ボーンネル 〜辺境からの英雄譚〜

ふーみ

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英雄奪還編 後編

七章 第十五話 嵐帝軍とハゲとおつかいと

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ゼステナの大技による軍勢の一掃。
粛清の始まりは劇的であり第一陣の撃退は大陸内で最速であった。
しかし各国では天使の軍勢が現れ、多くの国で被害が出ていた。
天使の軍勢が現れたのは帝王の治める国も同様である。
そしてその数は帝王のいない他国とは比にならない。
シリスの治めるイースバルト国内には緊張感が走っていた。

「ザンカスさん、大丈夫なんですかね。まずいですよこの数は」

「シリス様が居られる。あの方の前では数百万の軍勢も数人の雑兵に過ぎん」

「いや、そうなんすけどね。女神と大天使が現れば流石のシリス様でもキツイんじゃないですか」

「何を言っている。そのために我らがいるのであろう。それにあの御国からも援軍が来てくださるそうだ」

「あの御国ってボーンネルのことですか?」

「如何にも。我が国を嵐からお救いくださった。シリス様は領主のジン殿と大変仲が良いようだ」 

「ああ、そうらしいですね。いやあ流石に相手が相手ですし厳しいんじゃないですかね」

「あの大嵐を止められたのだ。現れたお二人の強さは間違いなくシリス様に匹敵する」

「ええ、そんなにですか? でも噂によると神様の仕業とか何とか言われてますよ。確かに目撃した人はかなり居ましたけど、今のところ信憑性は低いですよ」

「確かにそのような噂は流れているが助けて頂いたことは間違いない。一度会って手合わせをして頂きたいものだ」

シリスの配下である凪夜族のザンカスとダリムは粛清の第一陣を迎え撃つために戦いの最前線に立っていた。
イースバルトの空は不気味に曇り、昼下がりにしては国全体が薄暗くなっていた。
軍勢が現れた空は魔力濃度が高くなり、息苦しいと感じるほど。
しかし迎え撃つイースバルトの軍勢は帝王の配下に相応しい筋力、魔力共に鍛え上げられた精鋭達である。
そして住民の避難を終えた軍勢は天使の動きに注意しながらその時を待っていた。

「そういえばザンカスさん、今いる隊長はザンカスさんとマーガルさんだけですか? 他の方が見当たらないんですが」

「このような雑兵ごときに苦戦はしない。部隊の半分程であろうとわしらの戦力は十分だ」

嵐帝、シリス・スタームが持つ軍の組織図は至って単純である。
合計で五つの部隊のそれぞれに隊長、副隊長がつき一部隊およそ百万の凪夜族で構成される。
その圧倒的な数と能力の高い種族で構成されるこの軍勢は嵐帝の強さを象徴する要素の一つでもあるのだ。
そして現在、現れた天使の迎撃部隊として二部隊からおよそ五十万の兵が出ていた。

(おーいお前達!)

その時魔力波によるシリスからの明るい声が嵐帝の軍団内に響き渡った。

「「シリス様だぁ!」」

「「シリス様!」」

(これからわたしの嵐が来るぞ、気をつけろ!)

「ん? どういうことっすか」

「仰った通りだ······心配はいらん」

「でも······ザンカスさん、これって手遅れじゃないっすか?」

ダリムの視界に入ってきた黒色の大竜巻は魔力を渦巻かせながらその大きさを増していた。
その大竜巻は自然に発生したものではない。天候が常に不安定なイースバルトにシリスが作り出したものなのだ。
そしてこの大竜巻は国内に存在する魔力を取り込むことによりさらにその威力を増す。それ故天使が現れたことにより魔力濃度が上がった辺りの空気は大竜巻にとって力の源となっていた。

「フム、流石我らが主。雑兵は矮小な虫に過ぎんな」

「でもこのままだと俺達も一緒にっ—」

「あり得ぬッ! 全てシリス様の計算通り。この大竜巻に耐え抜いた猛者のみを相手にしろということだろう」

耳に入ってきたザンカスの言葉を信じられるわけもなくダリムは焦っていた。流石にそんなはずがない。
シリスの性格を理解しているダリムにその言葉を信じろというのは無理があった。

