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英雄奪還編 後編
七章 第八十九話 分岐の前日
しおりを挟むトキワとガルミューラの結婚式前日。同時にジンの誕生日前日。トキワとガルミューラはモンド内の教会にある式場で最後のリハーサルを行っていた。多くの参列客を予定した結婚式の会場は五百人ほど収容できる巨大な場所。新郎新婦の二人だけでなくリハーサルに参加した者達も、かなり緊張していた。
「な、なあトキワ。私今までどうやって歩いてたっけ」
「おいおいしっかりしてくれよ。明日はウエディングドレス着てんだから普通に歩くのも難しいんだぜ?」
「そ、それはそうだけど緊張して」
「お姉ちゃん頑張って!!」
ミルの応援を背にガルミューラは何とかリハーサルを終えた。そして終わった瞬間、疲れが押し寄せ近くの椅子に座り込んだ。
「ああ、来てたのかレイ」
隣に座ったレイは疲弊したガルミューラを見て優しく微笑んだ。
「あまり気負うなよ」
「でも、当日転んだりしたら私だけではなくトキワも恥をかくことになる。ジン様にそんな姿を見せるわけにはいかない」
「心配するな。転んでも誰も笑わない」
「そうだよお姉ちゃん! 自信持って転んでいいよ!」
「自信持って転ぶって·····お姉ちゃんは別に転ぶつもりなんてないぞ」
「心配なことがあるとすれば、テンションの上がった連中が式を滅茶苦茶にしないかだな。特に閻魁とか」
「大丈夫だよ! 当日はジンお姉ちゃんが近くに座ってるから誰も暴れたりしない·····はず!」
「転けた時はいっそ滅茶苦茶、いやジン様の前ではやはり駄目か」
「そういえばジンは何処だ。リハーサルにも来てなかったよな」
「ジンなら自宅にいる」
「クレース」
現れたクレースは不機嫌そうな顔でレイの隣に座った。
「珍しいな、一緒にいないのか?」
「そうしたかったが、ジンがどうしても話したい奴がいるみたいでな。護衛のために誰か付けようとしたがそれも拒否された」
「相手は?」
「イミタル·····だったか。確か他人の容姿を模倣する魔法を使えるやつだ」
「ああ、ジンが眠っていた間にジンの姿で街中を歩いてたやつか。大丈夫なのか? 元々は他国からのスパイだろ?」
「結界で魔法に制限をかけた。それに音声は聞こえないがゼグトスが監視してる。大丈夫だ。それよりもガルミューラ、明日は頑張れよ」
「·······ああ、頑張る」
**********************************
結婚式のリハーサルが行われる少し前。ジンの自宅に突然呼び出されたイミタルは少し緊張していた。
(何故呼び出された······用済みになった俺を消すつもりか? いいや、ここの王は温厚だ。それに相手に不利益なことは何もしてな······)
「チッ——」
考えを巡らせ下を向きながら歩いていたイミタルは舌打ちに反応し顔を上げた。感じる得体の知れない殺気。家の前には門番のようにクレースが立ちはだかりイミタルを睨み付けていたのだ。
(まさか·····本当に消されるのか。勝てんぞ、こんなバケモノ)
「さっさと中に入れ。言っておくが中の様子は監視している。変な気を起こせば即刻首が飛ぶと思え」
「そんな馬鹿なマネはしない。敵わないのは分かっている」
イミタルが中に入るとジンが専用の椅子に座っていた。部屋にはガルもおらずジン一人のみ。イミタルは恐る恐る部屋の中に入り軽く会釈した。
「ありがとうね、来てくれて。私が眠っていた間色々手伝ってもらって助かったよ」
(噂に聞いてはいたが····身体がまともに動かせる状態ではないな。生きているのが不思議なほど肉体へのダメージが大きい)
「いえ、構いません。それでここに呼んだ理由は」
「折り入って頼みたいことがあって·····」
部屋の中の会話に聞き耳を立てるものもいない。加えてロストにより完全に音を遮断された空間でジンは話し始めた。内容としてはイミタルの命に危険が及ぶものではなかった。事細かく指示された内容を暗記し、いくつかの質問をするとイミタルは立ち上がった。
「理解しました。本当にいいんですね?」
「うん、他国にいる人の方が頼みやすいから。そうだ、報酬はどうしよう」
「必要ありません。先の大戦で母国が守られたのはあなたのおかげですから」
「······そっか。ありがとう!」
イミタルが出ていき、ジンは這うようにしてベッドに移動した。
(ジン、いよいよ明日だね。迷いはない?)
(ない! 頼んだよロード)
仰向けになって天井を見つめているとクレースの顔が目の前に現れた。
「ジン~何話してたんだ? 少しくらい教えてくれてもいいだろ?」
「内緒。ねえクレース、今からみんなと会いに行きたいんだ。手伝ってもらっていい?」
「そうか。疲れてるなら今日は眠ってもいいんだぞ」
「ううん、今じゃなきゃ駄目なんだ」
「分かった」
そしてクレースはジンを背負い外へと出かけた。背中にかかるのは幼児ほどの重さ。
「······大丈夫大丈夫」
しかしいつになく強く抱きしめられ、クレースの耳元には小さく啜り泣く音が聞こえていた。クレースは何も聞かずただジンを安心させるように「大丈夫」と声をかけ続けた。
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