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16結婚した王子様α
しおりを挟むフィオナside
「はい、こちらでおしまいですわ」
「お疲れ様。あぁーもう三日も執務室に篭りっきりだったのよ!癒しが欲しい!腰が痛い!足がむくんで像のよう!」
「まぁ……姫様、夜にそれを言ってくださらないのですか?」
「しくじったわね。そうします。聞かなかった事にしてちょうだい」
執務官の制服に身を包んだ、小さな頃からずっと一緒にいる彼女はふんわりと優しい微笑みを浮かべる。
彼女はローゼリア。この国の第三王女である私の運命の番であり、仕事でも人生でも唯一のパートナーだ。
生まれてすぐに運命の番を得た私は、長年彼女と共に暮らしている。書類を手に取ったローゼリアの細い肩から流れる金糸が目にとどまり、思わず手に取って口付ける。
生まれてこの方自分の人生について疑問に思うことも、寂しく思うこともなく満たされていたのは彼女のおかげだった。
私のキザな振る舞いに頰を赤らめた愛おしい人は、青の瞳を泳がせて目線を逸らした。いつまでもウブで可愛いのに、大胆なことを言うのが堪らないわね。
「夜が来るのが待ち遠しいわ。この後の予定はないから、ゆっくりしましょうか」
「……かしこまりました。お茶でもいかがです?」
「お願いするわ。そうだ!あの子が作ったキンモクセイの蜂蜜漬けも持って来てくれる?」
「そろそろフィンレー殿下に苦言をいただきそうなほど、消化してらっしゃいますよ」
「仕方ないわよ、ジャムより美味しいんだもの。あんなふうに使うなんて知らなかったわ、薔薇のジャムは試したことがあるけれど。どちらも香り高くて、とっても甘くて毎晩いただきたいくらいよ」
「…………お茶を、持って来ます」
耳まで真っ赤に染めたローゼリアは執務室を慌てて出て行く。ふふ、そうね……薔薇のジャムは、ベッドの中でローゼリアとしか口にしないものだから、想像したのでしょう。
とすると、さっきの発言はヤキモチかしら?本当に可愛い人だわ。
ほくそ笑みながら窓を開けて庭を眺めると、温室に向かう兄とようやく結婚式を済ませたばかりの新婚さんが歩いているのが見えた。
緑に囲まれた兄上はとても優雅に見える。筋肉質で硬そうな体なのに、服を着ると洗練されて見えるのはなぜかしら?
ジェラルドみたいにゴツゴツしているはずなのに。
その兄に手を取られた奥様……この城に来て一年が経とうとしているノアは、白い柔らかなブラウスとパステルパープルのサプリナパンツを着て軽快な姿だ。
線が細いのもあるけれど、あの子は全体的な色素が薄くて妖精さんみたいなの。灰色の髪は陽の中でシルバーに輝き、月の灯の下ではしっとりとしたシルクのような光沢を持つ。瞳の色はフィンレーのバースストーンと全く同じグレーアメジストだった。
兄が番を見つけたのは、本当に奇跡だったわね……。生まれも育ちも別世界だったから、堅物の彼が近寄るはずもない場所にいたんだもの。
あの子には家族もおらず、心を許せる人は最近下女になったオリビアだけだった。
私たち王族は、市井に必ずコネクションを持っている。内実を知らなければ施政などできないもの。
ノアはそれを持たないはずだったけれど、仲良しのオリビアがその全てを持っていた。尚且つ『私は王の所有物になりません。ノアだけに仕える』と……陛下に正面切って言い放つほどの傑物だ。
裏社会にも精通し、外国の商人にも伝手があるオリビアはノアの懐刀と言ってもいい。現実問題として、ノアが考えつく環境改善の策は彼女を介して瞬く間に城下を潤した。
お金をなるべくかけず、誰にでもできる方法で生活の小さなことから始めるのだけれど。例えば下水の浄化なんてとても驚いたわ。
街が抱える小さな問題を解決したら、実は大きく国全体に関わる問題だったりするのよね。
あの子は、無垢で可愛いけれど……蓋を開けてみればとんでもない逸物だったの。始まりからして王家の失われた秘宝の金木犀を取り戻して、反乱を企てていた一派を争いもなく抑えてしまったのだもの。そうなってもおかしくはなかった。
「あら、仲良しご夫婦がいらっしゃいますね」
「まぁっ、戻ったならそうおっしゃい!びっくりするでしょう」
「私の足音がお分かりになりませんでしたか?近頃武術の鍛錬を欠いていたのではありませんか?」
