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流星群

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 その日は流星群だった。
 考紀と見る約束をしていたのだが、良く見えるのは深夜と言う事もあって、今年も考紀は起きられなかった。

「せっかくだから一人で見るか」
 そう言って、玄関から外へ出ると、生暖かい夏の夜の風が頬を掠める。
 共同の通路から外を見ると、月が沈みかけているのに加えて空気が澄んでいて、いつもよりたくさん星が見えるような気がした。

 この辺りは、街頭も少なく、夜になると真っ暗である。
 遠くに街の明かりが見えるものの、こちら側まで明るくなる事は無い。
 かつてはあちら側の人間だったのが、今では遠い昔のようだ。
 この間、久しぶりに考紀以外の過去の自分を知っている人物――竜弥にも会ったが、昔の知り合いだな、くらいにしか思わなかった。
 都会で色んな目に合った事も、時間が経てばいずれ忘れられるだろうかと、星來は歩きながら考えた。
 
 アパートからだと、流星群の出現する方角には低い裏山があってよく見えないので、星來はアウトドアチェアを持って来た。
 駐車場の端にそれを開いて置く。
 畑が近いこの場所ならば、アパートの照明も届かないのだ。

 足を伸ばせして椅子に寝転がり、じっと目を凝らしていると、目の端を星が横切った。
「見えた」
 すると、またひとつ、もうひとつ。
「凄いなぁ」
 しかし、星が流れるのに波があるらしく、4つめで探せなくなってしまう。
 じっとしていると、夏の夜とはいえ少し肌寒くなってきて、長袖の上着を着て来れば良かったと思った。
 
「星來さん」
「えっ!」
 突然、名前を呼ばれてドキリとする。
 振り向くと、そこにいたのはリヒトだった。
 暗闇の中で、彼の身体が薄ぼんやりと光っているようにみえる。

「リヒトさん、どうしたんですか?」
「外を見たら星來さんが見えたから。ボク、眠りが浅い方なんです。と言うか睡眠は殆ど必要ありません」
「そうなんですか」
「何をしていたんですか?」
「流れ星を見ていたんです」
 星來が夜空を見上げると、リヒトもつられて見上げた。
 再び星が流れる。

「ああ、流星群って、テレビで言っていました。これの事なんですね」
「ええ。流れ星って宇宙でも見られるんですか」
「こういう風に流れては見えなくて、宇宙からは惑星に落ちていく時に光って見えます」
「へぇ、見てみたいです」
 そう言いながら、半そでから出ている二の腕を擦ると、リヒトが「寒いんですか?」と聞いてきた。

「そうなんですよ、思ったより寒くて。もう戻ろうかな」
「ちょっと待ってください」
「うわ!」
 立ち上がろうとしたところを、リヒトに捕まって抱えられる。
 そのまま膝に乗せられて、一緒に椅子へ座った。

 ミシ……。

「二人分の重さで椅子が壊れちゃう」
 椅子から軋んだ音がして、星來は慌てた。
 アウトドア用の結構しっかりした椅子だが、男二人、痩せっぽちの星來と考紀ならともかく、リヒトは体格が良いので、一人でも椅子が耐えられるか怪しい。
「じゃあ、少し浮かびます」

 横抱きに抱き直されると同時にほんの少し位置が上がり、星來は驚いで小さな悲鳴を上げる。
 それに気付いだリヒトがクスクス笑った。
 そのままリヒトは後ろに倒れたので、星來はリヒトへ凭れる形になる。
 今日のリヒトは少し温かかった。
 もしかしたら体温も調節できるのかもしれない。
 
「これならどう? まだ寒い?」
「いいえ。でも、リヒトさんは辛くないですか?」
「全然、ずっとこのままでも良いくらいです。あ、ほら流れ星です」
 上を指されて見上げると、次々に星が流れて行く。

「凄い! こんなたくさん一度に流れるのは初めてです! そうだ、リヒトさん。ひとつの流れ星が消えるまでに3回願い事を唱えると叶うそうですよ」
「えっ、そうなんですか? じゃあ、星來さんともっと仲良くなりたい、星來さんともっと仲良くなりたい、星來さんともっと仲良くなりたい」
 星來に言われてリヒトは慌てて願いを言ったが、言い終わらないうちにまた星が流れなくなった。
 
