15 / 37
澪
しおりを挟む「ごっめーん! 約束破っちゃった!」
「澪、ずいぶん早いね。ちょっと待ってて、考紀の用意できてないから。ところで旦那さんは?」
考紀が母親の澪と会う日、約束の時間よりかなり早く、澪がアパートへやって来た。
早朝から新車のスポーツカーに乗って、大きな音でアパートの駐車場へ入って来たものだから、何人もの住人が窓から外を見ていた。
勿論、星來と考紀もだ。
車から格好良く出て来た澪を見て、お喋り好きな金田の妻や大橋に後で色々聞かれるんだろうなと思って憂鬱になったのは、考紀には秘密である。
本来なら澪と考紀は、澪の夫も交えて外で会うはずで、アパートではなく星來が車で待ち合わせ場所へ送って行く筈であった。
そう言えば、今日はいつも腰巾着のように澪にくっ付いている旦那の姿が見えない。
車も、あの旦那が絶対乗らなそうなスポーツカーに替わっているし、澪も髪の色を紫っぽく染めていてかなり派手。
結婚する前の雰囲気に戻っていて、二人の間に何かあったのだろうかと星來は訝しんだ。
「ああ、あたし夫と別れたから。今日はここでいいわ、部屋に入れて」
「え?」
「どう言う事?」
まだパジャマの考紀が、澪の話を聞いて玄関まで出て来た。
澪は考紀ににっこり笑うと、まだ何も言っていないのに「おじゃましまーす」と言って上がって来る。
こう言うところは考紀にそっくりで、星來は思わず笑ってしまった。
そして、澪は勝手にダイニングの椅子へ座ると、お土産だと言って、テーブルの上に可愛い箱へ入ったお菓子を置いた。
「へー、男二人暮らしでも綺麗にしてるのね」
「当たり前でしょ」
「セイラ、昔からちゃんとしてたもんね」
星來は話しながら、手早くお茶を淹れ、もらったお菓子――有名店のマカロンだった。も開けて出した。
「それにしても考紀、ずいぶん背が伸びたんじゃない? 顔もあたしに似て可愛らしいし、絶対モテるようになるわね」
考紀はそんな風に言われて恥ずかしかったのだろう、まだ朝食を食べている途中なのに席を立とうとしたので、星來はやんわりと席へ押し戻し、自分も隣に座った。
「……で、別れたってどういうこと? 」
「この間、離婚したの。やっぱり良いところの人と、あたしじゃ合わなかったのよねぇ。あたしの事業が軌道に乗ってきて忙しくなったせいもあるんだけどね」
澪は店を辞めてから、貯めていたお金を元に事業を始めていた。
ああいった場所で働いていたが、彼女は借金があった訳ではないので、稼いだお金を貯金する余裕はあったらしい。
それにしても、最初はちゃんと働いて旦那に認めて欲しいと言っていたのに、成功したら別れてしまうなんて皮肉なものだ。
新婚でもなくなり熱が冷めてしまったのだろうか。
まあ、最近連絡が無かったのはそう言う事だったらしい。
「だから、考紀。あたしと一緒に暮らさない?」
「えっ」
澪の提案に、考紀は面食らったような顔になった。
「今、ここよりずっと広いマンションに住んでるのよ。街の中だし、住むのも便利なの」
「ちょっと澪」
「ね、今度は考紀の事、うーんと大事にする。前は長く一人にして悪かったわ。あたしも余裕がなかったのよ」
考紀の変化に気付かないまま、澪は一人で喋り続ける。
星來が止めに入ろうとすると、考紀が正面から澪を見るように座り直した。
「お母さん。お母さんは本当に毎日ちゃんと帰って来る?」
「えー、約束はできないけど、多分、毎日家には帰るわよ。あんただって子供じゃないんだから、留守番くらい一人でできるでしょ」
「澪」
向かいの椅子に座った星來は、澪の話を遮った。
「考紀は澪に何日も置いて行かれるのが嫌なんだよ」
「それならお父さんとお母さんに頼んで……」
「顔も見た事がないなら、考紀にとっては他人と一緒だよ。俺は構わないからさ、今まで通り預けておかない? それに仲良しの友達もできて、ここを離れたくないんだよね、考紀」
「うん」
感情的になりやすいい面のある澪を刺激しないように、星來はゆっくり静かに話す。
考紀を見ると、コップの中の牛乳を見詰めて何か考えているようだった。
「旦那さんがいないなら、いつでも好きな時に会いに来られるでしょ」
「でも……」
「その方が、澪も仕事に専念できるんじゃない?」
澪は暫く考えていたが、「セイラが良いなら、あたしは良いんだけど……」と言って、自分が持って来たマカロンを摘まむ。
「それじゃぁ、お願いしようかな……あたしとしては寂しいけどね。何かあった時に頼ってもらえるように仕事頑張るわ」
そう言って考紀を見ると、目線だけ上げて澪を見ている。
「ごめんね、お母さん」
「いいってば、良い子にするのよ」
そう言って、時計を確認すると立ち上がった。
「それじゃ、あたし帰るわ。この後、人と会わないといけないのよ。また連絡するわ。セイラ、考紀の事よろしくお願いします」
「うん」
「考紀もまたね」
澪は考紀の頭をひと撫ですると、少し寂しそうに笑う。
「じゃあね、バイバイ」
星來は考紀と一緒に玄関まで出てで澪を見送る。
考紀だけは外の通路まで出て、澪の車が駐車場から通りへ、田んぼの向こうに消えるまでずっと見ていた。
(やっぱり寂しいんだろうな)
ああは言っても考紀はまだ子供なのだから、親が恋しい時だってあるに違いない。
星來としては、そんな考紀に寄り添ってやるしかないのだ。
部屋へ戻って来れば考紀はいつもの休日と同じようにダラダラしはじめた。
別に何かして欲しかった訳ではないけれど、余りにいつも通りで拍子抜けしてしまう。
暫くすると、いつものように楓がやって来て、考紀が居るのを確認するとあからさまにホッとしていた。
「良かった、いた」
「何だよ、オレはいなくならないぞ」
考紀はゲーム、星來もパソコンを開いて帳簿を付けていたところで、いつもより静かだったせいか、楓は考紀がいないと思ったようだ。
楓は星來へお土産だと言ってペットボトルの飲み物を渡すと、考紀の傍へ座った。
星來は、二人は本当に仲が良いと、楽しそうにお喋りをする二人を見て思った。
澪も今の考紀の様子を見れば、ここに居た方が良いと分かってくれるはず。
彼女の傍へ行くのは、考紀が自ら行きたいと思った時で良いのではないだろうか……。
強制したら、あの、出会った頃の表情が乏しい考紀に戻ってしまいそうで、星來は怖かった。
今日はリヒトも、彬も不在らしいので、昼食は3人で食べた。
因みに今日は冷やし中華。
市販の麺に畑の野菜を沢山乗せて出すと、二人が喜んで食べてくれたので、星來は嬉しくなった。
平穏な日々がいつまでも続いたら良いと思った。
・・・・・
澪の両親は、澪を責めたかったわけではないけれど、言い方が悪かったのか、澪と拗れてしまいました。
でも、澪が夫に促されて結婚報告をして来たので、これを機にやり直そうと思っていたのに、今度は考紀が来なくてがっかり。
考紀の方は、母親に対する気持ちが複雑で、祖父母に対しても思う所がある。
でも、もっと大人になって色々分かるようになれば、落ち着いて祖父母にも会えるはず。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