「もぉ……聞こえてるわよ。あなたの『ごめんなさい』が聞きたかったのに」
片眉を上げて生意気そうな顔を浮かべたローゼリアは微笑み、紅茶のカップを手渡してくる。
暖かい湯気の中には薔薇のジャムの香りが漂っていた。やっぱりやきもちだったみたいね。
「ノア様はびっくりするほど有能な御仁でしたね……生ゴミを発酵させて肥料にしたら下水が綺麗になり、川が甦り、病人が減りました。驚くべき革命です」
「そうね、肥料は本来牧畜由来だけれどこの国には牛が少ないわ。だから野菜の育ちが悪かったのよ。国内の自給率も上がり、貧困が減った」
「牧畜といえば毛糸もそうですね、羊の毛があんなに金をもたらすなんて驚きました」
「ウチは羊ばかりたくさんいるから、毛刈りの時期になると一斉に流通して価格が暴落する……。
出荷の時期を刻むためにすぐに市場に出さず、綺麗にお掃除してから糸にすれば品質が上がった。作業が増えて雇用も生まれ、少しずつしか出せなくなった上質な毛糸は需要が増えた」
「少し考えれば思いつきそうで、今まで誰もしなかったことが出来るのは天才と言えるのではありませんか?」
「間違いないわねぇ、あの子何も教育を受けてこなかったのに……センスがあるのよ。それから、努力する才能も」
「王妃様は最近ようやく質問攻めから解き放たれて、ほっとされてました」
「あなたは知らないでしょうけど、あれは凄いのよ……質問を返している間に瞬間的に理解して、深掘りして行くのだから。私たちはまだまだ無知だと自覚せざるを得なかった」
「ふふ、生徒が先生を教育すると言う、いい例でしょう」
本当にローゼリアの言う通り。教育をつつがなく終えた彼は放っておけば勝手に仕事をしてくれるから、本当に素晴らしい人材と言える。
王室の人間としても認められ、今現在抱えているのは夫婦間のものだけになった。
「医師をまた変えたと聞いたわ」
「はい、そのようです」
「今度こそと期待してしまうわね。あの子は、兄上の子が欲しいの……貴重な宝石も、素晴らしい織物も、豪華な食事も何も欲しがりはしないのに」
「……お気持ちは、わかります」
「あなたも私も苦労したものね、女の子同士だから」
「はい」
タイミングよく隣の部屋から元気な泣き声が聞こえて、私たちの三番目の子が乳母に抱えられてやって来た。
小さな命を受け取り、私は心の奥底から広がる幸せな気持ちを噛み締める。
この幸福が……あの二人にも早く訪れてくれたら。
平和な国を統べる王室の悩みはただ、それだけだった。
━━━━━━
「第二王子の奥方様にご挨拶申し上げます」
「あ……はい」
廊下の先で、低い声とノアの可愛い声が聞こえる。低い声は……騎士の一人。
とても失礼だわ。この場合は『ノア第二王子妃』と言うべきでしょう。
これは『フィンレーのおまけだ』と正面切って言っているようなものだ。
正しい教育で礼儀を身につけたノアはオリビアと佇み、困惑した表情になった。
そうね……そもそも一騎士が王妃殿下に直接声をかけることはない。用事は下女のオリビアに伝えるべきだし、あんなふうに許されてもいないのに顔を上げて見下ろすなんて。
お腹の底にちくちく虫が発生して、私は頭に血が上るのを感じた。すぐそばにいるローゼリアはすでに真っ赤な顔をして怒っている。
私の奥様は感情の起伏が激しいから、怒る時はあっという間にこうなるわ。可愛いけれど……少し様子を見ないと。
ローゼリアの手をとって優しく握ると、彼女はノアに視線を残したまま力強く握り返した。
「あのぉ、どちら様ですか?ノア第二王子妃様に直接声をかけられるほどのご身分の方は、私が知ってるはずなんですけど?」
「オリビア……」
「姫様は口を開く必要はないんですよ。一介の騎士が声をかけるなどとってもとっても珍しいことですから。さぞ火急の用事なんでしょうね?」
「え、えぇと……ただ、俺は」
「俺?」
「わ、私は男女の定まりを覆す妃に一言言いたいと思っていたのだ」
「……男女の定まり、とは?」
ノアは所在なさげにしていたけれど、騎士の言葉に眉を顰めて反応を返してしまう。火種を持って近づいたクソ野……失礼な男はニヤリと笑みを浮かべた。
「男は女と夫婦になるべきです。男同士で結婚するなど……」
「あぁ、そう言う主義の方ですか?第二性のダイナミクスについてのお勉強をされていない、とか?」
