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ボーンネルの開国譚2

二章 第十六話 魔魁玉

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今から数百年前、鬼帝ゲルオードはギルゼンノーズにおいて破壊の限りを尽くしていた閻魁を封印した。しかしながらその力はあまりにも強大で肉体と内在する半分ほどの妖力を一つの門に封印し、強大な残りの妖力と『破壊衝動』を別の場所に封印することにしたのだ。

そして現在、ギーグにいたゲルオードはひとり思案していた。

(問題はあやつが····今の閻魁が”あれ”に耐えられるかどうか······)

ゲルオードは帝王の一人である自分が認めたほどのジンにならば全て任せて構わないと考えていた。しかしながら実際はその心に一抹の不安が存在したのだ。実はゲルオードはようやく自分の居場所を見つけられた閻魁に安心していた。それにゲルオードはジンのことを心の底から認めていたのだ。昔はどうにもならなかった閻魁を鎮めて自分までも凌駕するような力を見せたジンを信頼してはいたものの何故か考えれば考えるほど胸の不安が大きくなっていくのを感じた。

(そういえば、あやつは大事ないであろうか)

そんな時、ゲルオードはふと昔の古い知り合いを思い出す。かつて閻魁の力の残り全てはゲルオードが魔魁玉マカイギョク)と呼ばれるものに封印し、鬼幻郷のある場所へと封印した。その魔魁玉はゲルオードの妖力を込めた宝玉によりできており、完全にその妖力を押さえ込んでいた。

そして魔魁玉は鬼幻郷にある「鬼のやしろ」と呼ばれる場所の神棚に数多の封印札とともに封印されていた。ゲルオードが魔魁玉をそこに封印してから数百年、鬼の社は鬼幻郷の全く人目につかないような岩山の奥に今も静かに佇んでおり、その鬼の社には数百年間、魔魁玉を守り続けている者がいたのだ。

ゲルオードと古くから知り合いのその者の名前は『ベイン』という。ベインは数百年もの長い年月を生き続けていた今もなお子どもっぽさが残る小さな男の子の見た目をしており、数百年もの時を鬼幻郷の辺境地でひとり暮らしていた。

「何百年ぶりだろう、魔魁玉が反応しているなんて」

ベインは久しぶりの珍しい出来事に神棚に置かれた魔魁玉を見た。

「······まあこんな反応を見せるとしたら、一つしかないか」

ベインはその異変の原因に気づいていた。魔魁玉は鬼幻郷に出現した閻魁の妖力に反応して長い間の静寂から解き放たれていたのだ。

「これは······何か起きそうだよ、ゲル」


一方、百鬼閣の最上階。アイルベルはある一人の人物の前で跪いていた。

「ヘリアル様、計画通り侵入者のもの達はこちらの人質を助けに来るようです」

ヘリアルと呼ばれるその龍人族の人物は龍を象った玉座に座りながらアイルベルの言葉に頷いた。

「そうか、敵の強さは如何程だ?」

「はい。シキからの報告ですが敵はこちらの幹部クラス、またはそれ以上の強さを誇っているとのことです」

「それならば兵を好きに使っても構わん。可及的速やかに敵を抹殺しろ、必要があれば私が出る」

「いえいえ、ヘルメス様はこちらで勝利の報告をお待ち下さい。こちらの戦力を考えればおそらく幹部が数名出るだけで十分かと思われます。それともう一つお伝えしたいご報告がございます」

「ほう、なんだ?」

「先程、感知部隊から強大な妖力の発生が確認されたとのことです。おそらくはヘルメス様のお探しのものかと」

「······そうか、ようやく見つかったか。だがもしそれが魔魁玉ならば、そう簡単にはいかん相手がいるようだな」

「ええ、恐らく閻魁が侵入者の中にいるのだとすればあの妖力量の壁を超えてこちらに来ることも不可能ではないかと思われます」



そして翌日の朝を迎えたジン達は早くに起きて作戦を考えていた。

「ジン様ここへ転移して気づいたのですが、どうやら閻魁さんに呼応してお探しの力が妖力を発しているようです。場所は敵の方角とは少しズレますがどうなさいますか」

そうゼグトスが朝から爆弾を落としてきた。

「え、えっと、閻魁。欲しい?」

「我は別に要らんぞ。元の力が無くとも我は強いからな」

「そうだな、別に後からでも構わんだろう。敵に取られないようには注意すべきではあるがな」

「どうやら、すでにそこには何者かがいるようです。ハッキリとは分かりませんが、おそらく問題ないかと」

そしてぐっすり眠っているパールを背中に乗せたガルがその場にやってきた。

「パールとゼグトスと協力して昨日の夜敵のアジトの位置を正確に計算してたんだよ。疲れてんのも無理はねえな」

「そうだったんだ、頑張ったねパール」

パールを抱きかかえると、えへへと笑って幸せな夢でも見ているかのように笑顔を見せた。そしてややリラックスしたジン達とは違い、エルムやイッカクそれにメルトはどうしても緊張しているようだった。

「心配しなくても大丈夫ダヨ」

「すまんなボルさん。クソッ、なんか体が硬え」

「これは武者振るいってやつだな」

メルトは自分の右手を左手でガシッと掴んで震えを止めた。

「ジンお姉ちゃん······本当に危なくなったら私のことなんて、助けなくていいですから。······私はジンお姉ちゃんにいなくなってほしくありません」

エルムは不安そうにしてジンに顔を埋めた。

「大丈夫だよエルム。エルムのことは何があっても守り抜くから」

「ああ、そして私はそのジンを守るからな。安心しろエルム」

「しんぱい……」

「なんだと! 私のどこに心配要素があるんだ」

いつの間にか起きていたパールとクレースは以前にも聞いたことのあるような会話を繰り広げた。その会話を耳にして少し緊張が解けたエルム達は前を向く。

「ガランおじいちゃん。行ってくるね」

「······気を付けるんじゃぞ、エルム無理をしてはならん」

そしてガランはジン達の方向いて頭下げた。

「皆様、どうかこの老人に代わってこの鬼幻郷のことを頼みます」

「任せてください、必ずまたみんなでシチューを食べましょう」

そうしてジン達は集落全員の鬼族が見守る中、百鬼閣へと向かったのであった。
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