夢追人と時の審判者!(四沙門果の修行者、八度の転生からの〜聖者の末路・浄土はどこ〜)

一竿満月

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霊枢水五

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□□□□…………小早川秀秋(信長)
 徳川家康が大坂城に到着する前日のことであった。
 儂は大坂城の秀頼の部屋にて、三人と顔を合わせている。それは妹、市の長女である茶々と姪孫である秀頼と千姫である。千姫は市の三女お江と徳川秀忠の子供なので大姪でもある。
 儂は彼女等に害が及ぶ事を小太郎から聴いており、彼女たちとこの大坂城を守る為には、例えこの身が怪しまれようとも、対峙しようと覚悟を決めている。

 彼女等に対して、木下俊定を席から外したのは決して、昨日儂を見捨ててあの場を去った報いではない……身内だけで話したい内容が有ったからだ。

 そして、三人を招き入れている間は、この部屋に誰も通さないように、木下俊定にきつく申しつけておいたのである。

◇◇◇◇
 秀頼が後から部屋に入ってきて
「よくぞ来てくれた。この中納言、まずは感謝を申し上げよう」と仰せられ、腰を降ろすと頭をさげたので

 儂は下座から
「殿下!頭を上げてくだされ、この小早川秀秋。殿下の為なら、たとえどの様な事があろうとも駆けつける所存でございます。
 ましてや、殿下自らの書状を受け取ったとなれば、それを無視して九州へ戻るなど、拙者には出来ませぬ!」と大きな声で言うと、秀頼は不覚にも思わず涙してしまった。

 そして顔を伏せたまま
「あぁなんて幸せ者なのだろう、このような忠義者たちに囲まれる日が来るなんて……。これも全て亡き父の人徳がゆえ、この中納言お主らの忠義に応えねば申し訳がたたぬ」と話したので

「殿下。その言葉だけで十分にございます、この小早川秀秋。これからも獅子奮迅の働きで尽くします!」
 そんな儂と秀頼の「熱い」やりとりを、存外冷めた目で見守っていた茶々が、割り込むようにして、口をはさんだ。

「ところで小早川殿。なぜ、徳川に味方なさった。それが聞きたくて、ここまで来て頂いた次第にございます」
 そのように口では笑いを浮かべているが、鋭い目を向けて問いかけてきたのは、茶々である。

 儂は隠すこともないので、素直に答える。
「家康は儂の配下、水野信元の嫡男十郎三郎であった。それゆえ徳川に味方した。だが関ケ原で討たれ、影武者の世良田次郎三郎に変わってしまったのじゃ……」

 三人とも目を見開いて驚いたが、すぐに元の表情に戻す。
 茶々は質問を続けた。
「ふむぅ、では家康は死んだということですかな?」
 
 鋭く切り込む茶々。

 しかし、儂は何の躊躇もなく、答えた。
「いや、元々家康は本田正信が全て考えたものである……」

 この回答には、先ほど以上に三人を驚かせたようだ。特に茶々にいたっては、額に大粒の汗まで浮き上がらせている。

 そして……核心をつくような、端的な質問を儂にぶつけてきた。

「お主は何者だ?」
 
 そしてこの答えも、もう決めている。儂が何者なのか…その答えは一つだ。

「儂は平朝臣織田上総介三郎信長である……」

「いや、待て!そういう冗談を聞いているのではない」
そう口を挟んできたのは秀頼の方だった。

「はて、殿下。儂は何かおかしい事を申しただろうか?」

「小早川殿!それは通りませぬ。伯父上は本能寺にて亡くなっております。其方が伯父上を名乗っても、信じられませぬ。……どなたなのですか、貴殿を裏であやつっているものは!」
と、茶々は鼻息を荒くして、儂に詰め寄った。

 敵意がないのは分かってはいるが、「感情的になった女性」に詰め寄られると、その迫力に思わず顔がこわばる。
 さすがに、茶々と姪孫を前にして、しらを切り続けるのは、無理か……

 そう観念した儂は、本当の事を話すことにした。儂が命を落とし、没後に中陰と呼ばれる存在となり、初七日 - 七七日(四十九日)及び百か日、一周忌、三回忌には、順次十王の裁きを受けることとなるはずが、二七日(ふたなのか)の裁きの時に人界の王・初江王が儂と蘭丸を裏口から人間界に転生させてくれて儂の「中身」を代えさせたこと。

 そしてその「中身」は、本能寺で亡くなった信長と森蘭丸であることと、この事を知っているのは、前の徳川家康と冨田小太郎であること……。話をしている間の三人の表情はそれぞれであった。

 一人は顔を赤から青に変え、ついには涙を流す。一人は始めは驚いていたが、愉快そうに笑みを浮かべてうなずいている。そして…千姫は、ほぼ表情を変えない…
 儂が話終えた後、一番最初に声をあげたのは、秀頼であった。
「ううっ… ここにいるのは、本当に伯祖父様なのですね…… 心強い味方ができました」 
 そう喜ぶ秀頼。

