。

「第二目標アイホー。ここにはオレが連隊司令部も置く。二個中隊の指揮官としてトビアス・クラフト大尉。以下小隊長として・・・」

 そして、ヤヨイの向かうナイグンの番が来た。

「第三目標ナイグン。一個大隊。総指揮官大隊長エルンスト・カーツ大尉、大隊長補佐ヤヨイ・ヴァインライヒ少尉・・・」

 小屋の反対側には兵たちが雑然と並んでいたが、多くの兵から「おおーっ」というどよめきが起きて、そのどよめきに少なくない兵が笑いを誘われた。多くの兵がヤヨイの部下になりたがっていて「お前もかよ!」という素朴な競争心を披瀝してしまったのがなんとなく恥ずかしくも可笑しかったのである。

 これには名を読み上げていたグールド大佐も思わず「フッ・・・」と笑みを漏らした。

 ヤヨイは一人、赤面していた。

「そして第四目標アルムが機甲部隊の最終目的地になる。一個大隊。総指揮官大隊長ヘルムート・ハーベ少佐・・・」

 目標と指揮官たちの発表が終わるといよいよ兵たちの配属が行われた。

 まず小隊長である士官の名が呼ばれ、その小隊に所属する下士官が兵の姓を読み上げていった。

「今から姓を呼ばれた者は名を言って前に出て指揮官殿の前に並ぶように。オーギュスト、」

 兵たちの中から手が上がり「ハインリヒ!」と名を名乗って少尉や中尉の前に並んで行く、という具合に。

 そのようにして兵たちの群れが半数になった時には彼らの中の期待が否応にも高まっていった。もしかすると・・・と。

「では次の小隊。指揮官、ヴァインライヒ少尉どの」

 ヤヨイの部下となる曹長から名を呼ばれ、ヤヨイは前に進み出た。

「次にヴァインライヒ小隊の兵を読み上げる。クルッペ、」

「ヴォルフガング!」

 名を名乗った金髪の灰色の瞳の兵はまだ二十歳そこそこだったが、やったあーっ、というようにガッツポーズを作ってスキップするようにヤヨイの前に進み出、ジャンプするように彼女の真ん前に立った。ヤヨイの目と鼻の先の彼の無邪気そうな瞳に見つめられ、ヤヨイは頬を真っ赤にして俯いた。

 そのようにして二十数名の部下が彼女の前に並ぶころにはヤヨイもさすがに顔を起こして前を向いた。

 ヤヨイの小隊の兵として最後に姓を呼ばれた女性兵の声に、思わず胸が熱くなった。

「ルービンシュタイン!」

「リーズル!」

 金髪の美女は列の一番後ろからウィンクを送ってくれた。慣れない指揮官として心細い思いを抱いていたヤヨイだったが、それでかなり救われた。

 千人余りの兵の配属が決まると、グールド大佐が場を締めた。

「これで兵の編成が終わったわけだが、今ここにいない若干名の兵についてはそれぞれ看護兵、通信兵の専門教育を受けるべく、諸君らに先行して近衛軍団に戻っている。他の者は同じように特別訓練を受けるべく、然るべき施設に派遣している」

 特別訓練?

 士官も兵も頭を傾げている間に曹長の一人が声を張り上げた。

「只今から就寝時刻までは小隊親睦を図るための酒宴とする。各小隊はトラックより酒と食材を下ろし、各兵舎まで運べ!」

 イエーァ! ヒャッホーッ!

 兵達らから大きな歓声が上がったのは言うまでもなかった。休日もなく、ただひたすら飛び降りの訓練に明け暮れてきた兵たちにとって、長い者は三週間ぶりのハメを外せる時がやってきたのだったから。

 ヤヨイは何もすることがなかった。

 全ての仕切りお膳立ては曹長のグレイがやってくれた。その名の通りの銀髪で、年はあのミカサで世話になった四十手前だったヨードル曹長よりも少し若いくらい。こういうのを若白髪と言うんだろうか。彼の指示で兵たちが動き、グリル(バーベキュー)用の炭を熾したり、木の皿やフォークを用意し、食材のヴュルスト(ソーセージ)やフューン(チキン)に串を刺したり、ブロット(パン)を切ったり、チナ産ワインやビールの小樽を開けたり、テーブルを拭いたりしていた。

