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47 リーズルと覗き魔
しおりを挟む11月24日の朝が明けた。
降下してから十日目。
夜中まで続いた敵の砲撃は明け方前には一段落し、ヤヨイたちは拠点で車座になってパンと缶詰と乾燥させて固形にしたスープの素をお湯で溶かしたので戦闘糧食を摂っていた。
心配していた歩兵の夜襲はなかった。
「これは長期戦も覚悟しなくてはならないかもな」
丘の上のウェーゲナー中尉も川岸の陣地にいる「でぶ」のオットー少尉も通信でそんな懸念を口にしていた。
だが、ここは耐えねばならない。
「本当に強い兵、本当に強い軍隊とは一騎当千の強者や寡兵で多数の敵に挑む華々しい部隊を指すのではない。本当に強い兵や軍は命令あるまでただひたすらじっと耐え、敵に挑発されても忍び、しかしひとたび命令が下るや遮二無二敵に向かって突き進むことのできる兵を言うのだ」
グールド大佐も、かつてのレオン少尉もそんなことを言っていたのを思い出す。
少尉に任官して初めて部下を指揮するようになってから、ヤヨイは何かとレオン少尉を偲ぶことが増えた。時折聞えるようになった内なる言葉も、きっとそのせいなのではないだろうか。
と。
ズズ・・・。
ラジオの小さなスピーカーが鳴り、グールド大佐の声が響いて来た。
「『渡り鳥』より『マルス』へ」
ヤヨイは直接通話に出た。
「こちら『マルス』」
「ああ。ヤヨイか。無事か」
ここにきてグールドまでもが通信でヤヨイを名前で呼ぶようになった。
「ここも丘も前哨も西も、みんな少し寝不足気味ですがなんとか生きています」
この期に及んでもまだ軍隊ズレしていなかったヤヨイは、自分の上官にも市井の言葉を使った。
「そうか」
と、落下傘連隊長は言った。
「いいニュースがある。アイホーの部隊が総攻撃を開始した。その前哨戦に我が空挺部隊も臨時に騎兵として参加した。敵陣への奇襲に成功し陣営地の半分を焼き討ちし、敵の弾薬庫を爆破した。損害は負傷が二名だけ。今作戦を終えて東に帰投中だ」
奇襲作戦は成功とは言えなかったがグールドの意図は敵中で奮闘する部下の士気を鼓舞することにある。
「早ければ今日中にアイホーの敵を排除できるだろう。明日か明後日には『猟犬』がナイグンに到達する見込みだ。今しばらくの辛抱だ。それまで、ガンバレ!」
いつ終わるとも知れなかった任務に光明が差す思いがした。
「何よりのニュースです、連隊長殿。兵たちもそれを聞いて元気づくでしょう。ガンバリます!」
「キミらの奮戦は機甲部隊だけでなく第三軍全てに響き渡っているぞ。他の拠点にも伝えてやってくれ」
通信を終え、ヤヨイは疲れを見せ始めた「マルス」の面々に吉報を伝えた。
「みんな、聞いて。今朝アイホーの友軍が総攻撃を開始したそうよ。アイエンとゾマに降りた空挺部隊も騎兵として奇襲攻撃に参加して戦果を挙げたって。機甲部隊は早ければ明日にもここに到着するらしいわ。もうひと頑張りよ!」
いつも元気なフォルカーまでもが疲労を顔に滲ませていたが、明るいニュースに接し平素の快活を取り戻した。
「イエ~イ! やったね。これでやっと戦闘糧食以外のメシが食える」
「あんたが明日まで生きてればね」
グレタが冷ややかに混ぜっ返した。
「縁起でもない。相変わらずクールね。あ、グレタ。またなんか来てるわよ」
ミシェルが再びがーがー言い始めたラジオを指した。
「『優等生』より『マルス』。ヤヨイ、聞こえるか?」
受信と橋の反対側からの爆音とが同時だった。ヤヨイは再びヘッドセットを着けた。
「ヤヨイです」
「西にお客さんだ。ゲリラではなくミンの正規部隊だ。やつら西に回り込んだようだ」
「夜のうちに移動したんでしょうか。被害は?」
ヤヨイの横でみんなと一緒にパンを齧っていたタオが何かを察して不安げな顔を上げた。ヤヨイは優しく彼の頭を撫でた。
「まだない。擲弾筒で牽制しているが敵は損害を度外視して前進してきている。総力戦になると火力で劣る分こちらが不利だ。だからその前に三個小隊ほど繰り出して機動戦を展開し、敵がさらに回り込んで包囲しようとするのを牽制しようと思う。ボクが直接指揮を執る」
「わかりました」
と、ヤヨイは応えた。
「ところで今『渡り鳥』から連絡がありました。アイホーで友軍が総攻撃をかけたそうです。早ければ明日にもナイグンに到達すると」
「Oh! そいつはいいニュースだ。それまで橋を持たせないとな。では、アウト」
ヒュルルル・・・。
ズガーンッ!
