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引足救経
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■■■■…………
翌日、四度目の戦いが始まろうかとした時、連合軍の陣地から単騎で飛び出してくる影が一つ。日本軍の見張り役はその影に気が付いて声を荒げるが、その影の進行速度は尋常ではない。
見張り役の兵士が振り返ったときには既に砦に辿り着いていた。一体何者なのかと見張り役の兵士が相手の姿を確認すると驚きに目を見開く。
「進撃の李将軍……っ!」
大急ぎで報告に向かう見張り役の兵士だが、もう間に合わない。李寧はゆっくりと砦の固く閉ざされた門に手を当てると、得意の気功砲で簡単に吹き飛ばした。
砦の門が破壊された事で日本軍に緊張が走る。敵が攻めてきた証拠だと。しかし、先日の戦いを見てもまだ連合軍は攻める気概があったのかと驚いていたりもする。
ただ、今はそんな事よりもいとも容易く砦に侵入してきた敵の対処だ。多くの兵士達が砦の門の前に集まる。すると、そこにいた侵入者の姿を見て驚愕に震える。
「君達に用はない。私が用があるのは東郷重位。ただその一人だけだ。道を開けて貰おうか」
李寧から放たれる圧倒的な威圧感に誰もが動けない。しかし、そこへこの砦の最高戦力である明石又兵衛が李寧の前に現れる。
「まさか、単身で敵地に突っ込んでくるとはな。どういう了見だ?」
「聞いていなかったのかい? 私は弥十郎に用がある。君達に構っている暇はないんだ」
「ほう。そうは言ってもお前は敵だ。李将軍よ。はい、そうですかと言って簡単に通すわけにはいかん」
「ふん。私の侵入を止める事が出来なかった癖に随分と強気な発言じゃないか。明石隊隊長、明石又兵衛」
両者共に尋常ではない威圧を放ち、いつぶつかってもおかしくはない。周囲で見守っている兵士達は巻き込まれないように、その場をそっと離れる。
李寧が腰を低く落とし拳を構えて、明石又兵衛が刀を抜くと李寧に切先を向けて構える。両国の最高戦力がぶつかり合うかと思われた、その時、両者の間に一人の男が姿を現した。
「む……? どうしてここに?」
突然、二人の間に現れた弥十郎を見て明石又兵衛が驚いて声を上げる。
「どうしてって、そりゃ、まあ、儂に用があるって言うから仕方なく?」
「仕方なくって……。いや、弥十郎殿は他の任務で、そもそもここに居ない筈ですでは?」
明石又兵衛の口から出た名前を聞いて周囲で固唾を呑んで見守っていた兵士達がどよめく。一部の者こそ知ってはいたが姿を見たものはいなかったからだ。まさか、生きている内に見られるとは露ほどにも思わなかったことだろう。
そして、兵士達とは違う意味で驚いている者もいた。それは、李寧だ。李寧も東郷重位のことは知ってはいたが顔までは知らなかった。
だから、いきなり目の前に現れた男に動揺していた。だが、李寧の目的は東郷重位と戦う事。すぐに李寧は落ち着きを取り戻して東郷重位へと話しかける。
「失礼、貴方がかの高名な東郷重位様で間違いないのでしょうか?」
「あぁ、そうだが。儂に用があるとか言ってたようだが?さっさと済ませてもらえないかな。こう見えても結構忙しい身での」
そう答えるが東郷重位は今朝、敵の食糧庫を壊滅させて戻って来て先程まで猫田安兵衛と猫野美華の二人にお世話されながら優雅に朝食を取っていた。
たまたま、戦場を覗いていたら自分に用があるという輩がいるので、暇潰しにはなるかと思って出てきたのだ。つまり、忙しいと言うのは嘘であり見栄を張っただけである。
「そうですか。では、手短にお伝えしましょう。私と戦っては頂けませんか? 勿論、本気で」
どよめいていた兵士達が一斉に黙る。相手が誰か分かって言っているのだろうかと、ほとんどの兵士達が同じことを思っていた。
「本気で言っているのか?」
「冗談に見えますか?」
「いいや。城から見ていたが貴公からは確かに本気を感じる」
「見ていたのですか。少し恥ずかしいですね」
「まあ、見ていたとしても真意まではわぬものだが。それよりも、どうして儂と戦いたいのじゃ?」
「どうしても……。僕の力が天真正自顕流の使い手である貴方に通用するのかを試してみたい」
「試してみたいとな……。試した時には命は無いぞ?」