 儂はかけるべき言葉を失っていた。なぜなら、儂が転生されたときは能力の一部を消されていると感じていたからである。自分を転生させてくれた前初江王が名前を剥奪されて幽界に幽閉され、ショコエルとして人界に降臨したが現初江王の監視が厳しく力を発揮できていないからだ。それは悲嘆にくれても仕方あるまい。

 儂は急速に家康が儂のもとから離れていくのを感じる。もう彼を味方につけるのは無理なのか…
 そんな風に考えていた、その時だった。横で笑い飛ばす者がいた。

 茶々であった。
「ほほほほっ!これは上々かな、伯父上!」

 いきなりそう言われて、秀秋は茶々に言い返した。
「淀殿!其方に上々と呼ばれることは心外にございますぞ……」

 しかし茶々は、即座に返した。
「では伯父上に尋ねるが、「前の徳川」殿のことをどれだけ知っている?
 どんな性格であったか?好きな食べ物はなんであったか?口ぐせは?どうじゃ?答えてみよ!」
 その問いに言葉を詰まらせる秀秋。

 すると茶々は続けた。
「知らなくて当然じゃ。ほとんどお会いしたことすらないのだからな。わしなんか徳川殿が年賀の挨拶で年に一、二度、お目にかかった時ぐらいじゃ」

「しかし…だからといって、今度も影武者がどこの馬の骨とも分からぬ者に、忠義を尽くすなど…」

「伯父上、会う前から悩んでも仕方ないでは御座りませぬか…」と気にも留めずに、茶々は続けた。

「伯父上…では少し見方を変えて考えましょう。相手は影武者、そのことを知っているのは……。ここの三人と本田正信を始め数人、もしバレればどうなります?」

 その問いかけに、秀秋は膝を叩いた。
「なるほど……。まず脅すところからか!」

「ほほほほっ!まずは会ってからで良いのでは」

 その問いかけに、秀秋の顔色が青に変わった。言葉を失った秀秋を、茶々は畳み掛ける。
「それに……。内府殿に最後にお会いになった時に、伯父上は何を頼まれた?」

「いや…所領の加増と都に近いところと…」

「もう答えは出たのではないか?伯父上会って話すべき事が…」
 その茶々の言葉に、何かを決意したように、秀頼が口元を引き締めると、儂の目の前に腰を下ろし、額を床につけた。

「伯祖父様!何卒この秀頼に天下人へのご指導をどうか……。この秀頼、心をあらたに天下人になりとうございます、どうかご助力をお願い致します!」
 曲がったことが許せず、しかし自分に非があれば、すぐにそれを直し謝る……儂は「敵味方を問わず、つねに“恐怖”で人を支配する」という考えを、秀吉は「それこそが敵を増やし、ついには味方の裏切りで自らを滅ぼす要因となったのだ」と断じ、「人の心をつかむ」大切さを秀頼に説きました。 秀吉という人物が、残したものが、確かにそこにはある気がした。

 儂はそんな秀頼の「北極星」となって導くことが出来るのだろうか……。そんな事など全く分からない。でもやるしかない、それは自分が守りたいものを守り抜く為には、彼らの力が絶対に必要だからだ。

 そして、儂は今、さながら「試験」を受けているような心地だった。それは儂という人間が、この後、彼らが力を貸すに値するものなのか…そう問われている気がしてならないのだ。
 その第一関門は、茶々の援護もあって、今乗り越えられそうなところまできている。ならば、ここが勝負どころだ。

 儂が出来る精一杯の誠意と、本音をぶつけよう。儂は秀頼を真似るように額を床につけ、
「殿下!どうかこの通りである。必ずお主を天下人とする。そして、信頼されるに相応しい男になってみせる!
 どうかしばらくの間は、この伯祖父に力を貸してくれ!」と、大声で懇願した。

 まさか天下にその権勢をふるった織田信長が、床に額をこするとは、みな想像していなかったのであろう。秀頼だけではなく、茶々とその隣の千姫まで思わず体を動かしているのが、床が大きく震える音で分かった。

「伯祖父殿!」
 大声で儂に呼びかけた秀頼は、儂の肩を優しくつかんで、頭を上げさせた。秀頼と儂が向き合う形になる。彼の瞳には炎のような熱い決意がうかがえる。儂もそれに応えるようにして、強い視線を彼に送った。

