ボーンネル 〜辺境からの英雄譚〜

ふーみ

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真実の記憶編

六章 第十二話 両親の約束

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 地面に伏せたデュランは完全に動かなくなり生々しい血で地面が赤く染まった。その火は静かに消えていき、デュランの体温はゆっくりと確実に冷たくなっていく。その様子をコッツは口を開けルシアは何も言わず、ただ見つめていた。

「············」

ルシアは徐々に青褪めていく夫の様子を見て、死を実感する。現実味を帯びて伝わってきたその感覚を紛らわすようにジンとガルをもう一度強く抱きしめた。

「い······やぁああ」

ルシアの耳には胸で抱きしめるジンの咽び泣く声が聞こえてきた。見なくとも子は父の死を感じ取ったのだ。
だがグレイナルの感情は自分でも理解ができないほど複雑だった。デュランは自分の予想のことごとくを凌駕し死という結果に至ったためである。結果は予想通り、だがグレイナルは完全なる勝利を実感できないでいた。血を流し倒れるデュランを冷たい目で見下ろし、その様子をアルミラは悲しげな顔で見つめていた。

だがグレイナルはすぐにその目をルシアに向けた。

「この者を否定するために、お前達は私が殺す」

ルシアはガルごとジンを抱きかかえ立ち上がる。

「ッ——」

グレイナルが手を伸ばした瞬間その視界にコッツが入り込んできた。

「失せろ」

「コッツ!!」

だがコッツは簡単に振り払われ骨が砕け散る音とともに吹き飛ばされた。
遠くの地面でグシャリと鈍い音が響く。
コッツの骨は別の場所に飛び散り完全に人型の原型を失い動かなくなった。

(私はあの人間を、その考えを否定したい)

「おい女、男を殺された感覚はどうだ。私が憎いか、殺したいか?」

(泣き喚け、人間)

グレイナルの心はドス黒い何かで満たされ、その黒い塊は先程から大きさを増していた。ルシアの目からは先程まで流れていた涙が消え去り真剣な顔でグレイナルの顔をジッと睨み返し、口を開いた。

「私の大好きな人は、最後までかっこよかった。だから私は最後まで二人でした約束を守り続ける」

その言葉にグレイナルの苛立ちは更に高まる。
胸の中でジンは恐怖に染まり小刻みに震えていたが、ルシアを抱きしめ返すその力は先程から変わらず、強いままだった。それに応えるようにしては強く、強くジンを抱きしめる。


「ッ———」


そして額にそっとキスをした。
震えはピタリと止まり、至近距離で二人は見つめ合う。ルシアは一度ガルを見た。
ルシアの思いに、ガルは確かに頷いた。言葉が通じなくともその間には確かに意思疎通が為されたのだ。

ジンの目から溢れる涙を優しく拭い、愛おしそうな目で見つめる。

(······どうしよう、私本当に堪らないくらいこの子のことを愛してる)

時間が引き伸ばされたような感覚を感じ、その一時二人の間には確かに時が止まったような空間が生まれた。

「大丈夫だよジン。最後に伝えておきたいの」

「イヤだよ····最後なんて、言わないで」

「ジンは優しいから、何があってもきっと大丈夫。ただこれからもずっと····一生懸命ッ—生きて。······お父さんもお母さんもジンのことを世界で一番愛してる。ジン、お母さんとお父さんの子に生まれてきてくれて····ありがとう。私をお母さんにしてくれて、ありがとう。············大好き」

次の瞬間、ルシアの視界に何かが飛び込んできた。


「ー死ね」

「ガルッ—!」

グレイナルが武器を手に取った瞬間、ルシアはガルとジンを後ろに投げ飛ばした。
ガルは空中で受け身を取り、ジンを背中に乗せる。
後ろに向かって走り出すその時、後ろから何かが飛び散り、ガルの尻尾にかかった。

