上 下
16 / 33
出会い〜恋人になるまで

帰宅

しおりを挟む
夕方、定時に仕事を切り上げ、弟が待つ家へ帰ってきた。
「ただいま」
と声をかけると、リビングに続くドアが開き、エプロン姿の弟が出迎えてくれる。
「おかえり~」
我が弟ながら、とてもかわいい。
小柄で、ふわふわしていて、昔から守ってやらないとすぐに泣いていた弟。
「約束通り食べに行こう。どこでもいいよな」
弟はうん!と返事をすると、急いでエプロンを脱いで服を着替えた。
今朝迎えに行った時は暗かった表情も、今日一日で明るくなったようだ。
「あ…家事、してくれたんだ。
ありがとうね」
「こだわりがあったらごめんね、何もしないのは落ち着かなくて…最近はずっと主夫みたいなことしてたから」
やっぱり、彼氏とやらに養われていたんだな。
前の生活から抜け出せただけでも、成長と言おう。
直接聞いた訳では無いが、なんとなく察してはいた。
自分の選んだことだからと口を出さずに我慢していたが、こうしているのを見ると少し安心する。
「行こっか」
家を出て、また車に乗る。
弟は助手席で、小さな頃のように外を眺めては楽しそうにしている。
あの頃は俺の席に父親がいて、弟のいる席には母親がいた。
「どこまで行くの?」
「ん?ああ、お前が前に食べたいって言ってたステーキ屋」
前と言っても、もう一年以上前だ。
たまに会ってはこうして話していたけれど、それもここ一年は全くだった。
「覚えててくれたんだ…ありがとう、兄ちゃん」
店に着くと、柚季は嬉しそうにメニューを眺めて最終的に二つに絞ったので、
二人で半分こして食べた。
これも昔を思い出して、くす、と一人で笑った。
会っていない期間が続いても、こうして一緒にいればすぐ元の距離感に戻る。
兄弟とはそういうものだ。
「ん~美味しいね。榊さんにも…」
あっ、と弟は口を塞いだ。
きっと、彼氏とやらの名前だろう。
「榊、というのか。
今度連れてくればいいだろう」
俺が言うと、弟はバツが悪そうに苦笑いした。
「榊さんとは、あんまり出かけたことがないんだ。
それに、そういう中でもない。
ただ拾われて、養ってもらって…って、それだけ」
弟がこうして自分の話をするのは、今日会って初めてだ。
わざわざ聞くことはしなかったが、それは自分で話してくれるだろうと思っていたからだ。
でも、まさか付き合っている相手ではなかったとは。
「そうか。なら、その分ちゃんと言葉にしないとな。
伝える前に恐れたり、それを端折ったりすると後々辛くなる。
どんな喧嘩か知らないけど、戻る気があるならちゃんと向き合え」
少し、父さんみたいなことを言った。
お節介と分かっていても、大事な家族のことだから、こうなってしまうのかもしれない。
柚季は俯いて、食事の手を止めた。
「伝えて、ダメだったら…?
拒否されて、もう一緒にはいられなくなったら…?
そんなの、嫌だよ。
このままでもいいから…一緒に…一緒にいたいって…」
ポロポロと涙を流す。
我慢していたものが、一気に溢れたのだろう。
俺は財布と携帯を店員に預け、柚季を連れて車に戻った。
後部座席に座らせ、店へ戻って残りは持ち帰り用に詰めてもらい、支払いを済ませて店を後にした。
「柚季、シートベルト」
俺が言うと、弟は素直にシートベルトをしめた。
車で20分ほど行ったところに、海が見える。
あと少しで日が沈む。
「急ぐぞ」
弟を降ろし、二人で浜辺を歩いた。
「…綺麗だね」
泣き腫らした目で、そっと笑う。
この痛みに、どうして気づいてやれなかったのだろう。
彼氏との喧嘩か、なんて軽い気持ちで連れて帰ってきたが、今日くらい仕事を休んで一緒にいてやればよかった。
仕事から帰ってきた俺を笑顔で迎えたのは、きっと心配をかけない為だろう。
「好きなだけいていいから、ゆっくり休め」
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

僕の詩

エッセイ・ノンフィクション / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:6

マリオネットが、糸を断つ時。

BL / 完結 24h.ポイント:28pt お気に入り:231

顔も知らない婚約者 海を越えて夫婦になる

恋愛 / 完結 24h.ポイント:248pt お気に入り:121

短編作品集(*異世界恋愛もの*)

恋愛 / 完結 24h.ポイント:184pt お気に入り:154

処理中です...