「あはは、そんなの俺に直接言って下さいよ」
「仲良くしてくれるんですか?」
「当然ですよ。って言うか、俺たち仲良いですよね?」
「そうなんですけど、星來さん他にも仲の良い人が多いから、一番……せめて考紀くんの次くらいになりたいです」
「良いですよ。でも、仲良くって、例えばどうしたらいいんですか?」
「たまにはこうやって触れ合いたいです。本当は元の姿でこうしたいけど、あれは裸と同じだからまだダメだって彬が……」
「え、俺を裸で抱きしめたいって事?」
「ええ、いつかは。あ、また流れましたよ」
 そう言われて、星來が見上げると、リヒトの背後にたくさんの流れ星が流れているのが見えた。

(うーん、やっぱり考えや感覚の違いってあるのかも)

 今、星來はリヒトにとても恥ずかしい事を言われたような気がしたが、当の本人は涼しい顔で星を見ている。
 これは変に反応したら悪いな、と思った星來は取り合えず聞き流す事に決めた。
 それに触れ合うと言うのは、リヒトの考えでも親密な行為みたいだ。
 星來は意識していまい、落ち着かなくなってきた。
 
「……そろそろ戻りましょうか」
「え、もう……分かりました」
 降りようとすると脚の下に手を差し入れられ、まるで大事なものでも取り扱うかのように、そっと地面に降ろされた。
(これは憧れのお姫様抱っこ……!)
 初めての経験に星來は激しく動揺した。
「あ、あああありがとうございます」

 それから、星來は動揺したせいか椅子を畳むのに苦戦してしまう。
 何とか畳んだ椅子を持って、二人並んで二階へ上がる階段のところまで行くと、リヒトが星來を呼び止めた。
 その時、何か固いものが、正確には弾力のあるゴムボールのようなものが頬に当たった感触がした。

「……あ、あの。もしかしてキス、しました?」
「ええ。恋人同士はこうするって、映画で見ました」
「は?」
 それは海外の映画だろうな、と星來は思ったが、それよりも聞き捨てならない言葉が聞こえた。

 ――恋人。
 
「……つまり、リヒトさんは俺と恋人になりたいと」
「はい。いずれは」
 見上げると、アパートの照明に照らされたリヒトの表情は真剣そのものだった。
 
 状況が飲み込めると、星來の顔がじわじわと赤くなる。
 さっき言っていた「裸で抱き合う」と言うのも、その先の行為として認識しているのかもしれない。
 
 もしかしたらリヒトが自分と生殖活動を――などと考えたら、星來は平静ではいられなくて、目が思い切り泳いでしまった。
 いや、今まで他の男と散々そう言う事をしてきたくせに、何を今さら動揺する事があろうか。と思ったが、リヒトと? スライムの彼と? と考えると動悸が激しくなる。
 自分に異種姦とかそう言う趣味はないので、これはリヒトとそ言う事をする可能性について反応しているのだ。

(そもそも付き合い始めてもいないし、自分はもう恋愛とかしないって決めたじゃないか)

 星來はそこまで考えて、一周回って平静に戻った。


「えっと、俺、今は恋人とかより考紀の方が大事で」
「知ってます。だからボクはいつまでも待っています。ボクは地球人より寿命が長いので、その気になれば100年でも1000年でも待てますよ。その気になったら教えてください」
「俺なんかをそんなに待たなくていいですよ」
「『俺なんか』って言わないで下さい。1000年くらい生きてきてこんな気持ちになったのは初めてなんです」
「1000年!」
 キラキラの笑顔でそう言われて、星來は眩しくて仕方がない。
 それより、リヒトは思った以上に年上だった。
 彼は無垢なところがあるので、星來は年下と話しているような気持だったのに。

(この綺麗な人が、1000年間穢れなど知らないであろうこの人が、俺みたいな汚れた人を好きだって)
 それに気付くと、何だか急にリヒトを騙している気になって、悲しくなってきた。
 
「俺、人に言えないような事を沢山している人間ですよ。知ったら、きっとリヒトさんは俺を嫌いになります」
「人に言えない事? ボクは地球人じゃないから分からないですね」
「リヒトさん……」
 リヒトは星來の頭を数回撫でると「さぁ、身体が冷えてしまうから部屋へ戻って下さい」と言って、階段を上がるように促してくる。
 
(もう寒くなんか無い、熱いくらいだ)
 星來が、泣きそうになるのを堪えて階段を上っていると、頭の中に直接「おやすみなさい」と言うリヒトの声が聞こえた。
 
 
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