マイホーム戦国

石崎楢

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第107話:楓の決意、義栄の思い

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1568年8月の山城国勝竜寺城。

「暑い・・・これは暑すぎる。」

私は夏バテ気味であった。
やはり戦国時代に移ってから、栄養バランスがあまり良くない食事ばかりというのもある。
何せ、色々と食べるのが禁忌みたいなものが多いのだ。

そんな中で五右衛門や慶次と一緒に本丸の茶室で私はある物を焼いていた。

「殿さま、本当に牛が美味しいのか?」
「いや・・・確かに良い匂いがするといえばする・・・腹を刺激する匂いが。」

半信半疑の顔で唐次郎作の網の上で焼かれている牛肉を見つめていた。

「な・・・何を焼かれている?」

そこに六兵衛がやってきた。

「なんで六兵衛が茶室に来るんだよ。」
「いやあねえ・・・物凄く良い匂いがしてきたわけで。」
「マジで美味しいから。この肉は美味しいから。」

そして見事に焼けた肉に一枚ずつ塩をふる。

「殿・・・宇陀でよく食べていた牡丹やもみじとは違うモノに見えますが?」
「そうだよ、牛・・・牛の肉。」

それを聞いて固まる六兵衛。

牛・・・あの牛か・・・牛なのか・・・

「勝政様、俺もそう思うんだけど。」

五右衛門は疑いの目を絶妙に焼成された牛肉に向けたまま。

「いや・・・俺は多分・・・美味しいと思うんだ。山田の殿様・・・むぐッ!?」
言いかけた慶次の口に私は牛肉を無理やり押し込んだ。

「うーーまーーぁぁあいいいいぞおおおおおッ!!」

そのリアクションに驚く五右衛門と六兵衛。
二人は顔を見合わせると目をつぶって同時に口に肉を放り込んだ。

「な・・・なんだ・・・これは・・・」
「口の中でとろける肉・・・この溢れ出る汁・・・。」

山田家屈指の剛の者たちがとろけるような顔を見せている。

「やはりこの時代は食べものが悪いんだよね。長生きしない人が多いのもわかるってことだ。牛肉は長寿の秘訣だから食べるべきなんだって!!」

自慢げに語る私であった。


数日後、勝竜寺城城下町に一軒の料亭が開店した。

『薬膳料理やまだ』

あまりに高い値段設定で開店当初は全く客足が伸びなかった。
というか客ゼロ・・・禁忌の牛肉を使うために薬膳料理という名でカモフラージュしたのに。
私は料理長に扮して肉を焼いていたが、自分で焼いて食べる日々が続いていた。
そんな時、一人の男の来店が店の運命を変えるのである。

その男はルイス・フロイス。
キリスト教布教の為に日本に滞在している宣教師だ。
私に会うために城下に姿を見せていた。

ナニヤラ・・・ナツカシイニオイガスルミセデスネ・・・

フロイスは暖簾をくぐり扉を開けた。

「いらっしゃいませ。本日は何名様でしょうか?」
「ヒトリデスヨ。」
店員の美しい娘の接客を受けたフロイスはカウンター席に座った。
彼女は真紅の伊賀時代の配下であった伊賀下忍のひよりというくのいちである。

「いらっしゃいませ。」

私はカウンターに立つとお品書きを渡した。

「シオ・・・ショウユ・・・?」

「かしこまりました。」

私は肉を焼きはじめた。

アノ・・・ナンカカッテニオーダーガトオッテマスケド・・・

そして出てきたのは焼肉と蒸し野菜であった。

肉を一口食べるとフロイスは涙を流し始める。

deliciosoデリシオーソ・・・(美味い)」
obrigadoオブリガード。(ありがとうです)」
「!?」

フロイスは私の返答がポルトガル語だったことに衝撃を受けたようだ。

一応、まかりなりも商社マンであり出世コースの海外勤務には縁がなかったが、私は英語とポルトガル語を話せるのだ。大学時代に第二外国語でポルトガル語を選択したのがきっかけである。

この日を境に毎日のようにフロイスは『薬膳料理やまだ』に姿を現すようになった。
それに伴い、キリシタンの方々も続々と来店するようになり、たちまち繁盛店へと変わっていった。