「ええ、勿論。僕にとってはどうしても譲れないことですから……」
「そうか……」
しばらく、東郷重位が何かを考えるように目を瞑る。考えが纏まったのか東郷重位が目を開いて李寧に目を向ける。
「いいだろう。相手をしてあげよう……。だが、ここだと邪魔が入るから移動するぞ」
そう言って東郷重位が指を鳴らすと、猫田安兵衛が移動用兵器を起動した。李寧と東郷重位の二人は古城前から姿を消した。唖然とする兵士達であったが、明石又兵衛の指示により壊れてしまった砦の門の修復作業を急ぐのであった。
◇◇◇◇
そして、泗川古城から消えた二人はと言うと鬱蒼とした森の中に転移していた。周囲の景色が変わったことに戸惑いを隠せない李寧に東郷重位が転移した事を説明する。
「ここは小太郎とよく稽古する無人島。だから、気にせず戦えるぞ」
「驚きました。まさか、転移兵器まで持っていようとは……」
「小太郎はすごいぞ。彼は今も成長している……」
その台詞に李寧は息を呑む。目の前にいる東郷重位はどれほどの実力を持っているのかと。一つ言えるのは李寧が想像しているよりも遥かに上であるのは間違いない。だが、その人以上の化け物がいる事を知って。
「ふう……。では、行きます!」
「別に声を掛けなくてもいいぞ……いつでも来い」
とんとんと軽く跳ねた李寧は真っ直ぐに東郷重位に向かって駆け出す。気功を上手く利用して常人離れした速度で東郷重位の近くにまで踏み込んだが、それ以上は進めなかった。
東郷重位は最近取得した殺気障壁を自身の周りに張っている。その数は日常だと六枚重ねだが、戦闘時には倍の十二枚の重ね掛けである。
ほとんど破られる事はないが、鬼三郎や猫田安兵衛は一枚、二枚破っているので相応の力があれば東郷重位の守りを突破する事は可能だ。
だからと言って、障壁を全て破壊すれば勝てると言うわけでもない。それに障壁を破壊されても、また増やせばいいだけの話だ。
「障壁か! なら!」
李寧の接近を拒むかのように障壁が張られている。李寧はその障壁を破壊しようと自慢の気功を放った。
パリンッと音を立てて障壁が砕け散る。東郷重位の障壁を破壊した李寧は自分の力も通用するのだと笑みを零した。
しかし、東郷重位の方は特に焦る事もなく涼しげな表情である。たかが、一枚破壊された程度では重位が焦る事はない。
その事に気が付いた李寧は眉間に皺を寄せるが、東郷重位が天真正自顕流とタイ捨流の使い手だと言う事を理解しているので、すぐに納得した。
天真正自顕流とは十瀬長宗が天真正伝香取神道流を学んだ後に、鹿島神宮に参籠して開眼した流派だった。
天真正伝香取神道流とは、上泉信綱と並び称されるもう一人の剣聖・塚原卜伝が学んだ流派で、当時の名のある剣豪の基礎をなしていた。
重位は天正六年に、タイ捨流の免許皆伝を得るほどの腕前になり、大友氏との高城川の戦いで初陣を飾り、九州一の剣豪として名高い丸目蔵人の高弟・東権右衛門が剣術指南役を務める「タイ捨流」を進化させていた。
「だったら、これで!!!」
一旦、距離を取り離れた場所から李寧が気功を放つ。先程の兵器よりも強力な気功砲だ。まともに受ければ障壁の一枚や二枚は簡単に貫く。
木々をなぎ倒し、地面を抉りながら風の砲弾が東郷重位に襲い掛かる。東郷重位は避ける素振りも見せず、ただ悠然と立ったまま。
その様子を見ていた李寧は侮っているのかと僅かに苛立つ。李寧の思っている通り、東郷重位は侮っているのだ。避けるまでもない。障壁が全て破られないと絶対の自信を持っているのだ。
李寧の兵器と東郷重位の障壁がぶつかる。衝撃で周囲の木々や地面を吹き飛ばしたが、東郷重位の障壁は破壊する事が出来なかった。
正確に言えば、十二枚の内四枚は破壊した。これは普通に自慢できるレベルだ。なにせ、東郷重位が展開した障壁は並大抵の衝撃では破壊できない。
それをたったの一撃で四枚も破壊したのだから、誇ってもいい。
「……さすがですね」
「ふむ。でも、貴公の気功砲も大したものじゃ。儂の障壁を一度に四枚も壊すなんて中々出来る事じゃないぞ……」
「それは……喜んでいいのか、悔しがればいいのか、わかりませんね」
「喜べばいい。そこら辺にいる剣術使いじゃ殺気に当てられて身体が動かぬ」
「……それは、まあ、なんというか複雑な気持ちになりますね」
「そうか? 小太郎も最初は一撃じゃ三枚くらいが限界だったし、十分すごい事だぞ」
