ボーンネル 〜辺境からの英雄譚〜

ふーみ

文字の大きさ
168 / 240
英雄奪還編 後編

七章 第十七話 父の誇り

しおりを挟む

バーロンガムの上空は眩い光に包まれ、けたたましい程の爆音が響き渡る。
空には激しい爆発が広がりその熱波は地上まで押し寄せていった。
隕石は砕け散り粉々になった破片は空中に散らばっていき地上には再び天からの光が差した。

しかし空を見上げたダイハードの顔は曇ったままであった。

「良い攻撃であったぞ、ウォール・ダイハード。久しぶりに生を実感した」

上昇した隕石は確かにモルガンに激突した。
しかし当の本人は平然とした様子でダイハードを見下ろしていたのだ。

「正真正銘の化け物だな」

(何をしたかお主には見えたか)

(······いいや。この場合何もしなかったと言うのが正解だろう。メテオ・プラトンがあの者に直撃した瞬間、防御魔法や結界を発動する動作すらしていなかったからな。考えたくもないが、かなりの火力不足ということか)

(わしの力も奴には干渉出来ん)

「まだ終わりでは無いだろう、ウォール・ダイハードよ。更なるお主の限界を見せろ。血を吐き肉が抉れ、己の細胞が悲鳴を上げるその時まで戦え。さすれば我も全力のお主に応えよう」

モルガンは戦闘において相手には最大限の敬意を払う。
その敬意こそが機人族であるモルガンの持つ人情なのだ。
そこに最強種としての驕りは一切なく一戦を交えるダイハードに対して真剣に向き合っていた。

「少し聞かせて欲しい。何故お前のような強き者が向こうへついた」

「我らの行動は全て主の命令により決定される。無論、そこに反論の余地は無い。ただ一つ己が意見を述べるのならば、我はこの大陸と全力で戦ってみたい」

「そうか······多くの戦友を守れなかった俺にはもう巨帝という名を名乗る資格が無い。それ故今この時はつまらぬ誇りなど全て捨てよう。娘を守る一人の父親としてこの身を全て捧げる。俺は全力のお前と戦ってみたい」

「——親父ッ」

娘の悲痛な叫びは父親の心へと確実に炎を焚き付けた。
帝王としての誇りは今のダイハードに必要は無い。

「父さん頑張るから、少し見てなさい」

吹っ切れたようなダイハードの顔を見てモルガンは嬉々とした笑みを浮かべた。
これ以上二人の間に交わす言葉など必要ない。

「行くぞッ——グラダリア」

(任せろ)

モルガンへと走り出したダイハードは同時にグラダリアで自身の身体を打ちつけた。
すると褐色の肌は光沢を帯び、ダイハードの全体を包み込んでいく。
空中に飛び上がったダイハードはグラダリアを左手に持ち替え右手の拳に力を込めた。
握り締められた拳はミシリと音を立てて確実にモルガンを捉える。

(握力で空間が歪んでいるか、面白い)

「来いッ! ダイハード」

「うぉらぁああアアアッ——!!!」

雷声と共に鋼の拳は空気を抉りながらモルガンと激突する。
筋力、魔力量、それまでの戦闘でダイハードの持つ力の底をダイハードは理解していたつもりであった。
—しかし完璧に構築されたモルガンのビジョンは突如として砕け散る。

(重いッ——)

モルガンの予想を遥かに超えた重たい一撃は衝撃波として身体中を駆け巡った。
先程まで微動だにしなかったモルガンの両足は地面にめり込み衝撃が伝わるようにして辺りに亀裂が広がっていく。グラダリアにより硬度の上がった拳は更にその重さも増していた。

(跳ね返せんッ)

打撃を受け止めたモルガンの右手にはダイハードの全体重がのしかかる。
更に重さが加わった一撃の衝撃波は止まることなくモルガンを押し潰した。

「久しく忘れていたこの高揚感ッ!! 良いぞッ!!」

(だが少し甘いな、重心が偏りすぎている)

モルガンは身体の重心をずらしながらダイハードの体勢を崩そうと右手にかけられた重圧をいなした。
完璧なまでの自然かつ俊敏な動きはダイハードの身体を地面に引きずり下ろす——はずだった。

「ッ———!」

いなしたはずのダイハードは地面に向かうことなく体勢を保ったまま目の前に立っていたのだ。

(無理矢理重心の位置を変えたのかッ——)

身構える間もなくグラダリアからの二発目が迫っていた。
モルガンは上半身を仰け反らせその身体をグラダリアが掠めた。

(ほう····)

先程からモルガンは魔力障壁によりグラダリアの能力を打ち消していた。
しかし上半身に凄まじいほどの圧力を感じたのだ。
このまま背中から地面に倒れ込めばグラダリアの追撃は免れない。

(畳み掛けろ! ダイハードッ)

確かにグラダリアは掠めたがモルガンは魔力障壁で防いだはずであった。
しかし”空気”は違う。モルガンの周りに存在した空気はグラダリアの影響を受け、ダイハードの追い風となっていた。

巨巌の鉄鎚トール・ヴラフス

グラダリア自身が硬度を上げ、空気を抉るようにしてその鉄鎚は振りかざされた。
攻撃速度は遅いものの威力が凄まじいことなど容易に想像できた。
身動きの取れない今のモルガンにとっては最も受けたくない一撃なのだ。

「はぁあああああアアアアッ——」

ダイハードの筋肉はブチブチと肉が切れるような音を立てながらその攻撃にさらなる威力を与える。
傷口が開き激しい痛みが身体中を駆け巡ることなど今は関係なかったのだ。
当たれば即死、モルガンが相手であろうともそれは自明であった。

「終わりだッ——」

「フッ——」

「ッ——!?」

しかし、僅かな間隙から見えたモルガンは不敵な笑みを浮かべていた。

「収縮」

(ダイハードッ!! 離れろ!!)

