夢追人と時の審判者!(四沙門果の修行者、八度の転生からの〜聖者の末路・浄土はどこ〜)

一竿満月

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■■■■…………
 突然の爆発により多数の被害者を出してしまった明国軍は混乱に陥る。

「なっ、なんだ!? 罠だったのか!」

 食糧庫という言葉に明国軍は視野が狭くなっていた。七万の部隊を維持する食糧が枯渇している事は配給される食事で   せいで罠だという可能性を一切考慮していなかった。逃げていくのは自分達を恐れているばかりだと勝手に思い込んでいたのだ。

「た、隊長どうします。 引き返しますか? それとも追いかけますか?」

「…………負傷者を連れて全員退却」

 目先の欲に眩んでしまわなければ罠だと見抜くことは出来ただろう。鬼三郎の声はあからさまだったから、冷静に考える事さえできていれば話は違っていたのかもしれない。

「思ったよりも被害は少いようだな」

 引き返していく明国軍を見て鬼三郎は、あまり成果が出せなかった事を愚痴る。

 食糧不足の明国に食糧庫という餌をチラつかせれば敵は喰いついて来るだろうと予想していた鬼三郎の予想は見事に的中したが思っていた以上の戦果は出せなかった。
 食糧は明国からしたら喉から手が出るほど欲しいに違いないと踏んでいたのに、意外にもあっさりと手を引いてしまった。
 鬼三郎の考えでは多少の被害を被ってでも強行突破してくると思っていた。なにせ明国軍は数が尋常ではない。だから、多少兵士が死のうとも痛くも痒くもないはずであった。しかし、現実はそう甘くはないと鬼三郎は思い知る。

「もう少しくらいは減らせると思ったんだが、そう簡単には上手くいかないか」

「どうします、明石隊長。 向こうが逃げたんじゃ俺らの役目は終わったみたいなもんだけど……」

「戻るぞ。恐らく二度目は通じないからな。最初の一回でもっと大きな戦果を挙げられれば良かったが、流石にそこまで甘くはないらしい」

「わかりました。では、戻りましょうか」

 大きな戦果は出せなかったが、多少は明国軍に打撃を与える事が出来た鬼三郎部隊は森の中を通って泗川古城へと帰還した。

 泗川古城へと戻った鬼三郎部隊は又兵衛部隊へと合流する。互いに生存報告などをしてから休息を取る。休息を取っている時に鬼三郎と又兵衛は情報交換を行う。
「鬼三郎。どうだった?」

「え~~ぇ、食糧庫で釣ってみたが意外にもあっさり引き返しやがった」

「なに。 じゃあ、そこまで戦果は挙らなかったのか?」

「ああ。もう少し食い下がるもんだと思っていたが、当てが外れちまったようだ」

「まあ、仕方ないだろう。罠に嵌められたと分かったなら普通は引き返すさ」

「まあな。でも、それを踏まえた上での予想だったんだけどな~」

「では、次からが問題だな」

「そうだな。明国軍も考えを改めるだろうよ。舐めて掛かっていい相手じゃないってな」

「本当の戦いはこれからというわけか……」

「そうなるな。出来りゃ早いとこ小太郎にはこっちに来てもらいたいぜ」

「我々は信じて泗川古城を守る事だけに集中していればいい」

「そうだな。さて、上の連中に報告しに行くか~」

 二人は初戦の勝利を報告しに川上忠実殿の下へと向かう。既に勝利した事は伝わっているだろうが、実際に現場で活躍した二人の報告は必要であろう。

 明国との初戦は白星をあげたことに島津軍は歓喜に包まれていた。相手は大陸最強の明国軍で、島津軍にはないような兵器を駆使する集団だ。
 いくら又兵衛達に秘策があると言っても勝ち目はないだろうと島津軍の幹部達は予想していた。
 しかし、蓋を開けてみればどうだ。まさかの快勝というではないか。これを喜ばずにはいられなかった。
 会議室に呼ばれた二人を待っていたのは称賛の嵐であった。
 華々しい戦果を挙げた二人を褒め称える島津軍の幹部達。対して顔にこそ出してはいないが、褒められているはずの二人は島津軍の現状を憂いていた。

