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『深紅の魔女レディ・モナルダとお姫様』
第9話「トラウマ」
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一か所に長く留まらないモナルダも、実態についてはそこまで詳しくない。仕事で関わった貴族からの又聞きでしかなく、グリンフィールド伯爵との癒着については何の証拠もない。少なくともビリー・ロッケンがあくどい商売の仕方をしているのは知れた話だ。ニューウォールズで度々死体が見つかるのも、彼の仕業だと言われるほどビリーを恐れる声も多い。
犠牲になるのはいつだって名の知れた商人か、それなりの身分の人間。ニューウォールズでは『令嬢は霧の中に消える』とまで囁かれ、これまでに十数人が遺体で見つかったが、ビリーはこれを強く否定。証拠として彼の私物が提示されても、グリンフィールド伯爵が示し合わせたかのように庇い、その日は自分と共にいたと証言して事件は解決へ至らなかった。
「────その後、いったん裁判は終わって証拠物品も憲兵団が預かる事になったんだが、再開される頃に紛失したそうだ。誰がやったか、憲兵は誰も口を開かない。知らないの一点張りで、進展もないんだとさ」
「……要するに、疑わしきは罰せずで話を済ませちゃったって事だね」
最低な話だ。レティはとても残念そうに手で顔を覆う。
「王族として恥ずかしいよ。お母様の耳にも絶対届いてたはずなのに」
「利権の絡む話はややこしいからな。確たる証拠を手に入れなければ」
「でも、どうやって? 伯爵まで関わってたら処分されてるんじゃ?」
モナルダはちっちっ、と指を振って自信に満ちた笑みを浮かべた。
「強かな人間というのは、いつだって他人を恐れるものなんだ。だから証拠は残ってる。三日で町を出るまでに証拠を集めてやろう」
「じゃ、じゃあモナルダがボクを手伝ってくれるって事……だよね」
最初は手伝ってもらえないと思った。モナルダの強さはレティの踏み入る隙を与えない雰囲気があった。だが実際は逆だ。どんな話でも聞く余裕を持ち、自分の友人が困っているのに手を差し伸べず背中を向ける真似をするつもりはない。
「今回ばかりは話が大きい。関わりたくはないが、お前が捨て置けないというのなら終わらせてしまおう。なに、一日か二日もあれば決着がつくと思うがね」
ビリー・ロッケンは使い道のある男だ。商売に関しては手を抜かない。なによりモナルダは自分から関わる理由がなかった。面倒だったというのもあるが、ややこしい問題に首を突っ込めば魔女だからとてどうなるものか。リスクをわざわざ抱え込むのは愚かでしかない、と。
しかし、結局のところ本気でやるのなら大した問題などない。たとえ相手がロッケン商会そのものだったり、グリンフィールド伯爵が関わるとしても。
「うむ、そろそろ一階へ行こう。バージニアがそろそろ料理を並べてる頃だ。後はゆっくり、たわいない話でもして過ごしたい」
「そうだね。暗い話ばっかりだと疲れちゃうから」
揃って部屋を出て降りてみると、モナルダの言った通りに食事の準備を終えて、ちょうど呼びに行こうとしていたところだった。
「あらあら。もうすっかり慣れてるわねえ、モナルダ」
「お前の母親が若い頃から世話になってる。なんとなくさ」
席に着くと、バージニアがグラスに葡萄酒を注ぐ。
「安物だけど許してね。えっと、こっちのお嬢さんは?」
「まだ十八だ。酒の代わりにジュースはないか」
「流石にお子様にお酒は駄目ね。リンゴでもいいかしら」
「ボクはリンゴジュース好きですよ。ありがとうございます」
グラスが行き渡ったら、バージニアはいそいそと椅子を運んでくる。「なんでお前まで一緒に食事を摂るんだ」と言われたが、彼女は何を気にするものかとばかりに堂々と食器を手にしながらふくれっ面をする。
「いいじゃない、あんたが来るの、もう五年ぶりでしょ。前はもっとよく来てくれたのに、あの事件があってからちっとも来ないじゃない」
「おい、余計な事を口に出すんじゃない」
