隠れジョブ【自然の支配者】で脱ボッチな異世界生活

破滅

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世界樹への道のり

どうも、どうやら大都会は逃走経路が複雑なようです

俺の魔力に呼応し、暴走した『風待亭』が、轟音と共に崩れ落ちる。もうもうと立ち上る、土煙と、木の破片。その地獄のような光景を背に、俺は、馬車の御者台へと飛び乗った。

「エルマ!シュタを、しっかり支えてろ!」
「わかってる!さっさと、ここからずらかるぞ!」

荷台の奥から、エルマの怒鳴り声が返ってくる。彼女の腕の中では、シュタが、浅い呼吸を繰り返しながら、ぐったりとしていた。リルが、そのシュタの顔を、心配そうに、一生懸命舐めている。

「――行けェェェッ!」

俺は、手綱を、力の限り、打ち鳴らした。
驚きと、恐怖に、嘶く馬たち。その背中を、俺は、『自然操作』で作り出した、優しい風で、そっと、押してやる。馬たちは、俺の意図を理解したかのように、凄まじい勢いで、厩舎から、夜のジュッテルの大通りへと、駆け出した。

俺たちの、決死の逃走劇の、始まりだった。

背後からは、人々の悲鳴と、建物の崩れる、凄まじい轟音が、追いかけてくる。
そして、その、混沌の中から、一つの、氷のように冷たい、怒りの声が、響き渡った。

「――逃しは、しません」

セラフィーナ。
彼女と、その配下の暗殺者たちが、崩れ落ちる瓦礫の中から、まるで、悪夢の化身のように、姿を現す。そして、その一部が、人間離れした、驚異的な身のこなしで、屋根から屋根へと飛び移り、俺たちの馬車を、猛追してくる。

「ショウさん!上です!」

シュタが、苦しい息の下から、叫ぶ。
見上げると、三人の仮面の暗殺者が、前方の建物の屋根から、俺たちの馬車めがけて、飛び降りてくるところだった。

「ピィィッ!」

俺が指示を出すより早く、俺の肩の上で、シルフィが、鋭い風の刃を、連続で放つ。
空中で、身動きの取れない暗殺者たちは、その、見えない刃を、まともに受け、体勢を崩し、地面へと落下していった。

「ナイスだ、シルフィ!」

だが、敵の追撃は、それだけでは終わらない。
セラフィーナが、動いた。彼女の指先から、何十本という、黒い影の糸が、蛇のように、伸びてくる。その狙いは、俺自身ではない。馬車の、車輪だ。

(まずい!あれに絡め取られたら、終わりだ!)

俺は、手綱を片手で操りながら、もう片方の手で、新しい相棒、『天樹』を抜き放つ。

「――『刀身付与』!」

蒼白い光を纏った魔剣で、迫りくる影の糸を、一体、一体、的確に、斬り捨てていく。だが、その糸は、まるで、無限に湧いてくるかのように、次から次へと、俺たちに襲い掛かってきた。

「ショウ!前だ!」

エルマの叫び声。
前方からは、ジュッテルの都市警備隊が、この騒ぎを嗅ぎつけて、道を塞ごうとしている。
前門の虎、後門の狼。いや、後ろにいるのは、虎なんかより、よっぽど、タチの悪い、化け物だ。

「――こっちだ!この路地に入れ!」

エルマが、御者台の横から、叫ぶ。彼女が指差すのは、荷馬車一台が、ようやく通れるかどうか、というほどの、狭い、裏路地だった。
俺は、迷わなかった。

「しっかり、掴まってろ!」

俺は、馬の進路を、強引に、変更する。馬車は、悲鳴のような軋み音を上げながら、急カーブを描き、裏路地へと、突っ込んでいった。

ここからは、エルマの独壇場だった。
「次、右だ!その先、左!」

彼女は、この、蜘蛛の巣のように入り組んだ、職人街の地理を、完全に、把握していた。俺は、彼女の指示通りに、複雑な路地を、猛スピードで、駆け抜けていく。
後ろからは、追手の気配が、徐々に、遠のいていくのがわかった。

やがて、俺たちは、ひときわ古びた、そして、見覚えのある、一軒の工房の前で、馬車を止めた。
『頑固一徹鍛冶工房』。エルマの、店だ。

「今は、誰も使ってない。ひとまず、ここに隠れる。地下に、秘密の貯蔵庫があるんだ。馬車ごと、入れるはずさ」

俺たちは、大急ぎで、馬車を、工房の奥にある、隠し扉の向こうの、地下室へと、運び込んだ。
重い、鉄の扉を閉めると、外界の喧騒が、嘘のように、遠ざかっていく。残されたのは、俺たちの、荒い息遣いと、地下室の、ひんやりとした、静寂だけだった。

俺たちは、助かった。
ひとまず、助かったのだ。

だが、俺たちの心は、決して、晴れやかではなかった。
シュタは、壁に叩きつけられた際の、内臓へのダメージが、まだ、残っている。俺は、生活魔法のランタンの、おぼろげな光の中で、彼女の、苦しそうな寝顔を見つめる。
俺たちの、ジュッテルでの、安息の場所だった、『風待亭』は、もうない。俺が、この手で、破壊してしまった。そこに置いてきた、俺たちの、ささやかな荷物も、全て、瓦礫の下だろう。

そして、何より、俺たちは、追われる身となった。
『古き理の探求者』。その、得体の知れない、強大な組織に。そして、おそらくは、このジュッテルの、都市警備隊にも。

俺たちの、ジュッテルでの、輝かしいはずだった、新たな冒険。それは、たった一日で、その姿を、絶望的な、逃亡生活へと、変えてしまったのだ。

「……くそっ」

俺は、自分の、無力さを、呪った。
力が、足りない。仲間を守るための、力が。ガルドさんとの修行で、武闘大会で、少し、天狗になっていた自分を、殴りつけてやりたい気分だった。

「……何、落ち込んでるんだい、ショウ」

不意に、エルマが、俺の背中に、声をかけた。彼女は、愛用のウォーハンマーを、布で、丁寧に、磨いている。

「あたしたちは、生きてる。シュタの嬢ちゃんも、あんたの回復魔法のおかげで、命に別状はねぇ。それに、あんたは、あたしたちを、あの化け物女から、守りきった。……下を向くようなことなんざ、何一つ、ありゃしないさ」

エルマの、ぶっきらぼうな、しかし、温かい言葉が、俺の心に、染み渡る。

「……そう、だな。ありがとう、エルマ」

そうだ。まだ、終わってない。俺たちは、生きている。仲間も、全員、ここにいる。
ならば、やるべきことは、一つだ。

俺は、シュタの、穏やかな寝顔を見つめる。
彼女の隣では、リルとシルフィが、寄り添うように、丸くなっていた。

(……必ず、守り抜く。そして、反撃してやる)

俺は、固く、拳を握りしめた。
この、ジュッテルの、深い、深い、闇の底で。
俺たちの、本当の戦いが、今、静かに、始まろうとしていた。

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