 ただし、島津軍全てにと言う訳ではない。きちんと現状の危うさを理解している者達はいる。その筆頭の川上忠実殿が城代のおかげで二人は安心できる。

「二人ともご苦労。よくやってくれた」

「「褒めに預かり光栄です!」」

 頭を下げる二人を見て川上忠実は話を続ける。

「さて、初戦は二人のおかげで見事に勝利を収めることが出来た。しかし、問題はこれからだ。
明国は恐らく今回の敗北で我々が油断ならない相手だと認識したことだろう。となると次の戦いは今回よりも戦力を投入してくるに違いない。明日以降の戦いは益々厳しいものとなる」

 川上忠実殿の言葉に幹部達も現状がどれだけ危ういかを理解する。もっとも一部の無能な者はその言葉を聞いて鼻で笑っていた。

「ふっ。なにを言い出すかと思えば……。御城代、臆病風にでも吹かれましたかな……」

 その発言に片眉を上げ反応する川上忠実殿だが、反論することなく黙って聞く事にした。

「今回の勝利は明国軍の士気を下げ、我々の士気は上がった。ならば、今こそ攻め時でしょう。恐れをなしている今の明国軍ならば我々の敵ではない!」

 強気な発言に一部の者達は扇動されてしまう。快勝したことで気が大きくなったのか、今こそ好機だと言って止まない。
 確かに一理あるのだが、そもそも戦力差がありすぎるので攻めたとしても返り討ちに遭うだけだ。その事をすっかり忘れてしまっている。
 頭が痛くなる思いだが川上忠実はどうにかして、この熱を冷まさなければならない。そうしなければ一部の者が暴走してしまう。それだけは避けねばならないと忠実は頭を悩ませるのであった。

 一部の者が煽ったせいで島津軍は攻めの一手を打とうとしている。当然、止めなければいけない川上忠実は呆れるように溜息を吐いて発言をする。

「はあ……静かにしたまえ」

「おや? 御城代様は、やはり乗り気ではないので?」

「そうではない。冷静になれと言っているのだ。諸君の言い分は確かに分かる。しかしだな、真正面から戦って勝ち目があると本当に思っているのか?」

「えぇ。当然ではないですか、勝っているのですから……」

「今回は運がよかっただけだ。次はない」

「ならば、別の策を練れば良いだけでしょう? なにをそんなに恐れていらっしゃる?」

 「数の上ではこちらが圧倒的に不利なのだ。いくら策を練ったところで数で押し負けるのは理解できるであろう?」

「ですから、数の不利すら打ち消すほどの策を練ればいいと言っているではありませんか。実際に今回は数の不利を覆し勝利を収めた。難しい話ではありますまい?」

「それは明国がこちらを侮っていたからだ。最初から明国が本気を出していればこちらが敗北していた」

「それでは我々は決して勝てぬと?そう仰るので?」

「そうではない。我々が考えなければならないのは勝利ではなく、いかにして時間を稼ぐかだ」

「御城代様は消極的な意見ばかりでらっしゃる。まるで話にはなりませんな。これでは勝てる戦も勝てますまい」

 やれやれといった感じで肩を竦める男に川上忠実は青筋を立てる。話にならないのはどちらの方だと今すぐにでも怒鳴り散らしてやりたいと思っている忠実だが、そこは抑える。

 しかし、このままでは埒があかないのも事実。どうすれば良いものかと腕を組んだ川上忠実は、いっその事最前線に送り込んでやろうかと考えた。
(ここまで言うのならいっそ最前線に送り込んでやろうか?出来れば戦死でもしてくれればいいのだが、この男は腐っても指揮官だ。自分は安全圏で指示を出すだけで死ぬのは部下達だ。はあ……島津義弘殿が内側の敵を減らしてはくれたが、残ったものが無能とはな)

 嘆いてはいるが無能ばかりが残ったというわけではない。有能な者も中にはいるのだが、有能がゆえに川上忠実と同じ思いをしているのだ。

 今回の勝利で島津軍の士気は上がったが、それだけで勝てる相手ではない。むしろ、今の状況の方が危ういのだ。

 明国軍は今、格下だと見縊みくびっていた相手に負けたのだから島津軍のことを警戒している。
 だから、よっぽどの事がなければ明国軍は無理に砦を攻め落とすような事はない。
 しかし、ここで島津軍軍が勝利に酔ってしまい無謀な突撃でもすれば、明国軍に敗北してしまう。

