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69 「大工」大隊、生還! そしてマルスは市街に暴れ込む
しおりを挟む激しかった雨が弱まり、河原一帯に急に寒気がやって来た。
増水した川面にはうっすらと靄が立ち込め始めた。寒冷前線が通過して急激に気温が下がり川面から立ち上る水分を凝結させ始めたのだ。
うまいぞ・・・。
ドン、ドドンッ!
次々に砲弾を送り続ける「黒騎士」の戦車と砲兵の後ろ、戦闘指揮車の上に仁王立ちになって川向うの敵砲兵陣地へ双眼鏡を構えていたバンドルーはニンマリとほくそ笑んだ。これで敵は目標の視認が困難になるだろう。
相変わらず敵の野砲の咆哮は続いていて靄でハッキリとは見えないが川面に炸裂している砲弾もある。
だが心なしか敵の砲撃も薄くなったように感じる。いや、対岸に渡河した折の砲撃に比べはるかに目に見えて砲撃が衰えている。
バンドルーの戦車中隊の攻撃は正確無比だった。
砲兵の用兵に忠実に、砲兵及び戦車陣地の両翼それぞれ一キロに観測所を置き、敵の砲が発射煙を上げると両翼の観測所からの三角測量で正確に発射地点の角度を測定、射撃指揮所に送り座標を割り出し、即時に目標地点に対し戦車と野砲の一斉集中砲火を浴びせる。このやり方で、バンドルーはこれまでにかなりの敵野砲を沈黙させてきた。
チナは砲自体はパクったが、薬莢も用いなければこうした測量も行っていないのが戦闘を重ねるにつれわかってきた。やはりハードだけ盗んでもダメなのである。戦争に限らず物事の運用にはそれを的確に導くソフトと習熟訓練が非常に重要なのだ。
それがために、バンドルーのわずか一個中隊は総勢2万に及ぶチナのアルム防衛隊の少なくない野砲を悉く沈黙させ得たと言える。
もちろん、グデーリアン中尉の、押しては引き、引いては押す絶妙な陽動作戦で敵の注意を分散させているのも効いているだろうし、下手を打ってはいるがグデーリアンよりさらに北方に遊弋させている空挺騎兵の存在も敵の意識を攪乱させるのに役立っているはずだ。結局のところ、アルムを包囲する敵部隊はバンドルーの多元的な攻撃に翻弄され肝心の「学者」の渡河と「大工」の脱出阻止に全力を集中できなかったのだろう。
もっとも、攻めてくるなら話は別だが退却しようとしている勢力には敵もそれほどマジメに対応しようとしなかった、というのが最も可能性として大きかったかもしれない。所詮は傭兵主体の軍隊などというものはそうしたものであるらしい。戦う原理を持たない軍隊は結局のところ、弱い。あの最強のミン軍とはそのあたりが大きく違った。
要は、バンドルーの策は悉く当たっていた。
そして・・・。
「大隊長殿、見えました! あそこです!」
土手の上に出していた監視兵が川を指さしつつ、大声を張り上げた。
戦闘指揮車を飛び降り土手を駆け登った。バンドルーに続いて二三の兵が彼を追って土手に上がった。
川面を覆う靄の向こう、ときおりクーンッと空気を切り裂いて飛来する、まるで嫌がらせのような砲弾が大音響とともに上げる水柱たちの陰に、一艘。小さな舟の影がはっきりと見えた。懸命にオールを漕ぐ兵たちの姿までが、もう肉眼でも見える。
いや、一艘だけではない。次々に靄の中から現れその数を増やし、続々とこちらを目指して懸命に漕いでくる。その姿に、バンドルーだけでなく見守る「黒騎士」の戦車兵たちの誰もが感動を覚えた。
「全車、全砲門! 砲側以外で手の空いている者は河原へ降りてボートを誘導してやれ!」
「黒騎士」の兵たちが戦車から砲から離れて河原に駆け下りた。発煙筒を持つ者はそれを振り、持たない者は声を限りに大きく手を振った。
「おーい、こっちだ! 」
「ガンバレ! もう少しだぞ!」
川の向こうは地獄。そして川のこちら側はボートを漕ぐ者たちすべての故郷に繋がる土地であった。その場にいたどの兵の胸にも形容しがたい思いがこみ上げてくるのを禁じえなかった。
その思いをどのように表現したらよいのか。この「黒騎士」の兵たちから伝わってくる感動をどう言い表せばいいのか。
「大隊長殿っ!」
陽動作戦を終え帰陣したグデーリアン中尉が土手を駆け登って来た。バンドルーの策は悉く当たった。その成果をこの目で見ようと気が逸っているのがわかった。
「ご苦労、ハインツ!
