無様な僕が世界を救う!? 僕は勇者になれるのか!?

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ここだって現実なんだ

1-6:帰れる

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部屋を移ってから、僕もグランも一言も発さないでいた。
蝋燭の火が溶けた蝋を焼く音すら聞こえてくる空間は、ほんの少しかび臭い。

今は治っているが、さっきグランに斬られた手を閉じたり開いたりしてみる。
あの時は咄嗟だったから何も思わなかったけど、確実に腱が切れて、腕が使い物にならなくなっていた。
もし治らなかったら、僕は一生片腕が機能していなかったのだろうか。
そう考えて、今更背筋がゾッとする。

それに、瞬発的に腕の腱を切り落とすグランの剣捌きも常人レベルではなかった。
この世界の人なら当然の腕なのだろうか。それとも、グランはやはり強いのだろうか。

「……さっきから楽しいか、それ」
グランが僕の手を見て言った。ずっと手を動かしていたのが気になったようだ。
「斬られた時、完全に動かなかったからさ。なんか不思議な感覚で」
「当然だ。誰が治癒させたと思ってる。俺の治癒魔法はこの国で一番なんだ。四肢がもげても完治できる」
「本当? それは凄いね。僕の世界の常識とかけ離れすぎて想像できないけど」
「今も俺の体が五体満足なのが、その証拠だ」

なんともなしに言った。だが、その一言が、グランがどれほど過酷な生活をしてきたのか僕に伝えてくる。
四肢がもげる経験なんて、したくもない。でも、この世界で生きるなら、僕もそんなことが怒るかもしれない……。

「お前の世界は、どんな所だ」
「僕の世界……」

グランに聞かれて、少し思い出してみた。
「ここよりも安全だよ。怪我だって頻繁にはしない。命の危険も無いし、毎日小さなニュースがテレビで流れるだけ」
「テレビ?」
「世界の情報を知るための機械だよ」
「あぁ、それならこの世界にもあった。もう機能してないがな」
「壊れたの?」
「情報を発信する人がもういない」
化け物に食われたんだろ、とグランは吐き捨てた。

「それにしても、そんな安全な世界で生きてきたくせに、血に慣れてるんだな」
「あの時は、必死だったから……」
「慣れても良いもんじゃないからな。恐怖心だけは無くすな」
「うん……怪我することに慣れたら、グランに迷惑かけるもんね」
グランは返事をしなかった。
ただ、訝しげな顔をしていた。

また、長い沈黙が続いた。蝋燭がかなり短くなったと思う。
いつの間にかグランは腕を組んだまま寝ていて、顔を俯かせて小さくいびきをかいていた。
僕は特にやることもないので、もし今日学校に行ったらテストだったのになと、どうでもいい事を考える。

テストをどうでも良いと思えるなんて、この世界は僕にとって毒なんだろう。

この世界についてまだ何も分からないけど、何故か僕はグランと対等に話が出来るようになってしまった。
僕自身も、グランの事をあまり悪者に思えないでいる。
現実世界では誰とも関係を築けずにいた分、本当ならもっと相手を疑うべきなのに。
それでも、僕の中でグランに気を許してしまう理由も分かっている。

「グランは……僕と会話をしてくれたんだ」

そして、喧嘩の域を超えた殴り合いをして、今の関係になった。

僕がもっと積極的になっていれば、現実世界の人たちとも仲良くなれていたのかな。
いじめっ子と喧嘩して、笑い合える日が来たのかな。
父さんに夢を語って、理解してくれる日が来たのかな。
母さんに気持ちを伝えて、甘えられる日が来たのかな。

分からない。そもそも、僕の言葉を受け入れてくれないだろう。
僕だけが騒いで、みんな無視する。
なんてことはない、それが日常。だから僕は無駄に反抗しなかった。

初めて反抗したんだ。不思議と痛みも恐怖もなかった。高ぶった気持ちに慣れてなかったからか、アドレナリンが仕事をしてくれたんだろう。
そういえば、グランはさっき変な顔をしていたな。
何が言いたかったんだろう。

「……寝てた……すまん」
グランがゆっくり顔をあげた。少し垂れたよだれを拭って、辺りを見渡す。
「お前、腹は空かないか」
「僕は大丈夫だよ」
「俺は空いた。食えないわけじゃないなら、お前も食え」
グランはそう言って、部屋を出ていった。
「僕を一人にしていいの……?」