 そうなってしまえば、警戒していたはずの相手が実は弱かったと認識されてしまう。すると、どうなるかは誰にでも想像が出来る。後は数に任せて砦を攻められれば島津軍は成す術もなく惨敗するだけだ。

 だからこそ、今の状況は危うい。攻めればボロが出て負け、篭城すれば時間こそ稼げるが勝つことは出来ない。

 明国軍がその事実に気が付けば今の均衡はたちまち崩れてしまう。

 その事をしっかりと理解している者達は打開策が思いつかないので黙っているのだった。しかし、これ以上あの無能に好き勝手言われるのは許せないと問いただす事にした。

「一つ問いたいのだが、そこまで自信があるのならば何か良い策でもあるのでしょうな?」

「何の為の軍議ですかな? それを考えるのが軍議でしょう」

(こいつ! 言うに事欠いて無策だと! 舐めてるのか!!!)
 見事に全員の意見が一致した瞬間である。まさか、あれだけ川上忠実に食って掛かっていた癖に、何も考えていなかったのだ。むしろ、ある意味大物である。

 引き攣った笑みを浮かべながら、質問をした指揮官は話を続ける。

「ほ、ほほう。確かにその通りですな。しかし、現状明国軍は我々を警戒しており、刺激するのはよくないと思うのですが、その点についてはどう思われますか?」

「何を言っているのです? 警戒している今こそ攻めるべきでしょう。全軍で攻めれば怖気付いている明国軍など容易いでしょうよ」

(それが出来ないから困ってるんだろうが! 話聞いてたのか、おめえは!!!)
 必死に怒りを堪えながらも会話を続ける。勿論、相手のことなど見てもいない指揮官はドヤ顔のままだ。

「全軍で攻めたとして泗川古城砦は誰が守るのです?」

「勝てばいいだけでしょう? そうすれば守る必要もなくなりますからな。ほら、言うではありませんか。攻撃こそ最大の防御と!」

(数が勝ってたらそれでもいいが、劣ってるから策を練らなきゃならんのだ! なんで、こんな奴が指揮官になったんだ……!)
 もう何を言っても通じそうにはない。むしろ、これだけ言っても理解できないのだから言うだけ無駄かもしれない。

 結局、説得を諦めてそれ以上会話を続けることはなかった。ある意味、言い負かされたと言ってもいいかもしれない。時に馬鹿はとてつもなく強いということが証明された。

「一先ず、明日は防衛に徹する。それでいいな?」

「お待ちください! 私は今こそ……」

「これは命令だ。逆らうというのなら、分かっているのだろうね?」

 有無を言わせない川上忠実の剣幕に何も言えなくなった指揮官は小さな声で返事をした。

(く、くそ! このままでは何の功績も挙げられないではないか!こうなったら、仕方あるまい。私がどれほど優れているかを見せ付けてやる。そうすれば自分達が間違っていたのだと頭を下げるに違いない。くっくっくっ!)

 軍議が終わり俯いていた指揮官は、功績を挙げる為に暴挙へと出る事になる。
 一夜明けて、川上忠実の元へと一人の兵士が駆け込んでくる。非常に焦った様子の兵士を見て川上忠実殿は只事ではないと声を掛ける。

「どうした。何があった?」

「も、申し上げます! 一部の者達が命令を無視して出撃しました!」

「そうか……」

 もっと動揺するかに思われたが、川上忠実はまるで分かっていたかのように落ち着いていた。その様子に、首を傾げる兵士は忠実に尋ねる。

「あの驚かれないのでしょうか?」

「ん? ああ、先日の軍議で一部の者達が不満を抱えていたのは知っていたからな。なにか仕出かすと思っていたから、そこまで驚く事ではない。それよりも聞きたいのだが、どれだけの兵士が出撃をしたのだ?」

「百名です」

(ふむ……私兵だけか。指揮官だけなら見殺しにするのは構わんが、無理矢理連れて行かれた兵士に又兵衛達が作ってくれた時間を無駄にすることは出来ない)
 しばらく考えた川上忠実は自ら援軍を出す事にした。本来ならば命令違反をしたのだから切って捨てればいいのだが、無能な指揮官に連れて行かれた兵士と又兵衛達が稼いでくれた時間を無駄には出来ない。
 川上忠実は兵士五十名に指示を出して救援に向かう。そして、残りの兵士は泗川新城へ合流する手筈を整えることを命じた。
 既に交戦は始まっており、一部の暴走した島津軍は明国軍に包囲されていた。

