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『深紅の魔女レディ・モナルダとお姫様』
第5話「大切な想い」
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どう伝わったのかは分からない。だが、それでもぞんざいに扱われなかったというだけでレティシアには幸福を感じられた。
「ふふ、待ってます。ありがとうございます」
「……あぁ、そうしてくれ」
店を出ていった後、残ったモナルダはきょろきょろと周りをみる。
「さっきは言わなかったが、靴はないのか?」
尋ねられてデクスターが申し訳なさそうに小さく頭を下げた。
「ええ、実は何日か前に残っていたものが売れてしまって。靴は皆さん、履き潰すまで使う事が多いようですから。サイズが合わないだけだと、ここで売るよりも良いお店はたくさんありますからね」
それもそうだな、と困ってしまう。明らかに色も合わないヒールを履いて、悪い意味で目立つのは間違いない。次は靴屋を探すか、と諦めた。
「ありがとう、デクスター。お前とまた話せて良かった」
「次は会えないかもしれません」
「残念だよ。時の流れというのは残酷だ」
「私もですよ、モナルダ様。……あっ、少しお待ち頂けますか」
突然何かを思い出したように、デクスターが指をぴんと立てて小さく手を振りながら、店の奥へ消えていく。少し待っていると埃の被った綺麗な箱を抱えて戻ってくる。箱の中にはレティシアに合いそうなローファーが入っていた。
「孫にプレゼントするはずだったんですがね、これならいかがです? 靴下も一緒に入れさせて頂きました」
「おい、流石に貰えないよ。孫に渡してやれ」
デクスターが悲しそうな笑みを浮かべてやんわり肩を竦めた。
「事故に遭って亡くなったんです。ずっと昔に。その事がきっかけで息子夫婦とも疎遠になったんですが、どうしても捨てられなくて」
深い傷を心に負って、ずっと面影を感じていたもの。自分に死期が近づいてきたときに、せめて誰かに託しておきたいと思った。長生きなどして、死ぬまで後悔を抱くのではなく、前を進んで終わりにしたかった。
「そうか。ではありがたく頂こう。最後まで大切に使うよ」
「ありがとうございます、モナルダ様。お元気で」
「ああ。では、これで失礼するよ。お前も元気でいられるといいな」
また会おうとは言わない。魔女とは永遠に等しい時間を生きるから、再会など望んだところで叶うものではないのだ。
次の魔女を産み、魔導書を与えれば、永遠の命という呪縛からは解放される。だとしても色恋に興味はなく、擦り寄ってくる人間にはうんざりしている。愛情を与える事はあっても、与えられた事はない。
これからもこれまでも、きっとそれは変わらない、と思った。
「おい、レティシア。これを履け、ヒールじゃ困るだろ」
荷台に箱を放り込む。開けたレティシアが目を丸くする。
「わあ……。可愛いですね、本当にいいんですか?」
「構わないとも。黒ばかりで申し訳ないが」
「いえ、こんな服を着られる機会があるのが嬉しいです」
御者台に乗り込んで手綱を握って振り返った。ヒールを脱いで、慣れない靴下を手に、ほんわりと暖かい表情を浮かべて微笑む少女がいる。
「早くしろよ、馬車が動き出してからでは履きにくいだろ」
「えへへ……、はいっ!」
準備ができたら出発だ。馬車はとうとう王都の外を目指す。庶民も貴族も、変わらず忙しそうな姿が流れていく。故郷とはお別れ。これから新しい旅が始まり、レティシアにとっては束の間の自由がやってきた。
町の外に広がる草原の美しさに息を呑み、ただ眺めるだけで心が洗われる気がした。初めて見る世界に期待と興味が溢れて尽きない。
「そうだ、レティシア。これから色々とルールを決めておこう」
「……? ルールですか?」
「ああ。お互い、距離を取って気を遣うのは疲れるだろ」
リベルモントまでは随分と遠い。いくつかの町や村を経由しながら、二ヶ月は旅をする事になると見込み、その間に仲が悪くなったり、互いに気を遣って口を閉ざしたままでいる時間を増やすのは良くない。
そこで、モナルダはいくつかのルールを作った。
「ひとつ目は必ず挨拶をする事。おはようだとか、おやすみだとか。部屋が違っていても必ずだ。そうやって私との距離を少しずつ詰めてもらう。たとえば私が寝ていたとしても構わない。それくらいはできるだろう?」
もちろん、とレティシアは自信たっぷりな表情でひとつ頷く。
「では、ふたつ目。食事のときには会話をする。これも私と距離を詰めてもらうためだ。それに、黙ってする食事は思いのほかつまらないものだ」
「わかります。ずっと部屋で、一人で食べてましたから」
いきなり暗い話だな、と小さく咳払いをしてごまかす。
「では最後。敬語は禁止だ」
「えっ、で、でも失礼じゃ……」
「失礼なくらいで十分だよ」
荷台を振り返って、モナルダはくすっと笑った。
「お前は今日から庶民だ。守れるのは私だけ。他の町じゃ金持ちだと見るや、人気のない場所へ連れ込んで身包み剥がすような連中もいる。大した奴じゃないと思わせた方が良いし、私も出来れば対等に接したい」