(まずい、この人はあれに無理矢理耐えて誤魔化す気だ。俺が当たったら一瞬で死んじまう)

「そうだ! 俺ちょっと用事を思い出しちゃいましとぅわッ—!?」

振り向いたダリムは後ろから肩を掴まれ止めれた。

「ならば信じて見ておるがいい。わしがこの身体で証明してやろう」

「ザンカスさん何をッ—」

ザンカスは軍の戦闘に立ち、何故か迫りくる大竜巻に向かい一直線で進み始めた。
ドス黒い魔力を纏った大竜巻はそのとてつもない威力で天使の軍勢を蹴散らし始め、上級天使であろうともその攻撃に耐えられず吹き飛ばされ肉体を滅ぼされた。

地上に吹き荒れる風は激しさを増し、立っていられないほどであった。
ザンカスは吹き飛ばされる天使を蔑むような目で見つめ姿勢を崩さずしっかりとした足取りで歩みを進めた。

(わしには分かりますぞ。以前の魔力よりも優しさを感じます。シリス様、わしは嬉しくて堪りませぬ。毎晩のようにジン殿との思い出をお話しになる際の幸せそうな笑顔。その笑顔だけは長年側で仕えてきたわしら配下でもそう簡単には見ることが叶わんものでした。ジン殿との出逢いはシリス様の進む道に素晴らしい影響力を与えたのでしょう)

ザンカスは急速に迫り来る竜巻の中に入るがその身体が吹き飛ばされることはない。
強靭な肉体は斬撃とも言える竜巻を物ともせずザンカスはまるで平坦な道を歩くように竜巻を通り過ぎた。

「見たかダリムよ」

(馬鹿だ、あの人馬鹿だ)

通り過ぎたザンカスは清々しくそれでいて誇らしげな表情をしていた。

「あっ、マーガルさん」

「何をやっているカス」

「シリス様の恩恵をこの身で感じていただけだ。その呼び方はやめい······それと、来るぞ」

シリスの竜巻に淘汰され生き残った天使はおよそ千人に満たないほど。
だが生き残った各々は確実に猛者と言える強さを持つ。
ザンカスは見極めるようにその猛者達を見つめ嬉々とした笑みを浮かべた。

「うむ、思っていたよりも少ないのう。だが桁違いが二人······それと場違いが一人と言ったところか」

「ザンカスさんッ—!」

「ん?」

その時、ザンカスの後頭部から金属がぶつかり合うような鈍い音が響いた。

「なッ—」

「おやおや、わしの頭を球と間違えたのか?」

ザンカスはハゲである。
毛根が存在した時代は遠き昔の歴史となり不毛の大地となったその頭にもう毛が生えることはない。しかしながら毛を引き換えに手に入れたその石頭に並みの攻撃が通ることはない。
毛を代償に手に入れたその力は強大であった。

