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英雄奪還編 後編
七章 第三十話 届かない声
しおりを挟む先程まで雲に覆われていたイースバルトの空には眩しい日の光が差していた。
滅多に快晴など見られないこの国。
しかし空を見上げる者達の心は差し込む光とは対照的であった。
「······フゥ····フゥ··」
激しい戦いを繰り広げていた六人のうちその場に立っていたのはたった二人。
四人の呼吸は乱れ瀕死に近い状態であった。
ザンカスの放った浪漫砲は直撃すればシリスへ致命傷を与えるに十分なものだった。
しかしそれはあくまでも当たればの話である。
浪漫砲が放たれた瞬間、シリスが発動した結界には反撃機能が付与されていた。
結界に加えられた浪漫砲の威力は倍になりザンカスへと跳ね返されたのだ。
無論、同じ結界でもシリスほどの練度が無ければ反撃も出来ず結界は貫かれていた。
「流石ですな····シリス様」
ザンカスほどの強靭な肉体が無ければ身体は消し飛ぶほどの威力。
地面に倒れながらも声を出すほどの気力が残っているだけ常人離れした生命力である。
「シリス様····目を覚ましてください」
この状況で戦えるのはベージュのみであった。
しかし当然、ベージュ一人で対抗ができるはずもない。
事実上の敗北、そして同時にイースバルトの陥落を意味していた。
「······」
シリスは無傷のまま。
何も言わず目の前のベージュを見つめていた。
「今、あなたの考えていることが分かります」
最悪の状況、だがベージュに焦りはなかった。
いつものように真っ直ぐシリスの瞳を見つめ見透かしたような表情を浮かべる。
「普段ならまるで子どもが考えるようなおかしくて自由なことばかり頭の中にある。でも今は全く違う。したくないことを無理矢理して苦しくてでもどうすることもできなくて······だから泣いている」
「············」
シリスの頬にはゆっくりと涙が伝っていた。
そして小さく何かを呟き身体は固まった。
「あなたはシリス様ではない」
ベージュの言葉を聞きシリスの中で何かが激しくうごめいた。
「······あぁァアアアッ————!!」
けたたましい雄叫びを上げシリスから凄まじい魔力が解放された。
その場を満たすほどの巨大な魔力はベージュ達五人の総魔力量を裕に超える。
「シリス様ッ——お願いです 戻ってきてください。また一緒にジン様と遊びに行きましょう」
「じ····じん じん?」
シリスはその言葉に反応するも正気に戻る様子はない。
だがいつの間にかフィンネルはマントに戻っていた。ベージュに対して先程の殺気はない。
どこか喪失感に襲われたようにシリスはその場に立ち尽くす。
暴風により辺りは荒れ果て元々見られた光景は微塵も残っていなかった。
ベージュは近づき手を伸ばす。
「シリス様。一緒にッ——」
だがその手はパンッ—と音を立ててすぐに振り払われた。
既にシリスの瞳はベージュを捉えてはいなかった。動揺していた様子は消えシリスは後ろを振り返る。
後ろには何もない、建物もなければ仲間もいない。
そしてゆっくりと上を見上げ何処か遠くの空へと飛んでいった。
*************************************
同日、ギルメスド王国。
各国が天使の侵攻を受ける中、この国では不自然なまでに何も起こっていなかった。
しかしそこに住む者達は安心して生活できているわけではない。粛清が本格化してからいつ攻撃を受けるのか分からない状況は国民に相当な緊張を与えていたのだ。
このような状況だが騎士達が何もしないというわけではない。支援国に派遣された騎士は天使と日々戦い活躍していた。だが小国に現れるほどの相手は取るに足らずベオウルフや八雲朱傘の者達が出るほどの相手ではなかったのだ。
「嵐の前の静けさ······だね!!」
「そうだな」
詰所にいたグラムとハルトの二人にはしばらくの間招集がかからなかった。
ラグナルクの一件以来それ以上のことは起こらず国の守護を任されていた二人。
国が責められる場合に備えて常駐しておくのが今の二人の仕事であった。
「お前がこれほど長い時間同じ場所にいるとはな。正直驚いた」
「ハハハ! 僕だってそれくらい簡単さ! それに今はお店が閉まっているからね!」
「なるほど、それが原因か」
「······ハルト君。最近緊張してるね」
「なぜそんなことを聞く。こんな状況だ、呑気なお前がおかしい」
「ハハハ! でも君が全て背負う必要はないよ。何をそんなに悩んでいるんだい?」
