設計士 建山

如月 睦月

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私は設計士の建山(たてやま)です。



一般的に設計士は、建築士のサポート役や小規模な建物の設計をおこなう人を指しますが、建築士法においての「設計」は建築工事の図面や仕様書の作成とされており、建築士業務の一部として位置づけられる。つまり設計士とは建築士の範疇内で考えられる存在で、国家資格が不要とされているのですが、私は一級建築士の資格を持っています。父親である建山 木鉄(たてやまきてつ)が経営する『建山ハウスホーム』という工務店を陰ながら支えるために、仕事の依頼があれば父親の会社を紹介できるよう「設計士」の看板を掲げているのです。



なんて偉そうな事言ってますが、設計士と言う響きが好きなんですよ。



昭和のいわゆるバブルの頃、小さいながらも事務所を構えさせていただいておりまして、お陰様で仕事もそこそこいただき、なんとかかんとか軌道に乗っていたある日の事でした。



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肩まで伸びたウェービーな髪、前髪を少し垂らしてポニーテールに縛り上げると、お気に入りの種田珈琲のモカブレンドを嗜みながらマルボロメンソールを吸う。ふぅ…朝イチ、仕事すら始まっていないのに変なため息が出た。何かまた、よからぬ事が起こる予兆だろうか。



そして電話が鳴る。



『あ、建山さん、礒志田です、さがしだ』



小さな探偵事務所を営む礒志田が早朝から電話をして来たのだった。



『礒志田かぁ…こいつから電話来るとろくなことが無いんだよな』



『ちょっと!建山さん!聞こえてますよ!』



『あ、礒志田さんおはようございます』



『切り替え早っ!そして無かったことにするの下手っ!』



『要件を言って下さい、小さい事務所ですけど暇じゃないんですから』



『まったくこの人は』



『聞こえてますよ礒志田さん』



『あのですね、今抱えてる案件なんですけどね、ある家の全員、つまり一家丸ごと消えたんですよ』



『それで?私に何の関係が?警察の案件では?』



『そうなんですけど息子さんの依頼なんですよ、警察に掛け合っても取り合ってくれないって事らしくて』



『まぁ事件性が無ければ簡単には動きませんからね、てゆーか一家丸ごと消えたって言ったじゃないですか、息子さんいるじゃないですか、何言ってるんですか?』



『説明しますかりゃ、まってくだしゃいよ』



『礒志田さん、焦らないで下さい、活舌悪くなって余計わからないですよ』



---------------------------------------------------



『整理しましょう、つまり離れて暮らしていた息子さんが、実家の両親と妹と連絡がつかなくなったので、帰って見たらもぬけのカラだった…って事ですね』



『そう言う事です、さすが整理整頓が上手ですね』



『あなたが下手すぎるんですよ、よくそれで探偵やってますね』



『探偵と活舌は関係ありましぇん!』



『101回目の武田鉄矢みたいになってますよ』



『101回目の武田鉄矢ってなんですか?100回目の武田鉄矢もいるんですか?』



『あーはいはい、で?私に何の関係があるんですか?』



『話が振出しに戻った感がありますけど、ここからが本番なんですよ』



『こんなに長かったのにまだプロローグですか、映画なら消してますよ』



『まぁそう言わずに、建山さん前のめりに興味持ちますから、その家をくまなく捜索したんですけどね、小屋が隣接されているんですよ、その小屋が妙でしてね』



『どう、妙なんですか?』



『外観とは裏腹に内部がやたら狭いんですよ』



『ほう、そういう見方が出来るようになったんですね』



『ええ、建山さんのお陰ですよ、うえっへっへ』



『で?その小屋には何が?』



『食いつきましたね、実はですね…』



『はい』



『何もないんですよ』



『殺すぞ!』