見ろ、勇者たちが還って来る! わざわざ猿芝居を打ってまで来た甲斐があったってもんだ」
二人の見守る中、ついに最初の舟が岸に着いた。パラパラと舟を降りた無数の兵たちが「黒騎士」たちに誘導され駆け足で土手を登って来る。
「やあ! やりましたね、大隊長殿!」
うむっ!
バンドルーは大きく頷いた。
「なあ、ハインツ。俺たちは軍人だ。命令次第で敵地に赴き、敵兵を殺すのが仕事だ。
だが俺も兵たちもその前に一人の人間なのだ。あの姿を見て心を動かされない者はいない。
人間ってやつは元々は殺し合いよりも死地から生還した命の方に感動するように出来ている生き物なのかもしれんな。それが野生の獣と人間の違いかもしれん」
次々、続々と還って来る舟たち。岸に着いた舟から降りてくる「大工」と「学者」の無名の空挺部隊員たち。10日以上も何の支援もなしに持ち堪えた猛者と、仲間を死地に置き去りにするのに忍びず敢えて敵中に切り込んでいった猛者たちの群れ。
彼ら彼女らはみな疲れ切ってはいた。だが皆何かを成し遂げた者のもつ凄みのようなものを身体中から発散していた。
そしてもう一つ。
岸にたどり着いた彼ら彼女らの顔に一様にある憂いが浮かんでいるのにバンドルーは気づいた。生還した空挺部隊員たちのその憂い。その思いを代弁する者が二人、土手を上がってやってきた。
「中佐殿!」
一人は今回の救出作戦を共に練った「学者」のヨハンセン中尉、そしてもう一人の大尉が彼の前に立ち敬礼した。
「『大工』大隊副大隊長ハインケルであります。我々の救出に尽力いただき感謝しております。第一近衛軍団第一落下傘連隊『大工』大隊、只今帰還いたしました!」
薄汚れて疲れ切ってはいるものの、ハインケル大尉は溌溂とした顔に精気を漲らせ、復命した。ナイグンの「学者」も、このアルムの「大工」も、皆頼もしい兵たちだ。
「ご苦労だった、大尉。
まあ、できることならせっかく貴官たちが守り抜いた橋を渡ってアルムに攻め込みたかったがな」
バンドルーが右手を差し出し、二人は固い握手を交わした。
「中央から数万の援軍が向かっているとの情報が入っていたからな。とにかく間に合ってよかった。すぐに兵たちをトラックに乗せて先にナイグンに向かえ。グールド大佐も貴官たちの到着を首を長くして待っていることだろう」
「ご配慮ありがとうございます」
とハインケル大尉は言った。
「ですが中佐殿。ハーベ少佐とヴァインライヒ少尉からはその後何か連絡は?」
ハインケル大尉はその実直そうな顔に他の「大工」の兵たちと同様の憂いを浮かべた。
アルムにはまだ自分たちを指揮してくれた大隊長と自分たちを救出してくれた「マルス」が残っている。彼らの無事が確認されるまでは、素直に帰還を喜べない。
落下傘兵と騎兵は共に相通じるものがある。強い戦友愛がその共通項だった。言葉にしなくてもバンドルーには「大工」たちの気持ちがよくわかった。
声を落とし、彼は言った。
「まだだ。貴官たちと会合したという連絡以降、『マルス』とは連絡が取れていない。電波が届かないところをみると恐らくはまだ暗渠の中なのだろうと思われる」
バンドルーは事実をありのまま言った。この場合気休めは意味がない。
それに「命令違反」の嘘バレバレの「ガレージ入り」も「偵察行動」も、「大工」大隊無事救出の事実さえあれば不問に処されるのだ。それが「黒騎士」と「学者」を暗黙の裡に送り出してくれたフロックス少将とグールド大佐への礼儀でもあるのだった。
「ハーベ少佐も『マルス』も、危険を承知で赴いている。ここは戦場だ。貴官も軍人ならばわかるだろう」
「ですが・・・」
