人と毒と蠱。

風月

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承。〈弐〉

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 放課後。
 清司は崎村と共に大槻の家の前に来ていた。
 大槻本人の状態を自身の目で確かめるためだ。
 必要があれば斬る・・必要が出てくるかもしれないが、その時には康樹に連絡して集まってから事を進めればいい。
 それはそれで面倒なのだが。
 ともあれ、状況確認は必要だ。ここ迄の経緯とここに来る事は太壱と康樹には伝えてあるので、何かあれば直ぐに集まる事にはなっていた。
 玄関のインターホンを鳴らし、程なくして大槻の母親が玄関を開ける。
「崎村君、今日も来てくれたの?」
 そう言いつつ彼女は視線をこちらに向ける。
 大槻の家には初めて来たのだから当然か。
「こんにちは。クラスメイトの柳谷です。大槻の話を聞いて、俺も心配になって…」
 そう言いつつ、これでもかとばかりに「心配なんです」という表情を作る。
 それが功を奏してか、母親はあっさりと二人を家の中へ招き入れた。
「あの子やっぱり部屋から出てこないのよ。何があったのか知らないけど、良かったら話でも聞いてあげてね」
 彼女はそう言いながら大槻本人の部屋の前へと案内し、「何かあったら下にいるからね」と言い残し階段を降りていった。
「案内してくれなくても部屋知ってんだけどな」
 複雑な表情を浮かべた崎村が呟きながらドアを開ける。
 と、部屋の中はカーテンを閉め切っているからか、昼間にも関わらず薄暗く、さらに話に聞いていたとおり散らかりに散らかっていた。
 そして本人はと言うと、
「だれ……だれ……」
 部屋の隅に丸められた布団の中に篭っているのだろう。中からくぐもった声が聞こえた。
「大槻!おれだよ、わかる?出てこいよ」
 崎村が言うと、微かに布団がもこりと動きを見せた。
 が、本人が顔を見せることはなく、なおも中から「だれ……だれ……」とつぶやく声が聞こえる。
 そして清司の目はさらに異様なモノをとらえていた。
 部屋中を覆う黒い靄。床一面に広がる真っ黒い実態を持たない液体。そして何かが腐ったような強い匂いが鼻を突く。
 コレはよほど祠のヌシが悪いモノだったか、怒らせてしまったに違いない。
 まぁ、悪いモノを封じていた可能性の方が高いのだが。
 ともあれ、このまま何もしなければこの主は大槻本人を呪い殺した後に一族郎党全滅させ、更には崎村にも牙を向くだろうことは容易に想像がつく。
 清司は深々とため息をつくと、足元の一切を無視して布団の塊に近づいた。
「おい。聞こえるか?」
 塊を見下ろしたまま言うと、つぶやく声がピタリと止まる。
「お、おい⁉」
「いいから黙ってろ。そして少し離れてろ」
 抗議の声を上げかけた崎村を制しそう言うと、清司は躊躇うことなく力いっぱい布団を引き剥がした。
「ひぃ‼」
 姿を表した大槻はたった三日程で清司が知る彼と見違えるくらいにやつれていたが、清司は構わず彼の胸ぐらをつかみ視線を無理やり合わせて問いただす。
「お前の名前は何だ」
「こ、殺さないで!食べないで‼」
「大槻!お前の名前を言え!」
「お、オレは大槻 弘之ひろゆき‼」
 答えを聞き、大槻が未だ自我を保っていることを確認した清司は、ズボンのポケットの中から緑色のガラス玉を取り出し
「よし。白秋、斬るぞ」
 呟くように言うと同時に、玉は彼の手の中で日本刀へと姿を変えた。
「え⁉なっ⁉」
 そんな驚きの声を上げたのは崎村だが、全て見えてはいないだろう。清司は構うことなく鞘を抜き、刀身を顕にした。
 斬るのはこの祠の主と大槻を絆ぐ縁だ。
 元はコイツがしでかした悪事が原因だが、結ばれた物自体は強くはない。斬ってしまえば元の祠に帰るだろう。
 そう考え、清司はその眼に写った大槻に手を伸ばす黒い猿のような影との間に伸びる、細い糸のようなモノに刀を振り下ろした。
 糸は簡単に斬れて消滅する。同時に大槻が布団にもたれるように意識を失ったのが横目に見えた。
 コレで主であろうこの影は祠に戻るだろう。そう思い黒い猿の方に視線をやると、黒い猿はポッカリと空いた眼窩の下に三日月の様な口を開けた。そして
『ミツケターヒィーヒィーミツケター』
 その言葉と共に、黒い猿は姿を消した。同時に、室内に充満していた黒い靄も足元の黒い液体の様に見えた何かも、漂っていた腐敗臭もキレイに消え失せる。
 残ったのは、突然の展開に呆然としている崎村と、ぐちゃぐちゃに散らかった室内で、布団に包まり寝こけている部屋の主の大槻だけだ。
「な、なにが、どうしてどうなった?」
 部屋の黒いモノも一切見えていなかったのであろう崎村の目には、清司がガラス玉を取り出し、大槻に向かって何かを振り下ろした事しか写っていなかったのだろうから、当然のリアクションではあった。
「はぁー。お前にゃ何も見えてなかったんだろ?忘れちまえ」
「え、で、でも」
「説明が面倒。忘れろ」
「そ、そんな~」
 状況の説明を求める崎村を他所に、清司は大槻の頬をぺちぺちと叩き始める。
「おーい、起きろー」
「うー」
「起きろってー。朝だぞー」
 そんな適当なことを言って頬をぺちぺちしていると、遂に大槻の目が薄っすらと開いた。
「お、大槻~~!」
「う……さき、むら?」
 コレで一件落着か。
 何も問題がなければ大槻が目を醒ましたあと、崎村に報酬の件を改めて話さなければならないが、それはまぁ、急ぎの話でもない。落ち着いて後日改めてでも良いだろう。
 そんな事を考えつつ安堵した矢先だった。
 耳元に、微かに人の吐息が当たったような気がして振り向く。
 が、そこには当然誰もいない。
 気のせいかとため息をついて足元の散らかった物を避け、座ろうとしたその時。
『オマエガツイダ』
 と男とも女ともつかない声に囁かれる。
 しまったと、清司は胸中で毒づく。
 あの得体のしれないモノに、今度はこちらが睨まれたか。
 何にせよ、コレは自身の慢心が招いた結果だ。
 あの祠の主に、今度は自分が憑かれたようだ。
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