あからさまに強く睨みつけて不快感をあらわにしたが、もう遅い。気になる言葉が聞こえてきたレティが、食事の手を止めた。
「あの事件ってなんですか、バージニアさん?」
「んふふ、それはねえ。……耳心地の悪い話にはなると思うけど」
顔色を窺うように、二人の視線はモナルダに向けられた。彼女はもう聞く気にもならないのか、呆れた様子で食事を続ける。それをバージニアは許可だと受け取って、ぽつりぽつりと話し始めた。
「五年前のある晩、ニューウォールズのとある子爵令嬢が殺されたの。その直前、モナルダは令嬢に誘われて、町の小さなカフェでお茶をしてね。最初は彼女が疑われたけど、疑いはすぐ晴れた。魔女って紅い髪だから目立つでしょ? だから、彼女の無実を証明する人たちがすごく多かったのよ」
子爵家も、モナルダが悪くない事は最初から理解していた。わざわざそんな事をするほど魔女は暇でもなければ零落れた人格でもない。だが、犯人が見つからないというやり場のない怒りを抑えきれない人々は、彼女を責め立てた。
一緒にいてくれれば。そう思わざるを得なかった。それからモナルダはひどく傷つき、子爵に合わす顔がないと言って遠く離れてしまった。
数年もした頃には子爵が馬車からの転落事故で死亡。子爵夫人は精神的な衰弱の末に自殺といった顛末を迎え、全ては闇に葬られた。
「一度訪ねてみろとバージニアから手紙が届いてな。ひとりで来るのも、なんとなく落ち着かなかったから、レティと一緒なら丁度良いと思ったんだ。町自体も穏やかで、空気の良い場所だったし連れて来たかったのも事実だが」
葡萄酒で口を潤してから、モナルダは、うん、とひとつ小さく頷く。
「まあ子爵令嬢の件はそもそも証拠がないし、行きずりの犯行だったらしいから責めようもない事だが、これまで多くの令嬢が殺害されたのにはビリーが大きく関わっているはずだ」
「全部、ビリーさんが自分でやったのかな?」
レティの見立てにモナルダはかぶりを振った。
「ありえない。アイツはリスクを極限まで抑えようとする。おそらくは裏の人間を使ったはずだ。明日、そこから調べてみよう」
「あんた、出来るの? 要するにアイツはヤバい連中に顔が利くって事でしょ」
いくら魔女とはいえ危険なのでは、とバージニアも心配する。
「そこは大丈夫。私も伝手というものはあるんだよ。────グリンフィールドに負けない、地位があって裏にも顔が利く奴ってのがね」
犠牲になるのはいつだって名の知れた商人か、それなりの身分の人間。ニューウォールズでは『令嬢は霧の中に消える』とまで囁かれ、これまでに十数人が遺体で見つかったが、ビリーはこれを強く否定。証拠として彼の私物が提示されても、グリンフィールド伯爵が示し合わせたかのように庇い、その日は自分と共にいたと証言して事件は解決へ至らなかった。
「────その後、いったん裁判は終わって証拠物品も憲兵団が預かる事になったんだが、再開される頃に紛失したそうだ。誰がやったか、憲兵は誰も口を開かない。知らないの一点張りで、進展もないんだとさ」
「……要するに、疑わしきは罰せずで話を済ませちゃったって事だね」
最低な話だ。レティはとても残念そうに手で顔を覆う。
「王族として恥ずかしいよ。お母様の耳にも絶対届いてたはずなのに」
「利権の絡む話はややこしいからな。確たる証拠を手に入れなければ」
「でも、どうやって? 伯爵まで関わってたら処分されてるんじゃ?」
モナルダはちっちっ、と指を振って自信に満ちた笑みを浮かべた。
「強かな人間というのは、いつだって他人を恐れるものなんだ。だから証拠は残ってる。三日で町を出るまでに証拠を集めてやろう」
「じゃ、じゃあモナルダがボクを手伝ってくれるって事……だよね」
最初は手伝ってもらえないと思った。モナルダの強さはレティの踏み入る隙を与えない雰囲気があった。だが実際は逆だ。どんな話でも聞く余裕を持ち、自分の友人が困っているのに手を差し伸べず背中を向ける真似をするつもりはない。
「今回ばかりは話が大きい。関わりたくはないが、お前が捨て置けないというのなら終わらせてしまおう。なに、一日か二日もあれば決着がつくと思うがね」
