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真実の記憶編
六章 第一話 おおかみさんと出会った日
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暖かな春の日。多くの者に見守られながらその子どもは生まれた。
生まれてから、泣くよりも笑う方が多かったその赤子はその天使のような笑みですぐに周りにいたもの達を笑顔にした。宝石のように綺麗な紅い瞳、シルクのように滑らかなで雪のように白い肌、眩しい笑顔、その場にいた誰もが赤子に心を奪われた。
ジンと名付けられたその赤子は落ち着いた性格で、それでいて誰にでも甘える子どもだった。
そうして多くの者から深い愛情を受けて育ったジンはすくすくと成長し、一歳を過ぎた頃に一人で歩けるようになり二歳を過ぎた頃にはある程度会話ができるようになって毎日のように全員に話しかけていた。
「もう私の妹にしてもいいか?」
「クレースも私の子どもになるけどいいの?」
「ああ、構わんぞ」
クレースは眠ったままのジンを抱えていた。この時、まだ二歳だったジンは一日の大半を誰かに抱きかかえられながら過ごしていた。眠ることが大好きだったのだ。
「····それと、そろそろ返してくれる?」
「何をだ?」
「あなたが抱えているジンのこと。私だって寝てるジンのこと抱っこしたいの」
小さな五本の指でクレースの小指をしっかりと掴み、ほっぺたをつつくと笑顔になる、クレースはそのどれもが可愛すぎて母親であるルシアに全くジンを渡そうとはしなかった。
「夜一緒に寝ているだろ。あと少しだけだ。······あ、起きたぞ」
「おおかみさん?」
「おはよう、ジン~」
ジンが一才になりある程度言葉を話すようになってから、クレースはそのふわふわの耳から由来しておおかみさんと呼ばれていた。だがクレースにとっては呼び方など何でも良かったのだ。
「おいたい」
「降りたいのか?」
「うん」
「おっ、オオカミさんは嫌いか?」
「ううん、だーい好き!」
「ウぅッ—」
「クレース、鼻血が出てるわよ」
クレースが下に降ろすとジンは解放されたように辺りを走り回った。真っ白なワンピースを着てしばらく嬉しそうに走り、何かを見つけるとその場所へ駆け寄っていった。
「ジン、どうかしたの?」
しゃがんで慌てふためいたような様子になるとすぐに涙目で二人の方を振り向いた。
「ジン?」
「おおかみさん、たうけてあげて」
「オオカミさんは私だろ?」
「ううん、おおかみさん」
ジンは地面にいた何かを優しく抱きかかえ二人の方に持っていった。近くで見てみるとそれは綺麗な毛並みを持った一匹の小さなオオカミだった。そのオオカミは足が傷ついておりかなり衰弱していた。まだ生まれたてのように見えるそのオオカミはジンの手に収まるほど小さく、周りには親と思われるオオカミもいなかった。
「おかあさん、お手て」
「少し待っててね。癒しの手」
ルシアがそっと手を触れるとそのオオカミは心地よさそうな顔をして苦しそうな様子から徐々に落ち着いていった。
「おおかみさん、よしよし」
「ジン~頑張ったお母さんには~?」
「おかあさん、よしよし」
「えへへぇ」
「子どもかお前は」
「さっきクレースは私の子どもになったでしょう」
「ガゥッ—!」
「おおかみさん、ちゃべった」
オオカミは怪我が治るとすぐにジンに懐き、手に顔をすりすりとさせた。ジンの手の上でくるっと一周まわり尻尾をふりふりさせると嬉しそうに小さな遠吠えをした。
「あぅ!」
「ガゥ!」
「またちゃべった、えへへぇ」
「ん? どこに行くんだジン」
二人の前ではオオカミを抱えてそのままどこかへ走っていくジンの後ろ姿があった。
「みんなに見てもあう」
