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落ち着かない家
第19話 落ち着かない家・1
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建山斗偉志たてやまといしの事務所は、相変わらず静かだった。
静かすぎて、落ち着いて朝のルーティンをこなせる。
その静寂を、勢いだけで破った男がいる。
探偵の礒志田さがしだだ。
『建山さーん! 今ヒマですか!』
「見て分かりませんか。仕事中です」
『じゃあ五分だけ!』
「五分で終わらない話しかしない人の台詞ですね、それ」
礒志田は気にせず、勝手に椅子に腰掛けた。
スーツは皺しわだらけ、ネクタイは少し曲がっている。
『いやぁ、また変な家でして』
「帰ってください」
『まだ何も言ってない!』
「変な家という時点で、だいたい察しました」
礒志田は、鞄からファイルを取り出し、机に滑らせた。
『家族全員が失踪した家です、興味あるでしょう』
「……」
建山は、無言でファイルを開いた。
『母親が宗教にハマってたって話で、警察は“集団失踪”扱いなんですがね、何処からも捜索願もでていませんし。依頼者はなぜ失踪したのかを私に調べて欲しいって話しでしてね。』
「警察のありがちな結論ですね」
『でも、腑に落ちないんですよ』
礒志田は、珍しく真面目な顔をした。
『近所の証言が、妙に一致してる』
「どう一致しているんです」
『“家族仲は悪くなかった”
“宗教の話も、外ではほとんどしてなかった”
“失踪の前日まで、普通だった”』
「よくある話しじゃないですか」
建山は、図面を一枚引き抜いた。
「この家、築何年です」
『二十年。
設計士の名前は…えっと』
「……いえ、いいです」
建山の視線は、すでに“間取り”に向いていた。
「吹き抜けが多い」
『おしゃれですよね』
「無駄だ…」
『え』
「家族の人数に対して、
“共有空間”が広すぎるんですよ、無駄過ぎる程。」
礒志田は首を傾げた。
『それが、失踪と関係あるんですか?広々としてよくないでしゅか?』
「ええ。かなり関係ありそうです…行きましょうか」
『そうこなくっちゃ!』
「じゃ、現地集合で」
『乗せてくださいよ!』
◇
問題の家は、郊外の住宅地にあった。
外観は普通。
家の周りの手入れもされている。
『正直、どこにでもある一軒家ですよね建山さん』
「だからこそ、厄介なんです」
『依頼者から鍵をいただいていますので、中入りましょう』
玄関を開けると、すぐにリビング。
視線を遮る壁が、ほとんどない。
「……ほら」
『何です?』
「どこにいても、誰かの気配が分かる」
礒志田は、試しにキッチンに立つ。
『あ、本当だ。
廊下にいる建山さんの顔、丸見え』
「逃げ場がないってことです」
『家なのに?』
「家だから、です」
建山は階段を上がり、二階を見回した。
「個室が、機能していない」
『ドアありますけど』
「音と光が通りすぎる。一人になれない設計ですよ」
礒志田は、はっとした。
『……宗教って、一体感を重視しますよね!』
「ええ」
建山は、母親の部屋に入った。
祭壇があり、何かの像が飾られているので直ぐにわかる。
「この家では、一人の考えが必ず家族全体に広がりますね」
『洗脳が、構造的に拡散するってことですね』
「そういうことですね、今日の礒志田さん冴えてますね」
『今日のってなんですか』
壁を指で叩く。
「視線が交差する…声が届く…沈黙が保てない」
礒志田は、頭を掻いた。
『じゃあ、失踪の理由って……』
「逃げたんですよ…きっと」
建山は、淡々と言った。
「家から」
『……宗教じゃなく?』
「宗教は、引き金にすぎないですね」
建山は、リビング中央に立った。
「この家は、家族であることを強制します」
『仲良し設計をやりすぎた結果ですか』
「ええ。逃げるには、家族全員でしかなかった」
礒志田は、しばらく黙った後、ボソリと言った。
『……それ、事件にならないやつですね』
「なりませんね」
『でも、理由は分かった』
建山は、少しだけ視線を緩めた。
「それで十分でしょう」
帰り際、礒志田が振り返る。
『建山さん』
「まだ何か?」
『一人になれる家を設計してくださいね』
「聞こえ方はおかしいですけど、探偵が住むなら必須ですね」
『ひどい!ずっと独りで居ろってことでしゅか!』
だが、礒志田は笑っていた。
家は、ただの箱ではない。