「俺たち機甲部隊がいましばらくここで首尾を見届ける。ここは俺たちに任せて貴官たちはナイグンに行くのだ」
「そうでありますか・・・。わかりました」
そうして二人の士官は、今「大工」と「学者」が渡って来たばかりの川の向こう、アルムの市街を顧み、思いをはせた。
あれだけ酷かった雨はもう止んでいた。
その街路の敷石はどれも角が取れて丸くなっていた。石の隙間の目地から生えている草などは一本もなかった。人々や貨車の往来が頻繁にあるのがわかる。そこが賑やかで繁盛している街である証だ。
その街路の真ん中にある鉄製の蓋がガゴッと開き、黒い隙間ができた。その隙間に2つの目があった。
「フリッツ、どう?」
「・・・チナ人街そっくりだ」
「違うでしょ! ちょっとどきなさいよっ!」
2つの目が4つになった。
「敵影なし。出るわよ。ホラ、サッサと開けて! ビアンカ、カバーして」
ガコンと蓋が大きく開いて金髪とブルネットの女性兵士がサッと飛び出して互いの背後をカバーするように銃を構えた。続いてフリッツが、マックスが出て来て通りの二階屋より上を警戒し、そして、ヤヨイ、グレタ、クリスティーナと続き、最後にウェーゲナー中尉が数時間ぶりに陽の光の下に出て来て眩しそうに目を細めた。
通りは色とりどりのチナ語の書かれたカンバンがひしめいてはいたもののどの店の戸も閉め切られ、人通りも皆無でどこか整然としてそこにあった。
「奇妙に静かだな」
ウェーゲナーはとりあえずの感想を述べた。
「ひとまず、あの店先に入りましょう。リーズル、先行して」
ヤヨイは、通りに面してテーブルを置いたデッキを開いている飲茶を商うらしい店を見つけた。その店先なら通りが一渡り眺められる。状況のわからない場所では外からの襲撃に備え包囲される前にそれを察知出来ねばならない。まずはとりあえずの拠点を確保し、暗渠を脱出し城内に潜伏していることを「学者」やバンドルー中佐らに伝え、その後後図を策すべきだと思ったのだ。
それに、全員腹が減っていた。飲茶ならば願ってもないが、それが駄目ならチナ独特の饅頭か餅でもあれば上々である。
それにしても、いつもはかなり人通りの多そうな商店街であるらしいのに人っ子一人見えないというのは不可解だった。
「おおかたドンパチが始まってみんな家の中で震えてるんじゃねえのか?」
案外ウェーゲナーの見方が正しいだろうという気はした。
平和だったアルムの市街。
その城壁の外に10日ほど前に突然「大工」が現れ、チナの大軍が城壁の外に繰り出して来、「大工」が嫌がらせする度にドンドン、パチパチと砲声や銃声がし、そして今朝からはヤヨイたちが川向こうからやってきて、おまけに「黒騎士」たちが戦車砲や野砲をズンズン撃ち込んでくる。そんな中でおちおちショッピングや飲茶もできまい。
結果的に、ヤヨイたちが降下する前に訓練した近衛軍団のチナ街を模した演習場のような、「人の居ない商店街」になってしまったのだろう。
その訓練でやっとこ及第点を得た市街戦における歩兵戦闘要領に忠実に、身を低くして進むリーズルのすぐ後ろをビアンカが進みそのカバーをフリッツが、上をマックスが警戒しつつヤヨイ、通信機を背負ったグレタ、クリスティーナとウェーゲナーが進みその店先を囲んだ。
表に出ているテーブルや椅子を取り片付け、周囲を警戒しつつ、木のドアをノックした。返事はなく、扉はカギがされていた。
ウェーゲナーがマックスに「やれ」というように頷いた。マックスが遅延信管5秒にセットしたグラナトヴェルファーの弾体の尾部をカチと押し込んで、
「散れっ!」
皆、ササッと店先から離れて伏せた。
ドガーンッ!