そう言って走り出したジンは近くにいたトキワやボルに自慢し始めた。
「みてみて、おおかみさんだぞ~。がおー!」
「ガゥ!!」
「うわあ、オオカミさんの鳴き声上手ダネ」
「すげえじゃねえか、こんな毛並みのやつ見たことねえぜ。名前は何て言うんだ?」
「なーえ?」
「そうだよ、そのオオカミさんは何ていうお名前カナ?」
ジンはしばらくオオカミの瞳を見つめて考えた。それに応えるようにしてオオカミも首を傾げジンの瞳をジッと見つめた。そして僅かな間沈黙が流れ、両者同時にハッとなった。
「······ガル!」
「ガゥ!!」
「おお、いいじゃねえか。確かにガルって感じがするぜ」
「ジンはすごいね、もうオオカミさんとはお友達になれたカナ?」
「うん!····あれ? おとうさんは?」
「ああ、今デュランなら外に出てる。もう少しで帰ってくると思うぜ」
「わかった。ガルもいっしょ!」
「おいで、おかあさんとお手て繋ごうね~」
そしてガルを抱え、ジンはルシアとともに家へと帰っていった。三人は黙ってその場でしばらく二人の後ろ姿を見つめた。
「ぼぉっとして、お前らどうしたんだ? ボルはいつもそうか」
そんな三人の元に外に出ていたデュランが帰ってきた。速度に重点を置いた防御力のない身軽な格好で腰には特別製の魔力銃と使い古されたロングソードが携えられている。回復をしなかったままなのか顔や身体には所々に傷があり、急いで帰ってきたような感じがあった。
「おうデュラン。ちっと遅かったな、お前の愛娘が可愛い友達を連れてきてたぜ」
「友達? そうか、二人に早く会いたかったんだ」
「····それで、どうだった」
「正直、目的はまだ分からない。だが今まで何もなかったことを考えれば、急に動き出してきたのは引っ掛かる。····そういやあゼフはどこに行った?」
「ゼフならユーズファルドにいるぜ、どうかしたのか?」
「さっきコッツの腕ががバラバラになってたからよ。まあ俺はジンの友達に挨拶してくるぜ」
そう言ってデュランは機嫌が良さそうに鼻歌を歌いながら家に帰っていった。そして立て続けに今度はインフォルが地面から頭と手を出した。
「おう、ここにおったか」
「どこ行ってたんだ?」
「最近話題の魔帝のとこや。それにしてもあいつ狂っとるで、隣国を見境なく滅ぼしていっとる。もう小国も含めて四カ国が壊滅状態や。デュランはんも調査に行っとったがわいと同じようなもんを見てきたらしいわ」
魔帝の支配する国は大陸の東に位置する。不毛な大地と他の場所ではあり得ないほどの濃い魔力濃度が広がるその地域には過酷な環境で生き残ってきた魔物達が存在し、魔帝は他国との関わりのほとんどを絶っている。しかし最近になって魔帝は行動が活発になってきた。他国への侵攻を開始し、従わないものには圧倒的な蹂躙を、そして捕虜となったものには二度と歯向かえないほどの服従を強要し支配領域を広めていった。
対するボーンネルは大陸の西にある辺境の国。距離としてはかなりあるが、情報に敏感なインフォルはいち早く動き出し、最新の情報を掴んでいた。
「······ここに侵攻してくる可能性はどれくらいだ」
「はっきりとはなんとも言えへん。でもな、たとえ距離が離れとっても油断はしたらあかん。魔帝が率いる戦力は想像以上や······それと知っとるとは思うけど、お前さんらは近くの国が攻撃されたらそっちに向かってくれ。ここに入られんのは一番避けたいからな」
この頃、ボルとトキワは隣国の冒険者ギルドと呼ばれる場所で依頼を受け、報酬をもらっていた。報酬がかなりいい超高難易度の依頼ばかりを受けていたため、多くの冒険者ギルドを回っていた二人は数多くいる冒険者の中でも伝説的な存在になっていた。熟練の冒険者が数十人の一団をつくり挑むような依頼でも二人は誰とも組むことなく淡々とこなしていたのだ。