比較対象に小太郎の名前を出しても李寧にはいまいちピンと来ない。李寧が持っている小太郎の情報は少ないので凄さをあまり理解できていない。
「ま、いいか……。ところで、まだ続けるのか?」
「当然!」
一度や二度、兵器が防がれた程度で李寧が諦める事はない。これは最強への挑戦なのだから、李寧が諦める時は全てを出し尽くして自分が納得し満足するまでだ。
挑戦される側としては迷惑な話ではあるが、東郷重位の場合は暇潰しにはなるので問題はないだろう。あるとすれば東郷重位が飽きた時だけだ。
「はああああっ!!!」
気合を入れるように声を張り上げながら李寧が気力を高める。どうやら大技を出すらしい。東郷重位は止める様子もなく、ただ見ているだけだった。
「さて、どんな攻撃が来るのかのう」
楽しげな声で微笑む東郷重位は今も気力を高めている李寧を見詰める。
『気功巡回、身体強化、攻撃力向上……』
李寧は空いた手で握り拳を作ると、全力を込めて東郷重位の顔に叩き込む。
一度、二度、三度。上から体重を込めた一撃。骨が砕けても可笑しくない一撃を受けても、東郷重位は平然とした顔をしている。それどころか、李寧は殴った感触が異様なことに背筋を震わす。
水の入った柔らかい皮袋を叩くような感触なのだ。それは決して人間のものではない。興奮して忘れていた後方で起こっている地獄の光景が頭をよぎる。
李寧は悲鳴をかみ殺す。ようやく完全に気づいたのだ。目の前で立っている男が化け物だということが。
「理解出来たようじゃな。 ではそろそろ始めるか……」
何が。そう問い返す前に、数百本の針が同時に突き刺さるような激痛が撃ち込んだ手から上ってくる。
「あぁ~~あ!」
「障壁の中の殺気が身体に侵入する痛みはどうですかな……」
激痛の中聞こえてくる非常に冷静な言葉。その意味するところを理解はできなかった。あまりに李寧の知る世界から逸脱することが起こりすぎていて。
「改良した障壁、実は始めて使用すのを観察する機会が出来て感謝しておるぞ。李寧殿は儂に挑戦したがっていましたし、ちょうど良いかと思ってのぉ」
「ぎぃゃ~~! 化け物め! 死にやがれ!」
激痛を抑し殺して、李寧は吐き捨てながら懐から短剣を抜き払う。そしてそのまま一気に東郷重位の顔面に深々とつき立てた?。
「ざまぁみやがれ!!」
さて、障壁に短剣を突き立て何か変わるだろうか? せいぜい宙に浮く短剣が出来る程度だろう。つまるところ、そういうことだ。
短剣を障壁で防ぎ、東郷重位は李寧を見据えると、静かに話しかける。
「申し訳ないが。貴公の攻撃力では、儂に傷を付けることはできぬようじゃが……」
「なんなんだよ、おまえはよぉ」
手から伝わる激痛と、目の前にある死からわきあがる恐怖によって、半分泣き出した顔で李寧は呟く。それに東郷重位は平然と答える。
「貴公とはレベルが違いすぎるようだ。あまり時間もかけられぬので、そろそろ終わりにしよう」
すると一気に東郷重位の気力が跳ね上がる。泣きわめき、叫び、命乞いをする李寧。だが、東郷重位の手刃が、人では決して抗えないような強さで腕、肩と食い込んでいく。
「董 禦倭総兵官バンザイ!」
最後にその名前を叫び、李寧の身体が仰向けに地面に転がった。
「引足救経。命だけは取らぬようにしたかったがまさかこの程度で。……では安兵衛に古城に戻してもらうか」
そう言い残して東郷重位は李寧の前から転移して消える。消え行く意識の中で一人残された李寧は雲一つなくなった空を見ながら目を閉じるのであった。
翌日、四度目の戦いが始まろうかとした時、連合軍の陣地から単騎で飛び出してくる影が一つ。日本軍の見張り役はその影に気が付いて声を荒げるが、その影の進行速度は尋常ではない。
見張り役の兵士が振り返ったときには既に砦に辿り着いていた。一体何者なのかと見張り役の兵士が相手の姿を確認すると驚きに目を見開く。
「進撃の李将軍……っ!」
大急ぎで報告に向かう見張り役の兵士だが、もう間に合わない。李寧はゆっくりと砦の固く閉ざされた門に手を当てると、得意の気功砲で簡単に吹き飛ばした。
砦の門が破壊された事で日本軍に緊張が走る。敵が攻めてきた証拠だと。しかし、先日の戦いを見てもまだ連合軍は攻める気概があったのかと驚いていたりもする。