◇◇◇◇

 さて、では次の「試験」か。そんな風に儂が気持ちを切り替えるのを待っていたかのように、茶々は儂に尋ねてきた。

「伯父上はこの先、どうするおつもりで?」
「どう…とは?」

「何を目指して生きていかれるおつもりですか?」
 
 そんなことは決まりきったことだ。

「儂は、儂が守るべきものを守りたい」

「ほう…それはなんでございますか?」

「この国を南蛮人と紅毛人から守る事じゃ」

「ふむ…具体的には?」

「この大阪城からの眺めと、家族……。そして天皇家そのものだ」

 そう答えると、茶々はニヤリと笑みを浮かべ、再び避けては通れない質問を投げかけてきた。
「もはや天下は徳川殿の手に移りつつある。そんな中、殿はどうやって、それらを徳川殿から守るおつもりで?
懐柔、…恭順、…それとも対抗、いずれですかな?」

 やはり徳川との今後の付き合い方を突いてきた。茶々としては「抵抗」を選んで欲しいのだろうか……。その単語だけ少し力んでいたような気がする。

 しかし儂は本心で答えることにした。
「臨機応変…になると思う。相手の出方次第」

 その答えは予想していたのだろう。茶々は即座に次の質問に移った。
「では『仮に』、相手が牙を向いて襲いかかってきたら、どうするおつもりで?」

「守るべきものの為なら、その牙を抜くまで、徹底的に戦うつもりだ」

 茶々の笑顔が口もとから顔全体に広がる。
「ほほほほっ! 良いぞ、その心意気!では、伯父上。
もし相手がどちらかが倒れるまで、勝負を挑んできたらどうなされますかな?」

 儂は瞳に強い決意をのせて、答えた。
「くどいぞ、茶々!この国の為なら、鬼にもなろう!敵が潰しにかかってくるなら、こちらが相手を潰すまでよ!
売られた喧嘩を放っておく程、儂は落ちぶれてはおらぬ!違うか!?茶々!」
自分でも驚くような、透き通った響く声で、高らかと宣言した。

 それは、徳川が豊臣を潰しにきたら、逆に徳川を潰しにかかる、という宣言ともとれる、大胆な発言であった。目の前の二人だけではなく、千姫まで驚いているのが、雰囲気で分かる。

「ほほほほっ!気に入った伯父上!その考えにわたしは乗ります!
力無きわたしは亡き父・母上を守れませんでした。この力を今度は秀頼を守るために使います…
しかも相手はあの徳川!相手にとって不足なし!これほど胸が震えることはない!」
 そう話す茶々の顔は三十路を過ぎたばかりの、とてもそれとは思えないほど活き活きしている。

 茶々という女は、根っからの「策士」なのだろう。末妹・お江が徳川秀忠に再嫁する際、前夫・羽柴秀勝との間にできていた完子を引き取って育て、後に完子を猶子として五摂家の九条忠栄に嫁がせるという、高度に政治的な婚姻を仕立て、その政治力を発揮することになる。

 しかも自分で言うのもおかしいが、彼女の胸を震わせるのは「弱きを助け、強きをくじく」舞台なのだろう。そして彼女の儂への「試験」は、「強きに歯向かう覚悟があるか」というものだったに違いない。

 そして…最後の一人、千姫だ。儂があれこれ考えているその間に、茶々が千姫に問いかけた。
「さて、千はいかがいたす?」と、横の千姫に声をかける。

「ふむ…では一つだけ、考えを教えていただきたくおもいます。……伯祖父様は、この大坂城が大軍に攻められたら、玉砕覚悟でうって出ますか?それとも城と運命をともにいたしますか?」

「えぇ~! 千殿!そんな事はあり得ませぬな!」と、秀頼が口を挟む。

 儂は小太郎からそれは近い将来起こることだと聴いていた。だが秀頼にしたら天下の豊臣家を象徴するこの城が、大軍によって囲まれるなど、想像出来なかったのだろう。

 そしてその答えも、もう決まっている。
「儂が守るべきものの一つが、この大坂城だ。ついては、大坂城の行く末を見ずして、自分だけ戦場の華となるわけにはいかない…つまり、最後まで城とともに戦うぞ!」
 その答えを聞いて、千姫は顔をほころばせた。

「ほほほほっ!これは千を連れてきたかいがありました!それでは我ら三人は、小早川殿にお味方しますぞ!これからよろしくお頼み申します!」と、茶々が頭を下げると、つられるようにして、残りの二人も頭を下げるのであった。

 いよいよ儂の戦いが始まろうとしている。そして儂は高らかと切り出した。
「では早速これから『軍議』を始める!」

 その宣言に、茶々が首をかしげる。
「はて?戦など起きておりましたかな?」

 儂はその問いに、口もとを緩めて三人を見回した。

「あぁ…  早速、これからすぐに、でかい戦が待っておる……徳川内府殿との会談だ。これこそ、この大甥殿の『初陣』と言えよう!内府殿相手の『戦』。相手に不足はあるまい!」

 茶々だけは、その重要性に気付いたようだ。この場にいる全員が、家康迎撃に向けて心に火をともした瞬間であった。
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