遠すぎた橋 【『軍神マルスの娘と呼ばれた女』 3】 -初めての負け戦 マーケットガーデン作戦ー

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15 11月9日 第三軍第六軍団近衛機甲師団

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 十一月九日。

 第三軍第六軍団司令部として臨時に徴用されている小学校のギムナジウム(体育館)の周囲には数百頭に及ぶ馬と数十両の偵察車とが集まった。近衛第一軍団第一落下傘連隊のグールドも副連隊長のハーベと共に馬の手綱を結びそのギムナジウムに入って行った。

 体育館の床には所狭しと椅子が並べられ、すでに半ば以上月桂樹や樫の葉を着けた佐官や尉官が冬季軍装で席を占めていた。

「大掛かりだな」

 グールドが言うと、

「総勢一万五千の機甲部隊ですからね」

 ハーベも連隊長の言を受けて館内を見渡して言った。

 二人は近衛第一機甲師団の司令部参謀長に挨拶をしたあと、空いた席を見つけてその帝国初の機甲部隊を統べるボスの登場を待った。

 この戦役から将官の乗る馬車や車両には黄色や灰色やブロンズを表す茶色の旗ではなく帝国旗の赤地に星の数で表すことに決まった。准将は星一つ、大将は四つという具合に。色で表すと遠目からはわかりにくいことがあったためだった。

 フロックス少将は赤地に星二つを着けた旗を立てた四輪駆動車に乗って司令部であるギムナジウムにやって来た。

「ありがとう、軍曹」

 少将は入り口前に彼を下ろしたドライバーに礼を言い、彼の敬礼を受けて足早にギムナジウムに入って行った。

「やあ! やあ! やあ!

 レディース&ジェントルメンズ、待たせてすまんなア! どうかそのまま掛けていてくれたまえ!」

 大勢の「機甲部隊」指揮官たちの居並ぶ後方から会場に入って来たフロックス少将は快活に言葉を発しながら壇上に駆け上がった。この明るい司令官に、居並ぶ士官たちは立ち上がりかけた腰を下ろし惜しみない拍手を送った。舞台袖の少尉が進み出て壇上の上の巻紙の端を長い棒の先のカギにひっかけてスルスルと下ろすと、グールドが黒板に書いた戦域地図がより大きく、きれいに彩色されて現れた。少尉は棒を少将に手渡して敬礼すると舞台袖に去った。

「ありがとう。

 諸君。

 今から話す今回の作戦は諸君がヨボヨボのジジイババアになっても孫ひ孫に胸を張って自慢できる,、末代までの語り草になるぞ! 」

 うわははは。会場から和やかな笑いが起こった。

「今回の作戦は帝国陸軍最初の空挺部隊と最初の機甲部隊による、陸軍初の共同作戦だ。

 作戦名は『マーケット・ガーデン』。

 オぺレーション『マーケット』とはエア・ボーン、空挺作戦を指し、『ガーデン』が我々機甲部隊の作戦を指す。

 地図をご覧いただこう!」

 フロックス少将は地図の一番右を差し、次いでそれを滑らせて一番左端を指した。

「我々第三軍の現在地はここ。そして最終目的地はここ、チナの第二の都市、アルムだ。総延長は500キロに及ぶ、まあ、ちょっとした秋のピクニックだな。

 だが、第三軍全軍が一気に押し寄せるには無理がある。道中の道は片側一車線もない狭い道だし、道の両側は水田があり大軍の一斉行軍には適さない。しかも途中にはこのチンメイ山脈から流れる五本の河がある。

 そこで、わが機甲部隊の登場となるのである。

 我々は一日平均40キロを走破し約二週間後にはこのアルムを占領。もって、チナに降伏を促すというわけだ。

 具体的に説明しよう」

 フロックス少将は棒の先をチンメイ山脈の北の街に指した。

「現在北方の第二軍は順調に行程を消化してあと三日ほどでここ、クンカーの街に取りつく。そして偵察機の報告によれば、敵の首都周辺の主力部隊が第二軍を迎撃するべく西からこのクンカーに異動を開始したとのことである!

