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ボーンネルの開国譚

第十八話 閻魁門

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 剛人族の移住地はジンたちの住む地域から北に位置する。その中の一つ、最も多くの剛人族が住んでいる集落にエルダンはいた。集落はいくつかあるが敵対関係があるわけではなくエルダンが全ての集落の長をしているのだ。
 その場所に住む者たちはいつも通りの日常を過ごしていた。

「ん? 今だれかいなかったか?」

「······そうですか? 特には何も」

 エルダンは背後から妙な雰囲気を感じたが振り返っても気配を感じない。

「これ以上被害を出すわけにはいかない。俺は少しの間調査に出ようと思う。ここの集落をしばらく頼むぞ」

 エルダンのまとめる集落のうち、二つの集落はすでに何者かの手により被害を受けていた。剛人族は普段ならば他種族の生活を害するようなことはしない温厚な種族である。だが被害の受けた集落にいた剛人族は不審な死を迎えるか魂が抜けたようになった後狂人化するという事態が起こっていたのだ。

「はい、お任せを。お待ちしております」

 そしてエルダンは翌日、不審な姿が目撃されたとの報告がはいった集落へと一人で向かったのであった。


*************************************


 一方、ジンは仲間を引き連れて剛人族の住む地域へ向かう道中であった。

「何か様子がおかしい、静か過ぎない?」

 ジンだけでなくその場にいた者たちは確かな違和感を感じていた。

「そうだな。何か妙だがまあいい。確かこのあたりに一つ剛人族の集落があったな。とりあえずはそこに向かうか」

 そう言うクレースについて行き集落に向かった。
 しばらく歩き集落に到着すると剛人族特有の灰色の肌が目に入る。
 その場には数人の剛人族がいたが、少し重たく暗い雰囲気が広がっていた。

「誰からも覇気を感じないね」

「ああ、全員目が死んでいるな」

 影に隠れてしばらく様子を見ていると何か強い気配が感じた。

「何か来る」

ゼグトスとクレースはジンを囲い込むように周りを注意深く警戒する。
一切気配を隠すことなくその者は近づいてくる。
そして木の影から人影が現れた。

「おう、誰かと思えばクレースではないか。久しぶりだな」

 影から出てきたのはエルダンであった。

「エルダンか、お前がこのあたりにいるのは珍しいな」

「ああ、ちょいと野暮用でな、それにしても相変わらず冷たいやつだな、それでそちらの方達は?」

「この子はジンだ、可愛いだろう」

「おお、其方がジンであったか。クレースから話は何度も聞いている。······何度も······もう何度も」

「あ、あははぁ」

 エルダンは何かを思い出したかのように苦笑いをした。
 その後他の者も紹介し集落から少し離れた場所まで移動する。

「それで野暮用というのは?」

「この集落の剛人族は時折暴走するようでその様子を見にきた。別の集落のやつで死人が出たのでな、これ以上は放って置けない。残念ながらまだ原因がわからんので今は調査中というわけだ」

 エルダンのやるせなさはその表情に出ていた。
 エルダンという男は仲間思いで情に厚く今回の事件が許せなかったのだ。

「では一度私がそこの集落に向かう。ここで待ってッ——」

「ジンッ——私の後ろに」

 エルダンが言葉を言い終わえる前に強い衝撃波が飛んできた。
 パールは小さな体が吹き飛ばされないようにジンにつかまらなければならないほど······ではなかったが、ジンにつかまる。そして爆風とともに砂埃が舞い、影が一つ見えた。

