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リヒト
しおりを挟む「それにしても、竜弥くんがもう引っ越ししてきてるなんて思いませんでした」
ポストカードを一通り見終わると、リヒトがポツリと言った。
「俺も、急に来たからびっくりしましたよ」
「竜弥くんもご飯食べに行きました? ……おやすみなさいのキスしましたか?」
「皆と一緒にご飯は食べに来ましたけれど、キスとかはしません。あ、お昼まだでしょう? 家に来て食べませんか」
リヒトは竜弥をやたら嫌厭する。
少し不穏になった空気を変えようと、昼食に誘ったのだが、リヒトの答えは違うものだった。
「やっぱり貴方が食べたい」
それはこの間、海でも言われた言葉だが、人間の姿とスライムの姿、見た目が違うだけでかなり違う意味に捉えられた。
「お、俺は食べられませんよ」
「少しだけ。彬には内緒で、お願い」
「少しって、どう言う、ひゃあ」
首筋を見えない何かで擽られて、星來は思い切り動揺してしまった。
飛び上がって、リヒトへ寄りかかるように着地する。
と、そのままトプンと、リヒトの中へ落ちて行った。
(うそ……なにこれ?)
リヒトの体内だと思ったが、着いた先は宇宙空間のような場所だった。
視線しか動かせないが、自分の周りは満天の星だと分かる。
いつの間にか、部屋に投影するタイプのプラネタリウムを点けたのかと思ったが、足元が床に付いていない感覚があって、星來は恐怖を覚えた。
と、身体が自分の意志とは関係なく、前に進み始めた。
次第にスピードが上がり、星がもの凄い速さで近付いては遠ざかる。
宇宙空間を漂う大きな岩へぶつかりそうになり身体をこわばらせたが、寸でのところでそれを避けた。
いくつも、いくつもそんな岩を避け、飛ぶように移動する。
声を出す事も、身体を動かす事も、目を瞑ることができないので、星來はそれを全て見ているしかなかった。
ただ一つ分かるのは、身体には全くダメージがないこと。
こんなスピードで移動したら星來の細い首などひとたまりも無いだろうに、何かに守られているようで、そう言った負荷は一切かかっていない。
よって、慣れて来ると、それを楽しむ余裕が出来た。
強制的に移動させられているが、小石ひとつ自分に当たらないのだ。
レーシングゲームでも、なかなかこんなコントロールは出来ない。
唯一、自由になる視線を動かして景色を楽しんでいると、やがて岩が疎らになってきて突然視界が開けた。
(あ、あれは……)
目の前に赤く燃える巨大な星があった。
そしてその回りに小さな赤褐色の星と、黄色の星、灰色の星が見える。
見覚えのある衛星を伴った、青く輝く星も。
その時、自分を守っている何かから感情を感じた。
興奮している、喜んでいる、感動している、様々な感情が頭の中に流れ込んで来て、星來は受け止めきれなくて涙が出そうになる。
――これはきっと、リヒトだ。
やはり星來は、彼の中に飲み込まれているのだ。
しかし、彼は人間が弱い生き物だと知っているのだ、本当に宇宙に連れて行くなんて考えられない。
この景色はもしかしたら、過去に彼が見たものなのかもしれない、と考えていると突然視界が明るくなって、現れたのは星來自身だった。
この情景は、いつか一緒に並んで小学校まで歩いた時のものだろう、服装があの時のものだ。
こうやって動いている自分を見るのは、子供の時の運動会以来だろうか。
目の前の星來は、この映像を撮っている相手に話しかけらると、笑って、拗ねて、怒って、驚いて、困って泣きそうになって、醜い顔をしたり、変な顔もするのに、相手からは常に星來が好きだと言う感情が流れ込んでくる。
画像にはすごく細かいところまで映っていた。
自分が嫌な部分も、嫌いな行動も全部映っているのに、相手は……リヒトは大らかに受け入れているのが分かった。
(リヒトさんには、俺をこんな風に想っていてくれたのか)
…………
「星來さん、星來さん。大丈夫ですか?」