ただ、今はそんな事よりもいとも容易く砦に侵入してきた敵の対処だ。多くの兵士達が砦の門の前に集まる。すると、そこにいた侵入者の姿を見て驚愕に震える。
「君達に用はない。私が用があるのは東郷重位。ただその一人だけだ。道を開けて貰おうか」
李寧から放たれる圧倒的な威圧感に誰もが動けない。しかし、そこへこの砦の最高戦力である明石又兵衛が李寧の前に現れる。
「まさか、単身で敵地に突っ込んでくるとはな。どういう了見だ?」
「聞いていなかったのかい? 私は弥十郎に用がある。君達に構っている暇はないんだ」
「ほう。そうは言ってもお前は敵だ。李将軍よ。はい、そうですかと言って簡単に通すわけにはいかん」
「ふん。私の侵入を止める事が出来なかった癖に随分と強気な発言じゃないか。明石隊隊長、明石又兵衛」
両者共に尋常ではない威圧を放ち、いつぶつかってもおかしくはない。周囲で見守っている兵士達は巻き込まれないように、その場をそっと離れる。
李寧が腰を低く落とし拳を構えて、明石又兵衛が刀を抜くと李寧に切先を向けて構える。両国の最高戦力がぶつかり合うかと思われた、その時、両者の間に一人の男が姿を現した。
「む……? どうしてここに?」
突然、二人の間に現れた弥十郎を見て明石又兵衛が驚いて声を上げる。
「どうしてって、そりゃ、まあ、儂に用があるって言うから仕方なく?」
「仕方なくって……。いや、弥十郎殿は他の任務で、そもそもここに居ない筈ですでは?」
明石又兵衛の口から出た名前を聞いて周囲で固唾を呑んで見守っていた兵士達がどよめく。一部の者こそ知ってはいたが姿を見たものはいなかったからだ。まさか、生きている内に見られるとは露ほどにも思わなかったことだろう。
そして、兵士達とは違う意味で驚いている者もいた。それは、李寧だ。李寧も東郷重位のことは知ってはいたが顔までは知らなかった。
だから、いきなり目の前に現れた男に動揺していた。だが、李寧の目的は東郷重位と戦う事。すぐに李寧は落ち着きを取り戻して東郷重位へと話しかける。
「失礼、貴方がかの高名な東郷重位様で間違いないのでしょうか?」
「あぁ、そうだが。儂に用があるとか言ってたようだが?さっさと済ませてもらえないかな。こう見えても結構忙しい身での」
そう答えるが東郷重位は今朝、敵の食糧庫を壊滅させて戻って来て先程まで猫田安兵衛と猫野美華の二人にお世話されながら優雅に朝食を取っていた。
たまたま、戦場を覗いていたら自分に用があるという輩がいるので、暇潰しにはなるかと思って出てきたのだ。つまり、忙しいと言うのは嘘であり見栄を張っただけである。
「そうですか。では、手短にお伝えしましょう。私と戦っては頂けませんか? 勿論、本気で」
どよめいていた兵士達が一斉に黙る。相手が誰か分かって言っているのだろうかと、ほとんどの兵士達が同じことを思っていた。
「本気で言っているのか?」
「冗談に見えますか?」
「いいや。城から見ていたが貴公からは確かに本気を感じる」
「見ていたのですか。少し恥ずかしいですね」
「まあ、見ていたとしても真意まではわぬものだが。それよりも、どうして儂と戦いたいのじゃ?」
「どうしても……。僕の力が天真正自顕流の使い手である貴方に通用するのかを試してみたい」
「試してみたいとな……。試した時には命は無いぞ?」
「ええ、勿論。僕にとってはどうしても譲れないことですから……」
「そうか……」
しばらく、東郷重位が何かを考えるように目を瞑る。考えが纏まったのか東郷重位が目を開いて李寧に目を向ける。
「いいだろう。相手をしてあげよう……。だが、ここだと邪魔が入るから移動するぞ」
そう言って東郷重位が指を鳴らすと、猫田安兵衛が移動用兵器を起動した。李寧と東郷重位の二人は古城前から姿を消した。唖然とする兵士達であったが、明石又兵衛の指示により壊れてしまった砦の門の修復作業を急ぐのであった。
◇◇◇◇
そして、泗川古城から消えた二人はと言うと鬱蒼とした森の中に転移していた。周囲の景色が変わったことに戸惑いを隠せない李寧に東郷重位が転移した事を説明する。
「ここは小太郎とよく稽古する無人島。だから、気にせず戦えるぞ」
「驚きました。まさか、転移兵器まで持っていようとは……」
「小太郎はすごいぞ。彼は今も成長している……」