グラダリアは叫んだ。意思として感じ取った危機感に確証は無い。
だがその危機感をダイハードも感じていたのだ。
そして危機感は揺るぎない事実を持って——

「発散」

押し寄せてきたのだ。

「親父————ッ!!!!」

与えたはずの衝撃は、数倍にも膨らみ迫ってきた。
追い風は向かい風となり、自身を襲う刃と化したのだ。

(わしで向きを上書きしろッ!!)

「うぅらぁあああアアアッ!!」

身体の限界などとうに超えていた。
ダイハードを突き動かしたのは父親としての誇り。
向かい来る猛撃にグラダリアを衝突させ向きを変えた。

「誇ってよいぞ、巨帝。お主は十分楽しませてくれた」

(手足が······動かない)

「これで最後だ」

「あ····ああ」

力を使い果たしたダイハードは下を向く。
ただオーダリの瞳には信じ難い、信じたくない現実が広がっていた。

上空から響き渡る耳をつんざくほどの轟音。
首を動かすことすらできないダイハードもその存在感を感じ取っていた。
先ほど消失したはずの隕石が空を埋め尽くし、バーロンガムという大国の最期を決めようとしていたのだ。

オーダリはダイハードの駆け寄りその肩を持った。

「親父、ここはもう無理だ。逃げるぞ」

「離せ、お前の足なら今からでも逃げ切れる」

「そんなことするわけねぇだろッ——いいからはやくしろッ—」

モルガンはその様子を見つめながら、手を出すことはない。
そして静かに後ろを向き歩き始めた。

「お、おい機人族。目的を忘れたか、此奴を殺すのではなくこちらの支配下に入れるのだぞ」

「好きにしろ。あれが落ちる前にな」

「チッ—調子に乗りやがって」

今のダイハードではクドルフであろうともまともに戦うことができない。
それはオーダリも同様である。大天使を前に一分立っておくことすら出来ないほどにその戦力差は大きかった。


モルガンは任務を遂行し、主の元へと帰還する。
帝王を相手にして尚、完璧なまでに成すべきことを果たした。

——だが歩みを進めていたその足は急に動きを止めた。
理由は明白、モルガンの頭の中にけたたましい警告音が鳴り響いていたのだ。

(この警告は我が主に反応はしないッ——)

感じたことのないような焦り。その焦りは無機質な機械の額に冷や汗を流させた。
そして再び、振り返る。無意識に、渇望するようにその正体を見つめた。

『—警告—警告—警告—警告—』

うるさいほどに鳴り響いたままの警告音はさらにその大きさを増す。
クドルフは何故か立ち尽くしようにして固まっている。
だが、モルガンの瞳にはたった一人しか映っていなかった。
その者は同族ではない。興奮に似たその感情はモルガンは久しく味わうことのなかった恐怖である。

ダイハードの目の前に立ったその人物は化け物揃いのこの場においても、異質の存在感を放っていた。

「ごめん巨帝、ちょっとオクレタ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

軽トラの荷台にダンジョンができました★車ごと【非破壊オブジェクト化】して移動要塞になったので快適探索者生活を始めたいと思います

こげ丸
ファンタジー
===運べるプライベートダンジョンで自由気ままな快適最強探索者生活!=== ダンジョンが出来て三〇年。平凡なエンジニアとして過ごしていた主人公だが、ある日突然軽トラの荷台にダンジョンゲートが発生したことをきっかけに、遅咲きながら探索者デビューすることを決意する。 でも別に最強なんて目指さない。 それなりに強くなって、それなりに稼げるようになれれば十分と思っていたのだが……。 フィールドボス化した愛犬(パグ)に非破壊オブジェクト化して移動要塞と化した軽トラ。ユニークスキル「ダンジョンアドミニストレーター」を得てダンジョンの管理者となった主人公が「それなり」ですむわけがなかった。 これは、プライベートダンジョンを利用した快適生活を送りつつ、最強探索者へと駆け上がっていく一人と一匹……とその他大勢の配下たちの物語。

チート魔力はお金のために使うもの~守銭奴転移を果たした俺にはチートな仲間が集まるらしい~

桜桃-サクランボ-
ファンタジー
金さえあれば人生はどうにでもなる――そう信じている二十八歳の守銭奴、鏡谷知里。 交通事故で意識が朦朧とする中、目を覚ますと見知らぬ異世界で、目の前には見たことがないドラゴン。 そして、なぜか“チート魔力持ち”になっていた。 その莫大な魔力は、もともと自分が持っていた付与魔力に、封印されていた冒険者の魔力が重なってしまった結果らしい。 だが、それが不幸の始まりだった。 世界を恐怖で支配する集団――「世界を束ねる管理者」。 彼らに目をつけられてしまった知里は、巻き込まれたくないのに狙われる羽目になってしまう。 さらに、人を疑うことを知らない純粋すぎる二人と行動を共にすることになり、望んでもいないのに“冒険者”として動くことになってしまった。 金を稼ごうとすれば邪魔が入り、巻き込まれたくないのに事件に引きずられる。 面倒ごとから逃げたい守銭奴と、世界の頂点に立つ管理者。 本来交わらないはずの二つが、過去の冒険者の残した魔力によってぶつかり合う、異世界ファンタジー。 ※小説家になろう・カクヨムでも更新中 ※表紙:あニキさん ※ ※がタイトルにある話に挿絵アリ ※月、水、金、更新予定!

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

処理中です...