隠れジョブ【自然の支配者】で脱ボッチな異世界生活

破滅

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世界樹への道のり

どうも、どうやら宿屋は戦場と化すようです

「――来るぞ!」

俺の叫びと、シルフィの甲高い警戒音が、中庭に響き渡る。
それと、全く、同時だった。
夜の闇を切り裂き、一本の、巨大な、黒い槍が、凄まじい速度で、俺たちへと飛来した。それは、物理的な槍ではない。凝縮された、純粋な、負の魔力の塊。

「全員、伏せろ!」

俺は、シュタとエルマの体を、強引に地面に押し倒す。
次の瞬間、黒い槍は、俺たちが、先ほどまで立っていた、その場所に着弾した。

ドゴオオオオオオオオオオンッ!!

凄まじい爆音と、衝撃波。宿自慢の、美しい石畳の中庭が、まるで、巨大な獣に食い千切られたかのように、粉々に、吹き飛んだ。土煙と、魔力の残滓が、嵐のように、吹き荒れる。

「……きゃっ!」
「……ちぃっ、とんだ、ご挨拶じゃねぇか!」

シュタの悲鳴と、エルマの悪態が、爆音の余韻の中に、響いた。
土煙が、ゆっくりと晴れていく。そして、俺たちは、その、元・中庭の中心に、静かに、そして、音もなく、佇む、一人の女の姿を、認めた。

女は、夜の闇を、そのまま編み込んだかのような、優雅で、しかし、禍々しい、黒銀の鎧を、その身に纏っていた。その手には、武器はない。だが、彼女の、その存在そのものが、この世のどんな魔剣よりも、鋭い、殺気を放っている。
月の光に照らされた、その顔立ちは、まるで、神が作り上げた、最高傑作の彫像のように、完璧に、美しかった。だが、その、血のように赤い瞳には、一切の感情が、宿っていなかった。ただ、俺たちを、道端の石ころでも見るかのように、冷たく、見下している。

「……見つけました」

女は、その、鈴を転がすような、美しい声で、しかし、絶対零度の響きをもって、言った。

「『鍵』を、その身に宿す、イレギュラーな『器』。そして、孵化したばかりの、『世界樹の眷属』。……我が名は、セラフィーナ。『古き理の探求者』が一人。あなた方に、選択の時を与えます」

セラフィーナと名乗った女の背後に、数人の、黒いローブを纏った、仮面の暗殺者たちが、音もなく、姿を現した。

「世界樹の眷属を、こちらへ、おとなしく、お渡しなさい。さすれば、苦痛のない、慈悲深き、死を、与えて差し上げます」

その言葉は、交渉でも、取引でもない。ただの、決定事項の通告だった。

「……断る、と言ったら?」
「その場合は、力づくで、あなた方から、全てを奪うまで。――眷属は、生け捕りに。残りは、殺しなさい」

セラフィーナの、冷たい命令。それを合図に、仮面の暗殺者たちが、一斉に、俺たちへと、襲い掛かってきた。

「させるかァッ!」

最初に動いたのは、エルマだった。彼女は、ドワーフ特有の、大地に根を張るような、力強い雄叫びを上げると、その愛用のウォーハンマーを、一番近くにいた暗殺者へと、叩きつけた。
だが、暗殺者たちの動きは、速い。エルマの、豪快な一撃を、まるで、柳に風と、ひらりとかわし、その懐へと、潜り込んでくる。

「ショウさんの、邪魔はさせません!」

その、エルマの死角を、シュタが、疾風となって、カバーする。『夜風の革鎧』を纏った彼女の動きは、もはや、一流の斥候(スカウト)のそれだ。暗殺者の、毒が塗られた短剣を、最小限の動きで捌き、反撃の一撃を、叩き込む。

「キューッ!」

リルも、俺のポーチから飛び出すと、地面に、粘着性の高い体液をばらまき、高速で移動する、暗殺者たちの足元を、封じ込めていく。
戦場は、一瞬で、宿の中庭から、ロビーへと、移行していた。

「ピィィッ!」

俺の肩の上で、シルフィが、風の刃を、連続で放つ。それは、俺のスキル『世界樹の祝福』によって、その威力を増幅され、暗殺者たちの、防御の魔術を、いとも容易く、切り裂いていく。