 この第二軍と敵の主力の先鋒が接触した時点で、中央軍である第一軍と我が第三軍がほぼ時を同じくして一斉に進撃を開始する。そして、この線、」

 少将は最初に出会う河になるアイエン河の線を指し、

「ここで第三軍主力は停止し、陣営地を構築する。だが、」

 フロックスは居並ぶ指揮官たちを見回すと、ニヤりと笑った。

「我が近衛第一と第二の機甲師団だけは止まらずに、前進する。

 最初の河の渡河地点はここ。川幅も狭く冬に向かう今は水深も浅いため、街道を逸れてそのまま自力で河を渡る。だが二番目の河であるこのゾマはそうはいかない。しかも橋も脆弱だ。それで工兵隊による架橋を行うのだが、敵味方砲弾を撃ち合う中での架橋作業は困難だ。

 そこで、なのだ諸君。

 『マーケット作戦』担当近衛落下傘連隊が我々に先んじてこの河に降下し、架橋地点を確保、工兵部隊の活動を援護してくれる。

 さらに、」

 フロックス少将は第三の河を指し、

「ここアイホーでも空挺部隊の一隊が降下して我々のために橋を確保してくれる。

 その先のナイグン、アルムには落下傘連隊の最大兵力が配置されて橋を守り、敵の妨害を支えてくれているというわけだ」

 そこまで言うと、フロックスは客席を見渡した。

「諸君。私はこの歴史に残る作戦の最先鋒として、近衛第一機甲師団の「バンディット(無法者)」中佐を任命しようと思う」

 すると指揮官たちの列の中ほどから、

「またかよ・・・」

 という呟きが漏れた。

「あ? 何か言ったか、ジャック」

 少将の問いかけに、呟きの主は立ち上がって、

「いいえ、何でもありません、閣下。大変に光栄に存じます」

 と言った。周囲の士官たちから和やかな笑いが上がった。

 この『バンディット』中佐こと、ジャック・バンドルー中佐とは、フロックスが北の第四軍団で騎兵大隊を率いていた時に少尉として彼の下についてからの、かれこれ二十年近くにもなる長い付き合いだった。

「諸君、このジャックは十五年前の北の野蛮人戦役の英雄である。彼の行くところ、向かうところ敵なしだった。何故かわかるかね?」

「なんだよもう、また言われるのかよ・・・」

 バンドルー中佐は傍らの少佐に小声で愚痴った。

「彼は風呂嫌いで有名だったのだ。それでさしもの青い野蛮人たちも、彼の放つ強烈な悪臭に生命の危機を感じて彼の部隊が近づくや皆浮足立って敗走したのである!」

 ここでオーディエンス一同大爆笑した。

「今回も、彼さえ先鋒に立てば必ずやチナ兵は彼の異臭に怖気づいて逃げ出すこと請け合いというわけなのであるっ!」

「も、やだ。一生言われるぜ。あの人早く退役しねえかな・・・」

「あ、なにか言ったか? 『バンディット』中佐」

「いいえ、なんでもありません。微力を尽くしますです、閣下・・・」

「Very good!」

 そこでまたまた大爆笑。

 その笑いが収まるのを待ち、少将はブリーフィングを続けた。

「諸君、『スピード』、だ。

 それこそが、この機甲部隊に課された最大の使命なのだ。いかに鼻つまみ者の『バンディット』バンドルー中佐を先鋒に立てようが、わが帝国から盗んだ兵器で強力に武装している敵はしつこく妨害してくるだろう。それを乗り越え、ただひたすら遮二無二、とにかく、何が何でも、押して、押して、押しまくるのだ、諸君!」

