ボーンネル 〜辺境からの英雄譚〜

ふーみ

文字の大きさ
105 / 240
中央教会編

四章 第十八話 怨念の過去

しおりを挟む

ロングダルトの近くまで来ていたベオウルフは遠くから国の様子を伺っていた。昔から他国との関わりを遮断していたこの国には、かつて天法皇テンホウオウと呼ばれる人族の者が治めていた国であった。そしてこの天法皇を中心として天使族を信仰する民たちは安寧の下で暮らしていたのだ。ロングダルトはその性質から他国へと国の情報が流れていくということがない。そのため、この国で過去に何が起こり、今はどのような状況であるということはあまり知られていない。

しかしながら、ベオウルフはこの国に起こった過去の出来事を詳しく知っていた。長き時をベオウルフだからこそ知っている『女神の粛清』と呼ばれる百年以上も前に起こった戦争により、この国の運命は大きく変わってしまったのだ。これにより天法皇は崩御し、多数の民がその身を信仰していた者達によって滅ぼされてしまった。

そして現在はゲルオードとベオウルフの二人により国の秘匿性が守られながらも、冒険者を含めて誰もこの国に立ち寄ることはない。

(見た感じは誰もいなさそうだが、明らかに魔力濃度が高え。おそらくハルトを連れ去った黒い空間は転移系の役割と、異空間を作り出す役割があるな。それならメスト大森林で魔物がいきなり増えたのも納得できる······ハルトは城の中か。明らかに誘い込んでやがる)

ゆっくりと静かにロングダルトへと近づいていくと濃度の高い魔力がまるで足に絡みついてくるようだった。
そして体がひりつくように国全体を包み込んでいる魔力の渦にベオウルフは覚えがあった。ほとんどの建物が荒廃する中、ただ一つ中央にある巨大な教会だけがベオウルフの昔知っていたままの姿を保っていた。

明らかに様子がおかしい、そう思いながらもベオウルフは足を進めていき建物の影に隠れつつ教会へと距離をつめて行った。

(······七十三)

「刃怒【ハド】」

少し『ギル』に手を触れると目の前にバタッと音を立てて人が落ちてきた。そしてそれに続くようにしてベオウルフから離れた場所からも肉体が地面に叩きつけられる鈍い音が聞こえてきた。

(これだけしてもまだ誰も出て来ねえのかよ····だがまだ俺の居場所はバレてねえ)

そう思いつつもその後も気配を消しつつ教会の中へと入る。教会の中は開けた天井に豪華な内装が広がっていた。
周りを見渡すと自分の体が小さく感じるほどでまるで別世界に迷い込んだ感覚のするその教会の奥へとゆっくり入っていく。

(二階か?······)

そう思っていた時だった。
 
「ひとりで乗り込んで来るか。お前はいつも後先を考えて行動しない。だからお前は····守れなかったッ、見殺しにしたッ」


目の前に現れたラグナルクは憎しみを持つような目でベオウルフの顔をジッと見つめた。

「ラグナルク······どうしてお前は人を殺しても何も思わなくなった。お前は、人を守るべき存在だっただろ」

「たわけ、私はもう騎士ではない」

そして睨み合う二人はまだ人を守るべき騎士であった頃を思い出したのだった。





時は、ベオウルフがまだ剣帝になる前まで遡る。この頃、二人は同じギルメスド王国の騎士団に属する騎士であった。
この時はまだ二人とも広く名前が轟くほどの有名な騎士ではなかったが、多くの騎士団からはベオウルフとラグナルクの二人は一目置かれる存在であった。

「聞いたか、ラグナルク。近々東のエスピーテ国と戦うらしいぜ。この戦いで活躍すれば俺らも騎士長くらいの称号をもらえんじゃんねえか?」

「ああ、そうだな。だが活躍しようと下手な真似はやめろよ?」

「わかってんぜ」

するとちょうどその時、一人の少女が二人を見つけると笑顔で駆け寄ってきた。

「二人ともどうしたの? そろそろ訓練始まるよ」

眩いほどの笑顔で二人の顔を見つめたその少女の名は「フィオーレ」という。フィオーレはベオウルフとラグラナルクの二人と同じ騎士団に所属する騎士であり、長く銀色の髪に端正な顔立ちをしたフィオーレは美しい剣筋で当時の二人と比べても戦闘力は遜色なかった。そのため、三人で魔物を狩りに行くということも多く、騎士団の中では息のあった三人で動くことがほとんどであった。

当時、三人の所属する騎士団の騎士団長をしていた人物はガレリアという男であった。ガレリアは一人でSランクの魔物を倒したというその功績から国の英雄と言われている人物であり、そのためガレリアの率いる騎士団には数多くいる騎士団の中でも上位の騎士しか入団することができない。三人はそんなガレリアにその実力を認められ、直接ガレリアの騎士団に引き抜かれたのだ。