店のドアは木っ端みじんに砕け散った。そして8人は警戒しつつドアの無くなった店に押し入った。まったく、このアルムの飲茶屋もいい迷惑である。
店の中にもやはり誰もいなかった。
いや、いた。
爆発の直後にドヤドヤ入って来たヤヨイたちに驚いたのだろう。店の奥から抑揚の大きなチナ語を喚きながら小太りの店主らしき男が出て来た。
そこは辛うじてチナ語の話せるヤヨイが応対した。
「いったい何の騒ぎだ! ああ! 私の店を無茶苦茶にしやがって。お前ら帝国軍か! なんてひどいヤツらだろう!」
「申し訳ありません、ご主人」
そういうヤヨイの背後をフリッツとマックスが店の奥へ「保安チェック」に向かった。
「ご主人、お一人ですか? ご家族は?」
小太りの店主は上を見上げ、
「妻と息子が、上に・・・」
ヤヨイは銃を肩に担ったままだが、彼女の後ろではクリスティーナとグレタが銃を構えるでもなく何気に手にしたまま店主を睨んでいる。しかも全員が銃を持っている。
敵国の武装兵が爆弾を炸裂させて強引に押し込んできたのである。これでは誰しも口を噤む。
「店の裏は小さな庭で塀に囲まれたデッドエンドです」
フリッツの報告に頷き、ヤヨイは店主に言った。
「急に押しかけてすみません。今日一杯か、もしかすると明日まで、この店は我々帝国軍が接収します。壊したドアは後で弁償します。抵抗しなければあなた方ご家族に危害は加えません。我々が退去するまでどこかに避難されても結構です」
やはり店主は黙っていた。
このようにして居場所を確保したヤヨイたちであった。
さっそくリーズルとビアンカの「警護係」が店のドアの両横の窓を開け放ちその陰に陣取って通りを監視する体制に入り、マックスが奥に通じる通路に椅子を引っ張ってきて居座り裏から塀を乗り越えてくるかもしれない敵に備え、グレタが店内のテーブルの一つを占拠して通信機を下ろして送信を行い、とりあえず仕事の無いフリッツ、クリスティーナとウェーゲナーがテーブルを二三、ドアのあったところに移動してバリケード代わりに横倒しにした。
「ところでご主人。何か食べるものをくれませんか? わたしたちお腹がペコペコなんです。あとで帝国がお金を払いますから」
もしこれが平時なら厚かましいにもほどがある。だが、これは戦争なのである。
不承不承、突然舞い込んできた8人の「無法者」たちのため、気の毒な店主は食べるものを用意しに裏に引っ込んでしまった。
「ふう。なんとか居場所は確保できたわね」
リーズルは窓際に運んだ椅子にどっかりと腰を下ろし、ブーツを脱いで逆さにした。中から汚水が流れ出た。
「もう暗い下水道はこりごりだわ」
それを見て皆一斉にブーツを脱いで溜まった水をジャーと吐き出した。
ビアンカもまた先輩兵士の行状を真似て銃を立てかけブーツを脱いだ。中に溜まった水を出し濡れたソックスを脱いで窓の桟に干し、裸足の指先を窓枠にかけてふうと小さな息を吐いた。
無線機に取りついていたグレタが早くも声を上げた。
「中隊長! 『黒騎士』が出ました!」
ヤヨイもウェーゲナーも通信機に駆け寄った。
「『マルス』です! バンドルー中佐ですか?」
「おお。待っていたぞ! 全員無事か? 」
「探索隊8名全員無事です!」
ヤヨイは答えた。
「雨で暗渠が増水して進入した放水路に戻れなくなってしまったのです。現在暗渠から脱出しアルム市内、城壁の中の民家に潜伏しています」
「なるほど。状況はわかった。無事はなによりだ」
「庭師」の弟子、「猟犬」の親玉は安堵の吐息を電波に載せて来た。
