ドMのボクと史上最凶の姉たち

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第一話 ぼくの3人の姉たち(前編)

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 ぼくは山戸尊。やまとたけると読む。

 市内の高校に通う2年生で4人姉弟の末っ子だ。


 

 クラスのヤツは「お前完全に名前負けしてるなあ」とバカにする。どうしてそんなことを言うのかわからない。ぼくは、いまは亡き父がつけてくれたこの名前をとても気に入っている。



 

 朝、スッキリした気分で目が覚める。着替えをし顔を洗う。

 ぼくの一日は風呂場に行くことから始まる。

 脱衣かごの中の4人分の汚れ物を洗濯するためだ。365日、毎朝欠かさず務めている日課だ。

 だが、これについてはちょっと困っていることもある。

 ぼくには3人の姉がいる。

 姉たちはみんな風呂も入らずに寝て朝起きてからシャワーを浴びるのだ。ちょっとフケツだ、と思う。

「ちゃんとあったかいお湯に漬かってから寝れば疲れも取れてグッスリ眠れるのに」

 何度も言うのだが、3人とも、

「・・・えー、マンドくせ」

 と、聞く耳を持たないのだ。

 で、何が困るかというと、つまり、

「汚れ物が朝発生すること」

 なのだ。

 僕が洗濯機を回す前に出してくれればいいのだが、3人とも朝寝坊の常習犯なので出されていることはまず滅多にない。

 一番下の姉、三葉はみつはと読む。ぼくは「みつ姉(ねえ)」と呼ぶ。

 みつ姉だけは学校に早めに出かける日がある。そういう日は、まるで滑り込むようにして脱衣所に来てぼくの存在などお構いなしにすっぽんぽんになり着ているものを脱衣かごに放り込んでゆく。スレンダーな体形で長い髪の、一応美人だ。だが3人の中で一番ムネが小さい。市内の、なんだかよくわからない専門学校に通っている。ぼくより2つ上になる。

「ちょっと、みつ姉!」

「げっ! なんだよお前、いたのかよ! 見んな、スケベ!」

 そうは言うものの、まるきりぼくを男として見てはいないのがまるわかりの態度。バタンとドアを閉めて浴室に消えざあー、と水音をさせる。

「こういうのはさ、洗濯ネットに入れてから洗わないと生地が傷むんだよ!」

 もともと人の話を素直に聞くタマではない。

 そうと知りつつも、言わずにはいられない。着るものがほつれてくると平気でゴミ箱に捨ててしまっているのを何度もサルベージしていた。もったいないことこの上ない。だから、ムダだとわかっていながら一応は言ってみるのだ。

「んじゃ、お前が入れろ!」

 シャワーしながらドア越しに怒鳴ってくる。

「それにさ、ぱんつは自分で下洗いしてよ。こんなのまで弟にやらせるのかよ!」

「いちいちうるせーな。んなのちまちまやってられっかっつーの! だいたいいつまでそこに居んだ、クズ!」

 もう、言いたい放題なのだ。

 ドアのすりガラス越しに見えるみつ姉の脚がドン、とすりガラスを蹴る。アクリルだから割れることはないが、彼女の裸足の足の裏がクッキリ見え、脚の形の跡がガラスに着く。こういうことをされるとそこにカビが生えやすくなる。後からカビ落としがたいへんになるのだ。掃除する人の苦労をまるでわかっていない。

 ネットに入れないブラジャーや下洗いもしないばんつを洗濯かごに入れたりするのと同じで、できればこういうのもやめてもらいたいと思う。

 でも、思うだけで口には出さない。

 しかも、なぜか結局みつ姉の言いつけの通りにブラジャーをネットに入れ、ぱんつを洗っているのである。

 それが、妙に、ゾクゾクと、嬉しいのだ。


 

 聞くところによれば、ごく一般的な男子高校生の、女のぱんつへの嗜好は次の通りであるという。

①スカートの奥のが偶然にチラと見えたのがウレシイとか、

②窓辺に干してあってウレシイとか、

③アタマに被ってウレシイとか。

 そういうのがあるらしいが、はっきり言ってぼくは姉たちのぱんつなど子供のころから今の今まで見飽きるほど見ているし、現に今この瞬間もそれを手洗いしてるぐらいなのである。