 歴戦の騎兵部隊指揮官であり、最新鋭の機甲部隊司令官は、そのブリーフィングを厳かにこう締めくくった。

「諸君。わたしはこの帝国の勃興期の話を何度も聞いたことがある。

 昔、地方の開拓民は度々周辺の野蛮人共に襲撃されて難儀したという。その度に帝都から騎兵隊が駆けつけて開拓民居留民たちを救った。そんな武勇伝、美談は数多く今に伝えられているのを諸君も知っているだろう。

 例えて言うなら、我が帝国初の空挺部隊は野蛮人の跳梁する未開の地を開拓する勇敢なる開拓民だ。

 そして、名誉ある我が近衛機甲部隊は、そんな愛すべき善良なる開拓民を野蛮人の群れから助け出す、栄光の騎兵隊なのである!」

 その場のオーディエンス一同からは大きな歓声と拍手が沸き起こった。


 

 ブリーフィングが終わるや、フロックスは大勢の指揮官たちに取り囲まれた。だが、取り巻きの外に空挺部隊のグールド大佐がいるのを目にするや人垣を掻き分けて駆け寄った。少将はグールドの両手を取って固く握手した。

「大佐。この度は一も二もなく、全て君たちにかかっている。頼りにしているぞ!」

「光栄です、閣下。死力を尽くし、機甲部隊の道を確保する覚悟です」

 グールドは穏やかに微笑した。

「ジャック! 来たまえ!」

 フロックスは指笛を吹いてバンドルー中佐を呼んだ。

 駆け寄って来た中佐もグールドに敬礼し、握手を求めた。

「我が部隊も死力を尽くして前進し、一分でも一秒でも早く、橋に取りつき空挺部隊と合流するつもりです」

 と、バンドルーは言った。

 それに気を良くした機甲部隊司令官は急に声を潜めた。

「時に大佐。『マーキュリー』のことは耳に入っているかね」

「はい。特務のウリル少将から伺っています」

 と、グールドは答えた。

「彼は今『仕度中』でな。ここにはいない。だが第三軍の進撃開始までには戻って来る。通信の周波数その他の細かいところは機甲部隊の司令部から説明を受けて欲しい」

「わかりました、閣下」

「いまさら言うまでもないが、君の空挺部隊と我ら機甲部隊に今次の戦役と帝国の全てがかかっているぞ!」

「承知しております」

「お互いに、幸運をな」

「閣下、お言葉ですが・・・」

 と、グールドは言った。

「エア・ボーンでは『Good luck』は禁句なのです」


 


 

 同じころ。

 帝都の中心街にある外科の医者の戸口から一人の若い男が通りに出てきた。

 流行りの粋な紫のテュニカの上には防寒を兼ねる分の厚い灰色のショールを羽織り、幅広の鍔の大振りのハットを目深に被っていた。

 シュトラッセを行く通行人たちは皆そのハデなハットに気を留めはしたものの、誰もがその異様さには触らずに遠巻きにし、好奇心だけを向けていた。

 若い男は鍔広のハットのせいか前がよく見えなかったらしい。案の定、通りを歩くいささか筋の悪そうないかがわしい輩にぶつかってしまった。

「てめえ、気を付けろっ!」

「どうも、すみません・・・」

 その鍔広帽子の男は慇懃に詫びをした。

「チッ!」

 その筋者も、若者の異様さに気が引けたのかそれ以上関わりを持つことを嫌った。

 若い男はそのまましばらく歩いて今度は女性向けのヘアサロンに入ってゆき、彼を待っていたらしいアーティストと共に店の奥に消えた。

 彼が何者なのか、何をしようとしているのかは、この帝都の繁華街では誰も知る者はなかった。


 


 

 翌、十一月十日、朝。

 帝都を遠く離れた北の国境に近い第十三軍団の前進陣地では、副連隊長のポンテ中佐が監視哨に登り、監視兵から双眼鏡を借りて遥か北のすでに白い雪を頂いている山々を眺めていた。それが彼のここでの毎朝の日課だった。