「貴官たちのおかげで『大工』のハインケル大尉以下300は『学者』の守備隊と共に全員東岸に戻ったぞ」
「本当ですか? 」
「ああ、本当だとも。さっきヨハンセン中尉と『大工』のハインケル大尉とも話した。彼らは貴官とハーベ少佐のことを案じていたぞ」
軍の上層部である統合参謀本部が計画した、いささか無謀とも言える「マーケット・ガーデン」作戦。最終的には中途で挫折を余儀なくされ、しかも、暗黙の裡にアルムの空挺部隊を置き去りにしようとさえしていた。だが現場の、ヤヨイたち末端の兵士たちは自力で友軍を救出し、その締めくくりの後始末をつけたのだ。これほど誇らしいことがあるだろうか。
苦労して「庭師」や「渡り鳥」を説得し、「猟犬」を巻き込み、危険を冒して川を渡った甲斐は、あったのだ。
この胸の中に沸き上がる熱い想いを共有したい。
ヤヨイは、傍らのウェーゲナーや「マルス」探索隊員たちを見回し、「優等生」とハインケル大尉たち「大工」が東岸に還りついたと伝えた。皆安堵に胸を撫で下ろし、フリッツは「よっしゃー!」とガッツポーズを作った。
「で、ハーベ少佐らの消息は、手掛かりはあったか」
「猟犬」はこの場合当然の質問をしてきた。
「それですが、残念ながら、現在のところは・・・」
「そうか・・・。止むを得んな」
「猟犬」であり、かつ「黒騎士の騎士団長」はさらに言葉を継いだ。
「救出作戦は現時点を持って打ち切る。この上は貴官ら8名の生還を図ることを優先する」
「はい」
この場合、それは当然の処置であり選択だった。
「いいかよく聞け。今夜0000をもって俺たちが橋の東岸の敵陣地に総攻撃をかける。だがいうまでもなくそれは見せかけ、陽動だ。全力で橋を奪おうとする素振りを見せるだけだ。貴官らはその攻撃に乗じて市街への脱出を図れ。そしてアルムの漁村を目指すのだ」
「漁村、ですか」
「そうだ」
と、バンドルー中佐は言った。
「既に渡河地点の『賞味期限』は過ぎた。それに代わる『予備手段』を講じてある。貴官らは夜明けまでにそこから10キロほど南になるアルムの漁村に向かえ。行けば全てわかる」
ヤヨイはヘッドセットを分け合っているウェーゲナーと顔を見合わせた。
「わかったな。夜明けまでにアルムの漁村に行くんだぞ。」
「・・・わかりました」
「貴官らに神のご加護がありますように。アウト」
市街を取り囲む高い城壁の向こうから聞こえていた砲声は止んでいた。「大工」と「学者」の救出作戦が終わったからだろう。
太陽が城壁の向こうに落ちる寸前にほんの僅かの間雲間から顔を出した。
人通りのない街路にも点々と灯りがともり始めた。やはりウェーゲナーのいう通り住民たちは皆家の中で息を殺し成り行きを見守っていたのだと知れた。
そして・・・。
夜影に乗じて一人、また一人と街路に人影が出て来た。砲声に続いて急に市街に押し込んできた帝国軍が珍しいのか怯えているのか。その様子を見に来たものと思われた。俗に「野次馬」ともいう。当然だが潜伏している周囲を大群衆に取り囲まれるのはこの場合、得策とは言えない。
ドアを爆破して強引に押し入って来たヤヨイたちに、飲茶屋をひさぐ店主はいい顔をしなかった。当然だ。だが、その「野次馬」たちの登場が店主が心を開くきっかけを作ってくれた。
店主がいやいやながらも供してくれた固くなった餅をモグモグさせつつ、壊れた戸口に立ったヤヨイはチナ語で声を張り上げた。
「それ以上近づかないでください。出来れば家に入っていてください。近づく者は撃ちます!」
そして傍らのリーズルに目配せした。
金髪の美女は窓から銃を突き出して空に向け、
ダーンッ!