大きな爆発音が近かった。拠点であるタオの家までもが揺れた。
「小隊長殿! 北の敵が撃って来ました。丘の手前に弾着!」
「なんですって、丘の手前?!」
上に行こうとしたヤヨイはラジオのスピーカーからの声に立ち止まった。
「『マルス』! 聞こえるか?」
今度は丘の「覗き魔」ウェーゲナー中尉からだった。
「はい」
「また砲撃だ。北のお客さんが夜のうちにまた前進して来たぞ。西にも来てる」
「今の砲声がそうですか? ヨハンセン中尉から西に回り込まれたと連絡が・・・」
「そうだ。とにかく応戦する。だが擲弾が足りない。特にデカいほうのヤツだ。補給を頼みたい!」
「了解。すぐに配達します」
「急いでくれ。敵に回り込まれると厄介だ」
ダンッ!
二階で銃声がした。だがもうみんな慣れっこになっていて誰も驚かなかった。
拠点であるタオの家の二階の見張りは六名に増員されていたがその中にリーズルとビアンカがいた。二人は朝食もそこそこに砲撃で崩れた壁を胸牆代わりにして床に腹ばいになりお尻を並べて南へ銃を構えていた。昨日リーズルが一人仕留めてからは南の動きはなかったが、予備役上等兵はこの機会を利用して徴兵されたての二等兵に遠距離射撃法を教授しておこうと思ったのだ。射撃というのは向き不向きがある。気の逸った人間には向かない。少し抜けたところもあるビアンカだったが、リーズルは「マルス」の中では一番素質があると思っていた。
「ああん! 外しちゃいましたあん・・・」
硝煙の上がるライフルを構えたビアンカがそう言って舌を出した。
「銃床はしっかり肩に当てて頬を着ける。新兵訓練所で習ったでしょう。基本よ。銃を構えたら目標、照星、照門を意識する。目標を照星に一致させるか照星の上に置くか下に置くかは目標との距離によるし銃とあんたの相性にもよる。日頃から練習して距離感とあんたの銃のクセを掴んで置くのは大事よ。
今度はさっきの壁の隣、あの焼け跡の燃え残った柱の上を狙ってごらん。距離はそう、300ほどはあるわね」
「まだ撃ってもいいんですかね」
「いいよ。むしろたまに撃つ方が調子に乗って近づいて来ようとしてる敵の牽制になる」
「では、行きます」
そう言って女性二等兵は構えた銃の引き金を絞った。
「呼吸は自然に。止めるよりもむしろ鼻から静かに吐き出しながらの方がいいよ。余計な筋肉のこわばりがなくなる」
リーズル・ルービンシュタイン予備役上等兵は銃の名手である。
彼女はかつて帝国北方の辺境を守る第十三軍団で独立偵察大隊に所属していた。ヤヨイと知り合ったのはそれが縁だった。
帝国の多くの平民と同じく姓をもらった父親の顔を知らずに育ったが、生母が四女となるリーズルを出産した後に高額な慰労金を受け取って国母貴族になる道を捨て、平民出の小金持ちの元に嫁いだ。だから今も母との行き来はあるし、もし職業軍人になっていなければ銃と関わりない道を進むこともあったかもしれない。