「誰だッ——」

 エルダンの見つめる先にゆっくりと何者かが降りてきた。
 その者はエルダンのことを見て冷笑する。

「剛人族の長だけだと思っていたがなぁ、まあいい」

 現れた者は頭にツノを一本生やした鬼のような見た目。
 嘲笑うようにしながらその者は何かをエルダンの目の前に投げつけた。

「ッ———」

 エルダンは息が詰まった。
 目の前で血を流して倒れるのは、昨日まで話をしていた仲間だった。

「バカだなぁ、お前がいれば助かったかもしれないのになぁ」

「貴様ッ!!」

 エルダンの激しい怒りは荒波のように全身に伝わっていく。

「落ち着けエルダン。まだこいつ正体が分からん、迂闊に突っ込むのは危険だ」

「俺達がお前に一体何をした! お前は誰だッ——」

「俺の名前かぁ? 俺はダロットだよ。まあオメェもこいつらみたくすぐに死ぬんだから関係はないがなぁ」

 ダロットの足元に倒れ伏した剛人族は先程からピクリとも動かない。
 灰色の肌は青褪め完全に冷え切っていた。

「すぐに治癒魔法をッ」

 その魔物は近づくジンの方を警戒するようにして横目に見た。

「おいおい、無駄だぜ。死人に治癒魔法をかけてどうなる?」

 ダロットは笑いその姿を見下した。

「········何が面白い」

 煽るようなダロットの顔はその圧に気圧され固まった。
 そしてジンから離れるようにして距離を取る。

「少し分が悪いなぁ、一度撤退させてもらう」

「待て! お前は誰だ!」

「俺の名前かぁ? ダロットだよ。まあオメェもこいつらみたくすぐに死ぬんだから関係はないがなぁ」

 嘲笑うようにエルダンを見下しダロットは転移魔法陣の中に消えていった。

「クソっ! すまんが俺は元いた集落に向かう」

 エルダンは目を血走らせ集落に急ぐ。それほど距離は離れていない。
 集落に辿り着くのはすぐだった。

 だが眼前に広がる光景にエルダンは絶句する。
 無残にも本来集落にあった建物は全て崩れ、もはや原型を残していなかった。

「だれか! 誰か生きていないか!!」

 エルダンは必死に生存者を探すがそこには誰もいない。
 あたりは静まり返り、エルダンは腰が抜けたように膝をついた。
 もう集落には誰一人としていなかったのだ。
 ダロットの言動を考えればその者達の命運は明らかと言わざるを得なかった。


*************************************


しばらく経った後エルダンは少し落ち着きを取り戻していた。
夜になってあたりは暗くなり冷えていたため、集落だった場所で火を囲んでいた。

「先程はすまない。俺の仲間が凶暴化してたのは全部あのダロットというやつのせいだったということだな」

「ただあのダロットっていう魔物の手がかりが全くないね」

 ジンがそう言うと突然パールが立ち上がった。

「大丈夫。さっきマーキングしたもん、どこにいるかわかる」

「さすがパール。えらいえらい」

 ジンが褒めるとパールは「ムフーッ」と自慢げにドヤ顔をした。

「助かる、準備をして明日には俺が向かう。居場所だけ教えてくれ」

「エルダン、さすがにお前でも一人は危険だ。私達を連れて行くがいい」

「いいや剛人族の問題は長である俺に責任がある。だからお前たちを危険に晒すようなことはできない」

 エルダンの意思が固かった。

「お前がそういうやつだというのは知っている。だから取引をしよう。お前に手を貸す代わりに剛人族の力を借りたい。それならばいいだろう?」

 エルダンは他の者を危険な目に遭わせたくないのか少しの間悩んだが、最終的にクレースの案が採用されたのだ。

「ですがあの魔物、凶暴化させる能力は厄介ですね。このまま凶暴化が広がればいずれかの帝王が動いてもおかしくはありませんね。龍帝はないと思いますが」

 ゼグトスは一つの可能性を示唆した。帝王というのはそれぞれが国を持っており鬼帝や龍帝といった合計で八人の帝王が存在する。一人一人が強力で一人いなくなるだけで世界のパワーバランスが崩れるほどなのだ。

