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しおりを挟む考え込んでしまった伊織に、宏大は「これ、もう持ってっていいのか?」とのんびりと盛りかけの皿を指しつつ、また板の上のソーセージの端にまた手を伸ばす。今度はマジョラムがしっかりと香る、レバーの型焼きソーセージだ。「お、これも美味いな」と宏大が口元を緩める。
「あー、ちょっと待って」
伊織は残りのソーセージとハムを盛り、マスタードを添えると「いいよ、持ってって」と言った。
リビングを見やると、明日香がグラスにワインのおかわりを注いでいるところだった。宏大に「おい、明日香、先に飲みすぎんなよ」と叱られている。
伊織はその光景に笑いを噛み殺しつつ、明日香がワインを飲み干す前にと、手早くもう一品仕上げることにした。
昨晩のうちに作って寝かせておいたローストビーフをカットし、ルッコラとベビーリーフのサラダの上に盛った。バルサミコ酢を煮詰めて作ったドレッシングをかけ、ブラックペッパーとパルミジャーノ・レッジャーノを削りかけて、タリアータ風の完成だ。
あとは焼くばかりに用意してあった大豆ミートのラザニア(これは明日香のリクエスト)をオーブンに放り込み、伊織も自身のグラスとローストビーフの皿を持って、リビングに移動した。
「いいね~! これは記事が映えるわ~!」
どうやら機嫌は直ったようで、明日香が嬉々としてテーブルに並んだ料理の写真を撮っている。担当しているコラムに載せるらしい。明日香が働くのは、食で人生を豊かにするというコンセプトのもと、ポータルサイトの運営、ペーパーマガジンの出版、イベント企画を行う会社だ。伊織も来年からWEB上で連載を持たせてもらうことになった。言うまでもなく明日香の伝手だが、これまでたびたび〝料理研究家の友人〟としてコラムに登場してきた成果とも言える。
明日香の「食とセックス」の企画は形となり、伊織の連載もいくつかそこに絡める形となった。
今夜は記念すべき連載第一回に掲載予定のレシピと、試作品の用意もしている。あとで見てもらって、明日香と、ついでに宏大にも試食してもらう予定だ。
用意したレシピは『タルトゥフォ』――タルトゥフォはその名のとおり、黒トリュフの形をしたチョコレートのアイスクリームだ。
今回のレシピはコアントローを使ってオレンジの爽やかな香りと、より深く複雑な風味を加えた。チョコレートはベネズエラ産のクリオロ種を使い、マイルドだが芳醇で官能的。
媚薬効果のある食品として度々挙がるチョコレート。カカオに含まれるβ-フェニルエチルアミンは、別名「ラブケミカル」とも呼ばれ、脳内分泌物質でもあり、性的に刺激されたときに脳内で分泌される成分だ。
何度も試作試食をしてみたが、ガツンと濃厚なチョコレートに、それだけで酔っ払いそうになる。
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