リセ卒業後、特に将来の夢も持たぬままに農場で働いていたが、多くの平民出身の者達と同じく二十歳になって徴兵された。他の女性新兵のように軍隊で誰かいい男でも見繕って早々に家庭に入ろうなどという願望もなかったのでどうせならと、最も過酷だが俸給の高額な偵察部隊を志願した。それがリーズルの銃との出会いとなった。
軍から貸与された銃は不思議にリーズルの手に馴染んだ。
冷たい滑らかな銃身。手に吸いつくような銃把。官能的なほど美しく精巧な機構。そして、どんな大男でも脳天か心臓を射抜けば一撃で倒せるという万能感を与えてくれる相棒。
銃との出会いは、ありふれたごく普通の少女だったリーズルを変えた。
当時偵察部隊は帝国軍では唯一実戦が経験できる場所だった。
北の野蛮人の襲来を迎撃した作戦やパトロール中の不期遭遇戦で冷静沈着に敵兵を狙撃し着実に実績を積みあげて昇進を重ねメキメキと頭角を現した。軍団主催の射撃大会では男性士官を抑えて優勝した経験もある。銃が性に合っているというよりも、まるでそれが彼女の身体の一部でもあるかのようだった。
彼女はなるで恋人でもあるかのように銃を求め、そして愛した。
そんな彼女が第一線を退き新兵訓練所の射撃教官となったのは、ヤヨイの任務であったレオン少尉反乱討伐事件に関わったせいだった。帝国の転覆を企図して反乱を企む者たちの精神的支柱であったレオン少尉が目の前で雷に打たれ消滅してしまった事件。
リーズルは「レオン事件」が帝国の保安防諜上の最高機密となってしまったために機密保持上止む無く退役を余儀なくされていたのである。
もし今回ヤヨイに声を掛けられなかったら、新設された空挺部隊に加わることもなかったろうし、今敵の真っ只中で飛び抜けた銃の技を駆使することもなかった。今もなお新兵訓練所の教官として徴兵されたてのドシロート相手に退屈な指導をしながら、欲求不満をヤケ酒を煽って解消していたに違いない。
だいたい結婚する寸前までいっていた男にしても、酒場で憂さを晴らしているときに声を掛けてきたヤツなのだ。あのままだったら首都の高級住宅地である七つの丘の一つアヴェンティノスに邸宅を構えるホモ・ノヴァス(新興成金)の男の夫人となり、上流階級の社交の世界に入って退屈な毎日を送っていたことだろう。自分がそんな日々に甘んじていられる女かどうか、リーズル自身が一番よく知っていた。
女も十人十色。自らの美貌や家庭的な優しさや床の中の技で男を篭絡することに精を出す女もいれば、自らの技で男を凌駕し足元にも及ばぬほどの地位を確立する女もいる。もちろん、リーズルもヤヨイと同じく後者の女だった。志願して陸軍一過酷な偵察部隊にいたぐらいの女である。彼女の奥底にはまだ熱いハンターの血が沸々と滾っていた。
それだけに彼女はヤヨイに感謝していたのだった。
ダーンッ!