「しています!その上でオメガであれば男同士でも女同士でも子が成せるなんて、穢らわしいでしょう。
男は女と対になるべきであり、同性同士が番うなどおかしいことです」
「なるほど、そう言った宗教がありましたね。同性同士が結びつくべきでないと。ただそれは太古の昔に生まれた主義で、第二性のダイナミクスがなく……男性の出産が不可能な時代の物だと記憶しています」
「いえ、例えそうであったとしても――」
背筋を伸ばしたノアは自説を捲し立てる騎士に怯まず、凛として対応している。オリビアは後ろに下がり、腕を組んで男を睨みつけた。
「まだいるんですね、ああ言う人」
「そうね、絶滅危惧種だとは思うわ」
「……私たちの事を見て納得しているのだと思っていました」
「ああ言う輩は何を見ても聞いても魂に響かないの。自分が欲しい音だけ拾うのだから」
私たちはため息を落とし、鼻息荒くノアに反論する彼を眺める。
廊下の角にはアナスタシアとジェラルドが控えており、反対側の角には兄上の服の裾が覗いて見えた。
ここは沈黙すべきかしらね。ぶん殴ってやりたいけれど。
「お分かりになりましたか!?」
「……うーん?いまいちピンと来ませんね、あなたの主張は実質的な現実を見ていないように思います。そう言う考えを持つことは自由だと思いますが、僕にそれを伝えてどうしたいのですか?」
「ど、どうとは……」
「あの、まだ僕が質問していますよ。あなたは目的があって話しかけたのでしょう?主義主張があるとして、違う考えを持つ人に納得してもらえる原理をお持ちでない。
そもそもの話〝自身の常識が全ての人類共通項であるべき〟と言う考えはどこから出て来ましたか?」
「…………」
「いい機会なので教えて下さい。とても不思議に思っています。譲れない主義を持っていても、僕があなたの立場なら口には出しません。
正しい、正しくないは本人が決めることです。他人にまで自分の正義を強要してしまうのは、自己中心的な考えではありませんか?」
「正しくない行いを、王室がするべきではないと言いたいのです」
「なるほど。それではもう一度お聞きします。その考えが正しいと言う根拠は?
現代では同姓の結婚でも子孫は生まれます。王室でも前例がありますよ」
「…………」
「もういい?一介の騎士が話しかけていい人じゃないのよ。応えてもらっただけでもありがたいと思いなさい」
「…………じゃないか」
ノアとオリビアが背を向けると、やり込められた男は下を向いたまま小さく呟く。
「あんたには、子供ができないじゃないか」
呪いのようなその一言を放った瞬間、私は足が勝手に動き出す。突然姿を現した私に驚き、クソ野郎は膝をついた。
「あら、王族に対する礼儀はご存じなのね?クソ野郎でも」
「……は?」
私の激昂を見た廊下の角にいる面々は額を抑える。だかしかし、もう我慢する気はない。ノアが今一番思い悩んでいる事を不躾に叩きつけた……この卑怯者には手加減しないわ。
「ごきげんよう、同性婚で三人も子供がいる第三王女のフィオナと申します。
あなたはどちら様ですの?オリビアも、ノアも、私も存じ上げない顔ですけれど?」
「……あ、は……はい」
「その服装からして王城近衛に違いないわね?ノアにそのような無礼を働くところを見ると、フィンレーの直轄ではない。――ローゼリア?」
「はい。第一王子殿下は現在謁見の間におわします」
「そう。とても都合がいいわ、大切なお話があるのよ。あぁ、そこのクソ野郎もついていらっしゃい。逃げたらジェラルドが首を刎ねますからね」
「……」
「私は他の王位継承者より優しくないし、寛大な心も持ち得ない。特に、最近できたばかりの弟に関しては、とっても心が狭いのよ」
「第一王子直属近衛、末端の十二小隊所属のザガン殿。ちょうど皇帝陛下も王妃様もいらっしゃるお時間ですから、タイミングは最適かと存じます」
「ローゼリア、あなたの美しい唇が載せていい名前ではないわ。それこそ穢わしい」
「そうですか?では『クソ野郎』参りましょうか」
顔を青くした男の襟を摘み、ローゼリアと共に引きずって私たちは歩き出す。
背後では兄上達に囲まれて苦笑いしているだろうノアの顔を思い浮かべながら。
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