蹴りを入れてきた天使の足を掴み、地面に叩き潰したザンカスは不気味な笑みを浮かべた。

「シリス様は流石ですなあ。この数に軍を全て動員していては手が余る。それを見越してのことでありましたか」

天使は飛び上がり、生き残った真の第一陣は一斉に空中へ魔法陣を展開した。
その魔法陣の数およそ数万。光り出し魔力を溜め込んだ魔法陣は五十万の軍勢に狙いを定めた。

一瞬の静寂······その静けさは中央の天使が手を振り下ろした瞬間消え去った。

「「天使の光ホーリーレイ」」

ザンカス達軍勢の退路を断つようにして光線は四方八方に降りかかった。

「全員下がっておれッ—」

ザンカスは先頭に立ち地面に手を当て魔力を流し込んだ。

「隔てろ、ガルドの壁」

隔たれた巨壁は天使の光ホーリーレイと衝突し爆風が巻き起こりながら空中に大岩が舞い上がっていた。
連なったガルドの壁に衝撃が走り中心からヒビが広がっていく。

「うぅむ、まずまずじゃのう」

ザンカスは地面に注ぎ込む魔力の系統を変化させ、一瞬のうちにそのヒビを補填する。
だがその時、後ろから敵意を感じた。

「ザンカッ—!」

背後からの斬撃——空を斬るその僅かな音に反応したザンカスは咄嗟に上半身を捻りその斬撃を避ける。
天使の光とガルドの壁は共に破壊され、爆風が再び空気を揺らした。

「貴様、特級だな」

「はやく嵐帝を出せ、お前達雑兵に興味は無い」

「······フン。雑兵か」

「おいカス一度下がれ。数で潰す」

「そういうことだ。ここにいれば踏み潰されるぞ」

特級の天使は軽く舌打ちをしつつも一瞬で自陣に戻っていった。大竜巻が過ぎ去った後、数で圧倒的な有利をとった嵐帝軍だが相手軍勢の強みは量よりも各個人の圧倒的な質の高さであった。
そうして五十万の軍勢と千程の天使軍によるイースバルトでの戦闘は加速していった。


*************************************


ボーンネルに攻め込んだ第一陣は一瞬のうちに消え、各部隊は支援国への援軍として各地に向かっていった。
そして現在は全員モンドの中に入りつつもいつも通りの生活をしていた。不思議なことに外観から見たモンドの大きさよりも中は遥かに大きい。住民が全員が入っても全く問題ないほどであった。

「我らは何をするのだ?」

「今はここで待機だ。お前はどこの部隊にも属してないだろ」 

「だがブレンドは戦いに行ったぞ」

「あいつは実践経験だ。お前は要らんだろ」

「ふぅ、我は暇だ······ゼグトス、レイ何を見ておる」

寝そべったままの閻魁は視界に入った普段よりも柔らかい表情の二人を不思議に思いつつ身体を起こした。

「な、何故ジンが寝ておる」

ガルとパールを抱き締めたままのジンはクレースの膝の上で小さな寝息を立てていた。
 
「声量を下げろ。ジンは全員分の強化魔法に”目”を使ったばかりで疲れている」

「我によこせ。我の膝の方が広い」

「渡すものか。どうだ可愛いだろ」

「そんなこと知っておるわ」

「別の場所で身体でも動かしてこい」

「うぅむ、ここは広すぎて道が分からなくなるのだ。この部屋に戻ってこれん」

「ああ、この間モンドで迷子になった奴がいたらしいな」

「ああそれなら····」

「どうしたゼグトス?」

「····いいえ、何もありません」

「迷子といえば、私が初めて会った時この子は迷子だった」

「ジンは昔からよく迷子になっていた。方向音痴だからな。そう言えばジンがまだ幼かった時、ジンの母親が初めておつかいに行かせたことがあったな」

「ルシアさん、だったか?」

「そうだ」

「クレースさん、その話を詳しく」

ゼグトスはどこからか取り出したのか分からない分厚い本の真っ白なページを開いた。

「我も聞きたいぞ」

「······そうだな。確かあの日はルシアがジンに晩飯の具材を頼んだんだったな」

「意外だな。ルシアさんはジンにべったりな気がしたが」

「べったりだったぞ。引くぐらいにな。その日も一人で何かをしてるこの子の姿が見たいからという理由で頼んでいた。まあガルと一緒に行ったがな」

「なるほどな。それにしてもよくお前がよく許可したな」

「勿論こっそりとついて行った」

「それはおつかいなのか?」

「まあ気づかれなかったからな。ルシアが頼んだ途端嬉しそうに準備をし始めた。銀貨を三百枚持たせて可愛い服を着せて私達は気づかれないように暗めの服を着た」


『ジン、知らない人には?』

『道を聞く?』

『ついていかないだよ。ジンは可愛いから絶対知らない人についていっちゃ駄目』

『分かった! 行ってきます!』



「私達? お主一人でなかったのか」

「何言ってる、全員に決まってるだろ」

「それはおつかいなのか?」

「正真正銘おつかいだ。だが外に出るのは初めてだったから当然この子に道は分からない。インフォルが先回りして看板を立てたり別れ道の際は間違った道を木々で塞ぐ。そうして目的地に辿り着くはずだった。だがこの子は私達の想像を全て超えてきた。看板は見つけられず、木々を掻き分けながら塞いでいた道を通っていき、全てのルートを外れていった」