BL 男達の性事情
蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。
漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。
漁師の仕事は多岐にわたる。
例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。
陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、
多彩だ。
漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。
漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。
養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。
陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。
漁業の種類と言われる仕事がある。
漁師の仕事だ。
仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。
沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。
日本の漁師の多くがこの形態なのだ。
沖合(近海)漁業という仕事もある。
沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。
遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。
内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。
漁師の働き方は、さまざま。
漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。
出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。
休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。
個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。
漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。
専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。
資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。
漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。
食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。
地域との連携も必要である。
沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。
この物語の主人公は極楽翔太。18歳。
翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。
もう一人の主人公は木下英二。28歳。
地元で料理旅館を経営するオーナー。
翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。
この物語の始まりである。
この物語はフィクションです。
この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
臣下が王の乳首を吸って服従の意を示す儀式の話
八億児
BL
架空の国と儀式の、真面目騎士×どスケベビッチ王。
古代アイルランドには臣下が王の乳首を吸って服従の意を示す儀式があったそうで、それはよいものだと思いましたので古代アイルランドとは特に関係なく王の乳首を吸ってもらいました。
オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?
中岡 始
BL
「新しい営業課長は、超敏腕らしい」
そんな噂を聞いて、期待していた橘陽翔(28)。
しかし、本社に異動してきた榊圭吾(42)は――
ヨレヨレのスーツ、だるそうな関西弁、ネクタイはゆるゆる。
(……いやいや、これがウワサの敏腕課長⁉ 絶対ハズレ上司だろ)
ところが、初めての商談でその評価は一変する。
榊は巧みな話術と冷静な判断で、取引先をあっさり落としにかかる。
(仕事できる……! でも、普段がズボラすぎるんだよな)
ネクタイを締め直したり、書類のコーヒー染みを指摘したり――
なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。
そして気づく。
「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」
煙草をくゆらせる仕草。
ネクタイを緩める無防備な姿。
そのたびに、陽翔の理性は削られていく。
「俺、もう待てないんで……」
ついに陽翔は榊を追い詰めるが――
「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」
攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。
じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。
【最新話:主任補佐のくせに、年下部下に見透かされている(気がする)ー関西弁とミルクティーと、春のすこし前に恋が始まった話】
主任補佐として、ちゃんとせなあかん──
そう思っていたのに、君はなぜか、俺の“弱いとこ”ばっかり見抜いてくる。
春のすこし手前、まだ肌寒い季節。
新卒配属された年下部下・瀬戸 悠貴は、無表情で口数も少ないけれど、妙に人の感情に鋭い。
風邪気味で声がかすれた朝、佐倉 奏太は、彼にそっと差し出された「ミルクティー」に言葉を失う。
何も言わないのに、なぜか伝わってしまう。
拒むでも、求めるでもなく、ただそばにいようとするその距離感に──佐倉の心は少しずつ、ほどけていく。
年上なのに、守られるみたいで、悔しいけどうれしい。
これはまだ、恋になる“少し前”の物語。
関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。
(5月14日より連載開始)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる