マイホーム戦国

石崎楢

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第183話:新しい命

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1569年12月、大和国多聞山城。

「おぎゃあ、おぎゃあ、おぎゃあ・・・!!」

甲高い赤子の泣き声が本丸御殿に響き渡る。

「まさかね・・・この年で・・・三人目か・・・戦国時代様様ね・・・」
「よくやったよ・・・よくやったよォォォ・・・朋美!!」

私は朋美の手を強く握りしめる。

「名前はどうするの? 男の子よ・・・。」
「そうだね。朋美が決めていいよ。岳人も美佳も私が決めたし・・・任せます。」

朋美は私の言葉を受けて考え込む。まさか決めていない?
正直言うと、私は男の子、女の子でそれぞれ名前を考えていた。

「男の子ならこうかな・・・」
朋美は紙と筆で名前を書いた。

なんだ・・・亜門人?

「あもっとよ♪ 亜門人と書いてあもっと。やはりリヴァプールの残虐王の最高傑作は『ハートワーク』だし。」

おいおい朋美さん、戦国時代でまだデス引きずりますか?

「え? 不満なの?」
「いや・・・ちょっと当て字過ぎませんか? 戦国時代にキラキラネーム気味なのはどうかと・・・」
「うそ? 女の子だったらキンバリー・・・」

やめてくれ・・・カッコいいけど・・・それはイカつ過ぎますから・・・今度は北欧メタル?

「そうね・・・冗談は程々にして宗孝(むねたか)なんてどうかしら?」

なるほど・・・朋美さんは大学時代は軽音でメタル叩いていたのね。確かに最高のドラマーだけど。

「なんてね・・・本当はこうよ・・・朋大(ともひろ)。朋美の朋と大輔の大で朋大・・・いいでしょ?」
「最高だ・・・最高の名前だよ。」

岳人のことで気が滅入っていた分、心が癒される瞬間であった。
大広間に戻ると六兵衛と大雅の姿があった。
何となく彼らの言いたいことはわかっている。

「勝秀を討ったあの男が岳人様と共にいるということ・・・」
「さすがに私も冷静でいられませぬぞ。」
「ですが、その前に殿、おめでとうございます。」
「私にも子種の秘訣を・・・」

六兵衛と大雅の性格が良く出ている・・・

「済まない・・・幕府は岳人を美濃国守護に任命する方向で話が進んでいるのだ。私には止めることが出来なかった。これまでの岳人の軍功が評価されている。」
私にはそのように言うことしかできなかった。


多聞山城大手門裏の廟の前で美佳が手を合わせていた。

「美佳・・・生まれたぞ・・・元気な男の子だ。名前は朋大だ。」
「良かった・・・あたしの祈りが通じたかな・・・」

そう言うと美佳が私に抱きついてくる。
やはり可愛い娘なので嬉しいものだ。こういう無邪気さが戦国の世で癒しなんだよねえ♪

「でも弟か・・・もうすぐ真紅さんとパパの子も生まれるんでしょ。いきなり弟二人か・・・なんか複雑・・・嬉しいけどね。」
美佳の口からは岳人の話が一切出なかった。
九兵衛のことがあるのはわかっている・・・私からも話を振ることはできない。

「そういや慎之介に続いて源之進も結婚するみたいね。しかももみじちゃんでしょ。2人とも美形だから子供が楽しみよね。」
「そうだな・・・ところで美佳は・・・あの・・・その・・・どうなんだ?」
「・・・聞くな・・・」

はい・・・すいません・・・

「まあ・・・ママはすみれとれんかがいるから安心よね。真紅さんの出産のときはあたしも都に行くよ。お市のことも心配だしね。」
「そうか・・・優しいな美佳は。」
「こういう気持ちが岳人あのコにも伝わればいいのにね・・・」
「そうだよな・・・」