ビアンカの撃った銃弾は見事300メートル先の焦げた柱の真ん中に命中し、柱は中ほどから上が折れて吹き飛んだ。
「あた、当たったような気がするんですケド・・・」
銃口を上に向けたビアンカが双眼鏡を構えるまでもなかった。
「当たったわ、ビアンカ。やればできるじゃん!」
ビアンカは頼もしい教官を見上げウットリと見つめた。アイゼネス・クロイツのヤヨイに憧れていた彼女はここにきて銃の名手に宗旨替えしたようだった。
と。
射撃教官は眼下の通りにヤヨイと数名の兵の姿を見つけた。
「小隊長どの?! どこに行くんですか!」
リーズルが声をかけるとヤヨイは振り返った。
「ちょっと、丘までお使いにいってきます。曹長には言いましたので」
マルスの娘はニコニコしながらあっさりと市井の言葉で言ってのけた。
「お使いって、ちょっと、小隊長どのっ! ヤヨイっ!」
三つのコンテナを6名の兵に運ばせつつ、市街戦訓練でやった通り前方左右後方を警戒しながら橋を渡り丘までの雑草の生えた平地を突っ切った。
ウェーゲナー中尉が言った通り、まだ敵は丘の背後には回り込んできてはいなかった。だが間欠的ながら砲弾が何発か着弾した。その都度身を伏せ、なんとか丘まで辿り着いた。
南側にも小さな砲台が一カ所穿たれていた。ヤヨイたち「マルス」の分隊はそこからコンテナを搬入して「覗き魔要塞」の中に入った。
頂上直下の玄室が司令室兼小隊の兵たちの居住区になっていた。
「覗き魔」小隊の面々は孤軍であり連日の戦闘で疲れているだろうに小隊長以下みんな「マルス」小隊よりも活発に見えた。時折着弾があると玄室の上のほこりがパラパラと舞い落ちた。
玄室から主に北側の中腹に向かって何本かの通路が伸びていて各砲台と繋がっている。中尉の案内でその一つを見せてもらった。一つの砲台に機銃か小口径の擲弾等が配置されている。そこに詰めている兵に「ご苦労様です」と声をかけ、
「すごいですね」
ヤヨイは驚嘆した。そしてウェーゲナー中尉に心からの賞賛を送った。このトンネルを掘ったのも、丘の陣地化で既に敵に一個連隊分程度の損害を与えていることについてにも。
「上に行ってみるか?」
中尉は煤けた顔に不敵な笑顔を浮かべて上を指した。
竪穴にもグライダーの骨で作った梯子が付いていた。登る中尉に続いて頂上に出た。
あの碑文の書いてあった石碑は既に引き倒されて大口径擲弾筒陣地のタコツボの掩体、屋根になっていた。その周りにはにスリバチ状の穴が開いている。
「敵の砲弾の弾着が多くなってな。でもまだなんとか耐えられる」
双眼鏡を貸してもらって北から西の敵情をつぶさに観察した。やはり敵に近い分、敵の様子は手に取るようにわかる。
「一個旅団半というところでしょうか」
「昨日まではもっといたんだ。それが今日になって何故か減った。こっちの攻撃のせいではないと思う。兵の数は減ったが戦闘力は衰えていない」
「聞いているアイホーと同じですね」
「そのようだな。足手まといがいなくなって、帰ってベテラン兵がやりやすくなったんだろうな、きっと」
大口径擲弾は時折タコツボの上に顔を出して一発撃つと引っ込むやり方をとっていた。
「測距なんか面倒くさいからしていない。代わりにこれでやってる」
敵陣の詳細図の上に碁盤の目のようにタテヨコに罫線が引いてある。そのマス目に番号が付いていた。いつ攻撃したかも記入されていて、日を追うごとに攻撃ポイントが丘に接近しているのがそれでわかった。
「弾に限りがあるからな。一つひとつランダムに擲弾を送っている。戦果のほとんどはコレで出した」
大型グラナトヴェルファーの射手を務めている二人の女性兵は紙に数式を書いてマス目ごとに発射諸元を計算していた。彼女らを見つめているヤヨイと目が合うと二人は穴の底からニコと笑った。
「キミたち。マルスが弾を補給しに来てくれたぞ!」
「グールド大佐からアイホーの総攻撃が始まると連絡が入りました。早ければ明日か明後日にも機甲部隊がナイグンに到着するそうです。それまで頑張りましょう!」
ハイ! 二人の女性兵は声を励まして応えた。
発射の時刻が来て、ヤヨイたちが運んだコンテナから弾頭が取り出されて装填された。「覗き魔」小隊はみんな元気だったが、男性兵よりも女性兵の方がなんとなくパワーがある。
シュパーッ!
グラナトヴェルファーの弾体が発射され、敵陣に落ちて爆発するのを見届けながら、ヤヨイはそんな感慨を持った。
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