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澪
しおりを挟む「ごっめーん! 約束破っちゃった!」
「澪、ずいぶん早いね。ちょっと待ってて、考紀の用意できてないから。ところで旦那さんは?」
考紀が母親の澪と会う日、約束の時間よりかなり早く、澪がアパートへやって来た。
早朝から新車のスポーツカーに乗って、大きな音でアパートの駐車場へ入って来たものだから、何人もの住人が窓から外を見ていた。
勿論、星來と考紀もだ。
車から格好良く出て来た澪を見て、お喋り好きな金田の妻や大橋に後で色々聞かれるんだろうなと思って憂鬱になったのは、考紀には秘密である。
本来なら澪と考紀は、澪の夫も交えて外で会うはずで、アパートではなく星來が車で待ち合わせ場所へ送って行く筈であった。
そう言えば、今日はいつも腰巾着のように澪にくっ付いている旦那の姿が見えない。
車も、あの旦那が絶対乗らなそうなスポーツカーに替わっているし、澪も髪の色を紫っぽく染めていてかなり派手。
結婚する前の雰囲気に戻っていて、二人の間に何かあったのだろうかと星來は訝しんだ。
「ああ、あたし夫と別れたから。今日はここでいいわ、部屋に入れて」
「え?」
「どう言う事?」
まだパジャマの考紀が、澪の話を聞いて玄関まで出て来た。
澪は考紀ににっこり笑うと、まだ何も言っていないのに「おじゃましまーす」と言って上がって来る。
こう言うところは考紀にそっくりで、星來は思わず笑ってしまった。
そして、澪は勝手にダイニングの椅子へ座ると、お土産だと言って、テーブルの上に可愛い箱へ入ったお菓子を置いた。
「へー、男二人暮らしでも綺麗にしてるのね」
「当たり前でしょ」
「セイラ、昔からちゃんとしてたもんね」
星來は話しながら、手早くお茶を淹れ、もらったお菓子――有名店のマカロンだった。も開けて出した。
「それにしても考紀、ずいぶん背が伸びたんじゃない? 顔もあたしに似て可愛らしいし、絶対モテるようになるわね」
考紀はそんな風に言われて恥ずかしかったのだろう、まだ朝食を食べている途中なのに席を立とうとしたので、星來はやんわりと席へ押し戻し、自分も隣に座った。
「……で、別れたってどういうこと? 」
「この間、離婚したの。やっぱり良いところの人と、あたしじゃ合わなかったのよねぇ。あたしの事業が軌道に乗ってきて忙しくなったせいもあるんだけどね」
澪は店を辞めてから、貯めていたお金を元に事業を始めていた。
ああいった場所で働いていたが、彼女は借金があった訳ではないので、稼いだお金を貯金する余裕はあったらしい。
それにしても、最初はちゃんと働いて旦那に認めて欲しいと言っていたのに、成功したら別れてしまうなんて皮肉なものだ。
新婚でもなくなり熱が冷めてしまったのだろうか。
まあ、最近連絡が無かったのはそう言う事だったらしい。
「だから、考紀。あたしと一緒に暮らさない?」
「えっ」
澪の提案に、考紀は面食らったような顔になった。
「今、ここよりずっと広いマンションに住んでるのよ。街の中だし、住むのも便利なの」
「ちょっと澪」
「ね、今度は考紀の事、うーんと大事にする。前は長く一人にして悪かったわ。あたしも余裕がなかったのよ」
考紀の変化に気付かないまま、澪は一人で喋り続ける。
星來が止めに入ろうとすると、考紀が正面から澪を見るように座り直した。
「お母さん。お母さんは本当に毎日ちゃんと帰って来る?」
「えー、約束はできないけど、多分、毎日家には帰るわよ。あんただって子供じゃないんだから、留守番くらい一人でできるでしょ」
「澪」
向かいの椅子に座った星來は、澪の話を遮った。
「考紀は澪に何日も置いて行かれるのが嫌なんだよ」
「それならお父さんとお母さんに頼んで……」
「顔も見た事がないなら、考紀にとっては他人と一緒だよ。俺は構わないからさ、今まで通り預けておかない? それに仲良しの友達もできて、ここを離れたくないんだよね、考紀」
「うん」
感情的になりやすいい面のある澪を刺激しないように、星來はゆっくり静かに話す。
考紀を見ると、コップの中の牛乳を見詰めて何か考えているようだった。
「旦那さんがいないなら、いつでも好きな時に会いに来られるでしょ」
「でも……」
「その方が、澪も仕事に専念できるんじゃない?」
澪は暫く考えていたが、「セイラが良いなら、あたしは良いんだけど……」と言って、自分が持って来たマカロンを摘まむ。
「それじゃぁ、お願いしようかな……あたしとしては寂しいけどね。何かあった時に頼ってもらえるように仕事頑張るわ」
そう言って考紀を見ると、目線だけ上げて澪を見ている。
「ごめんね、お母さん」
「いいってば、良い子にするのよ」
そう言って、時計を確認すると立ち上がった。
「それじゃ、あたし帰るわ。この後、人と会わないといけないのよ。また連絡するわ。セイラ、考紀の事よろしくお願いします」
「うん」
「考紀もまたね」
澪は考紀の頭をひと撫ですると、少し寂しそうに笑う。
「じゃあね、バイバイ」
星來は考紀と一緒に玄関まで出てで澪を見送る。
考紀だけは外の通路まで出て、澪の車が駐車場から通りへ、田んぼの向こうに消えるまでずっと見ていた。
(やっぱり寂しいんだろうな)
ああは言っても考紀はまだ子供なのだから、親が恋しい時だってあるに違いない。
星來としては、そんな考紀に寄り添ってやるしかないのだ。
部屋へ戻って来れば考紀はいつもの休日と同じようにダラダラしはじめた。
別に何かして欲しかった訳ではないけれど、余りにいつも通りで拍子抜けしてしまう。
暫くすると、いつものように楓がやって来て、考紀が居るのを確認するとあからさまにホッとしていた。
「良かった、いた」
「何だよ、オレはいなくならないぞ」
考紀はゲーム、星來もパソコンを開いて帳簿を付けていたところで、いつもより静かだったせいか、楓は考紀がいないと思ったようだ。
楓は星來へお土産だと言ってペットボトルの飲み物を渡すと、考紀の傍へ座った。
星來は、二人は本当に仲が良いと、楽しそうにお喋りをする二人を見て思った。
澪も今の考紀の様子を見れば、ここに居た方が良いと分かってくれるはず。
彼女の傍へ行くのは、考紀が自ら行きたいと思った時で良いのではないだろうか……。
強制したら、あの、出会った頃の表情が乏しい考紀に戻ってしまいそうで、星來は怖かった。
今日はリヒトも、彬も不在らしいので、昼食は3人で食べた。
因みに今日は冷やし中華。
市販の麺に畑の野菜を沢山乗せて出すと、二人が喜んで食べてくれたので、星來は嬉しくなった。
平穏な日々がいつまでも続いたら良いと思った。
・・・・・
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でも、澪が夫に促されて結婚報告をして来たので、これを機にやり直そうと思っていたのに、今度は考紀が来なくてがっかり。
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