「うむ、方向音痴か」

「かなり焦ったが話しかけるわけにはいかずそのまま見守ってたんだ。だが奇跡的に進んだ先に小さな街があってな。私達は少し先回りして街を見て回った。その街には目的の食材が全て揃っていてかなり治安もよかった」

「おお、無事に辿り着いたのか!」

「いいや。ジンは街に入る前に門番の男の前で止まった。どうやら簡単には入れてくれないと思ったんだろうな」


『ガル、どうしよ。入ったら怒られるかな?』

『バゥ?』


「このままではどうにもならなかったからジンにバレないように門番を地面に引きずり込んで身動きを取れなくした」

「門番······」


『あれ、居なくなった。入っていいってこと』

『バゥ!』


「おお、これでようやく買えたというわけか!」

「いいや。街に入った途端、急に人だかりができてジンが囲まれたんだ」


『おつかい? 小さいのにえらいね~はい。これあげる』

『可愛い子だな~これも持っていきな』

『これもアゲル』

『えっ、あっ』


「次々と荷物が増えていき、あっという間に両手は貰い物で塞がってしまったんだ。だが持っているものはルシアが頼んだものではなかった。そしてジンは何故お金を払ってないのに食べ物がもらえるか疑問に思ったんだ」

「まあこんな子がいたらあげたくなるな」

「ボルがいたぞ」

「貰ったものを全て自分が盗んでしまったのだと勘違いしたジンはガルとこっそり全ての店に代金を置くことにした。『食べ物を盗んでごめんなさい』という手紙を添えてな。そして渡した三百枚の銀貨はあっという間に消えていきジンの手元に残ったのは銀貨十枚になった」


『どうしよガル。みんなのご飯買えない····』

『クゥン····』


「あの時の胸の苦しみは異常だった。そして同時に私達は焦りに焦った。このままでは泣いて帰ってきてしまう。ボルとトキワに目的の食材を買いに行かせて何とか悲しませないようにしたんだ。そしてジンはある賭けに出た。残りの銀貨十枚を握りしめて私達の為にアップルジュースを買いに行ったんだ。銀貨十枚分のアップルジュース、『買えるだけください』と頼んだ後出てきたのは樽一つ分のアップルジュースだった」

「樽一つ····」


『これで許してもらえるかな。私の大好物だよ』

『クゥン····』

『やっぱり駄目かなぁ。お母さんガッカリするかな』

『バゥバゥ』

『ほんと? ちょっと飲んでいいかな?』

『バゥ!』


「ジンはガルと仲良く喉を潤してると次第に瞼が閉じていきうとうとし始めた。そのまま眠ってしまったジンとガルを抱えて帰って行ったんだ。もしかするとジンは今でもあの日のことを夢だと思っているのかもしれないな。だが私にとっては何ものにも代え難い思い出だがな」

「銀貨十枚ならある程度買えないか?」

「ああ、ボルとトキワが買い揃えるのにかかった費用は銀貨二枚ほどだ」

「ありがとうございますクレースさん。また神話が一つ追加されました」

「まあ何だ。この子も完璧じゃない。他人の感情の起伏には人一倍敏感だが感情を隠すのは得意な子だ。だから、難しいかもしれないが足りない分は補って欲しい。この子がしてくれているようにな」

クレースは話を言い終えると寝息を立てたままのジンの頭を優しく撫でた。
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