ボーンネル 〜辺境からの英雄譚〜

ふーみ

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英雄奪還編 前編

五章 第十九話 開戦の予兆

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バルハールから帰ってきて丁度一週間が経った。少し前までの眩しいくらいの暑さは消え去り夜の気温は肌寒いと感じるほどになっている。今日やるべきことは全て終えてもうすっかり夕方になっていた。今はクレースの誕生日の日、ボーンネルに住みたいと言って来てくれたルランさんの家でのんびりしていた。クレースと一緒にルランさんの家に行こうと誘ったが珍しくやめておくと言われパールとガル、それにブレンドと一緒にいる。ルランさんはゼフじいの鍛冶場の近くに家を置いている。家の中は壁一面にびっしりと並べられ研究しているような跡が多く見られる。ネフティスさんの部屋のようでルランさんは呪いの研究をしているらしい。今度バルハールに行ってさらに呪いの研究をするそうだ。

「ジン様温かいアップルジュースです。飲んでください。パールちゃんとガルにはホットミルクだ。ブレンドは熱いものが苦手だと思うから常温のミルクだよ」

「わあい」

「ガゥッ!」

「うぃ、よくやった」

「ありがとう、もしかして好きなの知ってくれてた?」

「····ええ、以前ゼフさんから聞いたので。ですが飲み過ぎるのは駄目ですよ、少し痩せ気味のようですからきちんと栄養のある食事を食べないと」

「えへへ、やっぱりそうだよね······おいしッ—」

思わず素で声が出た。アップルジュースを温かくするとここまで美味しくなるとは思ってもみなかった。飲んだ瞬間甘さと暖かさが身体中を巡りぽかぽかになる。ぽかぽかの状態のまま無意識で暖炉の火を見つめその後もルランさんの家の中でのんびりしていた。

「ゼフじいとはいつもどんな話してるの?」

「ゼフさんと······そうですね、最近ですと恋の話などをしますね。とは言っても私の妻のことを自慢するくらいですが」

「ルランさんの奥さんは今どこに?」

その言葉にルランの瞳はほんの一瞬だけ曇ったが、すぐに開き直るようにして顔を上げた。

「もう今は、空に行ってしまいました」

「ッ—ごめんなさい」

「いいえ、何もお気になさらず。妻は優しい性格で人を寄せつける雰囲気があるのできっと向こうでもみんなと仲良くやっていると思います。きっと神様もはやく妻と友達になりたかったんでしょうね」

「そういえば、ルランさんはどうして呪いの研究をしてるの?」

「····助けたい人がいる、ただそれだけの理由です。ですがその為なら私はこの人生を捧げても構いません、むしろ本望です。私は呪いや呪力というものを単純に嫌いで、ただ目的の手段として研究しているだけなのです」

ネフティスさんと全く同じだ。呪いが嫌いで利用するために研究をしている。

「その····ジン様のご両親のことは聞いております。差し支えなければご両親がどんな方だったのか聞かせて頂いてもよろしいでしょうか」

「いいよ。まず私のお母さんはみんなから好かれてて何でも簡単そうにこなして優しくて私の大好きなお母さん。思い出すだけであたたかい気持ちになるんだぁ。正直言葉にはできないくらいに好きでもし会えたら一日中甘えてる自信があるくらい····でもお父さんのことはひとつも覚えてないんだ。子ども失格だよね」

「いいえ、そんなことは絶対にありません」

ルランは強く否定するようにしてジンの目を見た。

「親にとって子どもは、たとえどれだけ離れていようとも生きてくれているだけでいいんです。親は理由もなく子を愛しますからね」

「····そう言ってくれると気持ちが和らぐよ。ルランさんの子どもはいるの?」

「ええ自慢の子どもがいます。妻が残してくれた、たった一人の宝物です。そして私はこの生涯、妻と子のたった二人を愛し続けるつもりです」

ルランさんと話していると、とても落ち着く。そのまま夜になりすっかり外は暗くなったので三杯目のアップルジュースを飲み終え家に戻ることにした。

(ジン、いいか? ちっと大事な話がある)

家で休んでいると突然ベオウルフから魔力波が飛んできた。

(いいよ、あれから何か進展が?)

(ああ、帝王の一人が敵に堕ちた)

(えっ、誰?)

緋帝ヒテイ、アルファーム・メイロードだ。正確に言えば天使の方についた、それも既に天生済みだ)

緋帝、初めて聞く帝王だ。それよりも敵対し天生体になっているのはまずい。予期してたことが起きてしまった。

(そしてもう一つ厄介というべきか申し訳ないのが、天使族の野郎がお前達も敵としてみなした可能性があるってことだ)

(バレたかあ······でも元々手伝うつもりだったから大丈夫。敵の動きは掴めた?)