 あまりに無遠慮に見つめるヤヨイの視線を感じて、生真面目な質らしい曹長は、

「なんでしょうか、少尉殿」

 と言った。言われてハッと気づき、

「ご、ごめんなさい。あんまり素敵な銀の髪だったものだから・・・」

 素で反応してしまった。

「ああ、そうですか」

 銀髪のグレイ曹長は万事素っ気なかった。小隊の女房役である下士官と言えば、レオン少尉の事件の時に反乱を起こし鎮圧部隊との戦闘で死んだチャン軍曹を思い出す。小隊全員の頼もしい父のようだった彼に比べると対照的な寡黙な男だった。だがイヤな感じはしない。ヤヨイもまだ若干二十歳ながらすでに戦士としての経験は十分積んでいる。なまじお調子者よりもこういうタイプのほうが混戦時や苦戦時に頼りになりそうだと思った。軍隊という組織はともかく、戦闘は愛嬌だけでこなせるほど甘くはない。

 その代わり兵たちは、なんでこんなのばっかり・・・。というようなハチャメチャな男どもと女どもが揃っていた。

 なにしろ、二十数名のその四分の三を占める男のほぼ全員が目を♡にしてヤヨイの周りに集まっていた。それまでの小屋でも様々な質問を受けたが、ほぼ全員が他の小屋にいた者達だったから同じような質問攻めに遭った。

「少尉は平民ですか?」

「今まで敵を何人ぐらい殺しましたか?」

「・・・あの、彼氏はいますか?」

「オレ、立候補したいっス!・・・、ダメスか?」

 目をハートにしているのは男だけではなく、女もいた。

「少尉・・・♡」

 ヤヨイを見つめ無言で目を潤ませているアブなそうな女性兵。悪いがヤヨイにはそっちの趣味はない。

「ははは・・・」

 乾いた笑いしか出なかった。リーズルがそんなヤヨイをニヤニヤしながら見つめていた。なんとかしてくれよと言いたくなったが、これも指揮官としての試練だと思い、堪えた。

 訓練場に夕闇が迫り焚火の炎が夕陽よりも明るくなった。そこここの小屋の前で上がる香ばしい香りが周りの荒野に流れ始めるころにはすっかり皆腹を満たし、いい感じに出来上がり始めていた。

 大騒ぎしながら食いかつ飲む兵たちに囲まれつつ焚火を見つめながら、ヤヨイはしばし物思いに耽った。

 戦争とは不思議なものだと。

 西の北の最果てで凍えそうになりながら敵と戦っている者もいれば、最新鋭の戦艦の兵員食堂で旨そうな料理を腹いっぱい食っている者もいる。荒野を歩き回って原油の油井を探す者もいれば、偵察機に乗って地上の写真を撮りまくる者もいる。開発されたばかりのトランジスタを組み込んだ無線機を組み立てている者もいれば、だいぶ冷えるようになってきた夜にも拘わらず酒を飲んでバカ騒ぎして焚火を囲む者もいる。

 それらは全て戦争のためだった。

 戦争とは、まったくもって、不思議なものだ。

 旨そうな匂いを嗅ぎつけた野生の獣たち、ジャッカルやコヨーテの来襲を予防するために、兵たちが宿舎の周りに松明を灯し始めるや、それぞれの小屋の小隊たちは自然に焚火の周りに車座になった。

 それを待っていたかのように、生真面目なグレイ曹長がおもむろに仕切り始めた。

「少尉はすでにご存じと思いますが、諸君、これから小隊名を決めねばならない。各小隊長のニックネームや外見中身何でもいいらしい。聞き取りやすく覚えやすい名前を各自考えて集計し決定することになっている。少尉をあれこれ質問攻めにした者もいるようだが、参考のために今一度少尉から自己紹介をしていただこうと思う。少尉、よろしいですか?」

 第十三軍団についてはリーズルもいることだし話さねばならないだろう。が詳細は伏せた方がいいだろう。それ以外はできるだけこの機会にみんなに知ってもらおうと思った。ヤヨイは、この兵たちの指揮官なのだ。兵たちを手足のごとく使うために、彼ら彼女らから仰がれるためにはまず、心を獲らねばならないと思った。