 しかもこのみつ姉たるや、家の中ではほぼパンイチ。ぱんつ一丁で過ごすことが多いのだ。ひんぬーのくせに。そのくせ、彼女と目が合おうものならすぐに、

「見んな、スケベ!」

 そういう環境で育ってきたから、もう慣れっこになっている。

 ただ単純に、ぼくは、命令されたのが、嬉しいのだ。

「うわっ!  みつ姉、スッゴいの穿いてんな。おお、こっちはTバックか。う~む。下洗いしたらやっぱ洗濯ネットだよな・・・」


 

 小さなころからこのみつ姉とはケンカばかりしていた。それが変わったのはたぶんぼくが小学生のころだ。

 いつものようにけんかをしていたら、みつ姉がぼくの尻を思い切り蹴ったのだ。

 それがみょーにハマった。ジーン・・・。と、背骨を伝わってアタマにまできて、しばらく、動けなかったのだ。

「え、どしたの、タケル。おい、おいってばねえっ?」

 やった本人も血相を変えて心配してくれた。

「だ、ダイジョブ、何でもない」

 実際、痛いのではなかった。いや、痛いことは痛かったのだが、それが、みょーに・・・、

 気持ちよかった・・・。

 思えばそれが、ぼくの「目覚め」だったかもしれない。


 

 洗濯機を回したら朝食の準備だ。

 キッチンからはもう美味しそうな甘いお米の匂いが漂っている。セットしておいたご飯は炊けている。あとはアジの開きと納豆、それに玉子。そして豆腐とほうれん草の味噌汁という献立にする。

 もちろん、ぼくが作る。

 姉たちは3人とも料理なんかからっきし出来ないからである。

「・・・えー、マンドくせ」

 そう言って食器を洗うことすらしようとしない。

 ぐつぐつ・・・。トントントン・・・。

 昆布とカツオだしのいい香りが湯気とともにキッチンに漂う。

 ぼくが材料を切っていると、タオルで濡れた髪や顔をふきふき、ぺたしぺたしとスリッパの音を響かせてキッチンに入って来るヤツがいる。2番目の姉の双葉だ。「ふたば」と読む。ぼくは「ふた姉」と呼んでいる。

「あ~、なんかいい匂いがする~ぅ」

 タオルを首にかけたふた姉はふにゃん、とまるでネコみたいに色っぽくカウンターに頬杖をついた。こういうところは5歳も上の姉ながら、かわいいと思う。ボーイッシュなショートヘアで大きな目のまつげが長い。

「おはよ、タケル」

「おはよ、ふた姉」

 弟だから実の姉たちの外見に対する評価は周囲の人たちのそれよりも幾分厳しいかもしれない。それでも3人とも世間で言う美形の範疇には入ると思う。

 その姉たちの中でも最も美人なのがこの双葉だ。顔だけじゃない。スタイルもいい。高校生の時にモデル事務所のスカウトのひとが本当に家に来たくらいだ。ムネも3人の中で一番大きい。

「ねえ、タケルの淹れてくれたコーヒー、飲みたいなあ」

 欠伸をかみ殺しながらふた姉は言う。

「いいよ、土曜日だし。その代わり、これ、頼める?」

「はいよ~」

 仏壇にお供えするご飯とお茶をトレーに載せてカウンターに置いた。

 ふた姉はトレーを捧げてダブダブのTシャツの下はショートパンツのお尻をプリプリさせながら和室の仏壇の前に正座し、お供えし、そして、

「チーン・・・」

 する。

「おはよ、お父さん♡。今日も姉弟4人、立派に生きてるから。安心して天国でしっぽり愉しんでね」

 

 ぼくは遺影でしか父の顔を知らない。

 物心ついた時にはすでに父は仏壇の中の人になっていた。

「お父さんはね、そりゃあメッチャカッコイイ人だったんだよ。タケルが生まれた時は大喜びでね、あんまり喜び過ぎて夜中にまっぱフルチンで町内一周しちゃったんだよ。『ヤマトタケル』みたいに強い男になれ、って。そりゃあもう、ベロベロだったよ」

 一番上の姉とふた姉は口をそろえて言うけれど、イマイチ記憶も実感もない。だからその度に、

「へえ・・・」

 と言っておくだけだ。


 

 豆を荒めに挽くのがふた姉の好みだ。メーカーにセットしてから、ぼくも彼女の隣に膝をつく。そして、並んで手を合わせる。

 ぼくは3人の姉の中ではこのふた姉が一番好きだ。

 美人だし、優しいし・・・。みつ姉みたいに粗暴な振る舞いもないし。

 だが、その「優しい顔」が、彼女の強力な「武器」であることを次第に知るようにもなった。

 誰かのスマートフォンが鳴ってるような気がしたら、ふた姉だった。

 彼女はお尻のポケットから取り出したそのディスプレイを見るなり、

「チッ・・・」

 と舌打ちした。

「あ、社長! おはよございますぅ! 先日はどうもぉ・・・うふふ。ありがとございます。今朝はお早いんですね・・・。ああ、今日ですか。・・・午後。・・・ちょっとスケジュール見てみますね」