一発撃った。
集まり始めていた人々は、みな驚いて蜘蛛の子を散らすように逃げていった。このようなやり方は好みではないが、この場合は致し方ない。
「蜘蛛の子」の中に、一際目の大きな利発そうな少年がいた。彼はヤヨイに挑むような視線を投げかけて駆け出して行った。
タオよりも二つ三つ年上かしら・・・。帝国ならば小学校の上級生かリセに通い始める年頃だ。
「あのクソ坊主、また来やがった!」
いつの間にか飲茶屋の店主が傍に来て、そう毒づいた。
「ありゃ近所の悪ガキさね。いつも何かにつけちゃ店の前をウロウロしてやがる。隙あらば近所の店からパンや果物や饅頭をくすねてくのさ。あれは親無しっ子でね、この辺りじゃ鼻つまみ者なのさ」
「そうなんですか・・・」
店主は名をジェンといった。
話してみると気さくな良いオヤジだった。
ここへは占領しに来たのではなく先に落下傘で降りた帝国兵を救い出しに来たのだと言ったら同情してくれて固い餅の代わりにわざわざ餡の詰まった饅頭さえ蒸してくれたのだった。スブッラのチナ人街で食べたのより数段美味かった。
こういう場合、ヤヨイは頭から相手を信じることはない。常に警戒を怠らない。
だが・・・。
店主の言葉を通訳してやったらウェーゲナーが、
「俺たちの用は済んだんだ。だから帝国に帰りたいのだがチナの軍に包囲されてしまったんだ」
一瞬、それを店主のジェンに伝えようか、迷った。こちらの弱みを安易に教えたりすれば城壁の外のチナ兵に通報されるかもしれない、と。
ヤヨイが戸惑っていると、言葉はわからないながらも雰囲気を察したらしい。
ジェンはこう言った。
「お姉さん。
このアルムの住人はね、首都のピングーの連中とは違うよ。みんな城壁の外の兵隊を毛嫌いしているからね。
あいつらは雇われ兵でね。さっきの坊主なんかよりはるかに質の悪い連中でね、山賊や夜盗と同じなのさね。
ヒマさえあれば城壁の中に入ってきて家に押し入り食べ物やカネや家財を奪ってゆく。時には住人に銃を向ける。娘と見れば暴行し攫って行く者さえいる。さっき上にいるのは息子だって言ったけど、本当は娘なんだ。女に見えないように髪を短く切らせている。ここの住民はみんなそうしてるんだ」
おおい! 降りてこい。この人たちは悪い人たちじゃなさそうだ!
店主は声を張り上げた。
すると二階に通じる階段を降りてくる足音がして、奥さんと思しき中年の女性に続いて「美少年」が降りて来た。少年のように髪を短くしているが、よく見れば同性であることがヤヨイにもわかった。東洋系はみな若く見えるが歳のころは15、6ぐらいだろうか。スラリとした身体に可愛らしい顔をした美少女と言える。
「家内のシュンレイと娘のメイリンだ」
二人はヤヨイたちが女性ばかりなのを見て安心したらしい。そろって恥ずかしそうに頭を下げた。
「昔からなのさ」
と、ジェンは言った。
「あたしの爺さんの時代は東のミンとチナとの戦が激しかったころでね。この辺りで激しいいくさが何年も続いたらしい。そのころから野蛮な兵隊たちが増えた。毎年のようになにかにつけて税が増えてく。やれ家族が多いと『頭人税』とか、商売してれば『商売税』だとか、男の子を産まない家には『石女(うまずめ)税』なんてのもあるんだぜ。呆れたもんだよ、まったく・・・。
知ってるかい?『上に政策あれば、下に対策あり』ってね。毎年のように新しい税を作っちゃあ取り立てに来る。その度にあたしら下々は工夫してそれを免れようとする。そんなウンザリするような日々なのさ」
ホトホト参っている、という感じで飲茶屋の店主はボヤいた。
「帝国ではどうなんだい? やっぱり税は重いんだろうね。こんなところまで軍隊を寄越すくらいなんだから」
「いいえ。帝国では『十分の一』税だけですよ。その世帯ごとに利益の十分の一を国に収めるだけです」
「収入じゃなくて、利益の?」
「そうです。金持ちも貧乏な人もみんな同じ、『十分の一』です。それも払えない人は兵隊になれば税は免除されます。わたしたち軍人は給料がもらえますが、非課税です。二十歳から2年間は徴兵の義務があります。男でも女でも同じです。貴族の男は必ず士官を務めねばなりません」