「まあ今はもう難しい話は無しだ。飯食いに行こうぜ」
「私はジンのところに行ってくる」
「ボクモ」
「いや、あそこ以外でどこに食いに行くんだよ」
生まれてから、泣くよりも笑う方が多かったその赤子はその天使のような笑みですぐに周りにいたもの達を笑顔にした。宝石のように綺麗な紅い瞳、シルクのように滑らかなで雪のように白い肌、眩しい笑顔、その場にいた誰もが赤子に心を奪われた。
ジンと名付けられたその赤子は落ち着いた性格で、それでいて誰にでも甘える子どもだった。
そうして多くの者から深い愛情を受けて育ったジンはすくすくと成長し、一歳を過ぎた頃に一人で歩けるようになり二歳を過ぎた頃にはある程度会話ができるようになって毎日のように全員に話しかけていた。
「もう私の妹にしてもいいか?」
「クレースも私の子どもになるけどいいの?」
「ああ、構わんぞ」
クレースは眠ったままのジンを抱えていた。この時、まだ二歳だったジンは一日の大半を誰かに抱きかかえられながら過ごしていた。眠ることが大好きだったのだ。
「····それと、そろそろ返してくれる?」
「何をだ?」
「あなたが抱えているジンのこと。私だって寝てるジンのこと抱っこしたいの」
小さな五本の指でクレースの小指をしっかりと掴み、ほっぺたをつつくと笑顔になる、クレースはそのどれもが可愛すぎて母親であるルシアに全くジンを渡そうとはしなかった。
「夜一緒に寝ているだろ。あと少しだけだ。······あ、起きたぞ」
「おおかみさん?」
「おはよう、ジン~」
ジンが一才になりある程度言葉を話すようになってから、クレースはそのふわふわの耳から由来しておおかみさんと呼ばれていた。だがクレースにとっては呼び方など何でも良かったのだ。
「おいたい」
「降りたいのか?」
「うん」
「おっ、オオカミさんは嫌いか?」
「ううん、だーい好き!」
「ウぅッ—」
「クレース、鼻血が出てるわよ」
クレースが下に降ろすとジンは解放されたように辺りを走り回った。真っ白なワンピースを着てしばらく嬉しそうに走り、何かを見つけるとその場所へ駆け寄っていった。
「ジン、どうかしたの?」
しゃがんで慌てふためいたような様子になるとすぐに涙目で二人の方を振り向いた。
「ジン?」
「おおかみさん、たうけてあげて」
「オオカミさんは私だろ?」
「ううん、おおかみさん」
ジンは地面にいた何かを優しく抱きかかえ二人の方に持っていった。近くで見てみるとそれは綺麗な毛並みを持った一匹の小さなオオカミだった。そのオオカミは足が傷ついておりかなり衰弱していた。まだ生まれたてのように見えるそのオオカミはジンの手に収まるほど小さく、周りには親と思われるオオカミもいなかった。
「おかあさん、お手て」
「少し待っててね。癒しの手」
ルシアがそっと手を触れるとそのオオカミは心地よさそうな顔をして苦しそうな様子から徐々に落ち着いていった。
「おおかみさん、よしよし」
「ジン~頑張ったお母さんには~?」
「おかあさん、よしよし」
「えへへぇ」
「子どもかお前は」
「さっきクレースは私の子どもになったでしょう」
「ガゥッ—!」
「おおかみさん、ちゃべった」
オオカミは怪我が治るとすぐにジンに懐き、手に顔をすりすりとさせた。ジンの手の上でくるっと一周まわり尻尾をふりふりさせると嬉しそうに小さな遠吠えをした。
「あぅ!」
「ガゥ!」
「またちゃべった、えへへぇ」
「ん? どこに行くんだジン」
二人の前ではオオカミを抱えてそのままどこかへ走っていくジンの後ろ姿があった。
「みんなに見てもあう」
そう言って走り出したジンは近くにいたトキワやボルに自慢し始めた。
「みてみて、おおかみさんだぞ~。がおー!」
「ガゥ!!」
「うわあ、オオカミさんの鳴き声上手ダネ」
「すげえじゃねえか、こんな毛並みのやつ見たことねえぜ。名前は何て言うんだ?」
