Hope Man

如月 睦月

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煙草

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心に大きな穴が開いたまま龍一の中学生生活が始まった。
この頃の中学生時代はまさに戦国時代。
目が合った合わないだけで即喧嘩。

『何見てんだコラ』

見てないのだ、別にお前に興味なんかない。
顔がそっち向いてるだけ。
でもそんな言い訳は通用しない。

喧嘩に自信のない者は、外を歩くときは下を向かなければならない。
それほど目線にうるさい時代だったのだ。

トイレに行った龍一、用をたし終わると「何見てんだコラ」
自分から目を合わせに来ておいて喧嘩を売ってくる奴に出くわす。

出たよ・・・。

龍一も小学校までの龍一とは違う。
今は心の闇に支配された鬼だ、簡単に引き下がりはしない。
顎を引き目を細めて眉間に皺を寄せ肩の力を抜いてこう言った。

『来いよ』

舐められた男子生徒は右拳を握りしめて龍一に突っ込んできた。
龍一にとっては最高に戦いやすい獲物だった。
左足で一歩前に出て右足で前蹴りのカウンターをブチ込んだ。
みぞおちに直撃した右足はそのまま男子生徒を押し込んでぶっ飛ばす。
ドアにビタン!!!と叩きつけたられた男子生徒。
胸には龍一の足跡がクッキリと付いていた。
鬼と化した龍一はすかさず男子生徒の左太ももに左の蹴りを一発入れ、
右に捻じった身体の反動を利用したボディフックを肋骨に
ねじ込ませて男子生徒は敗北した。
床にうずくまり、目線だけ龍一に送る男子生徒。
その目は明らかに『ごめんなさい』と語っていた。
身の危険が無い限り龍一は必要以上に攻撃はしなかった。
が、故に喧嘩の時は徹底的なのだ。
力の違いを戦いの中で教える事で、完全なる『勝負での敗北』
を味わってもらうからだ。

そうなれば昔は喧嘩の後には笑って握手もしたけれど、
笑わない、常に目を合わせない男、龍一がここにいた。

しかし、その関りを持ちたくない気持ちとは裏腹に、
男子生徒をぶっ飛ばした事で、ワルへの扉が開かれるのだった。
いや、勝手に龍一はワルだと思い込まれてしまったのだ。

ワルにはワルが寄って来るもので、同じクラスの矢部 高広(ヤベ タカヒロ)が
龍一に絡んでくるようになった。

『なぁ桜坂、今日遊べる?』

『遊ぶ?俺と?』

『ダメか?』

『俺と遊んだって面白くもなんともねーよ』

『遊んでみねーとわかんねーから、今日な』

そう言って自分の席に戻ったタカヒロ

『なんなんだあいつ・・・』
そう思いつつも、ちょっと可笑しくなった龍一だった。


昼休みになると20分くらい休憩があった。
食後だと言うのに急いで体育館に行ってバスケットを楽しむ者や
ドッジボールをする者がたくさんいる。
龍一はそれが信じられなかった。
そもそも飯を食った後になぜ運動を?休めよ!と言う考え方だったからだ。

心が壊れてしまった龍一は、昼休みも一人で過ごした。
孤独に、外を眺めるだけ。
それでいいのだ、龍一は友達なんか要らなかった。
ただ、学校に来て、学校が終わるのを待つだけ。
それでいい、それ以上は必要ない。

しかし、そんな憂いのある龍一に想いを寄せる女子も少なくは無かった。
寡黙でスカした感じに憧れるとでも言うのだろうか。

今日は他のクラスの同級生から呼び出しを受けている。
待ち合わせ場所には本人が来ず、
代理人が質問をいくつかぶつけてくる業務をこなす。

『付き合ってる人はいますか』

『いないよ』

『好きな人はいますか』

『いないよ』

『E組の高橋寛子って知ってる?』

『全然』

『その子があんたのこと好きなんだけど』

『で?』

『付き合ってもらえない?』

『ごめん、付き合えない。ありがとうって伝えてください、じゃ』

そっけないながらも彼女を気遣った龍一の精一杯だった。
クラスに戻ると皆がニヤニヤしている。
まぁ中学生の大好物の話題だ、ニヤニヤもするだろう。
龍一は『はぁ』とため息を一つ吐き出すと席についた。


