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英雄奪還編 後編

七章 第四話 優しい龍の王

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翌日、龍帝の元へと何も言わずに行くことは流石に避けたいというジンの要望によりゼステナとクリュスが先に向かうことになった。二国は大陸の南西と北東、距離は非常に遠いものの転移魔法陣を使用することにより一瞬のうちに二人はニルギスの元へとたどり着く。ニルギスと二人の再会は実に数万年ぶり、遥か遠く離れた場所で接点などなかったのだ。
それ故ニルギスは焦っていた。
突然自室にピンポイントで展開された魔法陣が光り出し目の前に二人が現れたからだ。
そしてそれに加え、

「あらラウム、久しぶりね」

第一声、放たれた言葉は自分に向かうものではなく隣にいたラウムへのものだった。
その焦りに気づいたのか隣にいるラウムが鼻で笑っていた。

「ああ、私の城から近いからな。······少し変わったか? 二人とも丸くなった気がするな」

「そうかな、変わったことと言えばジンッ—えっと友達ができたことくらい?」

「友? あなた達と対等な立場の者ということしら」

「ええ、友であると同時に私達の仕える主です」

「主? あなた達二人の? 種族は?」

二人の言葉に困惑したラウムからは次々と質問が飛び交った。

「ジンは人間だよ。人間の女の子、ぼくが認めた人間さ」

「それは····興味深いわね、一度会ってみたいものだわ」

「あ。あの~、お取り込み中悪いんだけどね、俺もいるから······ね、聞いてる?」

「あーいたんだニルギス。久しぶり」

「い、いたんだってゼステナちゃん、俺に会いにきたんじゃないの?」

「そうだったそうだった、今から話したいことがあるんだけどいいかな。それでジンをここに呼ぶんだけど」

「話? いいよ、丁度暇だったからさ」

「じゃあ呼ぶね、ほい」

再び光り出した転移魔法陣にニルギスは表情を崩さずリラックスした感じで、対してラウムは興味深そうに魔法陣を見つめた。そして光とともに二人の人影が見えてきた。

「ジン様、お待ちしておりました。こちらの女性はラウム、私達と同じく祖龍の一人です。そしてこの男がニルギスです」

「ちょっとぉー俺の説明だけ雑じゃない?」

「初めましてニルギスさん、ラウムさん。ジンって言います。それでこっちはクレース、よろしくね」

「おぉー君がジンちゃんか、それにクレースちゃんもよろしくねー!」

そしてクレースは軽く挨拶した後、何故か隠れるように後ろにいたゼグトスの方へと向かった。

「それにしても小さいのに偉いね。今は何歳かぬわぁ!?」

その時ジンに近づいたニルギスを後ろから蹴り飛ばしたラウムはそのままジンに近づくと目線を合わせるように姿勢を低くし頭をポンポンと優しく撫でた。

「しっかりと名前を言えて偉いな、今は何歳なんだ」

「19歳と7ヶ月だよ、初めましてラウムさん」

「初めまして。そうか、ラウムでいいぞ」

「そんなに興味を持つなんてラウムにしては珍しいね」

「ラウムちゃん? 俺にも話させて」

「こんにちはニルギスさん、初めまして」

「初めましてー俺のことはなんて呼んでくれてもいいからね」

頭を撫でてくれたラウムさんからとてもいい香りが鼻をスッと抜けた。確かに優しそうな人達だ、それに祖龍の人がもう一人いるとは。ニルギスさんに至っては先程からずっとニコニコしている。

「······?」

しかしそんなことを考えていた時、突然ニルギスさんの顔から笑みが消え去った。
大きな牙が剥き出しになり逆立った白髪の隙間から真っ赤な髪が見えた。
明らかに様子が変わった、特に何もしていないはず、何も怒られるようなことはしていない。

「あぁ? 誰だてめえ?」

高かった声は低く重たい声になり、激しくどこかを睨みつけた。
視線の先にいたのはクレースに掴まれ少し後ろで控えていたゼグトスだ。
ゼグトスはニルギスの前まで歩みを進め、蔑み見下すような暗い瞳でニルギスを睨んだ。

「おや、奇遇ですね。私もあなたのような生ごみは存じ上げておりません······生ごみ如きがジン様と会話をするな」

「誰が生ごみだぁ? 調子乗ってんじゃねえぞ黒紫」

周りから建物にヒビが入るような音が鳴り出した。二人の魔力で空気が上に押し上げられ、重力とは逆向きの力が身体にかかる。優しそうだった顔から一転、怒気を孕んだその表情を見て思わず息を呑んだ。
しかしその爆発寸前の怒りは一瞬でかき消された。