「なーえ?」
「そうだよ、そのオオカミさんは何ていうお名前カナ?」
ジンはしばらくオオカミの瞳を見つめて考えた。それに応えるようにしてオオカミも首を傾げジンの瞳をジッと見つめた。そして僅かな間沈黙が流れ、両者同時にハッとなった。
「······ガル!」
「ガゥ!!」
「おお、いいじゃねえか。確かにガルって感じがするぜ」
「ジンはすごいね、もうオオカミさんとはお友達になれたカナ?」
「うん!····あれ? おとうさんは?」
「ああ、今デュランなら外に出てる。もう少しで帰ってくると思うぜ」
「わかった。ガルもいっしょ!」
「おいで、おかあさんとお手て繋ごうね~」
そしてガルを抱え、ジンはルシアとともに家へと帰っていった。三人は黙ってその場でしばらく二人の後ろ姿を見つめた。
「ぼぉっとして、お前らどうしたんだ? ボルはいつもそうか」
そんな三人の元に外に出ていたデュランが帰ってきた。速度に重点を置いた防御力のない身軽な格好で腰には特別製の魔力銃と使い古されたロングソードが携えられている。回復をしなかったままなのか顔や身体には所々に傷があり、急いで帰ってきたような感じがあった。
「おうデュラン。ちっと遅かったな、お前の愛娘が可愛い友達を連れてきてたぜ」
「友達? そうか、二人に早く会いたかったんだ」
「····それで、どうだった」
「正直、目的はまだ分からない。だが今まで何もなかったことを考えれば、急に動き出してきたのは引っ掛かる。····そういやあゼフはどこに行った?」
「ゼフならユーズファルドにいるぜ、どうかしたのか?」
「さっきコッツの腕ががバラバラになってたからよ。まあ俺はジンの友達に挨拶してくるぜ」
そう言ってデュランは機嫌が良さそうに鼻歌を歌いながら家に帰っていった。そして立て続けに今度はインフォルが地面から頭と手を出した。
「おう、ここにおったか」
「どこ行ってたんだ?」
「最近話題の魔帝のとこや。それにしてもあいつ狂っとるで、隣国を見境なく滅ぼしていっとる。もう小国も含めて四カ国が壊滅状態や。デュランはんも調査に行っとったがわいと同じようなもんを見てきたらしいわ」
魔帝の支配する国は大陸の東に位置する。不毛な大地と他の場所ではあり得ないほどの濃い魔力濃度が広がるその地域には過酷な環境で生き残ってきた魔物達が存在し、魔帝は他国との関わりのほとんどを絶っている。しかし最近になって魔帝は行動が活発になってきた。他国への侵攻を開始し、従わないものには圧倒的な蹂躙を、そして捕虜となったものには二度と歯向かえないほどの服従を強要し支配領域を広めていった。
対するボーンネルは大陸の西にある辺境の国。距離としてはかなりあるが、情報に敏感なインフォルはいち早く動き出し、最新の情報を掴んでいた。
「······ここに侵攻してくる可能性はどれくらいだ」
「はっきりとはなんとも言えへん。でもな、たとえ距離が離れとっても油断はしたらあかん。魔帝が率いる戦力は想像以上や······それと知っとるとは思うけど、お前さんらは近くの国が攻撃されたらそっちに向かってくれ。ここに入られんのは一番避けたいからな」
この頃、ボルとトキワは隣国の冒険者ギルドと呼ばれる場所で依頼を受け、報酬をもらっていた。報酬がかなりいい超高難易度の依頼ばかりを受けていたため、多くの冒険者ギルドを回っていた二人は数多くいる冒険者の中でも伝説的な存在になっていた。熟練の冒険者が数十人の一団をつくり挑むような依頼でも二人は誰とも組むことなく淡々とこなしていたのだ。
「まあ今はもう難しい話は無しだ。飯食いに行こうぜ」
「私はジンのところに行ってくる」
「ボクモ」
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