リヒトの声で気が付いた。
どうやら気絶していたらしく、星來は座っていた筈のソファで仰向けになっていた。
「ごめんなさい、本当に少しのつもりだったのに」
傍に人間の姿になり、きっちりと服を着たリヒトが跪いている。
星來は、彼の頬に手を伸ばした。
「リヒトさん……俺は美味しかった?」
「……はい」
「どうしてこんな事を?」
「それは……そうしなくちゃいけないような気がして……」
リヒトは怒られる前の子供の様に身を縮める。
その様子が、注意されている時のスライム姿と重なって、星來は「彼らは同一人物(?)なんだなぁ」と、今更ながらに思った。
「最近、気持ちのコントロールが効かないんです。特に貴方に関して。だから、博士に相談してカウンセリングとか、メンタルトレーニングとか、ヨガ教室とかも受けたんですけれど、ボクは人間じゃないせいか上手くいかなくて」
「ふふっ、いっぱいやってる」
ヨガをしているスライムの姿を思い浮かべて、星來は思わず笑ってしまった。
「もしかして、そのせいで出掛けていたんですか?」
「それもあるんですけど、地球で長く暮らすには地盤固めが必要かなと思って。そうしたら、博士がU&Eの代表になればいいって。いつか替わらなくちゃならない時が来るんだから、今から存在をアピールしておこうって言われて行ってきました」
本人は良く分かっていないようだが、リヒトはいつか世界的な研究機関の代表になる事が決まっているのだ。
上手く言い包められている気がしないでもないが、永く存続させるのに、長寿のリヒトはうってつけなのだろう。
「落ち着いたと思って帰って来たのに、ダメでした」
「そうでしたか……あの、リヒトさんは俺が好き、だからそうなっちゃうんですよね?」
「はい」
聞くのは恥ずかしかったが、聞かねばならない事だ。
星來は起き上がって、ソファの端に座った。
「どうしてそんなに俺が良いんですか? 今までに俺よりもっと素敵な人がいたでしょう?」
「前もそんな事言ってましたね。そんな事ありませんよ、旅行中もたくさんの人に会いましたけれど、貴方より好きになった人はいませんでした」
「そんな、良く考えて下さい」
と、頭を振ると、リヒトはにっこりと笑った。
「理由は色々ありますけれど、一番は『美味しい』からです。……実はボク、料理を食べているように見えて、作った人の気持ちとか、その場の雰囲気なんかを味として感じています。竜弥くんのお父さんが作ってくれたものも美味しかったけれど、やっぱり貴方の作ったものが一番美味しいです。そもそも、貴方は存在そのものが美味しそうなんですよ。もっと食べたい……」
「そう言う好きなんですか?」
一転してリヒトの瞳のラメがドロリと蠢き、雰囲気がさっきとは違う不穏さに変わったので星來は焦って身を引いた。
すると、その分だけリヒトが間合いを詰めて来る。
「その次に好きなのは、優しいところなんですけれど、ボクや、考紀くんや、彬や、楓以外にも優しくしているのは何か嫌です」
「あ、それは仕事のところもあるので」
「周りを見て話を上手く合わせてくれるのも助かりますが、本心じゃない事を言っているのを見るのは辛い」
「あ~、それは癖みたいなもので」
「自分が辛いのに、我慢しないで下さい。ボクに甘えて欲しい」
「リヒトさん……」
身を引き続けていたら、最後は背中がソファの背もたれに当たり、追いつめられた。
そこにリヒトの両腕が乗せられ、星來を閉じ込める。
そして彼の綺麗な顔が近付いて来た。
星來は、また頬にキスされると思い身体を強張らせたが、思ったのとは違ってリヒトの唇は、星來の唇へ重ねられる。
吸い付くような弾力のあるそれが、何度も、何度も角度を変えて唇へ重なるが、星來は拒めなかった。
人間のものとは違う感触が、あまりにも気持ち良かったから。
最後は星來の方が夢中になって求めていた。
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