竹刀と私の包帯と

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キッカケは人それぞれ

まとわりつく負

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「……こうして、私は学校に行くことが無くなっちゃったのです。それから、私は学校の生活を無くした分、家事を中心にお姉ちゃんを支えていくと決めたのです」

「なるほどね~。それであの料理スキルってわけか。納得」



 加奈の話を聞き、私が最初に思ったのは敬意だった。

 本人は負けたと言っていたが、これも歴とした立ち向かい方だ。

 加奈のお姉さんが凄すぎて霞んでしまうが、加奈が選んだ道も私は歩んで行けそうにない。この姉妹は、誰にも文句を言われないほどしっかりと努力をしているのだ。

「家で勉強をしたり、定期的に学力測定とかしないといけないのはありますが、それでも昔より遥かにお姉ちゃんの援助が出来ていると思えるので、気持ち的には物凄く楽になりました」

「しっかり支えられているみたいだな」

「うん。でも、お姉ちゃんは家事の時間を全て勉強に向けてしまって、一切休憩時間が増えることはありませんでした」



 加奈としては、家事の時間を自分が請け負って、お姉さんに休みをあげたかったのだろう。だが、話を聞いている限り、そんなことでお姉さんが休むことが無いだろうことは明らかだ。

「お姉ちゃんを休ませるには、どうすれば良いんでしょうか」

「お姉ちゃんはいつも勉強してるみたいだけど、学力はどれくらいになるの?」

「合格ラインCですね」

「うわ……微妙……」

「勉強する前は偏差値35でした」

「それは著しいな」

 お姉ちゃん、約二人分の学力になるんじゃないか?

「けど、元々勉強が苦手だったからこそ、そろそろ休まないと体を壊しかねないよなぁ」

「まだ壊してないけど、知恵熱を出したり顔色が悪かったりと、少しずつ表に出て来てるのです……私はそれが心配なのですよ」

「……そうだな。壊してからじゃ、遅いもんな」

 加奈は、ずっと心配していたんだ。

 自分が倒れたことを棚に置いて、相手の心配ばかり。

「加奈のお姉さんに、会ってみたいもんだ」

「会ってみます?」

「いや、それこそお姉さんは忙しい人だからな。縁があれば、勝手に会うだろ」

 ほんの少し残念そうな加奈の口に、少し冷たくなったクッキーをグッと押し付けた。

「ただまぁ、縁があったら嬉しいよ。そんな凄い人とさ」

「奏良お姉ちゃんも凄い人です!」

「私はジャンル違いだけどな。それに、好きだから続けられてるってもんよ」

 好きなもの……。

 そうだ。

「お姉さんに休んでほしいなら、お姉さんの好きなものい誘うとかは?」

「好きなもの、ですか?」

 大きな目をまん丸くして、口に残ったクッキーを丁寧にもぐもぐしている。

「そうそう。映画なり買い物なり、何か無いか? 移動時間はお姉さんのことだ、単語帳やら見そうだけど、少しは息抜きにもなると思うけど」

「奏良お姉ちゃん……天才ですか……?」

 大きな目が、今度は太陽みたいにキラキラ輝いた。見てて飽きないなぁ。

「でも、私もお姉ちゃんもお金が無いから映画も買い物も行けません……」

「……まぁ、そうか」

 映画くらい行けるだろうと思っていたが、それは私の生活の中でのこと。

 加奈の家庭環境では不可能に近いのか。

「じゃあ、趣味とか何か無かったか? 家庭菜園とか、読書とか」

「ううん……どちらもお姉ちゃんは好きではないはず……あ、そうだ!」

 何かを思いついた加奈は、ポンと手を叩く。

「お姉ちゃん、アニメが大好きでした!!」

「あ~、そういえばそんなこと言ってたなぁ」

 たしか、日曜の朝にあるような子供向けのアニメが好きだったはず。

 ちょっと印象強かったから覚えていた。

「なら、毎日と言わなくてもそのアニメを観てれば、お姉さんも気になって一緒に観てくれるようになるんじゃないか? 数分だろうが何だろうが、気は休まると思う」

「なるほど、なら今日からそうしてみるです! 小さい頃から録画してあるもがあるので、それを流してみるようにします!」

「うんうん。ただ、加奈も無理しすぎないようにな? 自分だって疲れて倒れてるんだから」

「奏良お姉ちゃん、心配しすぎですよ~。私は全然大丈夫ですよ!」

 私の心配を笑って躱す姿を、加奈はお姉さんから見せられているのか。

「本当に姉妹だな、君ら」

「急にどうしたんですか!?」



 ☆



 それから、特に中身のない雑談で数時間が一瞬のうちに流れていった。

 まだ日も高い時間だったが、家事があるからという事で加奈は帰ってしまった。



 加奈が帰ると、いつもの光景なはずなのにやけに家が静かに感じてしまう。

 加奈の存在の大きさには驚かされるばかりだ。

「さて、さっさと片付けてランニングでもするか」

 道場には通えない今、何かしていないと体がなまる。ランニングと素振りはしておきたい。



 二人で使ったコップとクッキーが入っていた皿を台所に持っていき、洗うためにスポンジに洗剤を付けた。



 その時、玄関のチャイムが一回鳴り響いた。



 うちのチャイムがなることは殆どない。郵便も勝手にポストに入れていくし、近所の人ならノックして勝手に玄関を開けて声をかけてくる。

「はーい、今行きます!」

 せっかく洗剤を付けたスポンジを直し、駆け足で玄関へ向かう。

 そして、扉を開けた。

「お忙しい所、申し訳御座いません。こちら、猪川奏良さんの御自宅でお間違いないでしょうか?」



 やけに畏まった男性だった。

 買ったばかりのような皺の無いスーツに身を包み、頭の先からつま先まで一本の軸があるような姿勢で私を見下ろす男性は、無地の黒いネクタイをマネキンのように身に着けていた。

