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「え、ここは?」

 何度目になるだろうか?
 目覚めると、そこは知らない場所だった。

 落ち着くため起き上がり、まずは深呼吸。

“エミリーとヌクはこの場所を知ってる?”
“知りません。……ヌクは外にいないのですか?”
“え、中にいないの?”

 落ち着ける所か余計混乱する状況で、辺りを食い入るように見回しても誰もいない。
 いつも睡眠中は私の中に入っていたから、てっきりそうだとばかり思っていた。

 昨夜は出発前日のもあり少し早めに就寝。花音は衣裳部屋の一部を寝室にリフォームしてからそこで寝ていた。

 …………。
 花音は?

 ヌク以上に花音のことが心配になり急いで扉に駆け寄り、開けようとしたけど鍵がかかっているのか開かない。

 これはひょっとしなくても拉致監禁されたってこと?
 なんで?
 ……私は皇太子の婚約者で隣国の姫。誘拐される動機は充分にある。
 でも魔法学園は主に王族や貴族の子供が通っているのだから、警備は万全なはず。それなのに易々と誘拐出来るなんて、犯人は相当有能かあるいは内部協力者かいる。

“協力をして、ここから脱出しよう”
“そうですね。魔法で突破出来ませんの?”
“あなたって意外に過激派なんだね? こう言う時はまずは状況把握”

 まさかまさかの荒技提案に圧倒されながらも、そう言って窓から外を確認することにした。

 本当はもし私が暴走しかけたら止めて欲しかったんだけれど、エミリーも暴走するタイプだったとわ。
 まぁエミリーは私なんだから、意外と言うより当然と言えば当然か。

“え? 断崖絶壁。……きれい”
               
 窓格子から外を見ると、ミステリードラマ御用達風の断崖絶壁と果てしなく広がる海。日の出直後で絶景で不覚にもきれいと思ってしまう私。

“この景色風景画で見たことがありますわ”
“そうなの? どこだかわかる?”
“確か今夜出航する港の辺りだと思うわ”

 エミリーの貴重な状況提供のおかげでおおよその見当がつく。見当がついても状況はあまり変わらないけれど、何も分からないよりかは気持ちが楽である。
 鉄格子をそっと壊して逃げるのが得策なんだろうけれど、もし花音が別の場所で監禁されてたら大変だ。
 それにヌクの居場所だって探さないとだから、自分だけ逃げることに躊躇して

“ヌクは使い魔だから、どこにいても召喚できるんだよね?”
“ええ。二人で念じて見ましょう”
“うん”

 ヌク、出て来て。

 強く念じるといつものように魔法陣が描かれていくけれど、完成間際にパキンと壊れ消えた。
何度か試してみるもすべて同じ結果になり、私達に焦りが産まれる。

“魔力源が遮断されてる?”
“それってつまりヌクを召喚出来ないどころか、脱出不可能ってこと?”

 魔力源がなければ魔法が使えない。しかも私の今の姿はネグリジェだから、当然鉄扇など装備してない。すなわち無力で、すべて積んだ。
 そこへ狙ったように、足音が近づいてくる。



「主様、おはようございます」
「? あなたは?」
「これはこれは失礼いたしました。我の名はヘンゼル。あなた様の下部でございます」
「?」

 年若い異様な雰囲気を醸し出し笑顔を浮かべる男性は、そう言いながら私の前に跪く。

 誰?

“エミリーさん、下部なんていつ作りになったのですか?”
“知りません。私こんな人知りません”

 よほど重要なことだったのか、二度も泣きそうな声で強めに完全否定。

“人違いで拉致監禁されたらたまったもんじゃな……ん?”

 話してるうちに、名前が引っ掛かり考え込む。
 
 ヘンゼル、ヘンゼル。
 ヘンゼルとグレーテルなんて──

「あ、家臣の名前だ!!」

 男のことを思い出し、声を上げる。
 
 エミリーが女魔王に覚醒すると、召喚される魔族の家臣。
 終盤に登場する影の薄いキャラだったから名前を考えるのが面倒になり、たまたま目についた童話名をそのまま頂戴した。それでついでだから女魔王の名前を、グレーテルと命名。
 そんな適当な秘話を設定集で発表したら、いじられ愛されキャラになってしまった。。

「やはり覚醒してたのですね? 転生を繰り返し、主様の覚醒をお待ちしておりました」

 意図も容易く言い当てる私を、彼は完全に覚醒していると誤解してしまう。
 ヘンゼルに関しては存在自体が、ありとあらゆる古文書や書籍から抹消されている。きっとフランダー教授さえも辿り着いていない。
 産みの親である私も、今まで忘れていたぐらい。

「待っていた割には、拉致とか酷くない?」
「いつまで経っても、我を呼ばない主様が悪いのです」

 覚醒した前提で強気になって会話を初めれば、少しいじけた口調の答えが返ってくる。

 彼は女魔王を崇拝していて、独占力が強い。だからもし覚醒してないことがバレたら、無理矢理覚醒されるだろう。
 ここに来て破滅フラグがまた立ってしまい、今まで以上の大ピンチ。

「それは悪かったわ。所で使い魔とルームメイトは、どこにいますか?」
「眠らせて放置してきました。主様には我一人いれば充分でしょう?」
「……。ではどうしてこの部屋は魔力源が遮断されているのですか?」
「あの小生意気な使い魔が、ここに来ないようにです。主様、早く契約破棄して下さい」

 独占力が強いってこう言うことなんだ。崇拝しているはずなのに、自分勝手な考えに圧倒されながらも感心する。
 ヌクに対する嫉妬が怖すぎで穏便に納めるのが得策なんだろうけれど、だからと言って契約破棄なんて出来るはずがない。
 そもそも家臣の言いなりになる主がどこにいる。

「ヘンゼル。あなたは私の家臣なのよね? それなのに命令するって何様? だからあなたを呼ばなかったの」
「!! 申し訳ございません。すぐに解除します。使い魔とも出来るだけ仲良くしますので、我を捨てないで下さい」

 思いの外効果覿面で、ヘンゼルは瞬間顔面蒼白。声も震えさせ反省と謝罪をするけれど、ヌクと仲良くする言葉に引っかかり鵜呑みにして良いのか迷う。
 出来るだけ仲良くするだから、出来なくても問題ないと思っているのだろう。そんなはずがない。

「とにかく私は着替えるから、あなたは席を外しなさい」
「かしこまりました。では我は朝食の準備をいたしますので、用意が終わりましたらこのベルでお呼び下さい」

 約束を交わすことなく、威厳ある口調でヘンゼルを追っ払う。
 家臣の自覚あるからそこはあっさり頷かれ、、鈴を渡し部屋をさっさと出て行く。

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