(いいや、バルハールに現れて以降はまた気配が消えちまった。今一番避けたいのが他の帝王も向こうに取り込まれることだ。そして気になるのはなぜ天使族がラグナルク達に力を貸したのか、それが気になる。もし女神族までが関わることになれば、事態は世界全体を巻き込むことになるからな)

(でもさ、もし天使族の目的が分かってそれを何とかできれば戦争には発展しない。その可能性も十分にあるよね)

(ああ、だが上級天使しか出てこなかったことを考えるとまだ規模が分からねえ。特定の集団によるものか天使族全体によるものか、それによって出方は全く変わってくる。まあ言いたかったのはそれだけだ。何かあればまた連絡くれ)

(分かった、バイバイ)

何だかとてもすごいことを聞いてしまった気がする。とりあえずは一人で抱え込むのはよくないのでみんなを呼んで集会所に集まった。


「私としては戦争したくないんだけど、どう思う?」

「まあここに直接的な被害が及んでいないことを考えると、無理に首を突っ込む必要はないだろう」

「私もそう思う。私の兄貴がいなければこの国は今も無関係だったんだ」

「私とクリュス姉はよく知らないんだけど詳しく聞かせてくれない?」

「以前ギルメスド王国に天使族が攻め込んできたんだ。その時は逃げられたがおそらくまた現れる」

「問題は帝王がひとり敵側に堕ちたことダネ」

どう対処していくかすぐに結論は出ず部屋の中は唸る声や頬杖をついて考え込むように眉間にしわを寄せるみんなの姿が目立った。ここは被害が出ていないにしてもギルメスド王国で被害が出ている以上誰も助けに行かないとはっきり言うことはできない。

「取り敢えずはここに住む全員の安全を最優先に考える。もし敵が攻めてきた場合はモンドの中に避難すれば大丈夫だと思う、敵の全貌が分からないのといつ動き出すのかが分からないからみんなどこかに行く時単独行動はやめるようにお願い」

「ええ、ジン様。素晴らしいお考えだと思います。モンドは魔力操作により移動させることもできますし住民の被害が出ることはないでしょう。モンドへ繋がる転移魔法陣を増設しておきますのでご安心を」

「じゃあみんな夜遅くにごめん、話し合いはもう終わるからまた明日ね」

「あっ、そうだ!」

すると突然何かを思い出したかのようにゼステナが立ち上がった。

「ぼくとクリュス姉の配下が正式にここに住むことになったからさ、一応みんなに紹介しておくよ。割と人数がいるからぼくとクリュス姉からそれぞれ一人ずつ呼ぶね」

ゼステナは円卓の横にある空いた空間に手を向けると床が光りそこから二人の姿が現れた。一人はヴァンくらいの年齢で全身真っ黒なスーツを身にまとった長身の男の人だ。黄色の目で髪は白色、一部の髪の毛だけがスーツと同じ黒色になっている。もう一人はエルムほどの小さな男の子で緑色の目、青い髪をして後ろに小さな羽が生えている。そして二人ともすごい量の魔力を持っていることが分かった。

「こっちの背の高いやつがぼくの配下だよ。名前はルドラ」

「そしてこちらが私の配下のゾラです」

二人はジンの目の前まで来ると跪いて頭を下げた。

「ジン様、初めまして。俺達をこの場にお招きいただいたことに感謝致します」

「ジン様、クリュス様からお話は聞いております。僕たちは我が君のため命の尽きる限りお役に立ちたいと思っております」

く、クリュスは何を言ってしまったんだ。ここまできてしまうと自分の言動に気をつかってしまう。

「うん、きてくれてありがとう。歓迎するよ」

「ルドラは戦闘系でゾラは感知系の魔法が得意だよ。こき使っていいからね」

「し、しないよ。二人とも疲れてたら温泉入ってくる?」

「本当ですか!? 俺達休んでいいんですか!?」

二人とも目を輝かせてワクワクしている感じが伝わってきた。もしかしなくても二人にこき使われていたことがすぐにわかる。

「うん。そうだトキワ、今日は一緒の部屋に泊めてあげられる?」

「おう、任せとけ。よっし、そうと決まれば早速家まで来い」

「行きます行きます! 久しぶりの休みだー!」

二人ともまるで数年ぶりに休みをもらったほどに興奮していた。もしかすると数万年ぶりの休みなのかもしれない。
先ほどまで少し難しい気持ちがスッと消え去った感じがした。
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