授業が終わると矢部 高広が龍一に話しかけてきた。
『よし終わった、遊びに行こうぜ』

『どこ行くんだよ』

『まずナカムラいくべ』

『あぁ、でも俺金ねぇよ』

『大丈夫さ、母親の財布から1.000円抜いてきたから』

『ふっ』

ナカムラは相性で、正式名称は中村商店。
学校から100m程に位置する、
一軒家を改良して小さな駄菓子屋を営んでいる人気スポット。
文具や雑誌なども置くようになり、徐々に何屋かわからなくなってきている。
悪い奴らの万引きの被害も大きいようだが、気の優しい女性店主は
知っててもそっとしているようだった。

矢部と一緒に店内に入る龍一。
いつ来てもワクワクする。
適当に500円程駄菓子を買うと、矢部は『行こうぜ』と龍一に声をかける。
隣に公園があるが、反対方向げ歩き出した。
『どこへ行くんだ?』

『秘密の場所さ』

『ふぅーん・・・』

やや暫く歩き、採石場へ到着した。
採石場を少し歩くと、矢部は『ここ!ここ!』と言って、
巨大な土管の中で龍一を呼んだ。
中に入ると矢部は駄菓子を龍一に半分渡し、話しを始めた。

『俺さ、ずっと一人だったんだ、両親死んだから親戚の家に住んでるけど、
なんかいずらくてさ・・・』

『なんで俺にそんな話を?』

『同じ臭いがした』

『ん?臭い?』

自分の制服の匂いを嗅ぐ龍一。

『違うよバカ、似たような境遇のような気がしてさ』

『あぁ・・・そう・・・』

龍一は簡単にはもう人を信用できなくなっていた。
矢部についても同じ、いつかは自分を裏切るんじゃないか、
そんな気がしていたからだ。

だから簡単に自分の身の上話をする気はなかった。

パン!

『いって・・・』

龍一の胸に2冊ほど雑誌を投げつけた矢部。

『見てみろよ』

その雑誌を手に取ると、エロ本だった。
エロ本もエロ本、雑誌的なモノではなくモロにエロ本だった。
陰部だけを黒い印刷でかくした全裸の女性、
艶めかしい写真の数々、龍一はゾクッとした。

『いいだろ?スゲーよな!』

矢部が龍一に四つん這いで近づき、顔を覗き込んで笑う。

『富田とか、もう胸大きいじゃん?きっとこんな感じなんだぜ』

『ええ?マジか!富田のおっぱいってこうなってんの?』

悪魔のささやきの様な矢部の話しと写真の女性の裸が脳内でリンクした。

『この胸を俺たちはどうするんだ?』

龍一が矢部に問う。

『触るんだよ』

『それで?』

『・・・知らねーよ』

『触るだけなの?』

『知らねーって、乳首とか吸ったり舐めたりすんじゃね?』

『そ、それで?富田はそれでどうなる?』

『気持ちいいんじゃね?』

『で?で?それで?』

『しらねーって、俺童貞だし』

『はははははははは』

『ここさ、俺一人でよく来てたんだ、友達いねーし』

『そうなんだ』

『なぁ、桜坂、友達になってくれねぇ?』

『・・・・ごめん・・・・・俺・・・』

『うん、いつかでいいよ』

『ごめん』

龍一はどうしてもうんとは言えなかった。
しかし矢部はそれを受け入れ、いつかでいいと言った。
矢部は龍一の辛さをわかっているようだった。

シュボッ

『おい矢部っ』

ふー・・・・

煙草を吸いながら矢部がゆっくりと話す。

『タカヒロでいいよ・・・吸う?あるけど、吸った事ある?』

『ないよ』

『ホラ・・・』

『じゃ・・・じゃぁ・・・』

おもむろにタカヒロの差し出した煙草を1本取って、フィルターを確認してから
口にくわえる。タカヒロがライターに火をつけて近づける。

『吸いな』

スーーーー・・・ゲッホゲッホゲッホ
龍一は思いっきり咽た。

『あっはっはっはっは、大体みんな最初はそうなんだよ』

『枯れ葉を燃やしたみたいだ・・・』

ゲッホゲッホ、オエーーッ

『セブンスターって言う煙草なんだ、親父のだけどな』

『またかっぱらったのかよ』

『あったりめーじゃん』

この日、龍一は初めて煙草の味を知ったのだった。
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