その台詞に李寧は息を呑む。目の前にいる東郷重位はどれほどの実力を持っているのかと。一つ言えるのは李寧が想像しているよりも遥かに上であるのは間違いない。だが、その人以上の化け物がいる事を知って。
「ふう……。では、行きます!」
「別に声を掛けなくてもいいぞ……いつでも来い」
とんとんと軽く跳ねた李寧は真っ直ぐに東郷重位に向かって駆け出す。気功を上手く利用して常人離れした速度で東郷重位の近くにまで踏み込んだが、それ以上は進めなかった。
東郷重位は最近取得した殺気障壁を自身の周りに張っている。その数は日常だと六枚重ねだが、戦闘時には倍の十二枚の重ね掛けである。
ほとんど破られる事はないが、鬼三郎や猫田安兵衛は一枚、二枚破っているので相応の力があれば東郷重位の守りを突破する事は可能だ。
だからと言って、障壁を全て破壊すれば勝てると言うわけでもない。それに障壁を破壊されても、また増やせばいいだけの話だ。
「障壁か! なら!」
李寧の接近を拒むかのように障壁が張られている。李寧はその障壁を破壊しようと自慢の気功を放った。
パリンッと音を立てて障壁が砕け散る。東郷重位の障壁を破壊した李寧は自分の力も通用するのだと笑みを零した。
しかし、東郷重位の方は特に焦る事もなく涼しげな表情である。たかが、一枚破壊された程度では重位が焦る事はない。
その事に気が付いた李寧は眉間に皺を寄せるが、東郷重位が天真正自顕流とタイ捨流の使い手だと言う事を理解しているので、すぐに納得した。
天真正自顕流とは十瀬長宗が天真正伝香取神道流を学んだ後に、鹿島神宮に参籠して開眼した流派だった。
天真正伝香取神道流とは、上泉信綱と並び称されるもう一人の剣聖・塚原卜伝が学んだ流派で、当時の名のある剣豪の基礎をなしていた。
重位は天正六年に、タイ捨流の免許皆伝を得るほどの腕前になり、大友氏との高城川の戦いで初陣を飾り、九州一の剣豪として名高い丸目蔵人の高弟・東権右衛門が剣術指南役を務める「タイ捨流」を進化させていた。
「だったら、これで!!!」
一旦、距離を取り離れた場所から李寧が気功を放つ。先程の兵器よりも強力な気功砲だ。まともに受ければ障壁の一枚や二枚は簡単に貫く。
木々をなぎ倒し、地面を抉りながら風の砲弾が東郷重位に襲い掛かる。東郷重位は避ける素振りも見せず、ただ悠然と立ったまま。
その様子を見ていた李寧は侮っているのかと僅かに苛立つ。李寧の思っている通り、東郷重位は侮っているのだ。避けるまでもない。障壁が全て破られないと絶対の自信を持っているのだ。
李寧の兵器と東郷重位の障壁がぶつかる。衝撃で周囲の木々や地面を吹き飛ばしたが、東郷重位の障壁は破壊する事が出来なかった。
正確に言えば、十二枚の内四枚は破壊した。これは普通に自慢できるレベルだ。なにせ、東郷重位が展開した障壁は並大抵の衝撃では破壊できない。
それをたったの一撃で四枚も破壊したのだから、誇ってもいい。
「……さすがですね」
「ふむ。でも、貴公の気功砲も大したものじゃ。儂の障壁を一度に四枚も壊すなんて中々出来る事じゃないぞ……」
「それは……喜んでいいのか、悔しがればいいのか、わかりませんね」
「喜べばいい。そこら辺にいる剣術使いじゃ殺気に当てられて身体が動かぬ」
「……それは、まあ、なんというか複雑な気持ちになりますね」
「そうか? 小太郎も最初は一撃じゃ三枚くらいが限界だったし、十分すごい事だぞ」
比較対象に小太郎の名前を出しても李寧にはいまいちピンと来ない。李寧が持っている小太郎の情報は少ないので凄さをあまり理解できていない。
「ま、いいか……。ところで、まだ続けるのか?」
「当然!」
一度や二度、兵器が防がれた程度で李寧が諦める事はない。これは最強への挑戦なのだから、李寧が諦める時は全てを出し尽くして自分が納得し満足するまでだ。
挑戦される側としては迷惑な話ではあるが、東郷重位の場合は暇潰しにはなるので問題はないだろう。あるとすれば東郷重位が飽きた時だけだ。
「はああああっ!!!」
気合を入れるように声を張り上げながら李寧が気力を高める。どうやら大技を出すらしい。東郷重位は止める様子もなく、ただ見ているだけだった。
「さて、どんな攻撃が来るのかのう」
楽しげな声で微笑む東郷重位は今も気力を高めている李寧を見詰める。
『気功巡回、身体強化、攻撃力向上……』
李寧は空いた手で握り拳を作ると、全力を込めて東郷重位の顔に叩き込む。
