マイホーム戦国

石崎楢

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第174話:織田家対決の序曲

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1569年9月2日、山城国勝竜寺城。

「おぎゃあ!! おぎゃあおぎゃあ!!」

本丸の一室に元気な赤ん坊の泣き声が響き渡る。

「よく頑張りましたね、市姫。」
「次は真紅さんの番ですよ・・・」
やつれながらも笑顔のお市は目に涙を浮かべている真紅と手を取り合っていた。

遂に岳人とお市の子が無事に生まれた。とても元気な男の子である。
このことを受けて、大広間では家臣団が慌ただしく動き回っていた。


「孫か・・・この年齢で孫ができるとは思わなかったな♪」
私は岳人とお市の子である大輝(だいき)の姿に心が癒された。

「義父上様、大輝とは岳人がお付けになった名・・・。播磨に行く前から決められてたのです。」
お市が愛おしそうに大輝を抱く姿。かつて朋美が美佳や岳人を産んだ時のことを思い出す。

「すまないね。こういう時に岳人が側にいないとは・・・」
「何をおっしゃられるのですか。殿方は戦があるならばそちらを優先するものですよ。」

そうだった・・・この時代は戦国時代なのだ・・・

お市の返答に改めて実感する。育休も何もない・・・男尊女卑という古き文化がそのまま根付いている。

私はそのまま茶室にいる真紅の下へと向かった。
その一室で都の方角を向いて真紅はお腹をさすりながら座っている。

「真紅。どうだ?調子は悪くないか?」
私の言葉に笑顔でうなずく真紅。

「ただ一つだけ懸念がございます。」
「なんだ?」

「このお腹の子でございますが、朋美様の御子とほぼ同じ頃に生まれるかもしれません。どうされますか?」
「どうするとは?」
「やはり正室と側室では立場が違います。ただこの子は無事に育って欲しいのです。」

不安げな表情を見せる真紅。

「大丈夫だ。私が絶対に守る。」
「嬉しい♥」

寄り添ってくる真紅を抱きしめると私は大広間へと向かうのだった。


信濃国木曽福島城。
武田信玄の敗北は信濃国中にも伝わることとなっていた。

「なんと・・・あの名だたる名将たちが・・・討死とは・・・」
木曽福島城城主木曽義昌は家臣たちを集めて評定を始めていた。
信玄の娘を娶った義昌ではあるが、義理の親子というよりは単なる主従関係に等しく母や子を人質として甲府に差し出していた。

これは良い機会かもしれぬ・・・この木曾家の復権への良き兆しだ。

「上杉の下におる村上義清殿、小笠原長時殿、そして諏訪の頼豊殿に使いを送るのだ。」
「遂に信濃国の復権の時ですな・・・」
「関東管領殿(上杉輝虎)のお力添えも必要じゃ。そのあたりの旨も村上殿、小笠原殿に伝えるのだ。
「ははッ!!」

家臣団が慌ただしく動き始める中、木曽義昌は本丸の館から甲斐の方角を見つめる。

「力だけで万事上手くゆくと思っておったか・・・信玄。我ら木曾家は始まりと謳われる木曾義仲公の過ちを胸に刻んでおる。」


しかし、この機会に乗じて動き出す勢力があった。
飛騨国の姉小路頼綱は三千の兵を率いて木曾谷へと進軍を始めていた。
名目上は姉小路軍ではあるが、その総大将は織田家家臣金森長近。

あまり気乗りせぬがな・・・上杉が絡んでくると相当厄介なことになるぞ。
殿は国力の増強に勤しんでおられるが、美濃国だけでは限界というのもわかる。
ワシならば近江の浅井を蹴散らして越前か越中へと進出するが・・・

「金森殿、殿のお考えは絶対ですぞ。」
同行している森可隆がそんな長近に釘を刺した。

「わかっておるわ・・・失敗は許されないということもな。」

とは言うものの金森長近は以前から勘付いていたことがある。
信長が以前よりも穏やかであるということ。別人のような佇まいを見せることが多いこと。
何故か尾張国を全く攻めなくなったということ。


「佐久間信盛様、殿の御様子が以前と比べましておかしいと思われますが・・・」
重臣の佐久間信盛に進言するも

「五郎八(金森長近)は余計なことは考えんで良い。」

その一言で終わってしまい、今回の遠征へと繋がったのだ。
そしてこの森可隆は間違いなく監視役。

死ねという訳ではないが、似たような意味合いもあるのだろう。

こうして信濃国にも戦火が再び広がっていくのであった。


所変わって尾張国清洲城。
大広間では織田信忠を囲んで家臣団が集結していた。

「徳川殿が駿河を得たか・・・さすがだな。」
木下藤吉郎秀吉は報告を受けると笑顔を見せる。

「武田はこれで甲斐に引き籠らざるを得なくなった。藤吉郎、次はどうなると思う?」
前田又左衛門利家は家臣団を見回した後で秀吉を見た。

「信濃だろうな。信濃国を巡っての争い。武田の敗北はそれぐらい大きいぞ。そこに上杉や信長様も絡んでくる。」
秀吉はそう言うと弟である小一郎秀長に目配せをした。
静かにうなずくと秀長は地図を広げる。

「いずれは信長様と決戦せねばなりません。その姿が偽りであることがわかれば柴田様などもこちらに寝返るでしょう。」
「どうかな・・・これには佐久間信盛が一枚も二枚も絡んでおるだろう。柴田殿は佐久間信盛だからこそ下につくが藤吉郎の下につくことなど考えられぬだろう。」
秀長の言葉に対し丹羽長秀は首を横に振る。

「私は柴田殿が望むならこの立場などいくらでも譲るが・・・」
「柴田殿では我が殿を支えられぬだろう。戦三昧で自滅だ。」
長秀は秀吉の言葉を遮った。

「そこまで義理立てする必要はなかろう。ワシは鬼柴田殿よりは藤吉郎の方を買っておる。割と新参者のワシではあるが、おぬしならばいずれは織田家を背負って立つと思っておる。」
武藤舜秀はそう言うと稲葉山城にバツ印をつけた。

「ワシは信長公だからこそ織田に仕えた。そして今は信忠様のもとにおる。それはおぬしらが言う通りであると確信したからこそ。あまり時間をかけると手遅れになるぞ。」
「稲葉山城を攻めろということか・・・」

丹羽長秀は稲葉山城を黒く塗りつぶす。
二人は顔を見合わせると秀吉を見た。

「我らの兵では足りぬ・・・そうか・・・また大輔殿に借りをつくってしまうことになるか。」

秀吉はそうつぶやくと嘆息するのだった。

覚悟は出来た・・・だが・・・本当に私は信長様を討てるのであろうか・・・


武田と徳川の決戦に続いて信濃で、そして尾張と美濃で大きな戦いが始まろうとしていた。
更にそれ以上の衝撃がこの1569年に待ち受けているはもちろん誰も知らないのである。


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