「イテッ、何すんだよラウムちゃん!」

「この子が怖がってるだろ、周りをよく見ろ」

そう言われニルギスは慌てて放出しかかっていた魔力を抑えた。

「あっ、ごめんねージンちゃん。怖くないからね、ほらもう何も怒ってないからね」

「ゼグトスお前もいい加減大人になって謝れ」

「コイツに謝罪? 天変地異が起ころうともしませんね」

「ゼグトス」

「大変申し訳ございませんでした。先程の無礼をお許し下さい」

「おっ、おう。随分素直だな」

「ジン様の御命令の前に私の矮小なプライドなど無価値なだけです」

「にしてもお前みたいな気位の高い奴が誰かの下につくなんてなー」

確かに何故ゼグトスが私の元へ来たいというのかは気になる。ましてや祖龍という凄い存在だと聞いてからは更に謎が増した。わざわざ住処を離れる必要もなかったはずだ。 
そう思いながらゼグトスの方を見ると何故か自慢げに笑みを浮かべた後話し始めた。

「はぁ······やはりあなたの幼稚な思考回路は今も健在でしたか。私の身体中の細胞という細胞全てがジン様のお姿を人目見たその時から感動と驚きで喜びという名の悲鳴をあげていましたがね。美の極地と言われた女神でさえ足元にも及ばない、言葉という概念では到底形容し難いほどの美しさ。幾度聴こうともその音が耳に入るたびに興奮で身体中が震え上がるほどの妙々たる声音と自然に鼻腔を抜ける心地良い甘い香り。何者に対しても見せられる全てを包み込むような優しさと、私では到底真似の出来ない一瞬のうちに冷静な判断を為される聡明さ、そして偶にお見せになる子どものようなお可愛らしい一面。加えて、その御身に秘められた果てしないほどの強さと溢れ出る王たる威厳、ジン様に踏まれる地面にさえも酷く激しく嫉妬しまうほどのいと尊き御方。これほどまで素晴らしき御方の元に行かない意味がどこにありましょう」

「そ、そうか」

うんうんと頷いていたクレースの隣で話を終えたゼグトスは心が浄化されたような晴れ晴れとした表情をしていた。

「少し顔が赤いが大丈夫か、あの馬鹿は放っていおて何か飲み物はどうだ」

「······アップルジュースがいい」

そこまで言われると流石に恥ずかしい、というか誇張しすぎだ。ゼグトスの言ったことを意識してこれから生活すると多分数日後には別人になっているはずだ。今立っている床にも自然と視線がいった。
そしてその後一度軽く雑談をしてから客間に案内され、そこでことの次第を丁寧に説明した。



「なーるほどね、それでここに来たってわけか。いいよー! 任せな!」

「そんなにあっさり?」

「大丈夫大丈夫。大船に乗ったつもりで安心するといい!」

「私も手を貸そう、コイツだけだと難破船だからな」

「ほんと? 嬉しいなぁ」

「······へへ」

「そういえばジンちゃんのところにも大天使は来たのかい?」

「うん、今日は連れてきてないんだけど今回の女神の粛清の目的が私と一緒に住んでるパールっていう子みたいなんだ。だから帝王のいない私の国にも大天使が来たんだと思う」

「なるほどなるほど、緋帝以外で他の帝王達は無事かい?」

「ううん、ネフティスさんが怪我しちゃった。そうだ、連絡用に魔力波ができるようにしておくね」

「おお、あのネフティスがか······ん? 魔力波?」

(どう? 聞こえる?)

(うぉお、なんじゃこれ。聞こえるぜジンちゃん)

(凄いな、これで遠方からでも話ができるのか)

(そうだよ、今度作ってくれた友達を紹介するね)

「というかさ、もしかして今回の粛清って大規模な感じ? 俺今回はダイハード辺りに丸投げしようと思ってたぐらいなんだけど」

「馬鹿だなあお前、普通だったら大天使が各地に現れるわけないだろ」

「す、すいません」

ニルギスさんはどうやら女の人に弱いのだろう。とは言ってもまだゼグトスとの会話しか見ていないので決めつけるのは早いかもしれない。性格的にトキワと馬が合いそうな気がする。

「ではジン様、要件は済みましたので帰りましょうか。これ以上コイツと会話をされるのは身体に毒です」

「えぇー! もう行っちゃうの!? もう少しゆっくりしていきなよ!」

「そうだな、暫くここにいても良いんだぞ」

「ありがとう、でも家でパール達が留守番してるから今日は帰るよ。また来るね」

「それでは頼みましたよニルギス」

「ラウム、また会いに来るね」

その後、名残惜しそうにしてくれる二人の見送りを受けてボーンネルへと帰って行ったのだった。
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