夢追人と時の審判者!(四沙門果の修行者、八度の転生からの〜聖者の末路・浄土はどこ〜)

一竿満月

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三顧の礼

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■■■■…………
 前田慶次は妻を娶り子を為すも、天正十九年冬に何食わぬ顔で利家を家に招き、騙して水風呂を浴びせ、全てを捨てて前田家を出奔した。妻子は舅である前田家の重臣の家に引き取られ、何不自由なく暮らした。

 慶次は上杉謙信の家を継いだ景勝に組外衆筆頭として千石で仕え、その侍大将の直江兼続を支えた。
 上杉景勝は越後・佐渡二国などから蒲生氏郷の旧領、すなわち会津・置賜・信夫・伊達・安達などに移封され、加えて庄内の支配も引き続き認められ、計百二十万石を領した。
 これにより、最上義光は仇敵上杉氏に南と西から挟まれることとなり、逆に上杉景勝にとっても最上氏に新領地と庄内地方を遮断され、ここに両氏の激突は避けられない状況になっていた。

「兼続ぅ~、邪魔するぜ~」

「あ、慶次さん昼間っから酒飲んでるの?」

「げ、お船かよ」

「なにが『げ』だ!」と、一人の女性が慶次のことを手に持った木の棒でぶん殴る。

 彼女の名前はお船。兼続の正室で元は義兄・直江信綱の正室であったが、彼の死後に直江家を継いだ兼続の妻になった恐ろしく気が強い女性である。

 そして棒の直撃を喰らって数メートル吹き飛んだ男が前田慶次郎利貞こと、通称前田慶次という。
 彼は「天下御免の傾奇者」と囃される一方、高い文化的素養を備えた文人武将でもあり富田高定の友であった。
 今日は左右で色模様が違う湯帷子の上に、南蛮物のマントを羽織っている。とにかく派手で、鮮やかな色の服が鮮血の真紅と似合う。

「只今戻った。って慶次殿?!」

 奉行衆との会議を終えて屋敷に戻った兼続が最初に見たのは、地に突っぷして頭から血を垂れ流す同僚と何やらたっぷり血糊がついたこん棒を持つ妻。
 兼続が「おまわりさーん*!」と叫んだのは言うまでもない。

 *おまわりさんとは、古来からある京都市中巡回の官職である御見廻り(おみまわり)から由来する愛称であるが、この呼称は明治になって近代警察の巡査に受け継がれ現代の警察官にも続いている。

「ということは、大事には至ってないということですね」

「「「申し訳ありません」」」

 その後、やって来た城下町を巡回していた「おまわりさーん」によってひと悶着あったものの、怒りっぽいお船が冗談混じりで慶次をぶん殴ったということで、事件は終わりを告げた。
 お船も慶次も兼続と一緒に謝らされたのは言うまでもない。

「で、兼続、酒飲もうぜ」

「飲みません」

「え~」

 お船が飯の支度で場を離れた後、慶次と兼続は兼続の私室で話し込んでいた。
 慶次は既に酒に酔っているからか、兼続に絡んではベタベタしている。
 兼続はそれを気に掛けない様子で熱心に一枚の書状を書いている。

「よぅよぅ、兼続、何書いてんだ?」

「手紙です。評定の時言っていた家康への」

 兼続が執筆しているのは家康への手紙だ。一応宛先は承兌となっているが、彼と繋がっている家康も子の書状に目を通すことは想像に難くない。

「ほお~……長くね?俺ならこんな長文読めないね」

 慶次はボーっと手紙を書く兼続を眺めていたが、我に返ったようにツッコむ。

「文の長さは。家康の頭が悪いから長くなるのです……」

 兼続は自分が言った『家康』という単語にすら反応してしまう。
 酷い日には『いえ……』まで言ったら暴走するので、彼の屋敷では『い』のついた言葉を言う前に、前後左右を確認することが日課となっている。