 ヤヨイは、話した。

「何から話したらいいかしらね。

 そうね。皆も平民よね。わたしもそうなの。

 わたしの母の先祖はヤーパンの人だったらしいの。母の名前はマリコ。わたしたち十二人の兄弟姉妹もみんなヤーパン流の名前がついてる。

「ヤヨイ」というのは月の名前なの。わたし三月十五日が誕生日で三番目の子だから「三月」っていう意味。一番上の姉は一月の「ムツキ」一番下の弟は十二月の「シワス」って具合ににね。おかげで小学校のときに「マルス」ってあだ名がついたわ。

 リセに上がると母から離れて寄宿舎に入った。同室の男の子たちに絡まれるのがイヤで体育の先生にカラテを習ったの。思えばそれが今こうしてここにいるきっかけになったのかしらね。

 わたし、子供のころから夜空を見上げて星や月を観るのが好きだったの。いつかあの星や月に行ってみたいな、と。そしていろんなことを勉強するうちにその星々から電波が出ていることを知った。遠く離れた人と話ができるのも知った。電波を送って反射した電波を受け取ると、遠く離れたところにある物の距離と方角がわかるのも知った。それで電波のことをもっと知りたくなって大学に行ったの。授業は真面目に受けたわ。昼寝してても単位がもらえる授業には、特に熱心にね」

 そこで兵たちの笑いを取ることに成功した。

「で、院まで行って研究の道に進もうと思ったのだけれど、そこで徴兵されて第十三軍団の偵察部隊に配属になったの。そこでグビグビビール飲んでるリーズルとは実はその時からの仲なの」

 口の周りに白い髭を着けた彼女は舌を出してぺろりとやっていた。

「それからまあ、いろんな経緯(いきさつ)で特務機関に転属になって、最初の任務が海軍のミカサだったというわけ。あとは皆が知っているようなこと、かな・・・」

 あまり自慢話にならないように、気を遣った、つもり。

「でも、元老院でアイゼネス・クロイツなんて、スゴいっス! めっちゃ、クール~!」

「あなたは、えーと・・・」

「フォルカーです。フォルカー・ハイネマン一等兵であります!」

 いかにもヤンチャそうな若々しい栗色の髪。

「よろしくね、フォルカー。でも、スゴくはないのよ。これにはいろいろあってね、偶然に偶然が重なったっていうか・・・」

「皇帝陛下の御子息であられるヤン議員からでしょう。少尉、ケンソンしすぎですー!」

 彼女は目をハートにしていた、ヤヨイと同じブルネットの女性兵だった。ポニーテールの似合う可愛い娘だ。

「あなたは?」

「ビアンカ、ビアンカ・エッケルトです。階級は二等兵です。まだ徴兵中なので」

「ホントに? よく志願したわね、ビアンカ。志願、なのよね?」

「ミカサのニュースを聞いて、あなたに会いたいと思いました。憧れだったんです、少尉。あたしもあなたみたいになりたいと。幸運にもあなたの小隊に入れて、あたしシアワセなんです・・・♡」

「はは・・・、よろしくね、ビアンカ」

 冷や汗を拭いながら、そこでふと気づいた。

 この小隊は何故か全員ドイツ系だ、と。小隊だけではなく、この連隊がほとんどドイツ系なのだ。思うにドイツ系は「バカ」なのだろうか。面白くなってそれを口にしようとしたら、

「曹長殿!」

 焚火の向こうから声が上がった。

「なんだ・・・、えーと・・・」

 グレイ曹長は空を見上げていた。自分で読み上げた名簿を度忘れしたようだった。不愛想な下士官だが僅かに人間味を感じて微笑ましく思った。

「フリッツです。フリッツ・ローゼン上等兵です」

 フリッツは怜悧そうな、才気の迸るような短い金髪の好男子だった。

「あの、小隊名ですが、今の少尉のお話からすれば、もう決まったようなものだと思うんですけど」

 そう言って好男子は微笑んだ。

「それはなんだ、フリッツ」

「え? ですからそれは・・・」

 生真面目なグレイ曹長の問いかけに困惑しているフリッツ。が、リーズルはそんなやり取りなどどこ吹く風で、ひとりビールの小樽を抱え木のジョッキに何杯目かになる白い泡の立つ黄金色の液体を注いでいた。


 

 翌朝、ヤヨイは彼女の「マルス小隊」と共に大隊長カーツ大尉の乗ったトラックに同乗した。

「貴官とはここに赴任するときも偶然出会った。何かと縁があるようだ。よろしく頼む」

 カーツは言った。

 大隊名はもちろん、「ゲリュエタ(学者)大隊」だった。
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