「チッ、帝王か」

 クレースは苛立つように舌打ちした。

「もし後ろに帝王がいたら結構厄介だね、場所的に鬼帝とかかな?」

「まあいずれにせよ厄介だな、あいつ自体の強さはそれほどだったが」

「敵討ちといきたかったが負ければ意味ないからな。少し準備をする」

「じゃあ一度私たちの住んでるところに行こう、そこなら作戦も練れるし強い仲間もいる」

 こうして次の日の早朝にジンたちはエルダンを引き連れて一度集会所に戻った。集会所に着くとエルダンはゆっくりとすることなく総合室で作戦を練り始めていた。

「パールだったな。やつの居場所を教えてもらえるか」

「わかった」

 パールは目を閉じて集中する。

「えっとね、今は昨日いた集落のすぐ近くにいる。しかも他にも鬼族がいる」

 パールが頭の中で見た光景にはダロットに加えてAランク相当の魔物も存在した。

「やはり鬼族のものであったか。こちらの戦力が増えた分やつも準備しているようだな」

「俺が確認する限りでは剛人族の集落の六つ中三つはすでにやつの被害を受けた。昨日いた集落も含めてな」

「じゃあ三つの集落それぞれに分かれて行こう」

 エルダンは驚いたような顔を見せる

「だがそれほどの戦力をどう集めるのだ。敵はかなりの強さだぞ」

「ここにいるみんなは強いよ。それに今ではもうエルフの協力も得られたから戦力に問題はないと思う」

 そう、それはエルダンを安心させるための言葉ではなく、単純にジンの周りにいるものたちが強いのだ。

「エルダン、ジンのいうことは確かだぞ。売られた喧嘩だ、手をかそう」

「······感謝する」

 エルダンは肩を震わせながら頭を下げた。実際、立て続けに仲間が死んでいくという現状をエルダンは耐えられずにいた。長としてエルダンは一人で抱え込んでいたのだ。

「礼は勝ってからにしろ、それより作戦を立てるぞ」

 総合室に全員が座ると作戦についてまずクレースが話し始めた。

「ここにいるのが剛人族の長、エルダンだ。こいつももちろん作戦に参加する。それで今回の作戦だがまだ敵の手に落ちていない集落の防衛、そして敵の殲滅だ。こいつの仲間が既にかなりの数やられている」

「まずは誰がどの集落に向かうかだね」

「一応、集落はどれも同じような規模だが、相手がどこに何を配置するのかはわからない」

「じゃあそれぞれに三人ずつくらい向かえば大丈夫かな」

「三人!? それで足りるのか?」

 エルダンのいうことも理解できる。鬼族の魔物のランクは最低でもCランクに定められているのだ。しかしエルダンの心配をよそにゼグトスが突然驚きの発言をしてくる。

「私は集落の一つを防衛、敵が来れば全員消しますのでみなさまは残り二つに集中してください」

「えっ大丈夫なの?」

「ええ、お任せください。ジン様のお役に立てれば光栄です」

 ゼグトスはあたかもそれが当たり前かのように発言していた。

「うん、なら頼むよ。気をつけて」

 ゼグトスは武者震いを抑え、ジンに向かい丁寧にお辞儀した。

「では簡単化のため集落1、集落2、集落3としてゼグトスは集落3に、そして集落1にはジン、ガル、エルダン、パールそして私。集落2にはトキワ、リンギル、ボルが向かうことにしよう。作戦決行は明日だ」

「気をつけろんじゃぞ。ここの留守はわしに任せろ」

「うん、任せるよゼフじい」


*************************************


 その頃、剛人族の集落跡。ダロットは苛立ち歩きながら考え込んでいた。

(クソ、あの一体だけならよかったがなぁ。見た感じちっと面倒だぁ)

 ダロットにとってジン達が現れたのは予想外だった。それに加え想像以上の強さ。計画の変更は必須であったのだ。
 するとその時、ダロットの頭にある考えが浮かんだ。

(待てよ。鬼帝の支配地だが······あの門を開ければ勝算は十分にあるなぁ)

 ダロットは不敵な笑みを浮かべるとある地へ向かった。
 そこは鬼帝『ゲルオード』が支配する国。ダロットの向かう先には重圧を感じる門があった。
 そこには見張りのものなどいない。Bランク以下の魔物が目の前に立つことすらできないほどの妖力と魔力を帯びた門。ダロットは門の前に立つとその周りに展開された結界を注意深く観察した。

 その門の名は『閻魁門』エンカイモン
 かつて鬼帝により封印された鬼の魔物「閻魁」エンカイが眠る場所である。

 ダロットに迷いなどなかった。何重にも重なる守護結界を次々と破っていく。何枚かの結界を破ると結界は振動し全ての結界を解く前に内側から結界が破られた。放たれた凄まじい妖力と魔力は混じり合い一瞬にして辺りを満たしダロットには重圧がのしかかった。

それは災厄の解放を意味していた。ダロットは目の前の魔物の風格に思わず気圧される。だが同時に確かな蹂躙を確信したのであった。
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