「お母さんッ———!! 行かないでッ——イヤだ!!」

「ガゥッ!!」

背中で暴れるジンを尻尾を使い必死に抑え、ガルは黙って走り出す。

「無駄なことを」

グレイナルの太刀にルシアの心臓は貫かれ、口から大量の血を吐き出していた。
意識が朦朧としながらも首を動かし、ルシアはゆっくりと後ろを振り返る。その瞳にはガルの背中の上で必死に抵抗する娘の姿が映り、先程まで抑えていたはずの”感情”が無意識の内に溢れ出した。

(まだ····寝てなくちゃ駄目なのに。あんなに····頑張って)

その姿を見て、抑えていた涙と感情は堰を切ったように溢れ出し、止まらない。

「安心しろ。すぐに全員、同じ場所へ行く」

しかしそんなグレイナルの声はその耳に届かず、走馬灯のような景色がルシアの頭を駆け巡った。




『ねえ、ジンは大人になったら何をしたいの?』

『私は、誰も危ない目に遭わないような世界にしたい。難しいかもしれないけど、そうしたらボルもトキワもいっぱいここにいてくれるでしょ?』

『だからそのために強くなりたい。私、いつか大きくなったらお母さんとお父さんが怪我しないように守るから』

『ウフフ、じゃあお任せしようかなあ。でもそれまではお母さんとお父さんがジンを守るからね』



何度も胸の中で抱いたジンの温もりがルシアの身体を隅々まで満たした。

(でも、ジンと······離れたく····ない。もっと······一緒に生きたい。ジンが大人になった姿が見たいッ—)

ただ、その約束した言葉がルシアの身体を突き動かした。

「······まさか貴様、わざと」

ルシアは自分の胸に突き刺さった太刀を握りしめた。

「つくづく、人間は····」

「絶対に····あの子はッ—傷つけさせない」

(······引き抜けない)

「本当に愚かなことを、そんな抵抗数秒しか持たぬわッ——! アルミラ!!」

「ハッ!」

全速力で逃げるガルの背中をアラミラは高速で追い上げ、一瞬にして攻撃範囲に捉えた。

「意味は······ある··だって····」

「何を言っている····」

ルシアの言葉に苛立ちが積もり引き抜こうとするが、全く持って引き抜けない。
グレイナルを制止したことによる、ジンへの攻撃の遅延は僅か数秒。
グレイナルの一瞬の判断とアルミラの超速度の前ではその犠牲はそんな僅かな時間のみしか生み出さなかった。

アルミラは手を広げ、魔力の線が糸を縫うようにガルへと迫った。

「ッ———!?」

だが、その数秒は確実に運命を左右したのだ。



———ガンッ



突然鳴り響いた鈍い音とともにアルミラは地面に叩き潰された。

「だって私には····家族がいるもの」

(ジン、私の自慢の子ども。 ジンのおかげで、ずっと····幸せだった。あなたならきっと····なれる)

その言葉と共にルシアは静かに力尽きた。

「アルミラ····」

目の前に現れたボルは凄まじい怒気を放っていた。
その魔力はいつの間にか限界を越え、魔力の圧だけでグレイナルの皮膚を震わせる。
ボルは大きく目を開け、後悔と屈辱がが入り混じったような顔で倒れ伏す者たちを見た。



『オマエが······やったのかぁああアアアアッ————!!!!!!!』



龍の咆哮とも言えるその叫び声は空気を揺らし、グレイナルの覇気を押し返す。

「———っ」

久しぶりにグレイナルは恐怖を味わった。無意識の内に身体が目の前の存在を恐怖の対象として受け入れていたのだ。

そんな中、現れたトキワはガルとジンを強く抱きしめた。

「ときわっ······」

力の抜けたその声にトキワは胸の中心から引き裂かれるような後悔に襲われた。

「ごめんッ······ジンッ! ごめんッ—」

「お前の強さもこれほどであったか······人間····か?」

「黙ってろ」

いつもとは違う低く威圧感のあるボルの声。
グレイナルは『ニグラム』を引き抜き、ルシアは音を立てて地面に倒れ込んだ。

「来い、強き者よ」

武器を構えるグレイナルに対して、ボルは真っ赤な血のついたハンマーを片手に握り突っ立っていた。
しかし、真っ黒に染まったその瞳にグレイナルなど入っていなかった。

(ルシアを····デュランを··死なせてしまった。あの子を、ジンを悲しませた。ジンに···もう······親はいない)

