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1(中学生編)
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しおりを挟む光也が自転車を押し、花也は隣に並ぶ。ふたりで歩き出したときだった。
「おーい、日向!」
と呼ばれて、花也は反射的に振り返った。光也と同時に。
グラウンドの方に、ジャージ姿の上原が見えた。これから部活らしい。ふたり同時に振り向くとは思わなかったようで、慌てている様子がここからもよくわかる。
光也は上原を見て「誰、あれ」と顔を顰めた。
「僕のクラスの子。えっと、上原くん、だったはず」
上原は困った顔でくしゃりと笑うと、思い切ったように叫んだ。
「えっと……バイバーイ、ハルちゃん!」
突然名前で呼ばれて驚いた。
〝ハルちゃん〟とは小学生の頃はよく呼ばれたが、最近は滅多に呼ばれることはない。親しくなる友人がいないのだから当然だ。――そういえば、さっき大庭にもハルちゃんと呼んでいいか尋ねられたことをチラと思い出したが(そしてそれに対して返事をしなかったことも)、花也の頭は、今目の前で起こっている出来事を処理するだけでいっぱいいっぱいだった。
おかげでしばらくポカンとしていた花也だが、上原が困った顔でそわそわしている。花也の返事を待っているのだと気付くと、慌てて「バイバイ、上原くん!」と叫び返した。自然と、頬が持ち上がっていた。
突然呼ばれて驚いた。だけど、嫌じゃなかった。これは多分、嬉しいんだ。
上原は満面の笑みで、大きく手を振ってくれた。花也は控えめに手を振り返す。たったそれだけのことにもものすごい達成感を覚える。高揚を隠しきれず頬を紅潮させる花也の横で、光也は面白くなさそうに「ふーん……上原、ね」と呟いた。
学校から少し離れたところで、光也に促され荷台に跨る。
ふたり乗りは当然禁止だし、見つかったら怒られること必須だが、光也の後ろの指定席が、花也は何より好きだった。
「ハル、ちゃんと乗ったか? 動くぞ」
「オッケー。しゅっぱーつ!」
花也がしっかりと自分につかまったことを確認すると、光也は力強く自転車を漕ぎ出す。
よろよろと自転車は発進すると、それだけで何だか楽しくて、花也は声をたてて笑った。
今回の父の転勤で、日向家は父方の祖父母の家に引っ越してきた。
母は東京の人間だが、父はこの地方都市の出身だ。母の希望により、単身赴任はしない意向だ。仕事の都合で短期間で引っ越すこともあり、日向家はいつも賃貸の集合住宅暮らしだった。
祖父母の住む赴きある日本家屋は、花也たちにとっては馴染みのない環境だったが、花也はすぐに祖父母の家が気に入った。コロコロと変わることのない住まいは安心の象徴だ。帰る場所が変わらずそこにあるという安心。いつ帰っても、出迎えてくれる人がいるという安心。
「じーちゃん、ばーちゃん! ただいまー」
引き戸の玄関を開ければ、家の奥からパタパタとスリッパを鳴らして祖母は玄関まで出迎えてくれた。祖母が「お帰りなさい」と笑うと、釣られて花也もくしゃりと笑う。隣で光也も同じように顔をくしゃくしゃにして、嬉しそうに笑っていた。
「着替えて、手を洗ってらっしゃい。おやつ用意してあるからね」
ふたりは同時に「うん」と頷いた。
花也と光也はそれぞれの部屋で着替えを済ませる。
今まではほとんどの場合、ひとつの部屋をカーテンで仕切って使っていた。今回の引越しで、生まれて初めて自分の部屋ができた。
祖父母の部屋は一階で、両親の部屋は二階の一番広い板の間だ。
残ったのはそれぞれ六畳ある和室と洋室で、ふたりで話し合って、花也が和室、光也が洋室を使うことになった。光也は「今までどおりでいいのに。なあ?」と言っていたけれど、せっかく自分の部屋を持てる環境にあるのだから、花也は自分の部屋ができたことが嬉しかった。光也には言わなかったけれど。
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