「――『天樹』!」

俺も、エルマから与えられた、新しい相棒を抜き放ち、暗殺者の一人と、刃を交える。
ガルドさんとの修行で、体に叩き込まれた剣の『型』。
ワイバーンとの死闘で、血肉となった、実戦の経験。
その全てが、俺の剣を、以前とは、比べ物にならないほど、鋭く、そして、重くしていた。

俺たちの連携は、完璧だった。
エルマが、その剛腕で、敵の防御を、力任せに、打ち砕く。
シュタが、その俊足で、敵の陣形を、縦横無尽に、撹乱する。
リルが、その奇策で、敵の動きを、予測不能な形で、阻害する。
そして、俺とシルフィが、その中心で、パーティの、揺るぎない、攻撃の要となる。

新生パーティの、初陣。俺たちは、ゼノンとの戦いの時よりも、遥かに、強く、そして、一体となっていた。
仮面の暗殺者たちを、次々と、無力化していく。

だが――。

「……お遊びは、そこまでです」

一体の、黒い影が、俺たちの、完璧だったはずの連携を、いとも容易く、切り裂いた。
セラフィーナ。
彼女は、それまで、ただ、静観していただけだった。だが、彼女が、本気で、動き出した瞬間、戦場の空気が、一変した。

彼女の指先から、無数の、黒い、影の糸が、放たれる。その糸は、どんな物理攻撃も、魔法攻撃も、すり抜け、シュタの、細い足首へと、絡みついた。

「きゃっ!?」
「シュタ!」

俺が叫ぶのと、セラフィーナが、その糸を、強く、引いたのは、同時だった。シュタの体は、抵抗する間もなく、宙を舞い、宿の壁へと、激しく叩きつけられる。

「――が、はっ……」
「嬢ちゃん!」

エルマが、駆け寄ろうとする。だが、その進路上に、セラフィーナが、音もなく、立ち塞がった。

「あなたの相手は、私です。ドワーフの、生き残り」
「……てめぇ、何者だ」
「いずれ、わかる時が来ますよ。……さようなら」

セラフィーナの、白い指が、エルマの、屈強な鎧の、その、寸分の隙間へと、吸い込まれていく。
まずい。このままでは、エルマが、殺られる。

俺は、最後の、賭けに出た。
俺は、思考を、シルフィへと、『共鳴感応』で、飛ばす。

(――シルフィ!やるぞ!この宿ごと、吹き飛ばす!)

俺は、残された魔力の、その全てを、解放した。
狙うは、敵ではない。俺たちが、今、立っている、この『風待亭』、そのもの。

「――自然操作、最大解放!」

俺の魔力に呼応し、宿の、木の柱が、床が、壁が、一斉に、悲鳴を上げた。床板は、ささくれ立ち、鋭い棘となって、突き上がり、天井の梁は、巨大な蔦となって、垂れ下がり、暴れ狂う。

「ピィィィィィィィィィィッッ!!」

シルフィもまた、俺の意図を完全に理解し、その小さな体に、ありったけの魔力を込めて、巨大な、風の渦を、宿の内部に、発生させた。
崩壊する、建物の残骸と、荒れ狂う、風の刃。その二つが、即席の、しかし、強力な、目くらましとなる。

「エルマ!シュタを連れて、厩舎へ走れ!馬車で、脱出するぞ!」

俺は、そう叫ぶと、この、地獄のような混沌の中を、厩舎へと、駆けた。
背後で、セラフィーナの、初めて、感情を露わにした、怒りの声が、響いた。

「……小賢しい、真似を……!逃がしは、しませんよ……!」

俺たちは、厩舎で、かろうじて、合流する。シュタは、エルマに担がれ、意識が朦朧としていたが、命に別状はなさそうだ。
俺たちは、大急ぎで、馬を、馬車へと繋ぐ。
背後では、俺たちの拠点だった『風待亭』が、轟音と共に、完全に、崩れ落ちていた。

俺は、手綱を、強く、握りしめる。
俺たちの、安息の場所は、もう、ない。
俺たちは、この巨大な都市で、強力な、そして、執拗な、敵に追われる、ただの、逃亡者となったのだ。
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