「は、はい。そうですけど……どちら様ですか?」

 あまり見かけないタイプの大人に警戒し、開けた扉を少し閉めて返事をする。

「あなたが御本人様ですか?」

 一切感情のない声。流暢に喋る機械音のような男は、至極丁寧な口調で私に問いかけてくる。

「はい、そうですが……」

「そうですか」

「なぜ私の家を……?」

「あなたが通う学校の担任の先生から伺いました」

 男は淡々と答えながら、自分の胸ポケットから名刺を取り出し、私に両手で渡してきた。



「あなたが傷害事件の加害者ということで、お話をお聞かせいただきたく、ご住所を教えていただきました」



 男が何を言っているのか理解しきれなかった。

「私が加害者……?」

「お心当たりはあるのではありませんか?」

 私は何も答えられず、黙って渡された名刺に目を向ける。

 そこに書かれた文字を見て、喉の奥が冷たくなった。



「挨拶が遅れました。私、久保法律事務所所属の久保正義と申します」

「法律事務所……?」

「はい。端的に言えば、弁護士です」



 反射的に扉を閉めようとすると、扉の間に足を入れてそれを阻止してきた。

「ご安心ください。中に入れてくれなどは申しません。本日は、事件の真偽と、加害者側の言い分の確認、および被害者側からの提案をお伝えに来ただけです。詳細は書類にまとめておりますので、そちらを保護者様へお渡しください」

 男は私を咎めることなく、そのまま会話を進めていく。

「お受け取りください」

 無表情で差し出された書類の束は、軽いはずの紙に重みを感じさせるほどに厚かった。

「押し入った所申し訳ありませんが、この後にも他者との打ち合わせ等がありますので、率直にお伺いいたします」

 私の返事を待たず、男はポケットから取り出したメモ帳を開き、ボールペンを構えた。

「あなたは先日、某公園にて夜、凶器を用いて学生数名に怪我を負わせたとのことですが、こちらは事実でしょうか?」

「誰がそんな言い方をしたの……? 私は女の子を守ったんだ!」

「証拠は?」

「証拠……?」

「はい、証拠です」

 男は抑揚のないまま続けた。

「証言には証拠がなければ立証できません。立証できなければ虚偽と変わりません。ちなみに、被害者側からは実際に負った怪我と、落ちていた凶器の破片を確認させていただいております。ゆえに、あなたが被害者へ凶器を用いて怪我を負わせたという現状だけは立証されております」

「そんな……何が被害者よ! あいつらは刃物を持っていたわ!」

「証拠はございますか? 写真や、実際に切られたとか、相手の指紋が付いた凶器そのものとか」

「そんなの……あるわけないでしょう……」

「なるほど、事件の否定はするものの、有効な証拠は無し、と」

 男がメモ帳に記していく。

「ちょっと待ってよ! 何をメモしてるの!」

「今回の事件の証言など、大切なことをですよ」

 さらさらと慣れた手つきでメモを取ると、男はメモ帳をスーツの胸ポケットへしまい込んだ。

「ご安心ください。この事件の依頼人は、今回の傷害事件を騒ぎ立てるつもりは無いようです。直接裁判を起こしたり、慰謝料を求めたりもしない方針のようですから」

「なら、なぜわざわざ弁護士なんか雇って私の所へ調査に来させたの……!」



 しかも、まるで自分が被害者であるかのように。

 何も悪いことをしていないかのように。



 私は、そんな卑劣な思考回路な奴が拒否反応が出るほど嫌いだ。

 込み上げる嫌悪感が、全身に虫のように這いあがって来る。



「なぜ、と言われれば一つでしょう。自分は被害者だということの位置づけ。悪くないということの確定。可哀想な自分という演出。私個人、良いと思ってしているわけではありませんよ」

 男は興味も無さそうに言いながら、スッと扉に挟んでいた足を抜いた。

「依頼者の考えはさておき、私は頼まれたから来たまでですから」

「それが弁護士の仕事なんですね。可哀想に」

「私は特に何も感じませんから。他人事ですし」

 支えの無くなった扉がひとりでに閉まる。そこで、自分が全身に汗をかいていることに気付いた。鳥肌は立っているのに。

「何なんだよ……気持ち悪い男が……!」



 行き場のない怒りと焦りが、体の中で膨張して弾けそうになる。

 このことは加奈にも言わなければ……。

『加奈、聞いて』

 メッセージを送信して、考えた。



 この話をして何になる。ただでさえ心配事で悩んでいる加奈に心労を重ねるだけではないか。それをして誰が喜ぶ。私も良い思いをしないし、これ以上加奈の心が消耗すれば、本当にあの家族は崩れ落ちる。



 喜ぶのは、あの憎たらしい男だけだ。



『どうしました? 奏良お姉ちゃん』

 返信が来た。いつも通りレスポンスが早い。

 さっきの送信を削除しようとしたが、不自然が過ぎる。

『明後日の月曜日、満月らしいから夜に公園で会おう』

 適当なことを送って、話を逸らした。

『満月ですか! 行きます!』

 また返事が来た。ニコニコ笑った絵文字も添えて。

『楽しみにしてるよ、加奈』

 最後にそう送って、私はスマホをベッドに投げつける。



 そして月曜日、私は学校に行った。

 放課後の夜、加奈と観る満月を楽しみにしながら。



 でも、私は今日を境に加奈と会うことは無かった。

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