ボルの身体を黒い何かが纏い、果てしないほどその魔力は膨れ上がる。

「ガラ空きだぞ」

グレイナルはそんなボルの肩に向かい斜め上からニグラムを振り下ろした。
いつもなら片手で振り回すその大太刀を両手に持ち替え、重量を全てニグラムにかける。
あまりにも重たいその一撃に空間は歪み、雲を切り裂いた。

その一太刀は肩から胴を切り裂き、その身体を真っ二つにするー確かにそう思われた—


「なッ——」


だがその一太刀は、直前でピタリと動きを止める。
肩に入れた太刀は肉を削ぐことなく動かなかったのだ。

「はぁああああああッ!!!」

グレイナルは内に秘めたるその全ての力をニグラムに注いだ。

(なぜ届かないッ——)

ニグラムを持ったグレイナルの額には血管が浮き上がりその目は血で真っ赤に染まった。

「触れるな······もう何にも」

ボルのハンマーはそのドス黒い物体を纏い、グレイナルを押し返した。

「絶対に······殺す」

ボルはグレイナルの首筋を掴み、その巨体の自由を奪った。
ハンマーを天に掲げ、グレイナルの脳天を捉える。

———だが、その時だった。

突如として空から奇妙なヒビが割れる。
空のカケラが割れ、その間隙から何かが見えた。
その間隙は見る見るうちに広がり、破片とともに誰かが出てきた。

「お前は······」

隙間から出てきたクレースは上空から、戦場を俯瞰する。
そしてその顔は一瞬で青ざめ、ボルの掴んでいたグレイナルを見つめた。

その時、クレースから天に向かって果てしないほどの雷を纏った光が駆け上った。
雷鳴が響き渡り、不規則な落雷の轟音がその空間を満たす。

「······よこせ、私の獲物だ」

「ッ——」

ボルであっても全く反応できない速度で一瞬にして至近距離に近づいた。

「さっさとしろ」

空中に投げ飛ばされたグレイナルは咄嗟に空中で体勢を整えた。
だがそんな絶望的な状況でグレイナルはニヒルに笑う。

(この時を、どれほど待ち侘びたかッ——!)

グレイナル個人の目的が今目の前に現れたからだ。そのために数十万年ぶりに自身を磨き上げたのだ。

「来いッ——獣人!」

「いけ····ませんッ——グレイナル····様ッ」

だがその刹那、意識が朦朧とするアルミラは必死に呼びかけた。
察していたのだ、感じたことのないような主の危機を。

「雷震流ッ——」

その雷声は落雷の如く響き渡る。

(全てよこせ····ニグラム)

アルミラは途切れかけの余力を振り絞り、必死に手を伸ばした。

「······転移!」

その瞬間、グレイナルの身体は消え去りボルとクレースのみがその場に残った。
グレイナルの飛ばされた場所は、自身の玉座。

「チッ、余計な真似を······」

ボーンネルからその場所までの距離は直線距離でも多くの国を跨ぐ。
大陸の両端を繋ぐ、人が移動するには果てしないほどの距離。
確かに飛ばされたのはグレイナルのみだった。

「ッ—————!」 

だがそこに、クレースは現れた。
僅か数秒、その速度は物理法則を無視し、明らかに光速を越えていた。

(グレイナル! 我を持てッ—)

ニグラムからの声もグレイナルには聞こえなかった。
ただ目の前に現れた存在に最大の畏怖を感じて身体が硬直してしまったのだ。

威雷いらいッ——」

魔帝の座る帝王の間は黒い雷で満たされた。

「グゥあああアアアッ——」

グレイナルは雷の中で悶え、苦しみ永遠とも言える痛みを味わった。

「死ね」

その意識はゆっくりと途絶え、恐怖と苦痛あらゆる負の感情に呑み込まれて落ちていったのだった。
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