深紅の魔女─レディ・モナルダ─

智慧砂猫

文字の大きさ
5 / 19
『深紅の魔女レディ・モナルダとお姫様』

第5話「大切な想い」

しおりを挟む
 どう伝わったのかは分からない。だが、それでもぞんざいに扱われなかったというだけでレティシアには幸福を感じられた。

「ふふ、待ってます。ありがとうございます」

「……あぁ、そうしてくれ」

 店を出ていった後、残ったモナルダはきょろきょろと周りをみる。

「さっきは言わなかったが、靴はないのか?」

 尋ねられてデクスターが申し訳なさそうに小さく頭を下げた。

「ええ、実は何日か前に残っていたものが売れてしまって。靴は皆さん、履き潰すまで使う事が多いようですから。サイズが合わないだけだと、ここで売るよりも良いお店はたくさんありますからね」

 それもそうだな、と困ってしまう。明らかに色も合わないヒールを履いて、悪い意味で目立つのは間違いない。次は靴屋を探すか、と諦めた。

「ありがとう、デクスター。お前とまた話せて良かった」

「次は会えないかもしれません」

「残念だよ。時の流れというのは残酷だ」

「私もですよ、モナルダ様。……あっ、少しお待ち頂けますか」

 突然何かを思い出したように、デクスターが指をぴんと立てて小さく手を振りながら、店の奥へ消えていく。少し待っていると埃の被った綺麗な箱を抱えて戻ってくる。箱の中にはレティシアに合いそうなローファーが入っていた。

「孫にプレゼントするはずだったんですがね、これならいかがです? 靴下も一緒に入れさせて頂きました」

「おい、流石に貰えないよ。孫に渡してやれ」

 デクスターが悲しそうな笑みを浮かべてやんわり肩を竦めた。

「事故に遭って亡くなったんです。ずっと昔に。その事がきっかけで息子夫婦とも疎遠になったんですが、どうしても捨てられなくて」

 深い傷を心に負って、ずっと面影を感じていたもの。自分に死期が近づいてきたときに、せめて誰かに託しておきたいと思った。長生きなどして、死ぬまで後悔を抱くのではなく、前を進んで終わりにしたかった。

「そうか。ではありがたく頂こう。最後まで大切に使うよ」

「ありがとうございます、モナルダ様。お元気で」

「ああ。では、これで失礼するよ。お前も元気でいられるといいな」

 また会おうとは言わない。魔女とは永遠に等しい時間を生きるから、再会など望んだところで叶うものではないのだ。

 次の魔女を産み、魔導書を与えれば、永遠の命という呪縛からは解放される。だとしても色恋に興味はなく、擦り寄ってくる人間にはうんざりしている。愛情を与える事はあっても、与えられた事はない。

 これからもこれまでも、きっとそれは変わらない、と思った。

「おい、レティシア。これを履け、ヒールじゃ困るだろ」

 荷台に箱を放り込む。開けたレティシアが目を丸くする。

「わあ……。可愛いですね、本当にいいんですか?」

「構わないとも。黒ばかりで申し訳ないが」

「いえ、こんな服を着られる機会があるのが嬉しいです」

 御者台に乗り込んで手綱を握って振り返った。ヒールを脱いで、慣れない靴下を手に、ほんわりと暖かい表情を浮かべて微笑む少女がいる。

「早くしろよ、馬車が動き出してからでは履きにくいだろ」

「えへへ……、はいっ!」

 準備ができたら出発だ。馬車はとうとう王都の外を目指す。庶民も貴族も、変わらず忙しそうな姿が流れていく。故郷とはお別れ。これから新しい旅が始まり、レティシアにとっては束の間の自由がやってきた。

 町の外に広がる草原の美しさに息を呑み、ただ眺めるだけで心が洗われる気がした。初めて見る世界に期待と興味が溢れて尽きない。

「そうだ、レティシア。これから色々とルールを決めておこう」

「……? ルールですか?」

「ああ。お互い、距離を取って気を遣うのは疲れるだろ」

 リベルモントまでは随分と遠い。いくつかの町や村を経由しながら、二ヶ月は旅をする事になると見込み、その間に仲が悪くなったり、互いに気を遣って口を閉ざしたままでいる時間を増やすのは良くない。

 そこで、モナルダはいくつかのルールを作った。

「ひとつ目は必ず挨拶をする事。おはようだとか、おやすみだとか。部屋が違っていても必ずだ。そうやって私との距離を少しずつ詰めてもらう。たとえば私が寝ていたとしても構わない。それくらいはできるだろう?」

 もちろん、とレティシアは自信たっぷりな表情でひとつ頷く。

「では、ふたつ目。食事のときには会話をする。これも私と距離を詰めてもらうためだ。それに、黙ってする食事は思いのほかつまらないものだ」

「わかります。ずっと部屋で、一人で食べてましたから」

 いきなり暗い話だな、と小さく咳払いをしてごまかす。

「では最後。敬語は禁止だ」

「えっ、で、でも失礼じゃ……」

「失礼なくらいで十分だよ」

 荷台を振り返って、モナルダはくすっと笑った。

「お前は今日から庶民だ。守れるのは私だけ。他の町じゃ金持ちだと見るや、人気のない場所へ連れ込んで身包み剥がすような連中もいる。大した奴じゃないと思わせた方が良いし、私も出来れば対等に接したい」

 ふうむ、と少し考えてみて、レティシアにばかり求めるのではなく自分も歩み寄った接し方を示す事で、彼女が困らないようにしよう、と────。

「そういうわけだから、よろしく頼むよ。────レティ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

俺の伯爵家大掃除

satomi
ファンタジー
伯爵夫人が亡くなり、後妻が連れ子を連れて伯爵家に来た。俺、コーは連れ子も可愛い弟として受け入れていた。しかし、伯爵が亡くなると後妻が大きい顔をするようになった。さらに俺も虐げられるようになったし、可愛がっていた連れ子すら大きな顔をするようになった。 弟は本当に俺と血がつながっているのだろうか?など、学園で同学年にいらっしゃる殿下に相談してみると… というお話です。

『異世界に転移した限界OL、なぜか周囲が勝手に盛り上がってます』

宵森みなと
ファンタジー
ブラック気味な職場で“お局扱い”に耐えながら働いていた29歳のOL、芹澤まどか。ある日、仕事帰りに道を歩いていると突然霧に包まれ、気がつけば鬱蒼とした森の中——。そこはまさかの異世界!?日本に戻るつもりは一切なし。心機一転、静かに生きていくはずだったのに、なぜか事件とトラブルが次々舞い込む!?

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

処理中です...