人を守ることも、追い詰めることもある。
それを見抜くのも、建山斗偉志たてやまといしの仕事だった。
静かすぎて、落ち着いて朝のルーティンをこなせる。
その静寂を、勢いだけで破った男がいる。
探偵の礒志田さがしだだ。
『建山さーん! 今ヒマですか!』
「見て分かりませんか。仕事中です」
『じゃあ五分だけ!』
「五分で終わらない話しかしない人の台詞ですね、それ」
礒志田は気にせず、勝手に椅子に腰掛けた。
スーツは皺しわだらけ、ネクタイは少し曲がっている。
『いやぁ、また変な家でして』
「帰ってください」
『まだ何も言ってない!』
「変な家という時点で、だいたい察しました」
礒志田は、鞄からファイルを取り出し、机に滑らせた。
『家族全員が失踪した家です、興味あるでしょう』
「……」
建山は、無言でファイルを開いた。
『母親が宗教にハマってたって話で、警察は“集団失踪”扱いなんですがね、何処からも捜索願もでていませんし。依頼者はなぜ失踪したのかを私に調べて欲しいって話しでしてね。』
「警察のありがちな結論ですね」
『でも、腑に落ちないんですよ』
礒志田は、珍しく真面目な顔をした。
『近所の証言が、妙に一致してる』
「どう一致しているんです」
『“家族仲は悪くなかった”
“宗教の話も、外ではほとんどしてなかった”
“失踪の前日まで、普通だった”』
「よくある話しじゃないですか」
建山は、図面を一枚引き抜いた。
「この家、築何年です」
『二十年。
設計士の名前は…えっと』
「……いえ、いいです」
建山の視線は、すでに“間取り”に向いていた。
「吹き抜けが多い」
『おしゃれですよね』
「無駄だ…」
『え』
「家族の人数に対して、
“共有空間”が広すぎるんですよ、無駄過ぎる程。」
礒志田は首を傾げた。
『それが、失踪と関係あるんですか?広々としてよくないでしゅか?』
「ええ。かなり関係ありそうです…行きましょうか」
『そうこなくっちゃ!』
「じゃ、現地集合で」
『乗せてくださいよ!』
◇
問題の家は、郊外の住宅地にあった。
外観は普通。
家の周りの手入れもされている。
『正直、どこにでもある一軒家ですよね建山さん』
「だからこそ、厄介なんです」
『依頼者から鍵をいただいていますので、中入りましょう』
玄関を開けると、すぐにリビング。
視線を遮る壁が、ほとんどない。
「……ほら」
『何です?』
「どこにいても、誰かの気配が分かる」
礒志田は、試しにキッチンに立つ。
『あ、本当だ。
廊下にいる建山さんの顔、丸見え』
「逃げ場がないってことです」
『家なのに?』
「家だから、です」
建山は階段を上がり、二階を見回した。
「個室が、機能していない」
『ドアありますけど』
「音と光が通りすぎる。一人になれない設計ですよ」
礒志田は、はっとした。
『……宗教って、一体感を重視しますよね!』
「ええ」
建山は、母親の部屋に入った。
祭壇があり、何かの像が飾られているので直ぐにわかる。
「この家では、一人の考えが必ず家族全体に広がりますね」
『洗脳が、構造的に拡散するってことですね』
「そういうことですね、今日の礒志田さん冴えてますね」
『今日のってなんですか』
壁を指で叩く。
「視線が交差する…声が届く…沈黙が保てない」
礒志田は、頭を掻いた。
『じゃあ、失踪の理由って……』
「逃げたんですよ…きっと」
建山は、淡々と言った。
「家から」
『……宗教じゃなく?』
「宗教は、引き金にすぎないですね」
建山は、リビング中央に立った。
「この家は、家族であることを強制します」
『仲良し設計をやりすぎた結果ですか』
「ええ。逃げるには、家族全員でしかなかった」
礒志田は、しばらく黙った後、ボソリと言った。
『……それ、事件にならないやつですね』
「なりませんね」
『でも、理由は分かった』
建山は、少しだけ視線を緩めた。
「それで十分でしょう」
帰り際、礒志田が振り返る。
『建山さん』
「まだ何か?」
『一人になれる家を設計してくださいね』
「聞こえ方はおかしいですけど、探偵が住むなら必須ですね」
『ひどい!ずっと独りで居ろってことでしゅか!』
だが、礒志田は笑っていた。
家は、ただの箱ではない。
人を守ることも、追い詰めることもある。
それを見抜くのも、建山斗偉志たてやまといしの仕事だった。
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