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1章

18話 この世界のスキル

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「ありがとうございます」
「あぁ、もう大丈夫なのね?」

 ヒーラー職の女性は、そうにっこり微笑んだ。彼女は、レイラ。Eランクの冒険者で、拳闘士も兼任している。それほど癒しの力は強くないが、ギルドで大事があれば必ず力を貸してくれる人だとシーラは言っていた。

「今のが、パトリック君のスキルの効果なんですか?」
「は、はい……スキル効果の一つです」
「すごいのね。私もそんなスキルだったら、もっといろんな人を助けられたのかな……」

 そう言って彼女は俯いたが、すぐに顔を上げる。

「でも、どんなに小さな力でも、今私ができることをしないとね。パトリック君を見習わないと」
「そ、そんな、ボクなんて……」
「眠っている人にポーションを飲ませるために、頑張っているのよね? それは、君にしかできないわ」
「……つかぬことを聞きますが、他にヒーラーはいないのですか?」

 やはり、冒険者ギルドにはヒーラーが少ない。基より、癒しの力を持つ人間は数が少なく、力のあるヒーラーは教会が抱え込んでいる。レイラも確かに癒しの力を持っているが、力が弱すぎるから教会所属にはなれなかった。
 冒険者をしながら、いろんなパーティーと一緒に活動しているが、やはりレベルが上がるともう少し強力なヒールを使えないと話にならない。初級のヒールしか使えないレイラは、G、Fクラス冒険者や、F級パーティーまでしか役に立てず、C級以上の強いモンスターと対峙が増えると、回復量が足りずに外されてしまうそうだ。

 それでも彼女は、初心者の冒険者達がCクラスになるまでを助けてあげられるのは、大事なことだと思っている。どうしても、Fクラスの冒険者達はモンスターとの戦闘経験が少ないため、状況判断を誤ったり、無理をしたりして大怪我を負い、亡くなってしまう人間が多い。そういう冒険者達の死亡率を下げることも先輩冒険者として大事だと思っている。

「並みの冒険者よりもモンスター知識もあるなら、Fランクの冒険者からすれば頼れるヒーラーなんですね」

 そう呟いた和葉に、彼女は寂しそうに微笑み、それ以上は言わなかった。

「ところで、どんなスキルなんですか?」

 さっきの言葉を聞き逃すわけがない。好きでこんな聴力はしていないが、こういう言葉を聞き逃さずにいられるのはありがたい。
 彼女はちょっと体を震わせたが、苦笑して。

「『沸騰』というスキルなんです。私の手が触れているお水を沸かすことぐらいしかできなくて……」 
「は? それ、前衛職じゃないか??」

 え? とレイラから見られた。
 思わず口をついて出た言葉をごまかすように和葉は謝罪して、それ以上は口を噤んだ。仮にもヒーラー職の女性に教えることではない。

 この世界の神は、人類削減でも考えているのかと疑ってしまう程に危険なスキルだと思うのだが。
 スキルとして指定できる範囲すら広すぎて絶望的だ。この手のスキルを持っている悪人がいたら、殺戮したい放題ではないか?

 レイラには今日の夜から使えるレアチーズケーキ一切分を無料でプレゼントする券を渡してお帰り頂いた。チーズを使ったスイーツだと教えておく。

「今日の夜にでも行ってみようかな」

 ケーキを食べに来るついでに何か注文してくれるだろうから、酒場の収益に貢献もできるはずだ。
 ギルドを後にしたレイラを見送ってから、和葉は仕事に戻ろうとスタッフルームへ向かう途中、パトリックから服の袖を掴まれた。

「あの、さっきの話は?」
「さっきの話?」
「どうして、『沸騰』のスキルが前衛職向きなのですか?」

 カウンター近くでパトリックの疑問を聞いたケイが、汚物でも見付けたような視線を和葉に向けた。
 リーセルを残し、ケイは和葉の背をぐいぐい押してスタッフルームへ。もちろん、パトリックも側にいる。

「お前、今回は勝手に何をした?」
「レイラさんから彼女の持っているスキルの名前を聞けるチャンスがあっただけだ。特に何もしていない。というか、やったら私が死ぬ」

 ジト目が向けられた。人のスキルを玩具みたいに思っている人間だと認識されている……少なくとも、パトリックのスキルは自由性の高さから玩具っぽさはあるが。

「聞きたいんだが、君達にとって『スキル』というのは、どういう価値観を持っているんだ?」
「どういう意味だ?」
「そのままの意味だ。スキルに対して認識が甘すぎないか? 頭は大丈夫か? それとも、この国では程度の低い認識が通常運転だから、スキルの効果に着目しないのか? 自分のスキルに対して『使えない』なんて冗談じゃ済まされないスキルがあって、今心底驚いた。それとも、国民に反乱を起こさせないために国が行っている『教育』の賜物なのか?」
「教育……?」

 ケイの表情に悪寒と頭痛が来襲する。
 どう考えても、和葉の言葉に対して『意味が分からない』という表情を浮かべたからである。

「すまない。もう少しスキルに対する認識がしっかりしている国を知らないか? できれば、早いうちにその国への配置換えを願いたい」
「何でだ」
「口で言って分かるなら説明している。殺人鬼の素養がある人間が、無自覚で街中を歩き回っていると言って、分かるのか?」

 余計分からないという顔をされた。

 今ので説明が悪いようには思えない。ましてやレイラがG、Fクラスの冒険者達の守護神ポジションなら納得だ。
 だが、ヒーラー職と持ち合わせているスキルを考えれば、自力回復能力を持つ近接戦バーサーカーの方が和葉の認識には合っている。

 ケイに言っても仕方がないと、デイヴィスの元へ乗り込んだ。
 同じ話をしたら、やはり反応は芳しくなかった。
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