 そして大きく背伸びして首をグルグル回してから、

「ああん、社長ごめんなさい。今日はムリですぅ。忘れてたんだけど今日これからコースに行かなきゃなんですぅ。せっかくお誘いいただいたのに。明後日なら空いてますが・・・。はい、いいですか? ああ、よかったあ! ・・・」


 

 これはふた姉の外向きの顔だ。

 彼女はいくつも「顔」を持っている。そんな謎めいたところもふた姉の魅力になっていて、ぼくは彼女のそんなところに否応なしに惹かれてしまう。

 この真ん中の姉の、謎めいたところについてはもう少し後に語ることにする。


 

「じゃそゆことでェ、またご連絡しますねっ! ・・・ええっ、ん、もうっ♡社長ったらあんっ、ちゅっ♡・・・。それじゃ、ゴルフ、がんばって下さいねー」

 そしてスマートフォンを再びポケットに差し込むや、

「あ~あ、かったり。タケル、コーヒーできた?」

 そう言ってスタスタキッチンに行ってしまった。

 彼女の「午後のスケジュール」というのはたぶん、ウソだろう。


 

 と、

 階段をダンダンと降りて来たと思ったら、みつ姉が無言で玄関に行った。

「みつ姉! 朝ごはんは?」

「いらん!」

「あ、みつ! おま、ちょっと待て!」

 優雅にコーヒーを飲んでいたと思ったら、ふた姉がガタッと椅子を蹴った。

「待てと言われて待つやつはいない。バカめ! じゃ、行ってきまーす」

 デニムのショーパンにNYヤンキースのユニフォームを羽織り、長い髪をツインテールにして赤いキャップを目深に被ったみつ姉はサッサと靴を履いてガラガラと出ていった。

「待て、コラ! おいっ! おま、人の服勝手にっ!」

「どうしたの?」

「・・・ったく。アイツ、あたしの大事なマー君のサイン入りユニフォーム着ていきやがった、くっそー。ヤフ●クで4万もしたのにィっ! 姉を舐め腐ってアイツめー。いつかど突き回したる!」

 みつ姉には上の姉たちの服やバッグを勝手に着たり使ったりする癖があった。当然、その度にケンカになる。

 こういう姉たちの諍いには絶対に首を突っ込んではいけないし、誰の肩も持ってはならない。経験上、そういうことをするとより悲惨な結果を招くからである。

 サッサとご飯をよそい、配膳した。


 

 なかなか起きてこない一番上の姉はほっといてふた姉と朝ごはんを食べる。3人の姉たちの中ではふた姉は朝が強いほうだ。あくまでも、わが山戸家基準では、だが。

「ねえ、ふた姉」

「なあに?」

 アジの開きをむしりながら、ぼくは気になっていたことを訊いた。

「さっきの電話さあ、ふた姉の次の『カレシ候補』の人?」

「ん、まあねー・・・」

 納豆ご飯をもぐもぐしつつ、彼女は答えた。

「前から気になってたんだけどさー、ふた姉の彼氏ってみんなお金持ちばっかじゃん。お金持ちが好きなの?」

「特に好きではない、かな?」

 たくあんの切れ端を箸で刺し、それを口に放り込んでパリパリおいしそうな音をさせているふた姉。

「じゃ、ふた姉の理想の彼氏って?」

「お父さんみたいな人、かな?」

「ぼく、知らないんだよな」

 ぼくが目を伏せてお茶を啜ってると、ふた姉はテーブル越しに身を乗り出し、ぼくの胸をつんつんした。

「お父さんはね、ここの熱っつい人だったよ」

 彼女のTシャツの胸元からノーブラの深い谷間が見えてしまいちょっとドキドキした。

「男はね、カネでも顔でも学歴でもないよ。いつも胸の中に熱っついモノを持ってる男が、いい男だよ」

「じゃあさ、いままでお付き合いした人にお父さんみたいに熱っつい人って、いた?」

「んー、まだ、いない、かな?」

 と、ふた姉は答えた。

「ねえ、タケル。ご飯食べたらさ、またこれやって?」

 彼女は片足をテーブルの上に乗せて笑った。


 

