アヤカシバナシ『小説版』

如月 睦月

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ズルズル女

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僕の住む町には、昔から「お化け屋敷」と呼ばれている廃屋はいおくがある。

子どもたちは近づかない。けれど、好奇心には勝てなかった。



その日の放課後。

僕と、友達の正雄まさお、翔太しょうたの3人で行くことにした。

それぞれ懐中電灯を持って。



夕暮れ、赤い空の下で見上げたその家は、

雨戸が全部閉められ、まるで息をしていないみたいだった。

黒ずんだ木の壁、ひび割れた屋根瓦、

そして玄関には、誰かが引っ掻いたような跡が残っている。



『すげぇ…』



『う、うん』



『……入るぞ』



翔太が勇気を振り絞るように言った。

軋きしむ扉を押し開けた瞬間、

カビと土の混ざった、湿った匂いが鼻を突いた。



『くっせ!』



中は真っ暗だった。

懐中電灯の光だけが、細い糸みたいに埃ほこりを照らしている。

僕たちは三人で、台所や居間、風呂場までを順番に覗いた。



どこも何年も人の手が入っていないのが見て取れる。

食器が積もった埃に埋もれ、壁紙は剥がれ落ち、

何者かの気配だけがまだ残っているようだった。



その時、翔太が言った。



『かくれんぼしようぜ』



正雄が顔をしかめる。

『バカ言うなよ、こんなとこで――』



『いいから!俺が鬼やるから!お前ら隠れろ!』



翔太はそう言って壁に向かい、

『いーち、にーい、さーん……』と数え始めた。



僕は階段を静かに上がり、二階へ行った。

埃っぽい廊下の突き当たりに、押入れがあった。

「ここだ」と思い、そっと中に入り、戸を閉める。



……暗い。

自分の鼓動だけがやけに大きく聞こえる。



翔太の声が遠くで続く。

『……じゅうご、じゅうろく……』



やがて声が止んだ。

静寂。

耳の奥がキーンと鳴る。



そのときだった。



――ズル……ズル……



畳を何かが這うような音。

湿った、重い音。



『……翔太?』



心の中で呟いたが、安心を得られるには不確かすぎた。

音は少しずつ近づいてくる。

例えるなら畳を引きずる、肉のかたまりのような音。



“ズル……ズルズル……”



我慢できず、押入れの戸をほんの少し開けた。

それはそこに――いた。



女だ。

白い、汚れた着物を着ている。

手足を使わず、腹を地面に擦りつけて這っている。



『……ぁ……』



声にならない息が漏れた。



女は、ゆっくりと通り過ぎていく。

戸の隙間から見えるのは、

擦り切れた裾、そして――



最後に引きずられていく、“頭”。



長い。

ありえないほど長く、畳の上をずるずると伸びていく。

顔は見えない。

ただ、髪の間から覗く首筋が、骨のように白かった。



――ズル、ズル……



音が廊下の向こうに消えていく。

その瞬間、僕は押入れを飛び出した。



『うわあああああ!!』



転げるように階段を駆け下り、玄関から外へ飛び出した。

心臓が破裂しそうだった。

雨戸の隙間から、まだ誰かが見ている気がした。



……後から聞いた話だ。



あの家では、昔、女の人が首を吊って死んだという。

誰にも見つからず、何日も、何週間も、

そのままぶら下がっていた。



見つかったとき――その首は、

信じられないほどの長さに伸びていた、のだそうだ。
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