たまには娘と二人きりの時間も必要だな・・・ちょっと私は戦国時代に染まり過ぎていたのかもしれない。

私は美佳の頭を撫でながらそう思うのだった。
そして三日後の夜にまた朗報が多聞山城に届いた。


「真紅様が御子を御産みになられました。ご立派な男の子でございます。」
「なんと・・・また男の子か・・・」
喜びつつ戸惑う私に朋美が声をかける。

「あなた・・・すぐにいってらっしゃい。真紅さんは初産でしょ。美佳も行きなさい。」


こうして護衛を引き連れてすぐさま勝竜寺城へ向かった。

「おぎゃあおぎゃあ・・・おぎゃあおんぎゃあ・・・」
かなり元気な赤ちゃんとやつれきった真紅の姿。

「殿・・・この子の名前をお決めになってください。」
真紅の言葉に

「うむ・・・」
夜通し駆け抜けてやってきた私の目に、夜明け前の暁の空が目に入った。

「暁の人と書いてあきと・・・暁人と書く。こういう字でどうだ?」
私は筆を取ると紙に名前を記して真紅に見せた。

「なんという素敵な名前・・・」
感動する真紅。本当は私は違う名前を決めていたが、何故かこの名前が思いついた。

「いいじゃない・・・暁人。よろしくね、あなたのお姉ちゃんよ。」
「へむ・・・」
美佳の言葉に手をばたつかせる暁人。


大広間では、その光景をなずなから伝えられた重治が景兼とうなずき合う。

「これで何があろうとも山田家は安泰・・・朋大様と暁人様は命に代えても守らねばならぬ。」
「はい・・・官兵衛殿から芳しくない知らせも届いております。いずれ・・・何年先か何十年先かはわかりませんが、それ相応の覚悟が必要かと・・・」

やはり・・・若君は・・・

なずなはその会話を聞きながら唇を噛み締めている。


「みずはが敵と内通している? 馬鹿なことは言わないで・・・」
もみじが勝竜寺城に戻った際に聞かされた話。

「・・・みずはは若君と関係を持っている・・・これも真実よ・・・」
「そんな・・・市姫様が御子を御産みになられた最中に・・・側室でもなく・・・」
「もしかすると・・・この手でみずはを・・・」
「もみじ・・・」
涙を浮かべて語るもみじの姿がなずなの脳裏に焼き付いて離れなかった。


「どれくらいまで静観されますか?」
黙っていた明智秀満が口を開いた。そして景兼と重治を見つめる。

「若君が美濃国守護として任命されれば我らに危害を加えるまで動けないだろう。そして若君は間違いなく畿内には手を出すまい。尾張の織田か、大御所様を失った伊勢の北畠か・・・」
景兼はそう言うと大きなため息をついた。

「我らの同盟国・・・殿には苦渋の決断をして頂かねばなりません。信義を取るか、情を取るか・・・。いえ・・・信義を取って、情を捨てていただく覚悟を・・・」
重治の言葉を受けて秀満はつぶやく。

「兄上がお聞きになれば悲しむことでしょう。」
「明智殿にもご相談いたしたいところだが・・・」
「いえ・・・兄上もこの場におれば疋田様を同じ考えだと思いますぞ。」
「そうか・・・」

秀満の言葉に少しだけ救われた気がした景兼であった。


数日後、美濃国稲葉山城。

「そうか・・・弟たちが生まれたか・・・嬉しいじゃないか。」
岳人は勝竜寺城からの使者の報告を受けて満面の笑みを浮かべていた。
そして本丸館から改修中の天守閣を見上げる。

「・・・」
大広間では無言の考高が地図を広げている。

「良い流れだよね。武田がまさかの徳川に敗北。信濃の木曾谷は義兄上も欲しがっていた場所なんだよね。でも尾張には海がある。飛騨の姉小路、近江の浅井・・・選り取り見取りだね。そう思うだろ?官兵衛。」

確かに・・・若君の言われる通りだ。この美濃国の今の立ち位置からすれば兵力さえ整えば・・・

考高の視線の先には旧斎藤家家臣団が並んでいる。
稲葉重通、貞通兄弟、氏家直昌、安藤守就の息子である安藤郷良、長井道利や不破光治といった斎藤家の名将たちも姿を見せていた。

「近々、都から私に美濃国守護任命の使者が訪れます。これで美濃国は安泰でしょう。」
岳人の自信に溢れた態度に、旧斎藤家家臣団の面々の顔からは自然に笑みがこぼれていた。

「ただ言っておきたいこともあります。私は父と同じく戦のない日ノ本を願っておりますが、その為には手段は選びません。父ほど甘くはないと思ってください。」
岳人の真剣な眼差しが経験豊富な旧斎藤家家臣団の心を動かしていく。

若君は人心掌握まで心得ているのか・・・

考高は岳人をチラ見する。しかし、岳人は気付かぬふりをするのであった。

激動の1569年もようやく終わりを告げようとしていた。
そんな中、静かに野心の火を燃やす岳人であった。
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