ふうむ、と少し考えてみて、レティシアにばかり求めるのではなく自分も歩み寄った接し方を示す事で、彼女が困らないようにしよう、と────。
「そういうわけだから、よろしく頼むよ。────レティ」
「ふふ、待ってます。ありがとうございます」
「……あぁ、そうしてくれ」
店を出ていった後、残ったモナルダはきょろきょろと周りをみる。
「さっきは言わなかったが、靴はないのか?」
尋ねられてデクスターが申し訳なさそうに小さく頭を下げた。
「ええ、実は何日か前に残っていたものが売れてしまって。靴は皆さん、履き潰すまで使う事が多いようですから。サイズが合わないだけだと、ここで売るよりも良いお店はたくさんありますからね」
それもそうだな、と困ってしまう。明らかに色も合わないヒールを履いて、悪い意味で目立つのは間違いない。次は靴屋を探すか、と諦めた。
「ありがとう、デクスター。お前とまた話せて良かった」
「次は会えないかもしれません」
「残念だよ。時の流れというのは残酷だ」
「私もですよ、モナルダ様。……あっ、少しお待ち頂けますか」
突然何かを思い出したように、デクスターが指をぴんと立てて小さく手を振りながら、店の奥へ消えていく。少し待っていると埃の被った綺麗な箱を抱えて戻ってくる。箱の中にはレティシアに合いそうなローファーが入っていた。
「孫にプレゼントするはずだったんですがね、これならいかがです? 靴下も一緒に入れさせて頂きました」
「おい、流石に貰えないよ。孫に渡してやれ」
デクスターが悲しそうな笑みを浮かべてやんわり肩を竦めた。
「事故に遭って亡くなったんです。ずっと昔に。その事がきっかけで息子夫婦とも疎遠になったんですが、どうしても捨てられなくて」
深い傷を心に負って、ずっと面影を感じていたもの。自分に死期が近づいてきたときに、せめて誰かに託しておきたいと思った。長生きなどして、死ぬまで後悔を抱くのではなく、前を進んで終わりにしたかった。
「そうか。ではありがたく頂こう。最後まで大切に使うよ」
「ありがとうございます、モナルダ様。お元気で」
「ああ。では、これで失礼するよ。お前も元気でいられるといいな」
また会おうとは言わない。魔女とは永遠に等しい時間を生きるから、再会など望んだところで叶うものではないのだ。
次の魔女を産み、魔導書を与えれば、永遠の命という呪縛からは解放される。だとしても色恋に興味はなく、擦り寄ってくる人間にはうんざりしている。愛情を与える事はあっても、与えられた事はない。
これからもこれまでも、きっとそれは変わらない、と思った。
「おい、レティシア。これを履け、ヒールじゃ困るだろ」
荷台に箱を放り込む。開けたレティシアが目を丸くする。
「わあ……。可愛いですね、本当にいいんですか?」
「構わないとも。黒ばかりで申し訳ないが」
「いえ、こんな服を着られる機会があるのが嬉しいです」
御者台に乗り込んで手綱を握って振り返った。ヒールを脱いで、慣れない靴下を手に、ほんわりと暖かい表情を浮かべて微笑む少女がいる。
「早くしろよ、馬車が動き出してからでは履きにくいだろ」
「えへへ……、はいっ!」
準備ができたら出発だ。馬車はとうとう王都の外を目指す。庶民も貴族も、変わらず忙しそうな姿が流れていく。故郷とはお別れ。これから新しい旅が始まり、レティシアにとっては束の間の自由がやってきた。
町の外に広がる草原の美しさに息を呑み、ただ眺めるだけで心が洗われる気がした。初めて見る世界に期待と興味が溢れて尽きない。
「そうだ、レティシア。これから色々とルールを決めておこう」
「……? ルールですか?」
「ああ。お互い、距離を取って気を遣うのは疲れるだろ」
リベルモントまでは随分と遠い。いくつかの町や村を経由しながら、二ヶ月は旅をする事になると見込み、その間に仲が悪くなったり、互いに気を遣って口を閉ざしたままでいる時間を増やすのは良くない。
そこで、モナルダはいくつかのルールを作った。
「ひとつ目は必ず挨拶をする事。おはようだとか、おやすみだとか。部屋が違っていても必ずだ。そうやって私との距離を少しずつ詰めてもらう。たとえば私が寝ていたとしても構わない。それくらいはできるだろう?」
もちろん、とレティシアは自信たっぷりな表情でひとつ頷く。
「では、ふたつ目。食事のときには会話をする。これも私と距離を詰めてもらうためだ。それに、黙ってする食事は思いのほかつまらないものだ」
「わかります。ずっと部屋で、一人で食べてましたから」
いきなり暗い話だな、と小さく咳払いをしてごまかす。
「では最後。敬語は禁止だ」
「えっ、で、でも失礼じゃ……」
「失礼なくらいで十分だよ」
荷台を振り返って、モナルダはくすっと笑った。
「お前は今日から庶民だ。守れるのは私だけ。他の町じゃ金持ちだと見るや、人気のない場所へ連れ込んで身包み剥がすような連中もいる。大した奴じゃないと思わせた方が良いし、私も出来れば対等に接したい」
ふうむ、と少し考えてみて、レティシアにばかり求めるのではなく自分も歩み寄った接し方を示す事で、彼女が困らないようにしよう、と────。
「そういうわけだから、よろしく頼むよ。────レティ」
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