「……これは私の愚痴と思って聞いてほしいのですが、先日出奔した家臣が現れました。名は栗田国時と藤田信吉」

 慶次は何度も出奔したことがある。最初は信長に仕えたが、肌に合わなかったのか出奔。そこからは滝川一益や前田利家に仕えて出奔を続ける。

 秀吉が天下を統一した後は、諸国を流浪し数々の文化人と交流する内に、今の上杉家に仕えた。
だからといって出奔する人物に特別な思いを持つわけではないが。

「そうなのか、そいつらは殺したのか?」

「いや、藤田は逃がしました。今は家康に泣きついている、といったところでしょう。これで家康も本気になったが……既に上杉家は戦の準備を整えています。」

「何が言いたい?」

「慶次殿も戦の準備をなされた方が良いということです。武芸の練習を怠りますと、戦場で手柄を立てられませぬよ」

 兼続は硯から墨をつけながら、慶次を冷ややかな目で見据える。しかし慶次はその程度では動揺しなかった。目を瞑って眠そうにしている。

「なあ、兼続。虎や狼が日々鍛錬なんぞするかねぇ」

兼続は筆の動きを止める。

「鍛錬はしないでしょうが、日々実践をおこない、爪を砥いでいるはずです」

「こりゃ一本取られた」慶次は笑った。

部屋に入ってきた小者が兼続に耳打ちをすると、兼続の顔色が少し変わった。

「呼び出しがありましたため、登城して参ります。慶次殿」

「おお、行ってらっしゃい。ひと眠りしたら俺も庵に戻るわ」

 慶次は背を向けながら手を振る。振り返ったときには既に兼続はおらず、遠くでお船が「行ってらっしゃいませ」と、言う声だけが聞こえた。

 話し相手がいなくなると途端に静かになり、暇だという思いが出てくる。

「俺も一本取りてぇな……そういや高定の奴……」そう呟いて慶次は思いを馳せた。

◇◇◇◇

 高定は事件の後京の街から離れ、西山にある小さな家を手に入れ、そこにひとりでひっそりと住み着いた。

 北野での失態は広く知れ渡ってしまい「富田高定という侍は、殉死も遂げることができぬほどの臆病者だったそうだが、謀反人である秀次の家臣らしいふるまいだわい」という悪評までもが広まってしまっていた。かえって秀次様の名を辱めてしまうとは、俺はなんと愚かなのだ。今からでも自害をやり直したい。もはや、生きていたくない。
 高定はそう思っていたが、いまさら自害をすれば家族が秀吉に罰せられてしまうので、死ぬことも
できない。高定はただ呆然として、無為に時間を過ごしていった。空に太陽が昇り、やがて沈むのを見るだけの日々が続いた。何をしようという意欲もわかず、毎日かかさなかった槍の稽古すらも怠るようになっていた。なによりも槍を手に取ると、秀次の顔がすぐに浮かんで来てしまい、いたたまれなくなってしまう。

 十七年にも渡って、槍を通じて関わりを持っていただけに、すっかりと秀次の記憶が槍にも、それを握る手にも染みついていた。秀次よりもらい受けた名槍も、いっそ手放してしまおうかと思ったが、それはかろうじてこらえた。そんな出口のない日々の中で、ときおり、前田様だけは訪ねてきてくれる。

「酒だけ持ってくるわけにはいかぬからな、酒菜を何にしようかずいぶん迷わされたぞ」
などと軽口をたたきながら部屋に入ってきて、干魚や味噌、米などを台所に置いていってくれる。