そんなある日のこと、久々に二条御所に私はお呼ばれされた。

「大輔殿、勝竜寺城下の薬膳料理の店とやらが評判のようじゃな。」
将軍足利義栄は背中に違和感を感じている素振りを見せていた。

「はい。義栄公のお耳にまで届くとは光栄です。」
頭を下げる私であったが、

「大輔殿に会わせたい者がおるのじゃ。」
義栄の声と共に現れたのはフロイスだった。

não posso acreditarナゥン ポソ アクレジター・・・!?(信じられない)」


~ここからはポルトガル語表現なしです~


「あの料亭の料理長が山田大輔様だったとは・・・。」
「いやあねえ・・・殿様生活もしんどいのよ。」

私とフロイスが顔馴染みだったことで盛り上がっている中、義栄が口を開いた。

「ワシはここのところというかかなり前から身体の調子が悪いのじゃ。今度、ワシも世を忍んで料亭とやらに行かせてもらうぞ。」


私の代わりは誰にしようか・・・
色々と考えていたところで頭に浮かんだのは楓であった。
宇陀川城時代に朋美と一緒に猪やら馬を捌いていたからだ。


そして数日後、義栄がフロイスと数名の護衛を伴って『薬膳料理やまだ』に入店した。
私は光秀と重治と共に店内で待ち受けていた。

・・・本物の・・・将軍か・・・

竹中半兵衛重治は緊張を隠せない。


「いらっしゃいませ♪ どうぞ、お品書きでございます。本日のおススメは近江でございます。」
楓が満面の笑みで義栄たちを出迎えた。

そのとき、義栄は思わず固まってしまった。

なんと・・・なんという・・・美しい女子じゃ・・・


凝視する義栄の視線を感じると楓は微笑みで返す。

殿が将軍に好かれるためなら・・・何だってします。


絶品の焼肉を堪能しながらも義栄はただ楓にばかり目を向けていた。
そして帰り際に私にこう言い残した。

「あの女子を一度御所に連れて参れ・・・頼む。」


その日の晩、勝竜寺城大広間。
私と家臣団、そして楓が集まっていた。

「多分・・・義栄公は楓殿を見初められたと思われます。」
光秀が言う。
「わたしもそう感じました・・・。」
楓はそう言うと私を見た。

「ムムム・・・そうか。でもなあ・・・私にとって楓は実の娘のような存在なのだよ。」
私も楓を見つめ返した。

「好機でございますな。」
そのとき、重治が口を開いた。
「まさか・・・竹中殿・・・貴公の考えは・・・」
六兵衛は立ち上がると、重治の胸倉を掴む。

「滝谷様。その考えが浮かぶのであれば本当のところはわかるでしょう。」
その言葉を受けて六兵衛は手を離した。

「楓様を殿の養子にして、足利将軍家と繋がるということが私の考えです。」
重治はそう言うと楓を見た。

「ダメだ・・・それじゃ楓が幸せに・・・。」
「いえ、わたしは十分に幸せです。」

反対しようとした私を遮るように楓が口を挟む。
確かにその笑顔は全く悔いのない、後ろめたさも感じられないものであった。

「元よりわたしは九鬼のくのいちであり、穢れを知らぬ乙女ではございません。それが殿に拾われてからはあまりにも幸せな日々でございました。」

楓の言葉にその境遇を知っている六兵衛は思わず涙ぐむ。

「更に此度は天下の将軍様に・・・殿のためになるのだから・・・こんなに喜ばしいことはありません。」

楓は私の手を握りしめた。
鍛冶仕事で火傷だらけの手のひらだがそこから十分に気持ちが伝わってくる。

「楓・・・。」
「義父上・・・。」

思わずこぼした楓の一言、私は強く抱きしめた。
光秀以下家臣団は大広間を静かに出ていく。


「私は私自身に嫌悪感しかありませぬ・・・。」
重治は寂しげな表情を浮かべていた。

「いや・・・誰もが楓に頼ろうとしていた・・・竹中殿は悪くはない。私こそ取り乱してすまなかった。」
六兵衛はそんな重治に頭を下げる。
光秀たちもただ複雑そうな表情で大広間を振り返るだけであった。


そして1568年8月25日、山田大輔の次女山田楓は将軍足利義栄の側室となった。
後世に伝わる新たなる歴史書にこう書き記されるのである。


二条御所の義栄の寝室。

楓は覚悟を決めて義栄の後ろに控えていた。

「楓・・・ワシの服を脱がせてくれぬか?」
「はい。」

上半身裸になった義栄の背中を見て楓は言葉を失う。

「これがじゃよ。」

義栄は寂しげな笑顔で楓を見つめる。
いたたまれなくなった楓はそのまま義栄を抱きしめた。

「そなたの手は・・・苦労したのじゃな・・・生きるために・・・」
義栄は楓の手を握り締める。
しかし、そのあまりの力の無さに楓は思わず涙を流し始めた。

「もうワシの下には正室もおらねば世継ぎもおらぬ。一人で死ぬのが寂しいのじゃよ。」

腫れ物まみれの背中を晒しながら義栄も涙する。
すると楓はそのまま義栄の頭を膝に乗せた。

「今宵からわたしがずっと側におりますよ。」

その言葉を聞きながら、義栄は楓の膝枕に笑みを浮かべて眠りにつくのであった。
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