一度、二度、三度。上から体重を込めた一撃。骨が砕けても可笑しくない一撃を受けても、東郷重位は平然とした顔をしている。それどころか、李寧は殴った感触が異様なことに背筋を震わす。
水の入った柔らかい皮袋を叩くような感触なのだ。それは決して人間のものではない。興奮して忘れていた後方で起こっている地獄の光景が頭をよぎる。
李寧は悲鳴をかみ殺す。ようやく完全に気づいたのだ。目の前で立っている男が化け物だということが。
「理解出来たようじゃな。 ではそろそろ始めるか……」
何が。そう問い返す前に、数百本の針が同時に突き刺さるような激痛が撃ち込んだ手から上ってくる。
「あぁ~~あ!」
「障壁の中の殺気が身体に侵入する痛みはどうですかな……」
激痛の中聞こえてくる非常に冷静な言葉。その意味するところを理解はできなかった。あまりに李寧の知る世界から逸脱することが起こりすぎていて。
「改良した障壁、実は始めて使用すのを観察する機会が出来て感謝しておるぞ。李寧殿は儂に挑戦したがっていましたし、ちょうど良いかと思ってのぉ」
「ぎぃゃ~~! 化け物め! 死にやがれ!」
激痛を抑し殺して、李寧は吐き捨てながら懐から短剣を抜き払う。そしてそのまま一気に東郷重位の顔面に深々とつき立てた?。
「ざまぁみやがれ!!」
さて、障壁に短剣を突き立て何か変わるだろうか? せいぜい宙に浮く短剣が出来る程度だろう。つまるところ、そういうことだ。
短剣を障壁で防ぎ、東郷重位は李寧を見据えると、静かに話しかける。
「申し訳ないが。貴公の攻撃力では、儂に傷を付けることはできぬようじゃが……」
「なんなんだよ、おまえはよぉ」
手から伝わる激痛と、目の前にある死からわきあがる恐怖によって、半分泣き出した顔で李寧は呟く。それに東郷重位は平然と答える。
「貴公とはレベルが違いすぎるようだ。あまり時間もかけられぬので、そろそろ終わりにしよう」
すると一気に東郷重位の気力が跳ね上がる。泣きわめき、叫び、命乞いをする李寧。だが、東郷重位の手刃が、人では決して抗えないような強さで腕、肩と食い込んでいく。
「董 禦倭総兵官バンザイ!」
最後にその名前を叫び、李寧の身体が仰向けに地面に転がった。
「引足救経。命だけは取らぬようにしたかったがまさかこの程度で。……では安兵衛に古城に戻してもらうか」
そう言い残して東郷重位は李寧の前から転移して消える。消え行く意識の中で一人残された李寧は雲一つなくなった空を見ながら目を閉じるのであった。
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相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね
竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。
元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、
王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。
代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。
父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。
カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。
その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。
ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。
「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」
そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。
もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
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