「おお、すまぬな・・・・・・」と高定は真っ青な、生気のない顔で応じた。ひげも伸び放題になっていて、むさ苦しいことこの上ない。

「ひげくらいは剃っておけ。そんなことでは、仕官の話があったところで、かなうこともあるまい」
そう言われた高定は、自嘲するように笑う。

「仕官などできるものかよ。富田蔵人と言えば臆病者だと、すでに相場が決まってしまっておるわ」

「そうとばかりも限るまいよ。この俺でも、仕官がかなったのだからな」

「そうか。それは……よかったな」と高定は、なんとか気持ちを奮い起こして、友に祝福の言葉を贈った。

「秀次様の旧臣たちも、太閤におびえながらだけど、それぞれに新しい暮らしを始めている。」

「太閤、か」

「早まるなよ。一族を滅ぼしたくなければな。太閤は、それくらいはやりかねぬぞ。秀次様に関わった者への憎しみは、尋常ではないからな」

「ああ、わかっているさ」
 外からは虫の音が聞こえてくる。草深い田舎だから、物音と言えば、他には鳥の鳴き声や、犬の遠吠えくらいのものだった。

「なあ、こんなことを言うと、お主は怒るかも知れぬが…」と前田殿が口を開いた。

「もはや怒りを覚えるほどの力も、俺には残ってないさ」

「ならば言わせてもらうが、俺はお主が殉死をしないでいてくれて、ほっとしてもいるのだ」

「ほう」意味を図りかねて、高定はうなった。

「お主が生きている方がよい、とは言わぬ。だだ、もうじき俺達には死ぬべき場所が来る」

「死ぬべき場所?」

「そうであろう? 秀次公が亡き後、豊臣の天下が続くと思うか?」

「なるほど。そこまでは考えていなかったな」と、高定は感心したように言った。

「お主はいつもそうよ。周囲を冷静に見渡すことができぬ」

「お前に言われるとは……こんなことでは、とても大名にはなれぬな」

「まったく…、」と言ってから前田様が笑い、高定もようやく笑みをこぼした。

「生き続けていれば、いつまでも悪いことが続くということはない。毎日飯を食い、体を動かし、よく眠っていれば、いつかはよい運気もめぐってくるものだ。まずはそういう、当たり前の暮らしをしてみたらどうだ?」と前田殿が高定に告げた。

「そうだな。いつまでもこうして腐っていたところで、どうしようもないからな」

「うむ。また来るから、その時まで達者にしておれ」
 前田殿が来てすぐに変わった、というわけではないものの、高定はそれから少しずつ生気を取り戻していった。
 生活費はこれまでの蓄えを切り崩すことで賄っている。もとより贅沢をする質ではないし勝手気ままなひとりぐらし、山菜を採ったりして節約もしているので、金はたいして減っていない。

 家族とは連絡を取っておらず、向こうからも一通の手紙すらも送ってこなかった。
 まあ無理もあるまい、と思って気にしないようにする。父や兄弟は高定を嫌っているというよりも、高定を訪ねたことを秀吉に知られ、それで万が一にも、咎を受ける事態になることを警戒しているのだろう。
 
今の秀吉にはそれくらい気をつけておかねば、いつ難癖をつけられて殺されるか、わかったものではない。秀次様は「養父は正気ではない」とおっしゃっていたが、事実だったのだ。正気でないものが権力を握るとは、これほど恐ろしいことなのか、と高定は思う。
 
 だが、秀吉はもう老人で、秀頼は幼い。となれば、前田殿が云うとおり豊臣の世は長く続かぬのではないか、と高定は思った。秀吉を憎む者は自分だけではない。秀吉が生きているうちは逆らえなくても、秀吉が死ねば、世は変わるのではないだろうか。
 
もしも秀次様が生きていれば、そのようなことにはならなかっただろうが。そこまで考えてから、(そうだ、俺は生き続けて、秀吉が死んだ後の世を見てやろう)と思いついた。

きっと世の中は変わる。いつまでも暴君の思いのままにはならないだろう。
そう考えることで、高定はようやく活力を取り戻し、やがて日々の槍の稽古にも、身が入るようになっていった。

 文禄三年四月に父・前田利家が隠居。それに伴い家督を継ぎ、金沢城へ。慶長四年三月に利家の死去により、五大老に列することとなりました。
 この時、利長は小太郎の父富田高定を三顧の礼(一万石、侍大将と朱槍、富田江)を持って家臣に取り立てました。

 利家は利長に対し、秀頼の後見役として大坂に詰めるよう、遺言を残しました。
しかし、高定ら大坂詰家臣の反対にも拘わらず同年八月、徳川家康の勧めにより金沢へ帰国することになりました。この行動は、豊臣政権での重責を放棄し、徳川方の権勢を強めることでもありました。
 
 この時期、浅野長政、土方雄久、前田利長らが「家康暗殺」を計画したものの、五奉行のひとり増田長盛により家康に密告され、未遂に終わった。
 
 九月初旬に伏見にいた家康は大軍を率いて大坂へ下向し、下旬には、大坂城に入場し、諸大名は残らず家康のもとに参上しました。しかし、家康は利長に「上洛無用」と通告した。このことを契機に、家康との関係が悪化。
 十月四日に病身の富田一白が金沢に向けて出立、七日に高定に会い、利長を説得するよう話し深谷温泉で五日ほど逗留した後、伏見に戻った。
 十月二十八日に小太郎の祖父富田一白はその生涯を終えた。
 その後、家康に屈する形で、母・芳春院を人質として江戸に出すことで和解しました。十二月には、権中納言を辞退しました。

 


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