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第一部

第六話 九番目の依頼人 人妻ツクモ・アヤ(中編の上)

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 ハナエさんからは、いわゆる「IT成金」の人だと聞いていた。

 だから、家も、てっきりハナエさんみたいな都心の超豪華マンションとかウォーターフロントのタワーマンションだとかを想像していたら、違った。

 その「ツクモさん」という人の家は、都内ではなく、東の下町の向こう、都心からタクシーで一時間かからないくらいの、隣県にあった。

 

 敷地はバカ広い。その広さは都心近くのマリの家を優に上回っていた。もちろん、マリの家同様、一庶民の息子であるぼくなんかには想像も出来ないレベル。

 鉄製の格子の門の前にタクシーが止まった。すると、誰もいないのにスーッと扉が開いた。見ると石の門の上に監視カメラがある。

「すっげー・・・」

 おもわず、ぼくは唸った。

 ハナエさんは顔色も変えなかった。

「中に入ってくれます?」

 と、運転手さんに告げていた。前にも来たことがあるのだろう。

 高い塀に囲まれたその敷地には洒落洋風の庭園。こういうのを「イングリッシュガーデン」というのだとハナエさんから教わってた。ハナエさんみたいな物知りと付き合っていると努力しなくてもカシコクなれるような気がする。

 名前の通り花の香りを振りまきながら、ホワイトとイエローを基調にしたエレガントなサマードレスの彼女と共に玄関のエントランスに立ったぼくは一張羅のサマージャケットとおろしたての薄手のデニムパンツ。ま、高校生なんだから気取っても仕方ないけど、ゴージャスな美女のエスコート役にはあまりにもそぐわない身なり。

「キンチョーしなくてもいいからね。っても、やっぱムリか・・・」

 ハナエさんは、フッと笑った。

 広大な敷地のこじゃれたガーデンのわりには簡素な、たぶんイギリスの田舎風なのだろうグレーのレンガを積み上げた洋風の家のドアを開けて出てきたのは、コットンの緩いショーツにこれまた黒のコットンTシャツというラフ過ぎる格好の男のひとだった。しかも、ハダシ!

「やあ、ハナエ! 暑いとこわざわざどうもね! お、キミがヒロキくんだね。ツクモです! 初めまして! 」

 いかにも賢そうなべっ甲メガネのキジマさんはそんな風にフランクに出迎えてくれた。

 これからこの人の奥さんと寝るのか・・・。

 そんなフクザツ過ぎるシチュであるにも関わらず、温かく差し出された彼の手を、ぼくは握った。

「・・・どうも。タダノです」

 するなと言われても、どうしてもキンチョーは隠せなかった。


 

「キタナイ家だけど、くつろいでね」

 どうぞ、と通されたリビングは外観と同じような欧州の田舎家のような気の張らないアットホーム過ぎる雰囲気の、広い部屋だった。

 どうぞ、と勧められた生のコットンカヴァーの粗末なソファーはよく使いこまれ、磨きこまれたゴツゴツの木の床に置かれていた。そして、これもゴツゴツの年代物のローテーブル。他には「赤毛のアン」に出てきそうな古びた物入れや、木の板の壁に掛けられた古い絵皿の数々。まるで西部開拓時代にタイムスリップしたみたいな・・・。

「ヒロキ、見た目にダマされちゃダメよ。この家、本物のイギリスの古民家そっくりそのまま運んできたヤツだから。全部200年以上前の、本物よ!」

 と、ハナエさんが教えてくれた。

「へえ・・・。スゴイ、すね」

 思わず、前に見たアニメ映画の、数えきれないほどの風船で空を飛ぶ家を想像してしまった。

「はは。たいしたもんじゃないよ。こんな仕事してるとさ、アナログの世界でくつろぎたくなるんだよね。庭いじりしてみたりさ。ミョーに落ち着くんだ。・・・アイスティーでよかったかな」

 手づからトレーを運んできたツクモさんは、そう言って古びた木枠の窓の向こうを指した。外の景色が少し歪んで見える。

「あのガラスも全部ホンモノよ。昔は融けたガラスを伸ばしただけの造りだったの。ツクモさんに教わったんだけどね」

 そのツクモさんが、目の前に座った。

 今からぼくは、この人の奥さんと、エッチする。そのダンナさんが、だ。

 ドキドキするのは、どうしようもなかった。

「Hi! はじめまして!」

 ぼくの緊張は、その明るい声で破られた。

 振り向くと、これもラフなチビTシャツとデニムのショートパンツだけの軽装から淡い褐色の肌を露出させた可愛らしい栗色の髪の女の人が立っていた。

「アヤです。よろしく!」

 少し外国語のアクセントのあるアヤさんは、見るからにエッチそうな、グラマラスな肢体をぼくの前に現した。


 


 

           (中編の中に続く)
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