 リビングのソファーに寛いでファッション雑誌をめくってるふた姉の足を膝に載せる。彼女の爪先のネイルケアをするのもぼくの役目の一つなのだ。

 爪を切り、やすりをかけ、赤いペディキュアをする。

 ふた姉の足の形はとてもキレイだ。彼女の足の裏の冷たい感触を膝に直に感じるのはすこぶる心地いいひと時でもある。ぼくはこれがキライではない。むしろ、楽しい。ケンカになるから3人ともやってあげるのだが、回数はダントツでふた姉が多い。

 いつだったか、この爪先のネイルケア中のところを若葉に見られた。

「タケルさ、あれじゃまるでお姉ちゃんたちのドレイじゃないの。男としてハラ立たないのっ?!」

 若葉はわかばと読む。近所に住むぼくの幼馴染だ。幼小中高と、なぜかいつもぼくの側にいて、ぼくの家にもたびたび無断で上がり込みちゃっかりご飯も食べて行ったりする。あまり家に入り浸り過ぎて近所の人に勘違いされたこともある。

「あら、ヤマト君の妹さん?」

 時々髪型を変えるが今はふた姉みたいなショートにしている。変える度にわざわざぼくの家に来て見せるからイヤでも髪型が変わったのがわかる。んなの、学校に行きゃイヤでも見れるだろうに。

 今日はまだ若葉の来襲はない。いいことだ。

 その代わり、

「わー」

 とか、

「ぎゃあ、」

 さっきから家じゅうをわめきながらドタバタしている気配を感じていたと思いきや、

 ドドド、どっすーん!

「あ”ーっ!」

 と悲痛な悲鳴が上がった。

「あ、階段から落ちたな・・・」

 ふた姉がボソッと呟いた。

 と。

 その悲鳴の主がびっこを曳きながらリビングに現れた。

「———っ! ・・・。ふ、ふたちゃん、お願い、乗せてって!」

 長い髪をお団子にし、比較的美形の顔には苦悶の表情を浮かべグレーのパンツスーツのお尻をスリスリして痛みに耐えている。

 これが一番上の姉、一葉だ。ひとはと読む。ぼくは「ひと姉」と呼び、下の姉たちは、

「ひとちゃん」

 と呼んでいる。

「どーしたの、ひとちゃん? 今日、土曜日だよ」

 ひと姉を見上げて、ふた姉は言った。

「今日10時から拘置所で接見なの。45分にセンセと待ち合わせしてるの。急がないとチコクなのォ! お願い!」


 

 去年、ひと姉はあの超難関の司法試験に合格して司法修習生になった。医者と同じで弁護士にもインターンがあるのだ。それを終えると晴れて弁護士バッジをつけることができる。

 念願の法学部に入ったのはいいのだが、在学中に付き合っていた彼氏さんにウワキされて怒り狂い、キンタマを蹴って女にしてしまったという伝説の持ち主でもある。

 おかげでせっかく苦労に苦労を重ねて入った大学を退学処分にされてしまったが、何故か不起訴となった。4人姉弟の中でアタマは一番いいと思うのだが、カッとなりやすいしそそっかしい。こんなんでベンゴシ務まるのかな、と、わが姉ながら心配になることがある。

「困っている人を助けたいの」

 それが弁護士を目指す理由らしい。

 他人を救うよりもまず自分を救った方がいいんじゃないかという気がする。でも、それも絶対に口には出さない。


 

「コーチショ、って土曜日も営業してるの?」

「一般の人はダメだけどベンゴシはいいの! だーっ、今そんなの話してるヒマないっ! お願い、ふたちゃん!」

「えーっ、だってさコレ塗ったばっかなのにィ・・・。もお」

 足の指の間に脱脂綿を挟んだまま、ふた姉はカカト歩行で玄関に向かった。基本、いい人だ。

「そんなんで運転できるの? 大丈夫?」

 心配になってヨチヨチ、裸足で三和土に下りるふた姉に声をかけると、

「大丈夫。あたしを誰だと思ってんの? 」

「ありがと、ふたちゃん! 愛してる!」

 切羽詰まってヨユーのないひと姉がふた姉を追っかけて玄関に向かった。

「愛はいらん」

 ふた姉は冷たく言い返し、ガラガラと玄関の引き戸を開ける。

 ぶおん、ぶおん、ぶろろろろっ!・・・。

 姉たちが騒々しく玄関を出てすぐ、爆音が響いた。

 縁側に出る。庭の向こうの通りを青いスポーツカーが走り去るのが見えた。

 ふた姉はまたクルマを変えたようだ。彼氏さんが変わる度にふた姉の車も変わる。そのカラクリがイマイチぼくにはよくわからない。


 

