深紅の魔女─レディ・モナルダ─

智慧砂猫

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『深紅の魔女レディ・モナルダとお姫様』

第18話「止むを得ない理由」

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 憲兵隊を挟む以上、モートン通りへグリンフィールドを追い詰めた後は、確固たる証拠の下、取り押さえる必要がある。でなければ詭弁ひとつで逃れかねない。口を割らせるような手段を残念ながらモナルダは持っていない。

 日常的に、あるいは計画的に使えそうな、口を割らせるだけの魔法でも考えておくべきだったかと思いつくが、かといって今は試行錯誤の時間もない。だから貧民窟の人間、特に暗殺に関わる人間も巻き添えにしてしまうしかなかった。

「(おそらく逃げ道のひとつでも用意しているだろうが、大勢は処分される事になるだろう。そこまでレティは、多分考えていないだろうな。黙ってやるのは胸が痛むが……)」

 惜しむらくは自分が彼女たちに憎まれながら生きなければならない事。レティもラヴォンも若く、どちらも奪われるものの大きさを、奪われたときの悲しさを知らない無垢な少女たちだから。

 心優しいレティは貧民窟の人々も救いたかったはずだ。なんとなくわかる。だが、彼女はまだ知恵が回るほどではない。どうあっても貧民窟に蔓延ったものを取り除く必要はあるのだと、自分が身を以て教えなくてはならないのは少し嫌な気持ちだった。

「それで良いのかね? 君はその、随分と殿下を気に掛けているだろう。愛されなかった者同士の傷の舐め合いなどではないと分かるよ、見ていても」

「いいんだよ、ナイルズ。私は……私は誰かに嫌われるのも慣れてる」

 甦る悪夢。思い出したくもない、だが忘れてはならない記憶。

『あんたが、あんたがいてさえくれれば助かったかもしれないのに! なのに、ああ、すまない。君を責めたところで、悪くないと分かっているのに、どうしても許せないんだ。儂の大切な娘が……』

 辛いだろう。悲しいだろう。私も同じだ。だけど、きっと伝わらないのだろう。せめて、あなたの見えない範囲にいよう。私を見る度に憎しみを吐き出さねばならないほどの苦しみを与えてしまわないように。私の後悔が、毒となってお互いを蝕んだりしないように。言葉にはせずとも、モナルダはそうしてニューウォールズを離れた。奪われた痛みも、苦しみも、憎悪も知ってしまって、知りたくもなかったと嘆きながら離れていくしかなかった。背負ったものを忘れないまま。

「悪いな、ナイルズ。お前にも面倒を掛ける事になる。どうせ、グリンフィールドがいなくなれば、此処はお前の町になるだろうから」

「ありがたいくらいだよ。グリンフィールドはどうも馬が合わなくてね」

 ひとまずタイミングをずらして応接室に戻る。先にモナルダが帰り、二分してからナイルズが入る。それからは適当に話を流して、ナイルズも彼女に合わせるようにして町を出ていくのだと信じ込ませた。

 あとはビリー・ロッケンを先に捕らえてしまえば罠は完成だ。

「おや、話し込んでしまいましたな。そろそろ行かねば。確か商会まで行かれるのでしたか? よろしければ、レディをお送りいたしますが」

「結構。まだ時間もあるし気遣いだけもらっておくよ、せっかくだから公爵ともう少し話をさせてほしい。また話そう、伯爵」

 ふくよかな体をよっこいせと持ちあげて、惜しみながら先に帰る事になったグリンフィールドを、ナイルズが見送ろうとする。

「あぁ、構わなくて大丈夫ですとも。公爵閣下も、レディとは積もる話があるでしょう。なんせ生まれたときからのお付き合いだと伺っていますから、どうぞごゆっくり。ただの伯爵とは立場が違いますからなあ」

 良い顔をして、小さくとも公爵に恩を売っておく。今後会うのにはちょうど良い足掛かりになるだろうという小賢しさはナイルズにも見抜かれている。

「では次に会うのを、ミズ・モナルダと同様に私も楽しみにさせてもらうよ。機会があれば、また寄ってくれたまえ」

 彼が部屋から出ていくのだけを見送って、足音が遠ざかっていくのを聞き、どうせ邸宅に入れるのは今日が最後だと言ってやりたい気持ちを堪えた。

「それにしても……。ミズ・モナルダ。聞いておきたいのだが」

「いつも思うが呼び捨てにはできないのか?」

「性分だ。それより質問をして構わないのだろうか」

「いいさ、答えるとも。で、何が聞きたいんだ」

 ナイルズは応接室の小さなテーブルにある引き出しから、煙草とマッチを取り、モナルダにも吸わないかを差し出してみるが、彼女はそっと手で拒否を示す。

「なに、単純な事なんだがね。貧民窟の連中も排除するのは賛成だ。どのみち私も、彼らの存在が町にあるのはややこしい事になるから。だが君が心配しているのは、レティシア殿下が悲しむ事だけではあるまい」

 モナルダは酷くうんざりする。横で煙草を吸われているからではない。彼の勘の良さという奴に、だ。

「カトレア。彼女の事が気になるんだろう」

「……カトレア? 誰だ、それは?」

 天井に向かって、ふうーっと煙を吐く。

「失礼、カトレアは町での通名だ。本来はラヴォンと言うのだったか」

「アイツ……。もしかして町に出てるのか」

「父親とは顔見知りでね。赤い缶を持ち歩いてたはずだが」

 あれはラヴォンの父親だったのか、と驚きと呆れで顔を手で覆う。

「レティから不興を買うのはともかくとして、ラヴォンには恨まれるだろうな。そうなると父親もアイツを逃がそうとするはずだ。関係も悪くない雰囲気だったし、なによりあの父親は多分────」

 ナイルズが、うん、とひとつ頷いて煙草をくわえる。

「娘を仕事に関わらせなかったと私も聞かされている」
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