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 バシーン

 豪快な平手打ちの音が鳴り響く。
 その瞬間、私の意識が目覚めた気がした。
 目の前の景色がパッと色鮮やかに広がっていく。

 満天に輝く星空と月の光がキラキラと反射するエメラルドグリーン色の湖。

 こんな場所に、私は一体どうやって来たんだろう? 
 それともこれは夢?

「エミリー、どうして? 私はただあなたと友達になりたいだけなのに」

 悲しげな聞き覚えがある声。しかもよく知る名前を私に向けている。
 少し違和感を抱きながら視線を落とすと、そこにはピンク髪の可愛らしい少女の姿──。赤く染まった左頬をさすりながら、涙を潤ませ私を見上げていた。

 ★○▲□☆●△■

 信じられない姿に稲妻が走り、腰が抜けその場にへたり込む。目まいまで襲ってくる。

 これは絶対に夢。
 こんなことは絶対にありえない。

 そう強く思い、頬をおもいっきりつねってみる。

 普通に痛かった。
 それに左手がじんじんする。加えて自然の匂い、風も感じた。

 触覚、嗅覚があるって事は、ここは現実か?
 となると、今ちまたで流行のあれなのか?

「あなたシャーロット・ウィリアムズ?」
「? そうだけど」

 恐る恐る少女に思い当たる名前を問えば、戸惑いながら首を傾げ少女シャーロットはゆっくりと答えた。

 !!!!
 
「もしかして私、今あなたを平手打ちした?」

 更なる問いには、黙って頷くだけ。
 どうやら私が今いる場面は、破滅ルート確定の瞬間だった。

「え、エミリー一体どうしちゃったの?」

 目の前にいるはずのシャーロットの裏返った声が、なぜか徐々に遠のいて辺りが真っ暗なる。


 私榎本明子は、どうやら自分がシナリオを担当した乙女ゲーム『輝きの丘』に出てくる悪役令嬢エミリーに転生してしまったらしい。
 しかも前世の記憶(?)が蘇った直後が、主人公シャーロットに宣誓布告イベント中。これによってエミリーは大半の攻略対象キャラから敵対されてしまい、何をやっても破滅ルートで終わるという。

 『輝きの丘』は今流行の悪役令嬢に転生するストーリーにあやかり、だったら王道の悪役令嬢が出てくる乙女ゲームを作ろうとなった。

 中世ヨーロッパ風で、多種族が共存している剣と魔法のファンタジー世界。
 主人公は、王道清純派少女シャーロット。平民にも関わらず聖女の能力が認められたため、聖都魔法学園の貴族中心の特進クラスに入学となった。
 攻略対象キャラは、聖都の皇太子・腹黒神官見習い・騎士団長の息子はクラスメイト。普通クラスの幼馴染み。勇者の末裔・生徒会長は先輩・獣人族の実技教師。
 悪役令嬢エミリーは、皇太子レオの婚約者でシャーロットと同じ聖女候補。とある国の王女。
 王女としてのプライドが高く才色兼備。銀髪でブルーの透き通った瞳。堀が深く色白の肌。王族として厳格に育てられたため、負けず嫌いのご令嬢。
 同じ聖女候補のシャーロットに必要以上に厳しく接し続けた結果、レオに嫌われ婚約破棄を言い渡されてしまう。
 そこからはもう悲劇で実家からは勘当され、クラスメイトからの評判もなくし完全孤立。墜ちるとこまで墜ちてしまい、挙げ句の果てはエミリーの中に封印されていた女魔王の魂が目覚め覚醒。
 その後聖女となったシャーロットと、攻略対象キャラ達に倒される。王道ストーリー。
 ルートによっては他のキャラがラスボスパターンもあるんだけれど、宣誓布告イベントが発生している以上すでに遅し。
 ストーリーだと夏期休暇中に婚約破棄イベントが発生し、文化祭で女魔王に覚醒し滅びることになる。

 どうするんだ私?
 誰か助けてくれよ。

 これがもしやっぱり夢オチだったら、どんなにいいんだろうか?


 しかし残念ながら、転生は現実だった。

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