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22「慟哭」
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22「慟哭」
ベンチに座る華名子とめぐみの間には先程とは一転して、重苦しい空気が漂っていた。そんな空気から逃げるように「私、そろそろ用事があるから」と、華名子はベンチから立つが、めぐみの言葉が追いかけてくる。
「まって下さい、先生!」
――ああ、うるさい
華名子は背を向けたまま、足を止めた。
「おかしいです! だって先生達は憑き物の――想いを果たしてあげようと、していたんですよね? その手がかりを探しに行こうと」
――それが
「それがなんだって言うの? さっきも言った通り、手がかりを探しに行こうとして、憑き物に邪魔されたのよ。それで――」
「それがおかしいんです! 月原さんが言っていました。憑き物は自分の本体の思いを果たしてあげるのが目的だって! だからその邪魔はしないんです」
――それが、どうした。何が言いたい
「先生たちは憑き物に邪魔をされるような事はしていないはずです! それなのに、なんで、なんで月原さんを――」
――知らない
「先生、私、今から失礼な事を聞きます。ごめんなさい」
――何を
「池内先生は――本当に知りたかったんですか」
――ああ、うるさい
「本当は、真実に向き合うことが怖くて、逃げたんじゃないですか」
――黙れ
「だから、本当の事を知りたくなくて、見たくないから、真実に迷わず突き進む月原さんを刺したんじゃ――
「うるさいわね……」
華名子はまるで、威嚇するようにめぐみを睨みつけるが、
「うるさくても、いいです! 先生は、ずるいです、卑怯です……何で、向き合わないんですか」
「うるさい……」
「逃げて、憑き物のせいにして、月原さんを刺すなんて、私、許せな――
めぐみが言い終わる前に、中庭に華名子の絶叫がこだまする。遠くのベンチ座っていた患者も驚いているが、もう抑えることができない。
平静を装っていたが、もう限界だった。
「黙れ、黙れ黙れ、何も知らないくせに! 私はずっと、父が私たちを捨てたことも、母の死も、一人で向き合ってきた、戦ってきた! どんな時も、忘れたことなんて無かった! 友達と笑っているときも、将来の為に勉強しているときも、馬鹿な上司に媚を売りながら働いているときも、男に抱かれているときも……絵を――描いているときも、頭の中からこびり付いて離れない記憶と、私は闘っていたわ!」
「先生……」
「どんなに惨めだったか、あなたに分かる? 子供の癖に、父を繋ぎとめることもできず、母を助けることもできなかった。母はね、最後まで父の帰りを待っていたのよ。なのに! あいつは、ただの一度も――よそに女まで作って……」
「――先生、もしかして最初から全部」
めぐみが口を開こうとするが、華名子がそれを許さない。
「子供のくせに、分かったような口を聞かないで! 何が、知りたくないよ――ふざけんじゃないわよ! 分かっていたわよ! 最初から、全部、全部……全部分かってたのよ! あの絵を描いたのがあいつだって事くらい!」
華名子の声はもはや悲鳴だった。事情を知らない、めぐみに言っても仕方ない。そんな事は分かっている。だが、もう止まらない。聞かせたいのだ、目の前の少女にではなく――自分自身に。
「知らない――分からないはずがないでしょう! ずっと、ずっと見て来たんだから、あの人の絵をずっと、子供の頃から見てきたんだから! どんな手つきで、どんな顔で、どんな絵を描いていたのか、ずっと見てきたわ! 分かるわよ! 分からない筈無いでしょう!でも、分かりたくない、なんで、なんで、なんで! 今更――おかあさんが……ずっと、待ってたのに……」
華名子の声が、体が震え続ける。それでも言葉がひねり出されていく。
「あなたは……それでも、知りたいと――分かりたいと思う? 傷つく事が分かりきっているのに」
呪い。そう、これは自分にかけられた呪いなのだ。呪いは長い時間をかけ、心を蝕み、真実から目を背けさせた。もし、真実が残酷なものなら、知って大きな痛みを伴うなら――知らないほうがいい。それで、例え、自分が――死んでしまったとしても。
嗚咽を漏らす華名子をみて、めぐみは震えた。何故震えたのか、めぐみ自身もきっと分からない。しかし、震える体を抱きながら、めぐみの目は華名子をしっかりと捉えていた。
「――先生も凄く、辛い人生を送ってきたんだって思います。私は、お父さんが逮捕されて、辛かったけど、お母さんも、おじいちゃんも、おばあちゃんも――友達もいてくれたから。本当に辛くて、悲しくて、苦しかったんだと思います。ひとりで、向き合って、闘って、寂しかったんだと思います――」
「あなたに、何が――」
――分かると言うのだ
「それでも、どんなに辛いことがあったとしても、苦しかったとしても――私は――私の友達を傷つけた先生を許せません。私がさっき言った憑き物のこと、覚えていますか」
「――憑き物は想いを果たそうとする人間の邪魔はしない」
めぐみは泣きそうな目で華名子をみつめている。
「そうです、そして、それは月原さん自身が……一番よく分かっています。でも、あなたには何も言わなかった。憑き物のせいにしておいてくれた――この意味が」
「うるさい! 子供が……何様のつもりよ」