最初の扱いや発言が粗暴だったから、僕は捕虜なのかとも思っていたが、そういえば捕虜ではなく、協力をお願いされる側の人間だ。
そこまで警戒された身分ではない。そりゃ、少しくらいは一人にしても良いのか。
「それって、最悪僕が逃げたり暴れたりしない前提だよね」
そこまで疑わなかったのだろうか。グランの素の人の良さを、また垣間見てしまった。
「でも、こんな世界で逃げても帰れるわけじゃないもんね。元の世界に。無駄に動き回る必要もないか……」

扉が開く。
そこにいたのは、グランではなかった。
「あら、始めまして。あなたが検体さん?」
そこにいたのは、僕より年上そうな褐色のお姉さんだった。
グランと違って鎧を纏うことなく、むしろ布面積が小さい水着みたいな服でそこに立っていた。
「えと……あの……」
「あ、ごめんね。ちょっと君には刺激が強すぎた?」
呑気に笑う女性は、その柔らかそうな胸を腕で隠してみる。だが、むしろ腕に圧迫されて、もっと目も当てられない形になっていく。
それに足も艶めかしい。焼けた肌は日焼けの跡もなく、遠目から見ても綺麗で、視線が吸い込まれていく。
「こらこら、見すぎだぞ」
言われて、急いで目をそらした。慣れない状況に、上手く話せない。
「ご飯食べた?」
「いや、グランが持ってきてくれるらしくて……」
「へぇ、じゃあグランが戻ってくるまで私もいるね」
言うが早いか、お姉さんはグランの席に座り、その綺麗な足を組んだ。

「私は、アミル。アミル・セレナーダ。この国では、ちょっと有名なんだ~。凄いでしょ」
「そうなんですね……」
「う~ん。めちゃくちゃ緊張してるなぁ……」
アミルは少し考えてから、すっと手を差し出してきた。
「私の手を見てみて~」
手相占いのように差し出された手を、言われた通りに見る。

すると、その手が溶け始めた。
溶けたというより、液状化した。まるでアイスが溶けるように、ゆっくりと原型が崩れていき、そのまま手首から先が垂れ下がってしまった。
「ここからが凄いんだよ!」
満面の笑みでアミルが叫ぶ。

液状化した手首がうねりを上げて暴れ始めた。そして空中で大きな水滴になり、何か動物のような形になっていった。
「ほらほら、凄くない? 凄くない?」
「す、凄いです……」
「もっと凄いこと出来るんだよ!」
動物が再び大きな水滴になり、元の手の形に戻っていく。
そして、元の手に戻った。
「えと……もっと凄いことって……?」

アミルは、イタズラな笑みを浮かべるだけだった。
次の瞬間、アミルの手が赤々と燃え上がった。熱が顔にまで届き、ついしかめ面になっていく。
「他にも、色々出来るんだよ~! でも、これ以上したら怒られるから、ここまでね~」
手首から先を火炎放射器みたいにしながら、アミルがその腕を振る。石造りの部屋じゃなければ、とっくに火災現場になっているだろう。
そのまま炎を収束させ、また元の手に戻した。部屋の蝋燭が焼かれたようで、薄暗くなってしまった。

「私はこんな感じで面白い魔法が使えるんだ~」
「凄かったですよ」
「でしょ! でしょ!」

見た目はお姉さんなのだが、どうも仕草は子供に近いものを感じる。
「アミルさんは、おいくつなんですか?」
「そういえば君は、この世界についての説明は聞いたかな?」
とても良い笑顔で聞いてきた。完全に、意図的に無視された。
「はい、グランから簡単に」
「ほうほう、じゃあ話は早い。君はこの世界で一緒に戦ってくれるの?」
アミルにそう聞かれて、答えに悩む。
説明を聞いたとはいえ、実際に僕のやることについてはあまり聞いていない。戦力として集められたという話は聞いていたが、面と向かって聞かれると、簡単に受諾してはいけない気もしてくる。
「だよね。そりゃ怖いよね~。グランは特にコミュニケーション下手だから」
グランとは親しいのだろう。羨ましい。

「帰りたい時は言ってね。すぐ帰してあげるから」
「…………帰れるんですか?」
「うん。今なら帰せるよ」

さすがに耳を疑った。グランはそんなこと言ってなかったはずなのに。
「うん、まぁ帰すのもいろいろ大変だから、本当は帰ってほしくないけどね。でも、不可能な話ではないんだよ」
ここで戦っていくことが、避けられないものだと思っていた。だからこそ、受け入れようと自分を落ち着かせてきた。
それが、帰れるなんて。
「どうする?」

「帰りません」

自分の返答に、一番驚いたのは僕自身だった。
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