 高校を卒業すると進学でもなく就職でもなく、クルマとバイクの免許を取ってレーシングチームに所属してレースを始めたふた姉。

 断っておくが、ぼくの家は決して裕福ではない。それなのに何故、そんなカネのかかることを始めたのか。始められたのか。

 そのカラクリもきっと度々愛車を変えるのと同じなのだろうと思う。

 レース戦績は悪くない。だが、血の気の多いのが災いして転倒・クラッシュが多すぎスポンサーやチーム・メカニックたちから敬遠され気味らしい。それでもその辺のレースクイーンたちも裸足で逃げ出すほどの美形とプロポーションでグラビア受けするため辛うじてドライバーズシートを維持できているという。ちなみに3人の中で何故か一番カネを持っている。いつだったか、ひと姉にカネを貸しているのを見たことがある。司法修習生に国から支給される月額13万5,000円を貰っているひと姉よりははるかにカネ回りがいいらしい。


 

 朝食が終わると、家じゅうの掃除である。 

 ぼくの家は広い。数寄屋造りという昔ながらの家なのだが、新築であれば大豪邸と言われるかもしれないが、今はただ古すぎてデカイだけのボロい家だ。

 縁側に面しているリビングとその奥の広間、そしてその奥の一番広いぼくの部屋の襖を全開して一階をル●バに任す。スイッチポンしてぼくは二階に向かう。3人の姉たちの部屋の掃除もぼくの役目なのだ。

 普通の家だったら、

「あんたまた勝手にあたしの部屋入ったね! ぶっ殺す!」

 と、なるかもしれないが、我が家では逆である。

「ねえ、なんであたしの部屋ソージしてくれなかったの? 汚すぎて生きていけないじゃん!」

 ぼくだって学校がある。だから姉たちの部屋の掃除は土日だけだ。

 ダイ●ンのヤツと洗濯かごとゴミ袋を持って二階に上がる。まず、ひと姉の部屋の襖を開ける。毎回そうだが、開けるには、ちと勇気が要る。

 ガラッ!

 ぐちゃまら~・・・。

 いちいち細々と描写するのもメンドウになるほど錯乱した光景が目に飛び込んでくる。ハッキリ言って、足の踏み場もない。

 ぼくはため息をついて作業に取り掛かる。

 こういう場合の手順は決まっている。まず窓を開ける。淀んだ空気を入れ換えて深呼吸する。机の上は一切手を付けない。仕事関係のファイルや書類は机の上に置いてゆく。潰れたチューハイのカンやカップ麺の容器は後から分別するからゴミ袋に、脱ぎ散らかした服や下着はポイポイかごに入れて行く。ほのかに、匂う。昨夜も、今朝もシャワーなしでデオドラントスプレーで誤魔化したな、とわかる。アタマの中身は3人の中で一番かも知れないが、ズボラ度でもダントツでひと姉が第一位である。もし彼女が一人暮らししたら料理も作れずカップ麺やコンビニ弁当ばかりになって恐らく一週間ほどで死ぬだろうなと思う。

 エッチなシーンが見開きになっているレディースコミック雑誌は一応、本棚に。そこには六法全書ではなく大量のDVDが収まっている。

 ひと姉は昔のヤクザ映画が大好きなのだ。この膨大なDVDコレクションは彼女にとって命の次に大切なものらしい。部屋のカオスに比べ、そこだけがきれいに俳優別に分類されて整頓されている。正直、ぼくには何が面白いのかわからない。人の趣味嗜好というものは実に多種多様なものだな、と感じ入る。

 大体の片づけを終えてベッドの上の布団を捲り汗臭いタオルケットはかごに突っ込んで布団を窓から外に垂らす。そしてダイ●ンのヤツをざーっとかけて一丁上がりだ。

 次のふた姉の部屋に行く前に一杯になったかごとゴミ袋を持って下に行こうとしたら、

 ぴんぽ~ん。

 ドアホンが鳴った。

「はあ~い!」

 誰だろう。住宅メーカーか白アリ駆除かソーラーの営業か・・・。そんな予想をしつつ下に駆け下りて行くとすでに彼は玄関の三和土に立っていた。

 光沢のあるシルクのスーツでビシッとキメ、黒い短髪を油で撫でつけた男だ。イカツイ顔。太くて濃い眉毛。そして、頬に切り傷。身体中から任侠オーラがハンパなく出まくっている。

 一目でその筋の方とわかる、そんな男だった。
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