「やはり昨日の部隊は島津軍の切り札だったようだな。こいつらを見る限りでは敵ではないだろう」

「副官! 砦より援軍と思われる部隊を確認しました!」

「ほう。規模はどれくらいだ?」

「五十名ほどです」

「それは精鋭部隊かもしれぬ少々相手をするのが面倒だな。引き上げるとしようか。十分な収穫はあった。島津軍は恐るるに足らず。それだけ分かれば十分よ」

 明国軍は泗川古城砦から川上忠実率いる援軍を見ると、すぐに包囲を崩して陣地へと撤退した。その様子に川上忠実は戸惑うが、優先するべきは味方の救援。
 今回の事態を招いてしまった指揮官は緒戦で討たれ、生き残った者達を保護して川上忠実は砦へと引き返した。残念ながら生存者の数は三十にも満たない。忠実も矢傷を負い、そして生き残った多くの者が戦意喪失しており戦力外となってしまった。

 島津軍の方で一騒ぎ起こっている間、明国軍の方では朗報に喜んでいた。

「うわははははっ! やはり、島津軍は切り札を切っていたわけか! ならば、もう恐れる事はない! 数で押してしまえばこちらの勝ちは決まったも同然だ……」

「えぇ、え~ぇそうですな。どうやら、島津軍は我々を進ませないように最初から切り札を切ったのでしょう! 見事に嵌められましたが、もう恐れることはありませんな。後は蹂躙するだけだ……」

「むっふっ。馬鹿には感謝せんとな。まさか、島津軍の現状を教えてくれるとは。褒美をやりたいくらいだ。うわははははっ!」

 明国軍はこれで確信する。島津軍には先日の部隊以外は敵ではないと。これで方針が決まった。
 圧倒的な物量で砦を攻め落とす。そうすれば、いかに精鋭部隊が優れていようとも圧倒的な数の前では蹂躙されるだけだ。

 そうと決まれば話は早い。明国軍は明日に備えて準備を始める。先日とは違い、圧倒的な戦力差を島津軍に見せつけようとしていた。
 その頃、島津軍も明国軍が動いている事を知り軍議を開いていた。

「恐らく今回の事で明国軍には我々の戦力を知られたに違いない」

「では、どうするのです?」

「なにか策はないのですか?」

「現状、我々には篭城と言う作戦しかない。しかし、明国軍が先日以上の戦力で攻めてくれば……そう長くは持たないだろう」


 その言葉に誰もが下を向いた。最早ここまで。折角、又兵衛達が稼いだ時間も無駄になってしまった。誰かを責めようにもその相手は既に戦場に横たわっている。

「御城代様。発言してもよろしいでしょうか?」

「又兵衛か。構わん。何かあるなら言ってみろ」

「は! では、遠慮なく申し上げさせていただきます。小太郎殿より、もしも打つ手がなくなった場合にとある男を呼べと命じられておりますのでお呼びしても良いでしょうか?」

「ああ。それはいいが、その男とやらはどんな人物なのだ?小太郎殿の部下と言うのならば信用は出来るが……?」

「御安心を。小太郎殿の部下にございます」

「そうか。しかし、俺はお前と鬼三郎以外は特に知らぬが、どのような人物なのだ?」

「……一言で言えば氷の女王様に次ぐ危険人物というところでしょうか」

「なに!? そのような人物が小太郎殿の部下にいるのか?」

「はい。ただ、心強い味方なのは確かかと」

「う~む。わかった。一度ここにつれて来い」

「は!」

 それからしばらくして、又兵衛が連れて来たのは黄白二色の波紋の衣を身に纏った色黒で細身の男。ちゃんと栄養を取っているのかと問い詰めたくなるくらいな見た目をしている。
 そんな男を見て川上忠実殿は疑問を抱く。果たして、小太郎殿が言うほどの人物なのかと。そして、氷の女王に次ぐ危険人物なのかと忠実は疑問に思うばかりであった。


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