 この遥か彼方に帝国人の心の故郷であるヨーロッパがあることは、子供のころに歴史と地理の授業で学んだ。だが今帝国に生きているものはもちろん、帝国開闢以来誰一人として今はもう氷に閉ざされているその故郷を見た者はいない。

 ポンテ、という家名も、もとはヨーロッパの南の地中海という暖かい海に突き出た半島に棲んでいた遠い先祖の流れを汲むものだとは知っている。他の欧州人の末裔たちと同じで、ポンテ中佐もまた、一度はその地を訪れてみたいとの思いは心の片隅にある。

 朝の北風は特に冷たかった。最前線の偵察部隊兵たちもすでに冬季用の防寒靴と防寒上下衣を着こんでひと月経っていた。北風に凍える手に息を吹きかけながら、ポンテは北の敵情を観察し続けていた。

 本来ならば副連隊長ともなればこんな最前線に近い野営のような場所に居なくても良かった。あたたかいストーブのある第36連隊本部で雑務をこなしていても問題はなかった。

 だが、彼は『現場』が好きだった。

 もう、十も若ければ、オレも西に行きたかったのだが・・・。

 先月の末に彼を訪ねてきたヴァインライヒ少尉に会ってからはなおさらその思いを強くしていた。

 ヴァインライヒ少尉がかかわったあの反乱事件。

 公式には反乱を起こした首謀者であるレオン・ニシダ少尉は捕縛され、今は終身労役に服していることになっている。だが、偵察兵としての直感で、ポンテはそれがウソ、フェイクであることを悟っていた。もちろん、今まで誰にも一度たりともそれを口にしたことはない。

 直接会ったことはなかった、が、全ての情報を吟味すれば、レオンという優秀な野戦指揮官が行く手を阻まれたからというだけで志を捨てて投降するようなヤワな兵隊でないことぐらい、わかるのだった。

 昔からポンテは、歳が上とか下とか男か女かは関係ない、強い者、優秀な者がエラい、という単純な価値観の持ち主だった。同時に、まだ若干二十歳のみそらでそんな国家機密に関わり、立派に任務を果たしたヴァインライヒが羨ましかった。

 せっかく来てくれた彼女に免じてせめてもと、ヴァインライヒの後を追わせるようにして偵察部隊のイキの良いのを三人ほど空挺部隊に送り出してやっていた。今ごろは彼らもあの娘と共に西への進撃の準備をしていることだろう。

 ほっと小さな溜息をつくと監視兵に双眼鏡を返し、礼を言って監視哨を降りた。

 やれやれ。

 今日もまたつまらん一日が始まるのか・・・。

 そう独り言ちながら地上に降り、司令部の小屋に向かって歩き出した時だった。

「副連隊長どのっ!」

 頭上から大声が響いた。

 いったい何事かと見上げると、今しがたまでいた監視哨の上で兵が叫んでいた。

「真北の方角。敵影らしきもの一、対岸に発見。こちらに向かって白い布を振っています」

 はあ?

 胸騒ぎがした。

「今行く!」

 ポンテは、今しがた降りて来たばかりの監視哨に再び急いで登って行った。監視兵から彼の温もりの残る双眼鏡を奪い取ると北を睨んだ。そして睨んだまま背後の兵に向かって矢継ぎ早に命令を下した。

「前哨陣地に早馬を出せ。絶対にアイツを殺すなと。それから連隊司令部にもだ。幕僚の一人を大至急寄越せと。それから・・・」

「それから・・・、なんでありますか、中佐殿!」

 監視兵は問い返した。

「アレックスを呼んで来い!」

 と、付け加えた。

 どうなるかはまだわからない。だが、ヒマを持て余している身には、格好のヒマ潰しにはなるかもしれん、と思った。
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