『いや殺すって建山さん、穏やかじゃないねぇ、考えてくださいよ、何もない小屋、でも明らかに壁の厚さが異常な程厚いんです、変じゃないですか?』



『壊せ…と?』



『いえいえ、一緒に見に行きませんか?見たいでしょ?』



『面白いですね、良いんですか?』



『息子さんには鍵を預かってますし、調査に関してはすべて任されていますので』



『でも礒志田さん、何かあったら警察にシフトしてくださいね、それは約束してください、前回はラッキーだっただけですからね』



『わかってますって』



『で?いくらの案件なんですか?』



『穏やかじゃないねぇ~解決の糸口でも見つけないとゼロ円ですよ』



『礒志田さんまさかお金の為に私を?』



『違いますって、ホント、建山さんに小屋を見せたいだけですって』



『確かに興味ありますね、では同行します、種田珈琲で待ち合わせしませんか、足はあるんです?』



『ないです』



『ならバスでいらしてください、種田珈琲が見える辺りで降りれますから』



『いや迎えに来ないのかい!』



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種田珈琲までは一人で行きたい建山、その道のりをお気に入りの曲を聴きながら行きたいからだ、ごちゃごちゃと横で話しかけられることなく、静かに到着までの時間を楽しみたいのだ。くねくねと曲がった舗装道路の登り坂、木々のアーチが下ろす影と、隙間から差し込む灯りが柔らかいフラッシュライトのように建山の顔をチカチカと照らす。丘の上、つまり開けた頂上に到着すると、そこにポツンと建ったレトロチックはログハウス調の店がある、横には樹齢何年かすらわからない大きな木、この雰囲気がとても好きだった、実は同級生である店主の種田靖子が建山に設計を依頼し、建山の父親の経営する建山ハウスホームで建てたもので、建山の記念すべき最初の仕事でもある、だから思い入れも深いのだった。



愛車であるフィアット NUOVA(ヌォーヴァ)500を店主の愛車、ドイツの自動車メーカーフォルクスワーゲン製造の3ドアファストバッククーペ型の乗用車ザ・ビートルの隣に停めると、その車体を眺める。



『いい色だなぁ』



種田珈琲の立地、景観、等を考慮し、店主と建山で色を考えて全塗装をしたのだった。その色はシトロングリーン、訳名は香椽緑(こうえんりょく)。未熟な実の色を意味する、いつまでも学びたい、常に未熟であれば毎日成長できる、そんな店主の心意気を取り入れた建山の思いでもあった。



その瞬間、車内でむっくりを起き上がる店主、種田靖子。



『わぁ!!!!』



きょろきょろすると建山を見つけてニッコリ笑って手を振った。

2人で店内に入って一息ついた。



『やっちゃん車で何してたの?』



『あー、はははは、寝ちゃってた』



『やっちゃんどこでも5秒で寝れるのが特技だもんね』



『バカにする人にはモカに砂糖どっさり入れますね』



『いや!やめて!ごめんごめん』



『ふふ、うっそ』



ギっ… 『はぁはぁはぁはぁ…建山しゃん…』



『あぁ礒志田さん』『いらっしゃいませー』



『建山シャン酷いじゃないですか、バス停なんか丘のずっと下じゃないでしゅか!』



『え、そこからこの店が見えましたでしょう?』



『え…えぇ』



『私は店の側にバス停があるなんて言ってませんよ。』



『ほんっとこの人はもうっ!』



『はい礒志田さん、まずはお水どうぞ』



汗だくの礒志田を見て種田は通常より大きなグラスに水を注いで渡した。



『あ、ぷわっいただきマッシュ』



グビグビと喉を鳴らして水を一気に飲むと、ポケットからミニタオルをだして汗を拭きとり、背もたれに倒れ掛かって天を仰いだ。



『礒志田さん、随分疲れてますね』



『誰のせいですかもう…』



『朝から私のルーティンを邪魔するからですよ』



『まったくもう』



『じゃ、行きましょうか』



『建山シャンっ!!!!!私にもコーヒープリーズ!』
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