華名子は袖で涙を拭うと、言葉をはき捨て逃げるようにその場を後にした。
ベンチに座る華名子とめぐみの間には先程とは一転して、重苦しい空気が漂っていた。そんな空気から逃げるように「私、そろそろ用事があるから」と、華名子はベンチから立つが、めぐみの言葉が追いかけてくる。
「まって下さい、先生!」
――ああ、うるさい
華名子は背を向けたまま、足を止めた。
「おかしいです! だって先生達は憑き物の――想いを果たしてあげようと、していたんですよね? その手がかりを探しに行こうと」
――それが
「それがなんだって言うの? さっきも言った通り、手がかりを探しに行こうとして、憑き物に邪魔されたのよ。それで――」
「それがおかしいんです! 月原さんが言っていました。憑き物は自分の本体の思いを果たしてあげるのが目的だって! だからその邪魔はしないんです」
――それが、どうした。何が言いたい
「先生たちは憑き物に邪魔をされるような事はしていないはずです! それなのに、なんで、なんで月原さんを――」
――知らない
「先生、私、今から失礼な事を聞きます。ごめんなさい」
――何を
「池内先生は――本当に知りたかったんですか」
――ああ、うるさい
「本当は、真実に向き合うことが怖くて、逃げたんじゃないですか」
――黙れ
「だから、本当の事を知りたくなくて、見たくないから、真実に迷わず突き進む月原さんを刺したんじゃ――
「うるさいわね……」
華名子はまるで、威嚇するようにめぐみを睨みつけるが、
「うるさくても、いいです! 先生は、ずるいです、卑怯です……何で、向き合わないんですか」
「うるさい……」
「逃げて、憑き物のせいにして、月原さんを刺すなんて、私、許せな――
めぐみが言い終わる前に、中庭に華名子の絶叫がこだまする。遠くのベンチ座っていた患者も驚いているが、もう抑えることができない。
平静を装っていたが、もう限界だった。
「黙れ、黙れ黙れ、何も知らないくせに! 私はずっと、父が私たちを捨てたことも、母の死も、一人で向き合ってきた、戦ってきた! どんな時も、忘れたことなんて無かった! 友達と笑っているときも、将来の為に勉強しているときも、馬鹿な上司に媚を売りながら働いているときも、男に抱かれているときも……絵を――描いているときも、頭の中からこびり付いて離れない記憶と、私は闘っていたわ!」
「先生……」
「どんなに惨めだったか、あなたに分かる? 子供の癖に、父を繋ぎとめることもできず、母を助けることもできなかった。母はね、最後まで父の帰りを待っていたのよ。なのに! あいつは、ただの一度も――よそに女まで作って……」
「――先生、もしかして最初から全部」
めぐみが口を開こうとするが、華名子がそれを許さない。
「子供のくせに、分かったような口を聞かないで! 何が、知りたくないよ――ふざけんじゃないわよ! 分かっていたわよ! 最初から、全部、全部……全部分かってたのよ! あの絵を描いたのがあいつだって事くらい!」
華名子の声はもはや悲鳴だった。事情を知らない、めぐみに言っても仕方ない。そんな事は分かっている。だが、もう止まらない。聞かせたいのだ、目の前の少女にではなく――自分自身に。
「知らない――分からないはずがないでしょう! ずっと、ずっと見て来たんだから、あの人の絵をずっと、子供の頃から見てきたんだから! どんな手つきで、どんな顔で、どんな絵を描いていたのか、ずっと見てきたわ! 分かるわよ! 分からない筈無いでしょう!でも、分かりたくない、なんで、なんで、なんで! 今更――おかあさんが……ずっと、待ってたのに……」
華名子の声が、体が震え続ける。それでも言葉がひねり出されていく。
「あなたは……それでも、知りたいと――分かりたいと思う? 傷つく事が分かりきっているのに」
呪い。そう、これは自分にかけられた呪いなのだ。呪いは長い時間をかけ、心を蝕み、真実から目を背けさせた。もし、真実が残酷なものなら、知って大きな痛みを伴うなら――知らないほうがいい。それで、例え、自分が――死んでしまったとしても。
嗚咽を漏らす華名子をみて、めぐみは震えた。何故震えたのか、めぐみ自身もきっと分からない。しかし、震える体を抱きながら、めぐみの目は華名子をしっかりと捉えていた。
「――先生も凄く、辛い人生を送ってきたんだって思います。私は、お父さんが逮捕されて、辛かったけど、お母さんも、おじいちゃんも、おばあちゃんも――友達もいてくれたから。本当に辛くて、悲しくて、苦しかったんだと思います。ひとりで、向き合って、闘って、寂しかったんだと思います――」
「あなたに、何が――」
――分かると言うのだ
「それでも、どんなに辛いことがあったとしても、苦しかったとしても――私は――私の友達を傷つけた先生を許せません。私がさっき言った憑き物のこと、覚えていますか」
「――憑き物は想いを果たそうとする人間の邪魔はしない」
めぐみは泣きそうな目で華名子をみつめている。
「そうです、そして、それは月原さん自身が……一番よく分かっています。でも、あなたには何も言わなかった。憑き物のせいにしておいてくれた――この意味が」
「うるさい! 子供が……何様のつもりよ」
華名子は袖で涙を拭うと、言葉をはき捨て逃げるようにその場を後にした。
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