異世界賢者の魔法事件簿

星見肴

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2章 誘拐・融解事件

12話 取調

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 翌日、帝国軍の取り調べは昼過ぎから行われた。駐在所ではなく帝国軍本部。そこにケイも同伴してくれた。やっぱり帝国軍に従事していた人間がいた方が軍内部の移動がスムーズだ。ただ、ケイは道中に何でこんなに軍人がいるのかと怪訝そうに呟いていた。言われてみれば、いつもまばらなのに今日は人間が等間隔で配置されている。

 取調室にはオールドと数人の軍人に魔法師団員が数人。ダニエルと十代後半ぐらいの男女が一人ずつ。薄香色の髪がウェーブしている女の子の黒い衣服を見ると、昨日会った犯罪奴隷の青年を思い起こさせた。もう一人、黒い髪に赤い目の男子は、彼女同様全身黒いが、身なりは整っていて小綺麗だ。

(気のせいかな……この赤い目の子、どこかで見たことあるような……)
「えっ……」

 ケイが声を漏らす。何か、驚くことがあったようだ。

 事情聴取は昨日の録音の内容について。
 持っていかれていたマジックバッグの中身は、地下水路の地図と近隣住民からもらった食べ物、それにポイズンスライム、アシッドスライム、ビッグマウスから取れた大量の魔石。

 所持品の数を答えたり、食べ物は誰からもらっただの、地下水路掃除の理由はどうのと、尋ねられたことに淡々と答えていく。

 一番驚かれたのは地下水路掃除の範囲。地図で昨日の掃除範囲を書き示したら、一人でこんなにできる訳がないと、魔法師団の女性に結構詰め寄られた。

 それはケイが説明してくれる。和葉の使う『清掃クリーン』は規格外で、モンスターの消滅、地下水路の素材が一部脱色するなど、とにかくおかしいことを強調されてしまった。
 そこまで疑うなら水路掃除に同伴するよう提案したら、オールドやずっと沈黙している男性を除いて、随分嫌そうな顔をされた。

「君達が嫌がるものを地下水路周辺の住民は毎年のように被害を受けているのに、何で君達は掃除をしないんだ?」
「お前がやっているんだから良いだろう」

 そう言ったのはダニエルの近くにいた男の子だ。赤い瞳が無感情に和葉を見下ろす。それ、タダ働きを強要してるのと同じなんだが……。

(あっ。この声と無愛想さ、ダニエルさんがギルドの酒場に週一で連れて来るラザニア好きの男の子だ)

 いつも手袋をはめたままスプーンを握っているから、ちょっと気になっていたのだ。

「さて、事情聴取はこれで終了だ。音声は全部聞かせてもらっているし、近隣住民からもお前が地下水路掃除に入っているという言質も取れている。嘘ではなさそうだ」
(認識阻害スキルのことは黙っておこう)
「昨夜は駐在所の軍人達が君に言いがかりをつけたこと、私からもお詫びする」

 今までずっと静観していた黒髪の軍人が口を開く。若い人だけど、どこかで見たことがある気がする。

「ちなみに、脱獄事件って軍事機密ですか」
「あぁ。問わないでいただけると助かる」
「駐在所の軍人達、どうなりますか?」
「処罰が決定した。一方的な暴行、憶測による一般市民への恐喝、そして冒険者ギルドに対して行った制圧行動も軍律違反だ。ただ、彼らに下される処罰内容は控えさせてほしい」
「分かりました。確認ですが、逮捕時の暴行は許可されているますか?」
「いや、抵抗時のみだ。正確には交戦の意志を見せた時。君は犯人ではないと言い、任意同行にも応じると言っていた。それでも一方的に殴りかかったのは我々の落ち度だ。教育が行き届いていなかったことを、改めてお詫びする」

 隣でケイが目を丸くしている。暴行を受けたことは言ってなかっただろうか。
 呆れたようにオールドが眉間に皺を寄せて溜息をこぼす。

「軍全体というよりは、軍人個々人の軍規に対する意識の低さが問題だと思いますが……隣に軍人の鑑がいるので」
「おい、黙れ」

 ケイから口を塞がれた。何でだ、事実だろ。
 続けて、黒髪の軍人は和葉の私物を駐在所で保管されていることを教えてくれた。

「これから預かっていた君の私物がある駐在所へ私が同行する。申し遅れてすまない。私はマルス・ランドルフ。ケイの兄だ」
「あっ」

 和葉はくるりとケイの顔を覗き込む。見たことがあると思ったら、そういうことだ。だけど髪の色や瞳の色は全然違う。
 あまり見ないでやってくれ、とマルスは微笑んだ。

「賢者殿とようやくお会いできて光栄だ。他に、聞きたいことは?」
「いっぱいありますが、全部軍機に引っ掛かると思うので……そうだ、トラッド捜索用の張り紙、冒険者ギルドからも出しますか?」
「その判断はこちらで行う。必要とあれば、私達帝国軍から貴殿ら冒険者ギルドに要請するだろう」そうオールドが言う。
「分かりました。捜査を公開的に行う予定は?」
「ない」
「表立ってトラッドの捜査はしてほしくないということだと思いますが、もし、彼に関係する目撃情報などが合った際は、どちらへ情報をお渡しすればよろしいですか?」
「帝国軍本部へ直接来て報告を」

 分かりました、と返答して質問を終える。
 ようやく進展した。これで情報がきたら、とりあえず帝国軍にぶん投げられる。しかも、本部だ。こちらの話を聞かないまま追い返す癖に、事件の雲行きが彼らの予想と違う方面へ進んでから「何で情報を寄越さない!」と怒鳴られることは減ってくるだろう。

(でも、まだ秘密か……)

 和葉逮捕の時点で軍人達が「トラッドはどこだ」「お前がトラッドの共犯者だろう」と騒いでいた。あれだとトラッド脱獄を公言したようなものだ。鬼の首を取ったように騒いでいたし、隠し通せなくなるのは時間の問題だろう。 

 ■□■□■

 駐在所へ向かう馬車の中では、マルスから再度の謝罪を受けた後、感謝までされた。彼は仕事で遠征に出掛けていて――トラッドを含めた脱獄事件の指揮を執っていて、ケイが冤罪にかけられていた期間は帰ってこれなかったのだ。

 ランドルフ家の人間は揃いも揃って心配性らしい。大丈夫だと言っても暴行を受けたのならきちんと報告するようにと窘められた。
 私物を返却してもらった帰りは馬車ではなく駐在所から直接帰路についた。
 その帰り際、「何かあったら、いつでも頼ってくれ」と言ってくれたのは、心強い。

 帰りは徒歩で冒険者ギルドに戻ることにした。馬車を出すと言ってくれたが、それは迷惑だろうと二人で歩いて帰ると申し出たのだ。

「カズハ」

 ケイから肩を掴まれた。和葉は顔を上げる。ずっと俯いていて目の前の紳士の存在に気が付かなかった。
 一方でその紳士も、はっとしたように和葉を見て、向き直って頭を下げた。青い花が際立つ花束を抱えていた。
 グレーの髪に青い瞳を持つ彼は穏やかに微笑んだ。だけれど、どこか、苦しそうだった。
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