ヤヨイの言葉に、ジェンは目を丸くして驚いていた。
「ほんとうかね。信じられないよ。本当に十分の一だけ払えば、あとは何も取られない?」
「ほんとうです。ね、フリッツ。・・・フリッツ?」
呼ばれたのにも気づかないほど、フリッツはボーっと何かに目を奪われていた。彼の視線の先に、恥ずかしそうに顔を伏せる飲茶屋の娘がいた。
「めっちゃ、可愛い・・・」
喰いかけの饅頭を咀嚼するのも忘れ、口をあんぐりと開けたまま、チナの娘に心を奪われてしまったらしい。
「おい、フリッツ!」
リーズルが肘で小突かなければ、フリッツは永久にあんぐりを続けていたかもしれない。
「え、何?」
「ダメだ、こりゃ」
シニカルなグレタもクリスティーナもビアンカも、ハートを射抜かれてしまった気の毒な男性兵士を見てクスクス笑った。
ミカサの折にはヤヨイと同じバカロレアの電気学科の院生アンがやはり東洋系の美男の士官に一目惚れしていたのを懐かしく思い出した。
やれやれ。
そんなふうにため息をついて、リーズルが窓の外の通りに目をやった。
と、
「アラ、さっきの男の子、また来たみたいだわ」
そう言って傍らに立てかけた銃に手を伸ばした。
「男の子?」
ヤヨイより先に店主のジェンが反応した。
「また来たか! おい、坊主。あっちへ行け! ここはお前のようなヤツの来るところじゃねえっ!」
「ちがわい!」
その少年は店の前に立ちはだかると大声で怒鳴り返して来た。
「こんなチンケな飲茶屋なんかに用はねえっ! オレはそっちの茶色い髪の女の人に用があるんだ」
「なんだと、この小僧っ! 言わせておけば・・・」
「ねえ、あんた」
店主の威嚇にも屈せず、少年は吹き飛ばしたドアのあったところに立っていたヤヨイに向かって声を上げた。
「あんた、『マルスの娘』だろ?」
驚いた。
なんでそれを・・。
そう言いかけて、気づいた。そんなことを知っているのは、ここチナの国では「空挺部隊」しかないことに。チナ語がわからないまでも「マルス」という言葉が出て来たことでリーズルも悟ったようだった。
「・・・ヤヨイ」
「誰に聞いたの?」
その男の子に語り掛けたが、彼はそれには答えずに、こう言った。
「オレについてきて。『大工の棟梁』があんたを待ってる。そう言えばわかる、って」
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歴史・時代
1937年10月にアメリカ海軍は日本海軍が”60000トンを超す巨大戦艦”を”4隻”建造しているという情報を掴んだ。海軍はすぐに対抗策を講じてサウスダコタ級戦艦に続いてアイオワ級戦艦を12隻建造することとした。そして1941年12月。日米は戦端を開いたが戦列に加わっていたのは巨大戦艦ではなく、”巨大空母”であった。
表紙はNavalArtというゲームの画像で、動画投稿者の大和桜花さんに作っていただきました
99歳で亡くなり異世界に転生した老人は7歳の子供に生まれ変わり、召喚魔法でドラゴンや前世の世界の物を召喚して世界を変える
ハーフのクロエ
ファンタジー
夫が病気で長期入院したので夫が途中まで書いていた小説を私なりに書き直して完結まで投稿しますので応援よろしくお願いいたします。
主人公は建築会社を55歳で取り締まり役常務をしていたが惜しげもなく早期退職し田舎で大好きな農業をしていた。99歳で亡くなった老人は前世の記憶を持ったまま7歳の少年マリュウスとして異世界の僻地の男爵家に生まれ変わる。10歳の鑑定の儀で、火、水、風、土、木の5大魔法ではなく、この世界で初めての召喚魔法を授かる。最初に召喚出来たのは弱いスライム、モグラ魔獣でマリウスはガッカリしたが優しい家族に見守られ次第に色んな魔獣や地球の、物などを召喚出来るようになり、僻地の男爵家を発展させ気が付けば大陸一豊かで最強の小さい王国を起こしていた。
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