「······あの一件でこの国から犠牲者が出ている。お前と仲良く話していたラダルスもその一人だ。もうこれ以上死人を出すわけにはいかない」
ハルトは性格上、責任を一人で抱え込みやすい。
そのためラダルスや他の者達の死に対して一番責任を感じていた。
「ラダルス君は、多分死んでないよ」
「······何を言ってる、無理な慰めはやめてくれ」
「本当さ。この僕ッ! が認めた男が簡単に死ぬわけない。それにラダルス君には幸せにすべき美しいフィアンセがいるだろう?」
「それとは別に関係ないだろ。だが····そうだといいな。お前の勘が当たってることを願う」
ラダルスの死体は既に埋葬され日が経つ。
根拠の無いグラムの直感だがその言葉はハルトの緊張を少し和らげた。
そしてしばらく経った時、詰所の中にベオウルフが入ってきた。
「ようお前ら。ゼーラ見てねえか?」
「ベオウルフ様。ゼーラは見ておりません。何か伝言があれば伝えておきましょうか」
「いいや、少し用があるだけだ」
「ベオ君! ゼーラちゃんが来たよ!!」
丁度その時グラムの指した方からゼーラが入ってきた。
しかしそこにはゼーラだけでなくその隣にシャド以外の八雲朱傘の者達もいる。
「ベオウルフ様、私の名前が聞こえたようなのですがどうかされましたか?」
「おう、シャド以外全員いんじゃねえか。丁度お前に話があったんだ」
「あっ、シャド。そうでした忘れていましたね」
ゼーラはベオウルフにゆっくりと近づきその場で立ち止まる。
その様子を遠目に見ていたハルトとグラム。
二人が僅かな違和感を覚えたのはその光が見えた時だった。
「ベオウルフ様ッ——!!!」
あまりにも自然な動作で直前まで二人でさえ気づけなかった。
ゼーラの右手に握られた剣はベオウルフに迫る。
だが———
「ッ———」
予期していたようにその剣先は指で止められていた。
ゼーラは軽く笑い、剣を鞘に納める。
「ゼーラ!! お前一体何をッ!!」
「落ち着けハルト。もう知っていた」
しかし突然の裏切りを前にベオウルフに一切の焦りは見えなかった。
そしてゼーラ同様、隣にいたミルファ達もその手に武器を持つ。グラムとハルトはただならぬ雰囲気を感じゼーラ達三人に向かい武器を構えた。
「どういうことだい、ベオ君」
「今朝出会った時からこんだけの殺気を感じてたんだ。まさかコイツらもだったとはな。だが天生体ってわけでは無さそうだ。ただ今は天使に取り憑かれただけの不安定な状態だな」
緊迫した状況。
するとそこへある人物が入ってきた。シャドである。
「シャド····お前も」
ハルトは剣先をシャドに向け、強く睨みつけた。
「えっ、ななな、何ですか。俺何もしてないですよ」
しかしハルトの声はあまりにも小さくその場にいた誰の耳にも入らなかった。
「待てハルト。こいつらの身体を傷つけるわけにはいかねえ」
シャドは状況を呑み込めないままその場で固まった。
(えっ、なんで全員武器持ってんの······新手のドッキリか)
そう確信しシャドも武器を構えた。
「えっ」
ベオウルフ達よりもその行動に驚いたのは隣にいたゼーラ達である。
よく観察してもシャドには天使など取り付いていなかった。だが理由もなしにベオウルフ達に向かい武器を構えるはずがない。そもそもシャドの存在自体忘れていたのだ。
「その身体をどうするつもりだ。返してもらうぞ」
「······クフフ」
(ゼーラさん成りきってるなあ)
ゼーラは両手を上げ降参するようなポーズを見せた。
(状況がよく分かりませんね······)
シャドの意味不明な行動にゼーラ達は混乱していた。
「今日はひとまず帰らせてもらうわ」
(帰る····どこに?)
シャドの謎はますます深まりゼーラの方を向いた。
だが嘘をついているようには見えない。ゼーラだけでなくミルファ達の顔も至って真剣であった。
(ミルファちゃん今日も可愛いなぁ。でもこれどんな設定?)
「えっ——」
シャドがそう考えていると突然目の前から四人が姿を消した。
その場に残ったのはベオウルフ、グラム、ハルトそしてシャドのみ。
目の前に一人取り残されたシャドを見て三人は首を傾げた。
「なんでお前残ってんだ?」
「えっ、あっ、すみません。死んできます」
シャドは振り返り詰所を後にしようとした時、ベオウルフに肩を掴まれた。
「ッてお前、いつも通りじゃねえか」
「すぐに追いますか」
「安全を確認してからだ。おそらくすぐに殺されはしない。元の身体のまま正気に戻す」
「えっ、ドッキリは····」
シャドのその声は誰にも聞こえることなくすぐさま行動に移っていった。
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