月原さんの憑き物祓い 画霊

珈琲妖怪

文字の大きさ
23 / 31

22「慟哭」

しおりを挟む
22「慟哭」


 ベンチに座る華名子とめぐみの間には先程とは一転して、重苦しい空気が漂っていた。そんな空気から逃げるように「私、そろそろ用事があるから」と、華名子はベンチから立つが、めぐみの言葉が追いかけてくる。
「まって下さい、先生!」

――ああ、うるさい

 華名子は背を向けたまま、足を止めた。

「おかしいです! だって先生達は憑き物の――想いを果たしてあげようと、していたんですよね? その手がかりを探しに行こうと」

――それが

「それがなんだって言うの? さっきも言った通り、手がかりを探しに行こうとして、憑き物に邪魔されたのよ。それで――」
「それがおかしいんです! 月原さんが言っていました。憑き物は自分の本体の思いを果たしてあげるのが目的だって! だからその邪魔はしないんです」

――それが、どうした。何が言いたい

「先生たちは憑き物に邪魔をされるような事はしていないはずです! それなのに、なんで、なんで月原さんを――」

――知らない

「先生、私、今から失礼な事を聞きます。ごめんなさい」

――何を

「池内先生は――本当に知りたかったんですか」

――ああ、うるさい

「本当は、真実に向き合うことが怖くて、逃げたんじゃないですか」

――黙れ

「だから、本当の事を知りたくなくて、見たくないから、真実に迷わず突き進む月原さんを刺したんじゃ――

「うるさいわね……」
 華名子はまるで、威嚇するようにめぐみを睨みつけるが、

「うるさくても、いいです! 先生は、ずるいです、卑怯です……何で、向き合わないんですか」

「うるさい……」

「逃げて、憑き物のせいにして、月原さんを刺すなんて、私、許せな――

 めぐみが言い終わる前に、中庭に華名子の絶叫がこだまする。遠くのベンチ座っていた患者も驚いているが、もう抑えることができない。
 平静を装っていたが、もう限界だった。

「黙れ、黙れ黙れ、何も知らないくせに! 私はずっと、父が私たちを捨てたことも、母の死も、一人で向き合ってきた、戦ってきた! どんな時も、忘れたことなんて無かった! 友達と笑っているときも、将来の為に勉強しているときも、馬鹿な上司に媚を売りながら働いているときも、男に抱かれているときも……絵を――描いているときも、頭の中からこびり付いて離れない記憶と、私は闘っていたわ!」
「先生……」
「どんなに惨めだったか、あなたに分かる? 子供の癖に、父を繋ぎとめることもできず、母を助けることもできなかった。母はね、最後まで父の帰りを待っていたのよ。なのに! あいつは、ただの一度も――よそに女まで作って……」
「――先生、もしかして最初から全部」
 めぐみが口を開こうとするが、華名子がそれを許さない。
「子供のくせに、分かったような口を聞かないで! 何が、知りたくないよ――ふざけんじゃないわよ! 分かっていたわよ! 最初から、全部、全部……全部分かってたのよ! あの絵を描いたのがあいつだって事くらい!」
 華名子の声はもはや悲鳴だった。事情を知らない、めぐみに言っても仕方ない。そんな事は分かっている。だが、もう止まらない。聞かせたいのだ、目の前の少女にではなく――自分自身に。
「知らない――分からないはずがないでしょう! ずっと、ずっと見て来たんだから、あの人の絵をずっと、子供の頃から見てきたんだから! どんな手つきで、どんな顔で、どんな絵を描いていたのか、ずっと見てきたわ! 分かるわよ! 分からない筈無いでしょう!でも、分かりたくない、なんで、なんで、なんで! 今更――おかあさんが……ずっと、待ってたのに……」
 華名子の声が、体が震え続ける。それでも言葉がひねり出されていく。
「あなたは……それでも、知りたいと――分かりたいと思う? 傷つく事が分かりきっているのに」
 呪い。そう、これは自分にかけられた呪いなのだ。呪いは長い時間をかけ、心を蝕み、真実から目を背けさせた。もし、真実が残酷なものなら、知って大きな痛みを伴うなら――知らないほうがいい。それで、例え、自分が――死んでしまったとしても。
 嗚咽を漏らす華名子をみて、めぐみは震えた。何故震えたのか、めぐみ自身もきっと分からない。しかし、震える体を抱きながら、めぐみの目は華名子をしっかりと捉えていた。
「――先生も凄く、辛い人生を送ってきたんだって思います。私は、お父さんが逮捕されて、辛かったけど、お母さんも、おじいちゃんも、おばあちゃんも――友達もいてくれたから。本当に辛くて、悲しくて、苦しかったんだと思います。ひとりで、向き合って、闘って、寂しかったんだと思います――」
「あなたに、何が――」
――分かると言うのだ

「それでも、どんなに辛いことがあったとしても、苦しかったとしても――私は――私の友達を傷つけた先生を許せません。私がさっき言った憑き物のこと、覚えていますか」
「――憑き物は想いを果たそうとする人間の邪魔はしない」
 めぐみは泣きそうな目で華名子をみつめている。
「そうです、そして、それは月原さん自身が……一番よく分かっています。でも、あなたには何も言わなかった。憑き物のせいにしておいてくれた――この意味が」
「うるさい! 子供が……何様のつもりよ」
 華名子は袖で涙を拭うと、言葉をはき捨て逃げるようにその場を後にした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

意味がわかると怖い話

邪神 白猫
ホラー
【意味がわかると怖い話】解説付き 基本的には読めば誰でも分かるお話になっていますが、たまに激ムズが混ざっています。 ※完結としますが、追加次第随時更新※ YouTubeにて、朗読始めました(*'ω'*) お休み前や何かの作業のお供に、耳から読書はいかがですか?📕 https://youtube.com/@yuachanRio

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

処理中です...