ビリー・ロッケンは使い道のある男だ。商売に関しては手を抜かない。なによりモナルダは自分から関わる理由がなかった。面倒だったというのもあるが、ややこしい問題に首を突っ込めば魔女だからとてどうなるものか。リスクをわざわざ抱え込むのは愚かでしかない、と。
しかし、結局のところ本気でやるのなら大した問題などない。たとえ相手がロッケン商会そのものだったり、グリンフィールド伯爵が関わるとしても。
「うむ、そろそろ一階へ行こう。バージニアがそろそろ料理を並べてる頃だ。後はゆっくり、たわいない話でもして過ごしたい」
「そうだね。暗い話ばっかりだと疲れちゃうから」
揃って部屋を出て降りてみると、モナルダの言った通りに食事の準備を終えて、ちょうど呼びに行こうとしていたところだった。
「あらあら。もうすっかり慣れてるわねえ、モナルダ」
「お前の母親が若い頃から世話になってる。なんとなくさ」
席に着くと、バージニアがグラスに葡萄酒を注ぐ。
「安物だけど許してね。えっと、こっちのお嬢さんは?」
「まだ十八だ。酒の代わりにジュースはないか」
「流石にお子様にお酒は駄目ね。リンゴでもいいかしら」
「ボクはリンゴジュース好きですよ。ありがとうございます」
グラスが行き渡ったら、バージニアはいそいそと椅子を運んでくる。「なんでお前まで一緒に食事を摂るんだ」と言われたが、彼女は何を気にするものかとばかりに堂々と食器を手にしながらふくれっ面をする。
「いいじゃない、あんたが来るの、もう五年ぶりでしょ。前はもっとよく来てくれたのに、あの事件があってからちっとも来ないじゃない」
「おい、余計な事を口に出すんじゃない」
あからさまに強く睨みつけて不快感をあらわにしたが、もう遅い。気になる言葉が聞こえてきたレティが、食事の手を止めた。
「あの事件ってなんですか、バージニアさん?」
「んふふ、それはねえ。……耳心地の悪い話にはなると思うけど」
顔色を窺うように、二人の視線はモナルダに向けられた。彼女はもう聞く気にもならないのか、呆れた様子で食事を続ける。それをバージニアは許可だと受け取って、ぽつりぽつりと話し始めた。
「五年前のある晩、ニューウォールズのとある子爵令嬢が殺されたの。その直前、モナルダは令嬢に誘われて、町の小さなカフェでお茶をしてね。最初は彼女が疑われたけど、疑いはすぐ晴れた。魔女って紅い髪だから目立つでしょ? だから、彼女の無実を証明する人たちがすごく多かったのよ」
子爵家も、モナルダが悪くない事は最初から理解していた。わざわざそんな事をするほど魔女は暇でもなければ零落れた人格でもない。だが、犯人が見つからないというやり場のない怒りを抑えきれない人々は、彼女を責め立てた。
一緒にいてくれれば。そう思わざるを得なかった。それからモナルダはひどく傷つき、子爵に合わす顔がないと言って遠く離れてしまった。
数年もした頃には子爵が馬車からの転落事故で死亡。子爵夫人は精神的な衰弱の末に自殺といった顛末を迎え、全ては闇に葬られた。
「一度訪ねてみろとバージニアから手紙が届いてな。ひとりで来るのも、なんとなく落ち着かなかったから、レティと一緒なら丁度良いと思ったんだ。町自体も穏やかで、空気の良い場所だったし連れて来たかったのも事実だが」
葡萄酒で口を潤してから、モナルダは、うん、とひとつ小さく頷く。
「まあ子爵令嬢の件はそもそも証拠がないし、行きずりの犯行だったらしいから責めようもない事だが、これまで多くの令嬢が殺害されたのにはビリーが大きく関わっているはずだ」
「全部、ビリーさんが自分でやったのかな?」
レティの見立てにモナルダはかぶりを振った。
「ありえない。アイツはリスクを極限まで抑えようとする。おそらくは裏の人間を使ったはずだ。明日、そこから調べてみよう」
「あんた、出来るの? 要するにアイツはヤバい連中に顔が利くって事でしょ」
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