三人がガレリアの元まで向かうとすでにそこにはガレリアの他に五人の騎士の姿があった。

「おい、遅えぞ。いつまで待たせる気だ」

そう言ったのはガーバルという屈強な騎士だった。そしてそんなガーバルとは別に「エルサ」と「レイファ」という名の二人の女騎士は優しい笑顔で入ってきた三人を見ていた。

「ごめんねみんな。私が呼びにいくのに手間取っちゃって」

「何をおっしゃっているのですか? フィオーレさんに一切の非はありませんよ」

「そうだそうだー。さっさと席につけー」

二人を庇うフィオーレに諭すようにして穏やかな様子の「メルバド」と「アント」という騎士が少し笑いながらそう言った。

「はいみんなー、話はそのくらいにして俺の話を聞いてねー。そろそろ団長悲しいー」

ガレリアの言葉を聞き全員が静かになった。そして席に着くとガレリアはホッとして口を開いた。

「全員知ってると思うけど、エスピーテ国と近々戦争があるから心積もりしておいて······はぁ、それにしても、まったく上の人間はバカだよな。自分は戦わないからってさ、この戦争で何人の未来ある若者が死ぬと思ってるんだろう。代わりに戦ってみて欲しいわー」

「でもよ団長、俺はこの戦いで戦果を上げて見せんぜ」

「こらこらベオウルフ。君はどうやら勘違いをしてるんじゃないか? 戦争と戦いは違う、前者は無意味な殺し合いだが、後者は自由を勝ち取るための強い意志のぶつかり合いだ。そして今回はバカどもが始めた前者だ」

「は、はい」

「ベオ、君はもっと自分の体を大切にしないとダメだよ。君は時々無理しすぎなんだから、もし私やラーグがいなかったら今頃あなたは生きていないのかも知れないのよ?」

「分かってんぜ」

「それじゃあ、今から国境線に防衛戦を張りに行くから。多少魔物がいて危険だけど作戦は特にありません。みんな頑張ってください、以上」

そうして騎士達はその場を後にして国境へと向かったのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

軽トラの荷台にダンジョンができました★車ごと【非破壊オブジェクト化】して移動要塞になったので快適探索者生活を始めたいと思います

こげ丸
ファンタジー
===運べるプライベートダンジョンで自由気ままな快適最強探索者生活!=== ダンジョンが出来て三〇年。平凡なエンジニアとして過ごしていた主人公だが、ある日突然軽トラの荷台にダンジョンゲートが発生したことをきっかけに、遅咲きながら探索者デビューすることを決意する。 でも別に最強なんて目指さない。 それなりに強くなって、それなりに稼げるようになれれば十分と思っていたのだが……。 フィールドボス化した愛犬(パグ)に非破壊オブジェクト化して移動要塞と化した軽トラ。ユニークスキル「ダンジョンアドミニストレーター」を得てダンジョンの管理者となった主人公が「それなり」ですむわけがなかった。 これは、プライベートダンジョンを利用した快適生活を送りつつ、最強探索者へと駆け上がっていく一人と一匹……とその他大勢の配下たちの物語。

チート魔力はお金のために使うもの~守銭奴転移を果たした俺にはチートな仲間が集まるらしい~

桜桃-サクランボ-
ファンタジー
金さえあれば人生はどうにでもなる――そう信じている二十八歳の守銭奴、鏡谷知里。 交通事故で意識が朦朧とする中、目を覚ますと見知らぬ異世界で、目の前には見たことがないドラゴン。 そして、なぜか“チート魔力持ち”になっていた。 その莫大な魔力は、もともと自分が持っていた付与魔力に、封印されていた冒険者の魔力が重なってしまった結果らしい。 だが、それが不幸の始まりだった。 世界を恐怖で支配する集団――「世界を束ねる管理者」。 彼らに目をつけられてしまった知里は、巻き込まれたくないのに狙われる羽目になってしまう。 さらに、人を疑うことを知らない純粋すぎる二人と行動を共にすることになり、望んでもいないのに“冒険者”として動くことになってしまった。 金を稼ごうとすれば邪魔が入り、巻き込まれたくないのに事件に引きずられる。 面倒ごとから逃げたい守銭奴と、世界の頂点に立つ管理者。 本来交わらないはずの二つが、過去の冒険者の残した魔力によってぶつかり合う、異世界ファンタジー。 ※小説家になろう・カクヨムでも更新中 ※表紙:あニキさん ※ ※がタイトルにある話に挿絵アリ ※月、水、金、更新予定!

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

処理中です...